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正義の側に立つ者の心理学(6) 

1998年から不思議なことが起こり始めました。1998年以前は2万2千人代だった年間自殺者の数が突如3万3千人になり、以後高止まりをしています。

経済は、その頃からデフレの動きが顕著となり、それ以前から薄々と感じられていた右肩上がりの経済の崩壊が明らかになってきました。戦後日本の学卒-就職システム、いわゆるパイプラインシステムに亀裂が生じ、大学を卒業しても就職の保証はなく、就職しても昇給・昇進の保証はなく、雇用の保障もなくなりつつあります。

大量生産・大量消費型のオールドエコノミーは、他の人間と同じ事をこつこつ毎日やっていれば、パイプラインにのって昇進昇級が保証され、退職金が支払われ、退職後の企業年金が受け取れました。それが90年代を通して、徐々にアメリカ型の能力給制度など、個々人の能力次第ではいくらでも給与アップ、スキルアップできるという、聞こえはいいですが、用意ドンで、みんな同じスピードで出世し、定期ベースアップするという制度が崩れてきました。アメリカでは、クリントンがニューエコノミーの勝利、不況なき経済を誇っている頃でした。

かつてのニューエコノミーの時代、IT分野に限らず、日本のあらゆる分野の仕事が、いつのまにか、スキルアップできる者とできない者、専門家になる者と単純作業者という区分けが徐々に浸透し、少数の専門家グループと多数の単純作業者の2極化が起こってきました。これは、コンピューター技術の進歩でIT産業から始まったことが、コンピューター技術が各企業に浸透するに従い、全産業で始まったってきたことです。

ところが、1998年というと、世代的には1976年頃に生まれた世代が大学を卒業した年です。1970~80年という年代は、詰め込み教育でがんじがらめであり、マニュアルに従った問題には答えが出せるが応用問題はまるでダメ、という世代です。もちろん、それ以前の世代も話は同じです。

ところが、世の中が突然応用問題が解けなければ、昇進昇級はおろか職に就ける事も、職の保証もない世の中にかわりつつある世界になってしまった。マニュアルという単純なものに従っていれば安穏と生活できた世界は過去に去ってしまった、ということです。いや、マニュアルはまだ残っていますが、そのマニュアルを作成する側と、そのマニュアルに従う側、という2極分化した世界ということです。

人生のマニュアル通りに事態が進まず、それまでの教育も生き方も、マニュアル通りで応用の利かない人生だったわけですから、人生のマニュアルの崩壊と同時に、人生の崩壊が起こった、応用できない人生ですから器用な対応などできず、最後のマニュアルは、マニュアルからの逃避、自殺に逃げるという事態が顕著に起こっていると言えるのかもしれません。

「何かの名において行う、裁き」なる正義の側に立つ者的な生き方は、この「~の名において行う」という個人の視点を他者の考え、何かの引用におくというマニュアル式考え方の一典型です。

正義の名において裁断していれば、裁断する者自体は傷つかず、評論家的に物事の動きも、自分の見方も安閑としていられます。自身は考える必要もなく、闇雲にマニュアルである正義にしがみつきます。しかし、それは、この新しい時代においては、自分の考えという応用能力を放棄した敗者の論理になる、ということに正義の側に立つ者は気づきません。

自殺者の急増現象を押しとどめるためには、景気の回復などという単純な、マニュアル化された方策が有効とは限りません。むしろ無力であるかもしれない。高度成長期を通じて行われた学校教育、社会の情操教育を捨て去って、個々人の独自性、自立を高める考えを世代の上から下までが身につけなければ、マニュアルを作る者がますます少数化し、マニュアルに使われる者が多数化する2極化が進行するように思えます。

おのおのが自身で考え行動する、正義の側という安易な考えに立つのを止めることは、日本国民の民度を高め、収奪する側と収奪される側の収奪の率が少なくなる近道であるのではないでしょうか。学校教育のみならず、生涯にわたっての知の訓練が、遠回りのように見えて、逆にこの日本の社会を好転させる道ではないかと思います。

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