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ヰタ・セクスアリス4 

昭和54年8月4日(土) 2,068日前

けっきょく、僕はヒイちゃんと寝た。

でも、こういう所有したい、所有されたい、という関係はイヤだ。

海外にでも逃げ出すしかない、とふと僕は思った。

脳裏をよぎったのは、青い海、白い砂の南国の島だった。

しかし、南国の島に行ってしまうのは、まだまだ6年も先の話だ。

僕は、いろいろとがんじがらめになってしまったようだ。

東京では、非常に複雑で繊細な女の子が待っている。横浜では、古い世界に取り込まれた傷つきやすい女の子が待っている。どうすればいいのか、僕にはわからなかった。

しかし、大学では、順調に単位を取得していった。学問なら手練手管は要らない。直球で学んでいくだけで済む。相対性理論、量子力学、物性物理、地球物理、集合論。誰にも会わずに、図書館に籠もる。しかし、彼女らに電話だけはかけておかないといけない。我が家に電話でもかけられた日には、母親と妹の追究が待っているのだ。僕から彼女たちに電話をかけないとダメなのだ。長男の女性交友関係など調べなくてもよさそうなものなのに。。。

昭和54年12月4日(土) 1,946日前

世間は、クリスマスや年末の準備で忙しいようだ。

ヒイちゃんに電話をかけた。

「もしもし、ヒイちゃん?」
「フランク、1週間も連絡してくれなかったじゃない!」
「ゴメン、試験勉強がキツイんだよ」
「いいなあ、大学っていうのも。。。」
「だったら、今からでも遅くないから、来年受験してみなよ」
「いいわ、私は、もう。。。それより、ピザのお店が開店出来そうなのよ!」
「そりゃあ、良かったじゃないか?」
「元町の裏手に良い物件があって、もう契約して、内装の手配もしたの!」
「場所もよさそうだね?」
「人通りが多いのよ。それでね、今度の土曜日にフランクと私とかっちゃんで、うちうちのパーティーを開きたいの。来てくれるわよね?」
「うん、行くよ、住所を教えてよ」
「住所はね。。。」

あまり気が進まないのだけれど、行かないと何が起こるかわからない。

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14th January, 1982 (Thu) before 1,147 days

 僕は就職する。今までのようにはいかない。ちゃらんぽらんではいけない。これ以上、人を傷つけてもいけないのだ。

 僕の実家に籐の椅子がある。戦前に祖父が台湾から持ち帰ったもので、かなり古い。

 籐の椅子といっても、木枠で出来ている藤(ラタン、Rattan)の家具は単に籐製の家具とはいわない。籐製の家具というのは、藤(ラタン、Rattan)と竹(バンブー、Bamboo)だけで出来ている。木枠で出来ている籐製の家具は、正確には、"Rattan Weaving Furniture"と呼ばれる物だ。"Rattan Furniture"とは違うのだよ。と、祖父が僕に説明したのだ。こんな説明をする僕を攻めないで欲しい。祖父が何度もそれをいうので、この違いをわかってもらいたいだけなのだ。

 我が家の籐の椅子に猫が座っているとする。事実座っている。ほとんどの猫は籐の椅子が好きだ。特に、気温が上昇すると彼等は籐の椅子に寝転がりたがる。籐の編み上げで空気の流通が良くなるからなのだろう。タイルの床と共に、夏は籐の椅子が我が家の猫のお気に入りだ。

 彼(猫のことだ)の正面に柱があるとする。その柱の陰から彼を見る。左から覗いて見る。すでに彼は僕を見ている。次に右から覗いて見る。同じことだ。すでに彼の視線は僕を向いている。これを順序を変えて左右どちらから覗いてみても彼はすでに僕を見ている。まったく驚かない。むろん、まったくの赤の他人がやれば違う。彼は赤の他人を警戒して覗く前に逃げ出すのだ。しかし、それは彼が驚いたことにはならない。赤の他人は、彼のルール外の物体だからだ。

 犬は違う。犬は、赤の他人ではない僕がそういうことをするのを驚く。なぜそんなことをするのか、すぐ立ち上がって、柱の後ろを覗くだろう。猫は頓着しない。柱の後ろから覗くという行為の理由はどうであれ、知っている存在が柱の後ろから覗くのなら、問題は右か、左か、どちらかだけでしかない。なぜそんなことをするのか、その理由を知りたいとは思わないのだ。

 猫だと困ることがある。何事にも驚かない。これではコミュニケーションの手づるが掴めないのだ。柱の後ろに何があるのだろうと行動してもらわない限り、右から覗くか左から覗くか、その予想だけでしかない。柱の後ろに何が?と覗いてくれるからこそ、柱の後ろに隠れる甲斐が出てくるというもの。覗いてくれない相手では、飽きてしまって、別の驚く人の方に行ってしまう。

 天文学で赤方偏移という言葉がある。英語でいうと"redshift"。英語の方がわかりやすい。要するに光のドップラー効果のことだ。つまり、地球に対して遠ざかるような運動をしている恒星のスペクトルを測定すると、地球から遠ければ遠いほど、その地球から離れていく後退速度が速ければ速いほど、スペクトルは赤い方にずれていく。膨張宇宙論の根拠になる現象だ。そこで頭のいい人は、宇宙という絶対静止系から考えると、地球に近づく星団もある、と気付く。そうなると、赤方偏移ではなく、青方偏移を起こすんじゃないか?と。ところが、青方偏移を起こしている星団はない。ほとんどの星は赤方偏移を起こしていて、それ以外は赤方偏移を起こしていないということ。なぜかは聞かないで欲しい。僕の専門は天体物理学ではなく、地球物理学、それも海洋物理学なので、天文単位の考えは持たない。キロメーターで測定出来る範囲が専門なのだ。

 猫は、赤方偏移が見える。天上の星々を見てどの星がどれほどの赤方偏移の度合いかがわかる。天上の星々を見て、その星の配置だけを見て、畏怖し驚き感激する犬とは違う。

 猫はつき合いづらいものなのだ。

 犬は驚く、猫は驚かないのだ。

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17th February, 1979 (Sat) before 2,236 days

 今年は、雨の多い春だった。ピーコートというのは寸詰まりのせいか腰から下がスカスカしてかなり寒い。飯田橋に行って来期の単位票を提出した。誰とも会わなかった。部室に行っても誰もいなかった。今日はしっかり南京錠がかかっている。鍵を忘れたので、入るわけにもいかなかった。当たり前だ。春休みで小雨の降る土曜日の午後に誰が大学に出てくるものか。

 まっすぐ家に帰る気もせず、お茶の水で降りてしまった。古本屋でもあさろうかと。僕は駿河台の坂を下っていた。

 お茶の水は何事もなく、ひっそりしていて、春休みの大学街には古本あさりのおじさんがちらほら傘を差して歩いているだけだ。この坂で70年安保なんてやっていて、石畳を剥がして投石していた十年前が想像できない。トボトボ歩いていたら、明治大学の横に来てしまった。文系の大学の方が理系の大学より大学っぽい、というのはなぜなんだろうか?やっぱり、女の子がいるか、いないかの差なのかもしれない。

 門をくぐって、構内に入っても誰もとがめる人もいないので、ズンズン奥の方に行ってしまう。ここは、いつもなら僕の大学にはあまりいない女子学生が闊歩しているのだろうな、などと思いながら、教室、教室を覗いて歩く。もちろん、誰もいないのだが。

 どこを歩いているかわからなくなった時、廊下がつきて、ロビーに出た。ロビーに面して、第一講堂なんて、両開きの古い木の扉の上に大書してあり、その木の扉はちょっと開いていた。そして、講堂の中から、ピアノが聞こえた。

(へぇー、キース・ジャレットを弾いているひとがいる)

 扉を少し開けて、ソォーと、着ていたピーコートを引っかけないようにすり抜けて、講堂に入った。後ろの扉だったので、演壇まではエンエンと座席が三十列くらい続いていた。

 演壇にはスポットライトが一灯だけついていて、その光の輪の中で、女の子が長い髪をサラサラ揺らしながら、鍵盤をのぞき込むようにして、ケルン・コンサートのパートⅠと弾いていた。やけに脚も手も長い女の子だ。

 僕は邪魔をしないように、一番後ろの列のたまたま下がっていた座席にそっと腰を下ろした。キース本人とまではいかないが、ミスタッチがないのはすごい。ケルン・コンサートは即興で演奏されたので、譜面なんかないのだが、僕が聞く限りそのままだ。

 女の子は、全曲を弾き終わると、顔を上げ、一番後ろに座っている僕をジッと見た。

「見たわね?」彼女は、演壇からよく通る声で僕に怒鳴った。

 僕はギクッとして、「ごめん、気付いていたの?」と謝りながら、演壇の方に降りていった。こう離れているとお互い怒鳴り合わなきゃいけない。怒鳴り合っていると喧嘩のようだ。それとも喧嘩かな。

「ドアが開いて、一瞬明るくなれば気付くわよ」

 なるほど。講堂の後ろの扉を開ければ外光が入って一瞬光る。それが目に付いたということか。

 彼女は、前屈みに僕を見下ろす。演壇の上から見下ろされるものだから、心理的に分が悪い。やれやれ。だけど綺麗な女の子だ。目がまったく大きな久保田早紀という感じだ。

「女性はね、注意しなくても、みんな見えるのよ」なのだそうだ。男性は注意しないと何も見えない。女の子って器用だ。

「ふむ、確かにその通り。ゴメン、たまたまキースが聞こえたもんだから・・・」
「あら、知っているの?」
「ちょっと前、高校のとき、FM東京で十一時くらいから岡田真澄の番組でオープニングにかかっていたからね」
「へぇー、あまり、知っている人がいない曲なのよ。ジャズか何かやっているの?」
「いやいや、絵描き・・・いやいや、絵描きって、つまり、美術部」
「美術部で、音楽が好きなんてヘンなの」
「ヘンじゃあないだろ?好きなだけなら。楽器は演奏できないけどね。」
「まあ、いいわ。だけど、覗き見はいけないぞ、キミ」
「たまたまさ」
「男はいいんだろうけど、女は、期待した時にしか、何かを見せないものなのよ」
「ふーん、なるほどね。準備がいるってヤツだな。だけどさ、男はね、偶然とか、たまたまとかが好きなんだけどね。ココをまっすぐ歩け、寄り道するな、っていわれると、寄り道したくなる」
「女はね、出発点から、ゴールまで見渡せないと気が済まない。それで、ゴールで期待通り、花束と祝福の嵐、ってこと」
「男はさ、ゴールで誰も待っていなくて、トボトボ帰ろうとしたら、物陰から、ワッと、現れて、花束差し出されるのが好きなんだ」
「フン、わかりあえそうもないわね、女と男なんて・・・で?」
「で?って?」
「名前ぐらい名乗りたまえ、キミ」
「おお、ゴメン、フランク、っていうんだ」
「フランク・・・『率直』なの?」
 率直?率直かな?まあ、どうでもいいけど。「まあね。キミは?」
「何が?」
「だから名前・・・」
「エミ、って、ヤツよ」
「恵まれる、美しく?」
「違うわよ。フェルメールの油絵、美術館の美」
「ああ、絵美だね、絵のように美しく」

 ちょっとキースの話をした。「ねえねえ、キミ、いまひま?」と彼女がうれしそうに訊ねた。
「小雨の降っているこんな土曜の午後にキースを聴いていたぐらいだからひまだろうね」
「まわりくどいいいかた。つまり、ひまなのね?」
「ひまだよ」
「ちょっとキミと話してもいいわよ、フランク?」という。「僕もキミともっと話したい」と率直に言った。彼女は、「じゃ、ここを閉めるからちょっとまっていてね」と言う。
「それでね、こういう寒い日にはブランディーが一番だと思うの。」
「土曜日の午後の4時に?だいたい、今頃お茶の水のどこでブランディーが飲めるというんだい?」
「それはまかせて。じゃ、いきましょうか」絵美は、じゃ、演奏はこれでお仕舞い、と言った。

 絵美はピアノの鍵盤にフェルトの覆いをかぶせ、蓋を閉じた。舞台の後ろに行く。そこには電気の盤があって、彼女はその扉を乱暴に開ける。ブレーカーのスイッチをひとつひとつ丁寧に切っていく。舞台の照明が落ちていく。慣れた手つきだ。だいたい、女の子が電気の分電盤を開いて、ブレーカーのスイッチを切るなんて動作が出来るというのは、信じられなかった。よくわからない女の子だ。

 講堂の鍵を明大の営繕課にてきぱきと返す。僕らは明大の講堂を出て、駿河台の坂を下った。明大前の交差点を日大理工学部の方に曲がった。左手の山の上ホテルのアネックスを通り過ぎて、山の上ホテルの本館の方に向かう。

「まかせておいてよ。ついてらっしゃい」こういわれて、山の上ホテルのバー『ノンノン』まで連れて行かれた。

 たしかに『ノンノン』は開店時間が午後4時からだ。もちろん、4時からバーにいる人間など宿泊客でもいない。バーテンがグラスを磨きながら「いらっしゃいませ」と僕らにいった。

「カウンターでいい?」と絵美がいう。
「カウンターでいいよ」と僕。
「こぢんまりしているでしょ?」
「いいバーだね。」
「そうでしょ?」絵美はいった。「ところで、ねえねえ、キミのこと、フランクって呼んでいい?」
「いいよ」
「私も絵美と呼んで。名字が嫌いなの」
「そりゃあ僕も同じだ。僕らの名字はありきたりだからね」

僕らはカウンターに座り、絵美はマーテルを、僕はメーカーズマークを注文した。

「絵美はどうしてこのバーを知っているの?」と僕は訊いた。
「叔父がね、よく連れてきてくれるのよ。フランクも大学生のくせにホテルのバーに慣れているようね?」
「中華街のホリデーインでよく飲むんだ。それに銀座のホテルのバーでバイトしているからね」

 僕らは、ジャズや音楽の話をした。それから、大学のこと、専門のことも。彼女は目白の大学の心理学科に通っている。犯罪心理学を専攻したいという。

「十年くらい前にシャロン・テートを殺害した事件があったじゃない?チャールズ・マンソンとその『The Family』が起こした事件なんだけど、知ってる?」
「ああ、ロマン・ポランスキーの奥さんだった女優だよね。猟奇的殺人事件、妊婦殺害、カルト集団、七十年代の産物・・・」
「あの事件を知った後、犯罪心理に興味を持ったの。中学生の時に」
「なるほど。だけど、日本じゃあ、犯罪心理学を専攻しても日本の警察がそういう学者を必要としていないようだね?」
「そう、その方面の専門家が日本には少ないのが実情なのよ。でも、日本はアメリカの二十年遅れを歩んでいるみたいだから、将来、アメリカのようなカルト的で猟奇的な事件が増えてくると思うの」
「僕はそれに関して何ともいえないけれど、でも、心理学というのは面白そうな学問だと思っているんだ」
「フランクの専攻はなに?美術じゃないでしょ?」
「物理学課ということになってる」
「なってる?専攻は物理なんでしょ?」
「まだ、よくわからないんだ。物理学というのは幅の広い学問で、理論物理と実験物理では違う。理論系の物理屋はまるで哲学者のようなんだ。それから、理論物理でも、ミクロの分野を扱う量子力学系の物理学と、マクロの天体の運行や宇宙の成り立ちを扱う宇宙物理学とがある。ミクロとマクロの間は仲が悪い。アインシュタインは、その両者、ミクロとマクロを統合した統一場の理論を作ろうとして失敗したんだ。アインシュタイン、知ってる?」
「相対性理論でしょ?」
「そうそう」
「私、相対性理論って習ってみたいな。面白そうじゃない?」
「絵美っておかしいね。犯罪心理学をやってみたくて、相対性理論も習ってみたいなんて?」
「ねえねえ」とうれしそうに僕の方に乗り出して絵美はいった。「あのね、もしもだけど、フランクがウチの大学のニセ学生で心理学を私と一緒に受講して、私がフランクの大学で相対性理論を受講するのってどうなの?」
「ちょうど、来期の受講に相対性理論は入ってるんだ。うーん、教授に訊いてみてもいいけどね。まあ、訊いてみなくても、必須じゃなくて選択科目だから、一人ぐらい紛れ込んでも教授は気にしないさ。生徒が気にするくらいかな」
「なに?その生徒が気にするって?」
「物理科では女性の生徒は全学年で数人しかしかいないんだ。だから誰が誰だか知っているってこと」と僕はいった。「それにね、キミだからね・・・」
「そのキミだからね、ってなに?」
「つまりね、物理科を志望する女性って、かなり変わり者なんだ。ガリガリのガリ勉で身仕舞いを気にしない女性とか、化粧もしない女性とかで・・・数学科や化学科よりも変わり者なんだよね」と僕はいいにくかったのだけれども言い足した。「キミみたいな女の子が物理科に来ると目立つんだ・・・つまりね、キミは、その、かなり綺麗だってことだけどね・・・」といった。
「それ、ほめているの?」と、僕の方に乗り出して、うれしそうに絵美はいった。
「事実を述べているに過ぎないだけ」
「ふ~ん、喜んでいいの?」
「じゅうぶん、喜んでいいんじゃないかな。かなり綺麗だよ、絵美は」
「ありがと。よぉ~し、じゃあ、二人して四月からニセ学生をするのに賛成でいい?」
「いいよ、心理学も面白そうだ」

 絵美の期待した時でも、場所でもなかったけど、その日から、僕は絵美とつき合うようになった。

 僕は恋をしたのだ。たぶん。

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