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才能もなく、資産も少ない人間は、自立できないのか? 

九条の会 戦争放棄の堅持訴え…初の全国集会
戦争放棄をうたう憲法9条の堅持を訴える市民らでつくる「九条の会」が10日、2周年を迎え、東京都新宿区の日本青年館で初の全国交流集会を開いた。運動は全都道府県に広がりをみせており、約1500人が参加した集会では、地域や職種ごとの「九条の会」が5174に上っていることが報告された。

呼びかけ人の一人で、評論家の加藤周一さんは「改憲勢力は議会の多数派だが、国民多数の支持は得ていない。想像力を働かせ、9条を守るために何ができるか考えたい。今なら勝てる可能性がある」と訴えた。評論家の鶴見俊輔さんは「私はもうろくした老人だが、戦争を起こす文明に対して『もうろく人』として反対していきたい」とユーモアを交えて語り、会場を沸かせた。

「改憲勢力は議会の多数派だが、国民多数の支持は得ていない」

こうは断言できない。さまざまな報道機関、政府、民間団体が意識調査を行っていますが、朝日・毎日新聞では改憲に反対が多く、読売・産経新聞には改憲に賛成が多いという結果などは、これは購読者層の違いであるのはあきらか。民間団体も左翼系なら反対が多いでしょう。サンプリング数も問題があります。神戸新聞のアンケートなどは、アンケート総数45人。これでは結論の出しようがありません。真実一郎さんのエントリー、世論調査「改憲容認」75%を読むと面白いですね。選択バイアスの設定など興味深い。

いずれにせよ、評論家の加藤周一さんのように「改憲勢力は議会の多数派だが、国民多数の支持は得ていない」というのは彼の主観、希望的観測でしょう。その改憲の是非を問うのが国民投票なのではないでしょうか。その国民投票を怖がる傾向が左派には見受けられますが、それは結果を見るのが怖いという心理ですね。

また、作家の小田実さんは「資源もなく、食糧自給率の低い日本は、自衛できない。国を守るためには、戦争のない世界をつくるという理想こそが現実的で、その土台にあるのが平和憲法だ」と呼びかけた。

「資源もなく、食糧自給率の低い日本は、自衛できない」

自衛できるか、自衛できないか、二者択一問題に収束する話なのかどうか。世界の国家のほとんどが「資源もなく、食糧自給率の低い」国家であって、資源もあり食糧自給率が100%を越える国家はどれなのでしょうか?

食糧自給率に関して、食糧自給率、脆弱な日本・韓国の食糧安保を見ると、単なる食糧自給率の割合だけでは判定できないのが良く理解できます。穀物にしろ、食肉にしろ、自給率と人口規模を見比べて判定しなければいけません。人口規模が大きければ大きいほどその調達が難しくなります。

「中国については、95%の自給率(2001年統計)であったが、人口規模が大きく、不足の絶対量について単純に計算すれば日本に次ぐものとなる。」ということ。割合だけで判定できる問題ではなく、では絶対量は?という問題と、そして、その食糧輸入の必要性が判定基準とならなければいけません。なにせ、日本が輸入している食糧の内で、国民に絶対必要なカロリー取得に寄与する物はどの程度で、飽食部分はどの程度であるか?ということです。

さらに、これは現在の国際紛争の状況での自給率ですから、いざイランがホルムズ海峡を閉鎖したなどの非常時が発生した場合、中東の石油輸入に頼っている国家の場合、現代の農業は石油無くしては成り立たないので、農業の石油依存度により自給率の下がり方も違ってくるでしょう。また、例えばイランが油断を行った場合、他の石油供給国からの割高な価格での輸入ができる国家とできない国家に分かれます。高い肥料を使っても農業が成り立つ国家と成り立たない国家と。

つまり、資源自給率、食糧自給率の問題は、国際政治問題と各々の国家の購買力に関わってくる問題で、絶対的に「資源もなく、食糧自給率の低い」と言い切れる問題ではない相対的な問題ということです。もちろん、国際紛争の有無に関わらず、日本の資源自給率、食糧自給率が低い、食糧安保が重要という問題に変わりはありませんが。

ということで、「自衛できるか、自衛できないか、二者択一問題に収束する話」ではありませんし、問題は憲法第9条などという些末な問題に収束する話でもないということです。問題は、「(武力という問題だけではなく国家の存続という問題で)自衛しなければならない」という前提で、

「どう自衛しなければいけないか?」

ということなのではないかと。

「戦争のない世界をつくるという理想こそが現実的で、その土台にあるのが平和憲法だ」

という前に、まず国民が食っていける安全保障を確率しなければならず、戦争反対を言うだけ、「戦争のない世界をつくるという理想こそが現実的」などというお題目を唱えても、それは現実的ではないということです。

太平洋戦争は日本の南部仏印進駐により、英米蘭が石油禁輸処置などを通告し、日本国家の存立が危ぶまれたから起こったという一面もあります。英米蘭がそうすれば日本が宣戦布告をするだろうと見越してそういう手段を取ったという一面もあります。

つまり、武力を使わなくとも、資源・食糧で相手を兵糧攻めにできます。平和憲法により、武力行使はしなくとも、日本国及び日本国民の存在の危機になる可能性があるということ。

平和憲法さえ遵守しておけば全ては丸く収まる、などという主張は笑止千万な考えなんですね。これは「神様、仏様を信じていれば全てうまく行く」などという宗教と同じですね。護憲派はこの思想を信仰しているのですからね。

ところで、

この作家の小田実さんの発言を、極論ですが個人に言い換えると、

「才能もなく、資産も少ない人間は、自立できない。そういう人間の生活を守るためには、他人様任せで福祉の充実した世界をつくるという理想こそが現実的で、その土台にあるのが(税収入など無視した)福祉国家(共産社会)だ」

と呼びかけているに等しいですね。いやいや、実に理想的で現実的だ。その個人の努力(自衛、自立)などはしなくても結構、ということでしょう。
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