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独立後第2期 (1956~1964年) 

3moench2.jpg独立後第2期 (1956~1964年)

1956/04/05第3回総選挙実施(投票は、5・7・10の3日間)。全95議席中、UNPが8議席、SLFPが率いる人民統一戦線(MEP)が51議席、平等社会党(Equal Society Party [Lanka Sama Samaja Party, LSSP])が14議席、連邦党(Federal Party)が8議席、その他が14議席。人民統一戦線(MEP)の勝利。SLFPが第1党に。 人民統一戦線(MEP)が勝利し、S・W・R・D・バンダーラヤーナカ(Solomon West Ridgeway Dias Bandaranaike)が、第4代首相に就任(~1959.9.26)。
1956/06/05連邦党(Federal Party)の議員(タミル人)らが、シンハラ語公用語法(Official Language Act of 1956[Shinhala Only Act])に反対して平和的なデモ(Satyagraha)を実施。そのデモ参加者をシンハラ人が襲撃。以後、シンハラ人とスリランカ・タミル人との暴動が、コロンボ市内、東部州などで続発する(「1956年の暴動」)。100人以上が死亡(大半がタミル人)。
1956/06/15シンハラ語公用語法案が、下院(House of Representatives)を通過。
1957/07/25バンダーラナーヤカ・チェルヴァナーヤカム協定が成立(チェルヴァナーヤカム[S. J. V. Chelvanayakam]は、連邦党の指導者)。これは、タミル語を少数民族の言語と認めたうえで、北部州と東部州におけるタミル人の特別な地位を認めるもの。しかし、シンハラ人の反発が強まる。
1957/12/19セイロンとソビエト連邦の間に、外交関係が開かれる。
1958/01/01S・W・R・D・バンダーラナーヤカ(Solomon West Ridgeway Dias Bandaranaike)が、バンダーラナーヤカ・チェルヴァナーヤカム協定を破棄。
1958/01/01民間のバス会社が国営化される(以後、国営化政策が続く)。サルウォーダヤ(Sarvodaya)運動が開始される。
1958/05/27連邦党(Federal Party)の議員(タミル人)をシンハラ人が襲撃し、殺傷(22日)。これがきっかけとなり、各地でスリランカ・タミル人とシンハラ人との暴動が発生(「1958年の暴動」)。数百人が死亡、数千人が家を喪失。非常事態宣言(State of Emergency)(7月7日に解除)。
1958/08/01コロンボ港が国営化される。
1958/08/14タミル語(特別規定)法(Tamil Language (Special Provisions) Act)が制定される。これは、シンハラ語公用語法を緩和する法律で、行政・司法業務ではタミル語を用いてもよいとするもの。
1959/09/25S・W・R・D・バンダーラヤーナカ(Solomon West Ridgeway Dias Bandaranaike)が、急進的なシンハラ人仏教僧に暗殺される。
1959/09/26ウィジャヤナンダ・ダハナーヤカ(Wijayananda Dahanayake)が、第5代首相に就任(~1960.3.20)。
1960/01/06国会解散。第4回総選挙へ。
1960/03/19第4回総選挙実施。全151議席中、UNPが50議席、SLFPが46議席、連邦党(Federal Party)が15議席、その他が40議席。UNPが第1党に。
1960/03/21UNP党首のダッドリー・セーナーナーヤカ(Dudley Shelton Senanayake)が、第6代首相に就任(~1960.7.21)。
1960/04/22ダッドリー・セーナーナーヤカ政権に対する不信任案が可決される。
1960/04/26ダッドリー・セーナーナーヤカ(Dudley Shelton Senanayake)が、国会を解散。第5回総選挙へ。
1960/07/20第5回総選挙実施。全151議席中、UNPが30議席、SLFPが75議席、連邦党(Federal Party)が16議席、その他が30議席。SLFPが第1党に。
1960/07/21SLFPのシリマウォ・R・D・バンダーラヤーナカ(Sirimavo Ratwatte D. Bandaranaike。S・W・R・D・バンダーラヤーナカの妻)が、第7代首相に就任(~1965.3.25)。世界初の女性首相の誕生。
1961/01/14政府からの助成を受けている私立学校が、すべて国有化される。
1961/04/14連邦党(Federal Party)が市民的不服従運動を実施。
1961/04/18連邦党が非合法化される。全島に外出禁止令(~1963.4.30)。
1961/05/29セイロン石油公社が設置され、石油の小売り供給が国営化される。
1961/07/01セイロン人民銀行(Ceylon People's Bank)が設置される。
1961/07/27セイロン銀行(Bank of Ceylon)が国営化される。
1962/01/27スリランカ政府軍および警察による軍事クーデターが、失敗に終わる。SLFPの親社会主義的・親仏教的な政策に反発してのもの。
1963/01/01シンハラ語の公用語化を推進。
1963/04/30743日間にわたる非常事態規制(Emergency Regulations)が解除される。
1963/08/12統一左翼戦線(United Left Front)が結成される。
1964/10/15SLFPが、報道機関接収法案(Press Takeover Bill)を議会へ提出。対象は、UNP寄りの報道をしているとしてSLFPに批判された、新聞社のレーク・ハウス(Lake House Group)。
1964/10/30シリマウォ・シャストリ協定が成立(シャストリ[Shastri]は、インドの第2代首相)。これは、セイロン市民権法(1948年)で国籍を剥奪されたインド・タミル人の処遇に関するもの。インドとセイロンでインド・タミル人の引き取り人数を設定し、セイロンはインド・タミル人20万人に国籍を付与することになった。
1964/12/03SLFPに所属する国会議員14人が、UNPに移籍。
1964/12/17シリマウォ・R・D・バンダーラヤーナカ(Sirimavo Ratwatte D. Bandaranaike)政権に対する不信任案が可決。総選挙へ。
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