スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スリランカのニュース 2003年1月~12月 

スリランカのニュース 2003年1月~12月分です。
内戦のニュースばかり。イヤになります。

2003/01/06タイのナコン・パトムで、ノルウェー政府の仲介のもと、スリランカ政府と「タミル・イーラム解放の虎(LTTE)」の間で、和平交渉の第4ラウンド。スリランカ政府代表は、憲法問題担当相のガミニ・L・ペイリス(Gamini L. Peiris)。LTTE代表は、政治部門リーダーのアントン・バラシンハム(Anton Balasingham)。また、ノルウェー政府を代表して、副外務大臣のヴィダール・ヘルゲッセン(Vidar Helegesen)も参加。主要な協議課題は、数万人に及ぶタミル人難民のジャフナ半島への帰還をどのように実施するか。とりわけ、スリランカ政府軍が支配している高度警戒地域(High Security Zones)への帰還について、どうするか。
2003/02/07LTTEの兵士3名が兵器を海上で密輸中、停戦監視団に発見され、査察後に船舶ごと自爆。密輸行為は、明らかな停戦合意違反。船舶に積まれていたのは、対空機関砲、手榴弾、弾薬。自爆は、LTTE兵士が停戦監視団員を下船させた後のこと。監視団員に怪我はなし。密輸行為は、明らかな停戦合意違反。船舶に積まれていたのは、対空機関砲、手榴弾、弾薬。和平交渉開始直前の事件であったが、和平交渉は開催された。
2003/02/09スリランカ政府軍が、LTTEの女性兵士に対し、ジャフナの政府軍管理地域に入域する際にウエスト・ベルトを着用することを禁止。ジャフナ郡のマニペイ(Manipay)で、スリランカ政府軍男性兵士と、ウエスト・ベルトを着用したまま政府軍管理地域に入ろうとしたLTTE女性兵士との間で、乱闘が発生、負傷者多数。
2003/02/15ジャフナ郡のキラリ(Kilali)において、警備活動中のLTTE兵士が、LTTE支配地域に侵入したスリランカ政府軍兵士3名を発見。うち1名を射殺。停戦協定の発効以来、LTTEとの戦闘により死亡したスリランカ政府軍の兵士は、これで2人目。
2003/02/20コロンボで、人民解放戦線(Janata Vimukthi Peramuna、JVP)が停戦協定に反対する大規模デモを実施。多数の仏教徒を含む5000人以上の人々が参加した模様。
2003/03/10コロンボで、統一国民党(UnitedNationalPraty,UNP)率いるUNF政権が進める和平交渉と経済政策に反対して、大規模な抗議デモが実施される。組織したのは、野党連合の人民連合(People's Alliance、PA)。多くの仏教僧も参加。参加政党は、PAの以下の政党。スリランカ自由党(Sri Lanka Freedom Party,SLFP)、人民解放戦線(Janatha Vimukthi Peramuna,JVP)、人民統一戦線(Mahajana Eksath Peramuna,MEP)、国民統一同盟(National Unity Alliance,NUA)。なお、平等社会党(Lanka Sama Samaja Party,LSSP)と共産党(Communist Party,CP)は、和平交渉には、PAに参加しているものの和平交渉には反対していないため、デモには参加しなかった。PAは和平交渉について、その実態はスリランカの分裂を招くに過ぎないもの、と批判してきた。
2003/03/10ムライティブ(Mullaittivu)の東方約200㎞の海域で、LTTEの船舶をスリランカ政府海軍が撃沈。乗員11名が死亡。スリランカ政府海軍は、「武器密輸の恐れがあったため、停船勧告をしたところ、先に発砲してきた」と主張。LTTEは、「LTTEの商船であり、国際水域を航行していた」と抗議。
2003/03/18日本の箱根にてノルウェー政府の仲介のもと、スリランカ政府とタミル・イーラム解放の虎(LTTE)の間で、和平交渉の第6ラウンドが開始。スリランカ政府代表は、憲法問題担当相のガミニ・L・ペイリス(Gamini L. Peiris)。LTTE代表は、政治部門リーダーのアントン・バラシンハム(Anton Balasingham)。明石康(スリランカの平和構築および復旧・復興に関する日本政府代表)も参加。主要な協議課題は、軍事的衝突の防止策の検討、連邦制に移行した場合の予算配分に関わる問題、人権問題。
2003/03/30スリランカ政府軍がジャフナ市内における新しい駐屯地の建設を開始し、LTTE及びジャフナ市内の住民との対立を深める。建設先に選ばれたのは、かつてジャフナ市議会・公会堂・保養施設等のあった場所で、歴史的にはポルトガルがジャフナ要塞を築いた場所。大学等の教育施設にも近い場所。スリランカ政府軍はジャフナ市内の2つのホテルに駐屯しており、停戦協定は、そのような民間施設から政府軍が撤退することを要求している。
2003/04/02世界銀行が、国際開発協会(IDA)によるスリランカへの融資を承認。贈与もしくは低利の借款で、向こう4年間に8億ドルを供与する予定。過去5年間に年平均6000万ドルの供与しかなかったことを考えると、極めて破格の扱いと言える。
2003/04/17トリンコマリー(Trincomalee)郡のムトゥール(Mutur)で、ムスリム人とタミル人の間で暴動が発生(4/17)。手榴弾等の使用により、少なくとも5人が死亡。夜間外出禁止令。トリンコマリー市でもムスリム人とタミル人の間に緊張が高まる。市全域と近郊に夜間外出禁止令(4/19)。トリンコマリー郡全域に夜間外出禁止令(4/20)。
2003/05/04スリランカ政府と「タミル・イーラム解放の虎(LTTE)」との和平交渉を再開させるための説得交渉が活発化。・説得交渉に活発な関与をみせている主な国は、ノルウェーと日本。ノルウェー副外務大臣ヴィダル・ヘルゲッセン(Vidar Helgessen)とその特使エリック・ソルハイム(Erik Solheim)が、スリランカ首相ラニル・ウィクラマシンハ(RanilWickremasinghe)、LTTEの政治部門顧問アントン・バラシンハム(Anton Balasingham)と個別に協議(4日夕)。なお5月15日には、外務大臣ヤン・ペテルゼン(Jan Petersen)が、ウィクラマシンハ首相、LTTEリーダーのヴェルピライ・プラバーカラン(Velupillai Prabhakaran)と、和平交渉の再開について個別に協議する予定。日本からは明石康(スリランカの平和構築および復旧・復興に関する日本政府代表)。ウィクラマシンハ首相(4日夕)、LTTEリーダーのプラバーカラン(7日)と協議。7日に実施された明石康とプラバーカランの協議においては、和平交渉再開への目途は立たなかった模様。明石康は、6月に東京で開催される「スリランカ支援国会議」にLTTEが参加することを求める。内戦当事者が協力し合っている様子を見せなければ、支援国の援助しようとする熱意が失われてしまうから、と。なた、その結果、十分な援助を供与してもらうことができなくなり、和平交渉の進展にも悪影響を及ぼすことになるから、と。LTTE側は、東京会議への参加には慎重な姿勢を見せる。計6回の和平交渉での合意事項をスリランカ政府が実行に移すことがまず必要、と考えているため。LTTEが憂慮するのは、①和平交渉における合意事項の実施が進展していないこと、②国内避難民の帰還が進展していないこと、③スリランカ北部・東部の再開発が進展していないこと、の3点。
2003/05/06スリランカ国会が開かれ、スリランカ政府と「タミル・イーラム解放の虎(LTTE)」との和平交渉について議論。クマーラトゥンガ(Chandrika Kumaratunge)大統領が率いる野党の人民連合(People'sAlliance,PA)は、ウィクラマシンハ(Ranil Wickremasinghe)首相が率いる統一国民戦線(UnitedNationalFront,UNF)が進める和平交渉について、否定的な態度を取ってきた。PAの国会議員Mahinda Rajapakseは、UNF政権は、「大統領よりもLTTEを信用している」、「外国がスリランカの和平交渉に口をはさむことを許している」等と非難した上で、「和平交渉に失敗しているのだから退陣せよ」と要求。ここにきて再び、スリランカの与党と野党の対立が深まりつつある。
2003/05/11タミル・イーラム解放の虎(LTTE)側の和平交渉の代表担当者であるアントン・バラシンハム(Anton Balasingham)が、急病の治療のために急遽ロンドンに向かう。ロンドン在住のバラシンハムは、LTTEの政治部門アドバイザー兼LTTE側の和平交渉リーダー。バラシンハムは、和平交渉の今後の進め方をLTTEリーダーのヴェルピライ・プラバーカラン(Velupillai Prabhakaran)と協議するために、スリランカを訪れていた。現在64歳のバラシンハムは、心臓病と糖尿病を患い、2000年には腎臓移植を受けている。今回の急病は、その腎臓移植に関係のあるものとされる。第5ラウンドの和平交渉は、バラシンハムの健康上の理由から、開催地(タイからベルリンへ)と日程(4日間から2日間へ)が変更された。バラシンハムの健康状態も、和平交渉の関する不安材料のひとつである。
2003/05/18スリランカ南部で、大洪水が発生。240人以上が死亡、20万以上の家族が被災。1947年の独立以来、最悪の被害。被害を受けた地域は、ラトナプラ(Ratnapura)、カルータラ(Kalutara)、ゴール(Galle)、ハンバントタ(Hambantota)、マータラ(Matara)の5つの郡。このうち最も被害が大きかったのは、宝石採掘の町であるラトナプラ。現在スリランカは、南西モンスーン期(5~9月)。スリランカの南西部から高地(ヌワラ・エリヤ)にかけて、雨が降る季節。ちなみに島の北東部に雨が降る季節(北東モンスーン期)は、11~3月。ノルウェー、イギリス、アメリカ、オーストラリア、インドなどが援助を提供。タミル・イーラム解放の虎(LTTE)も、米の提供等の援助を実施。要請があればさらなる援助も提供する、とのこと。
2003/05/21LTTEリーダーのヴェルピライ・プラバーカラン(Velupillai Prabhakaran)が、スリランカ北部・東部における再建および開発を担当する、十分な実権を持った「暫定行政機構」の創設を提案。ノルウェー副外務大臣ヴィダル・ヘルゲッセン(VidarHelgessen)に宛てた手紙(byアントン・バラシンハム)の中における提案。→なお、ヘルゲッセンは、先にLTTEと協議した折りに(5/17)、いくつかの提案をしたためた文書をプラバーカランに渡していた。今回のバラシンハムの手紙は、それに対する返答にあたる。バラシンハムの手紙によると、暫定行政機構の構想は、現UNF政権が勝利した先の総選挙以前からLTTE内部で考えられていたものらしく、さらにその構想について次のような変遷があったとされている。和平交渉第1ラウンドにおいて、「合同作業部会」となった。和平交渉第2ラウンドにおいて、「迅速な人道・復興ニーズに関する合同委員会」となった。
2003/05/23人民連合(People'sAlliance,PA)のチャンドリカ・クマーラトゥンガ(Chandrika Kumaratunge)大統領が、「暫定行政機構」の創設を求めるLTTEの提案を拒否。拒絶の理由は、「LTTEによる事実上の独立国家樹立につながる恐れがあるから」。さらに、「そのような提案は、LTTEが①和平協定に調印し、②武装解除し、③テロリズムを否定し、④分離主義を否定してからでなければ検討不能」であると、従来からの見解を再度主張。大統領はさらに、ウィクラマシンハ首相がLTTEに対して過剰な譲歩を行った場合には、大統領権限による国会解散をも厭わないと発言。
2003/05/27国民統一戦線(UnitedNationalFront、UNF)政権のラニル・ウィクラマシンハ(Ranil Wickremasinghe)首相が、「暫定行政機構」案に前向きに応対した書簡と政府提案(NOTE)をLTTEに提示。ウィクラマシンハ首相は、書簡において、LTTEの求めるものを「北部・東部の復興と開発のための、新規の独創的な組織の創設」と理解。
2003/05/30LTTEが、国民統一戦線(UnitedNationalFront、UNF)政権の回答案を拒否する書簡を、ウィクラマシンハ首相に送付。LTTEは、自らの提案を「暫定行政機構(aninterimadministrativestructure)」の提案と位置づけた上で、政府案を「開発専門機構」であると批判。さらに、その「開発専門機構」の提案においてでさえ、意思決定プロセスや行政プロセスへのLTTEの参加が十分に保障されていないと批判。
2003/06/01ウィクラマシンハ(Ranil Wickremasinghe)首相が、LTTEの書簡(5月30日付)に回答する(書簡)を送付。6月1日付書簡におけるウィクラマシンハ首相の回答。首相は、最高機関におけるLTTEの参加については、LTTEも当然に参加するものとしたうえで、「ムスリム人とシンハラ人の利益のために相互に合意された効果的なセーフ・ガードと調和する形で」という限定つきではあるものの、「LTTEが多数派の声を形成しうる」と説明。首相は、LTTEが要求している北部・東部地域における復興関連事業を実施することはこの首相案によってでも十分に可能である、と主張。さらに、政府案に基づく協議を早急に開催することを求める。なおウィクラマシンハ首相は、書簡の前半で、和平プロセスと国際社会との関わりについて言及。暫定的な行政機構に対する国際ドナー共同体の承認(endorsement)がなければ、北部・東部地域の復興資金を十二分に動員することは困難である、と主張。これは、首相案に示された資金活用メカニズムが復興資金を復興以外の用途に用いないようにするための重要な制度であることを明らかにする見解と言える。さらに首相は、このメカニズムこそが和平交渉プロセス全体を守りうる国際的なセーフティー・ネットの核になるものである、とも主張。
2003/06/04LTTEが、ウィクラマシンハ(RanilWickremasinghe)首相の「6月1日付書簡」を拒否する書簡を送付。
2003/06/09スリランカ復興に日本は10億ドル拠出-9日に開幕した「スリランカ復興支援国際会議」で小泉首相は、「民族紛争やテロの平和的解決のモデル」と述べ、軍事力を用いない「テロとの戦い」の成功例との考えを強調。川口外相は今後3年間で最大10億ドルの拠出を表明。スリランカ復興は、紛争当事者の和平の完全履行を条件に支援を提示する初のケース。スリランカ政府と反政府武装組織「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)は昨年2月に停戦し和平交渉が継続中だが、LTTEは復興の進め方に反発し3月以降、中断している。
2003/06/09「スリランカ復興開発東京会議」始まる-スリランカの和平と復興を支援のため、約70の国・国際機関が参加し「スリランカ復興開発東京会議」が始まった。スリランカのウィクラマシンハ首相は、「連邦制の導入が究極的解決の方法。そこに至るロードマップ作りが重要であり、新しい暫定行政機構を設立する必要がある」と挨拶し、反政府側のタミル人武装組織「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)も参加した暫定機構を設立する考えを初めて示した。LTTE側の要求に譲歩し、中断している和平プロセスへのLTTEの復帰を強く促したものだ。今回、LTTEは会議を欠席している。
2003/06/11「スリランカ復興のため4年間で45億ドル支援」東京宣言を採択-東京で開かれていた「スリランカ復興支援国際会議」は11日午前閉幕した。「東京宣言」では、スリランカ政府と反政府武装組織「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)に対し、和平交渉を着実に進めることが支援の条件と明記のうえ、2003~06年の4年間で総額45億ドルの支援をスリランカに行うことが盛り込まれている。また和平に進展があれば、追加支援の検討もあり得るとし、会議を欠席したLTTEに和平プロセスに戻るよう呼びかけた。
2003/06/11「スリランカ水害に救援を」神戸の主婦が募金呼び掛け-5月におきたスリランカの水害では、250人以上の犠牲者が出た。被害家屋は約4万戸、避難世帯数は約14万のスリランカ過去最大規模。神戸市須磨区の主婦、安藤明美さんが被災者の募金を呼び掛けている。安藤さんはスリランカの教育支援グループ「パウラ」を2000年に設立。幼稚園の建設、文房具の提供、高校進学のための基金設立などを支援。「救援に入ったが、洪水で子どもたちの家が流され、食べ物もなく不衛生」という現地の声を受け、募金を募っている。
2003/06/13「東京宣言」LTTEは拒絶-スリランカ復興開発に関する東京会議で、11日和平交渉の再開を求め採択された「東京宣言」に対し、スリランカのタミル人武装組織「タミル・イーラム解放の虎(LTTE)は、「受け入れられない」との声明を発表した。ウィクラマシンハ首相が示した「暫定行政機構」に対する拒否を表明。復興を優先し、LTTEが求める自治への道筋が見えないことへの不満があるとみられる。
2003/06/14武装組織の船舶撃沈12人死亡-スリランカ北東部トリンコマリー沖で14日朝、タミル人武装組織タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)の船舶をスリランカ海軍が撃沈した。乗員12人は死亡したもよう。中断したままになっている政府とLTTEの和平交渉再開がさらに難しくなるとみられる。
2003/06/15タミル人武装組織、スリランカ海軍に警告-スリランカのタミル人武装組織「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)は、同組織の船がスリランカ海軍に攻撃され、乗員12人が行方不明になった事件で、乗員らに危害が加えられた場合は深刻な結果になると警告した。LTTEは、乗員らに万が一のことがあった場合は、全面的にスリランカ海軍の責任であると明言。「この事件は非常に深刻な結果をもたらすだろう」と述べた。LTTEの船は14日、スリランカ北東沖で海軍と交戦して爆発、沈没した。乗員12人の安否は不明。海軍は武器を積んでいる疑いがあるとして船に停止を命じ、警告射撃を行った。軍当局は、LTTEの船が応戦してきたと述べるとともに、生存者は発見できなかったとコメント。一方、LTTE側は、救命ボートに乗り込んだ乗員らが身柄を拘束されたと主張している。
2003/06/22スリランカを含め4国の加盟承認-ACD外相会議-タイ北部のチェンマイで、東アジアから中東までのアジア地域の協力策などを協議する「アジア協力対話」(ACD)外相会議が行われた。地域協力強化のための多彩なプロジェクト推進合意などを盛り込んだ議長声明を発表。新たに、スリランカ、カザフスタン、クウェート、オマーンの4カ国のACDへの加盟を承認した。
2003/09/09明石康政府代表スリランカ訪問11/11~17-スリランカ復興支援を担当する明石康政府代表(元国連事務次長)は、9月11日から17日までスリランカ、インド両国を訪問予定。スリランカでは12日、6月に東京で開かれたスリランカ復興開発に関する東京会議の「フォローアップ会合」に出席。また、反政府組織「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」幹部とも会談する予定。
2003/09/13コロンボで復興開発会議開催。武装組織LTTEは欠席-スリランカ問題担当日本政府代表の明石康氏は12日、スリランカを訪問。同国の復興開発に関する会議を開催した。しかしタミル人武装組織「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)は会議を欠席した。会議には日本など支援12ヵ国と世界銀行、スリランカ政府などが出席。
2003/09/16LTTEと和平対話再開へ-スリランカ問題担当日本政府代表の明石康・日本政府代表はコロンボ市内で、「数週間以内に交渉が再開されるとの見方があり、私も同感だ」と語った。中断しているスリランカ政府とLTTE「タミル・イーラム解放のトラ」との和平対話が、近く再開されるとの見通しを示した。
2003/09/23LTTE支配地域の連邦制導入のゆくえ-「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)との和平交渉団首席代表、スリランカ政府のペイリス憲法相は、「LTTEは交渉再開の準備をしている」と4月以降中断しているLTTEとの対話再開に楽観的な見通しを示した。これまでの交渉でLTTEがすでに分離・独立の主張を取り下げ、双方が「連邦制」導入で基本合意していることを強調。連邦制の内容については「連邦制とは基本的に、中央政府と地方機関との間の権力分割だ」と述べ、LTTEを地方政府と認め一定の権限を分け与える考えを示した。LTTEはすでにスリランカ北部の支配地域で独自の警察や裁判所を運用。他地域の人間が入域する際には登録を義務付けるなど、半ば「独立国家」に近い自治区を運営している。憲法の枠内でLTTEを「地方機関」と位置付けようとするペイリス氏の発言とは隔たりがあり、交渉が再開されても連邦制のあり方をめぐって厳しい交渉が続くとみられる。政府軍とLTTEの内戦ではこれまでに6万人以上が死亡。昨年2月に無期限停戦で合意し和平交渉が始まったが、今年4月、LTTEが突然交渉を中断し、6月に東京で開かれた復興支援国際会議も欠席した。LTTEは独自の警察のほか、内戦当時の推定約7000人の武装勢力をほぼそのまま維持しているとされる。
2003/10/15日本の支援額-最近の紛争に対する日本の支援額について。◇湾岸戦争(91年)140億(湾岸平和基金115億、周辺国支援25億)◇アフガニスタン(02年)5億6000万(復興支援4億4000万など)◇スリランカ(03年)3年で最大10億◇イラク戦争(03年)04年分で15億(給水・衛生5億、電力4億など)注=単位ドル
2003/11/14ノルウェーが和平仲介停止-スリランカ政府と少数派タミル人武装組織タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)との和平交渉の仲介にあたってきたノルウェーのヘルゲセン外務次官は、スリランカのクマラトゥンガ大統領とウィクラマシンハ首相の対立が解決するまで仲介作業を停止する考えを表明。「(政府側に)明確な方針が確立されない限りノルウェー政府が後押しする余地はない」と記者団に語った。スリランカ政府の交渉団代表のペイリス憲法問題相も既に、和平交渉の延期を発表しており、ノルウェーの仲介停止により、交渉の停滞が一層明確になった。
2003/11/18対立解決に向け大統領と首相が委員会設立-スリランカのクマラトゥンガ大統領とウィクラマシンハ首相は、タミル人武装組織「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)との和平交渉をめぐる対立解決を図るため、委員会を設立。大統領と首相は1時間半の協議後、複数の当局者を委員会のメンバーに任命したことを発表、双方が協力する意向を表明した。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://franklloyd.blog68.fc2.com/tb.php/67-f34a07ae

-

管理人の承認後に表示されます
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。