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正義の側に立つ者の心理学(4) 

社民党、共産党が衰退した原因は、本来なら政治政党で、立法・行政の担い手の集団であるはずの組織が、立法・行政よりも、司法の権能、それも、こともあろうに日本国の法に従うのではなく、「正義の裁き」に重きを置いて活動している、その活動に重点を置いているからだとも考えられます。

もちろん、与党の政策に対して立法府で反対する、討論・議論することは、立法の役割です。与党の政策に対して、政策を持って反対するなら、それは立法の場での政治政党の権利の行使であるといえます。しかし、自分の党の政策を示さずに反対というのでは、支持もさがると言えましょう。

例えば、社民党で言えば「護憲」というのが政策だと言われていますが、「護憲」は政策ではありません。日本国憲法に「護憲」という項目はありません。憲法自体には、憲法は国会議員の3分の2の賛成と国民の2分の1の賛成があれば変更が可能だという「改憲」可能な考えを示しています。

では、「護憲」が政策ではないならば、「護憲」とは何なのでしょうか?「護憲」は目標なのでしょうか?目標というと、未来永劫にわたりこの現行憲法を堅持する、という目標なのでしょうか?日本国の状態が、現行憲法が制定された五十数年前の状態から大きく変化しても、世界情勢が大きく変化しても、絶対変更しない、そのような目標が存在するのでしょうか?

【憲法】
○〔その組織内で、必ず守るべきものとされる、行動の規準の意〕その国家の 組織・運営の大原則を定めた国家最高の法規。

【法律】
○社会秩序を守るため、国民が従わなければならないと定められた、その国の きまり。国会の議決など一定の手続きによって制定される。法典。法。

憲法そのものは法規・法律ですが、国家の大原則であり、その国家の組織を定義し、運営を定義する物です。憲法未満の法律は、その定義に基づいた運用の範囲を示す物です。定義する法律と、運用の範囲を示す法律は同じ法律でも、意味合いが違ってきます。

「違憲」という言葉は、憲法未満の法律に当てはめた判断ではありません。大原則が違うと言うことです。ですから、イラク特措法は「違憲」である、と主張する人がおります。実際の訴訟事項があれば違憲訴訟を起こすこともできます。

「護憲」というのは、大原則を絶対変えない、ということです。これが科学の法則でしたら、証明された定理は変えられないと言えます。が、人間活動・社会活動においての大原則が絶対変えられない、堅持しなければいけない、などという主張が現実的であるのかどうか。

正義」という非現実的な意味合いならば、それでもいいのでしょう。聖書などに記されている「汝殺すなかれ」とか「汝盗むなかれ」という宗教上の規定であれば、これはまず人類共通の原則だと言えます。憲法は、宗教の法規ではなく、国家の活動の原則ですので、実情にあわない部分は変更しなければ、社会活動上必要な行動が「違憲」になってしまいます。

宗教ならば汝殺すなかれ、という原則、理想を掲げても許されるでしょう。しかし、社会活動を規定する憲法という大原則にとって、実現性のないあまりの理想は許されないと思います。汝殺すなかれ、では死刑は廃止となります。汝盗むなかれでは、一部の商法はできなくなります。そして、もちろん汝姦淫するなかれ、では不倫ができなくなります。不倫はおろか、生殖行為以外のセックスは罪となります。これでは、世界は人類で溢れかえります。

こういった、原則は、いわば建前論であり、それを忠実に守ることに無理があります。イスラム社会に対して日本人が感じる違和感の一つに、コーランの教えを忠実に踏襲した生き方が聖人以外にできるのか?ということです。あんな1千4百年前に書かれた書物が現代に通用する。。。ああ、我が憲法も五十数年前に書かれた書物でしたな。
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