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ラッセル・アインシュタイン宣言と憲法9条(17) 

2005年4月のニュースですが、国連安保理の常任理事国入りを目指す日本・ドイツ・インド・ブラジルの動きにつれて、韓国と中国のトップが日本以外の国家を訪問して、「それにしても日本は。。。」的な発言を繰り返して日本のイメージダウンをはかる戦略をとっていたことを覚えている方もおられると思います。

常任理事国入り 問われる「敗戦国」の作法
韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領はドイツが大好きなようだ。2週間ほど前、ベルリンを訪問した折も、「ドイツの過去の清算を尊敬しています」「良心と勇気、実践によって信頼を回復しました」と褒めちぎった。

日本とともに国連安保理の常任理事国入りを目指すドイツへの、手放しの賛美。それに引き換え……と日本に問いかけるかのようだった。

同じころ中国の温家宝(ウェン・チアパオ)首相は、かつての宿敵・インドを訪問。国境争いにけりをつけるよう首脳会談で合意し、共同声明にこううたった。「中国は、国連と国際社会で積極的な役割を果たしたいというインドの希望を理解し、支持する」

やはり常任理事国に意欲を燃やすインドへの、これ見よがしのサービスである。中国国内では激しい反日デモ。温首相は記者会見で「アジアの人々の強い反応は、日本政府に深い反省を促すだろう」と言ってのけた。

インドはともかく、(日本と)同じ敗戦国ドイツの身の処し方は、何かにつけて日本と比べられる。少し前、一緒に食事した韓国の外交官もそうだった。

日本と同じ敗戦国ドイツ

この言葉をほとんどの日本人でさえも納得している。朝日新聞はもちろんこう言いたいのでしょう。中国・韓国と同じスタンスで考えているのでしょう。

しかし、

ドイツは日本と同じ(条件の)敗戦国なのでしょうか?

さて、

ドイツの降伏時の状態はどうであったでしょうか?

ドイツの降伏前、まだヒトラーが生きていた頃、ヒトラーはあくまでドイツの徹底抗戦を叫び、降伏を断固として拒否していました。

ドイツ国民がいつかもう強くもなく、自らの生存のために血を流すほど献身的でもなくなれば、滅びてもっと強い国に抹殺されるがよい
by アドルフ・ヒトラー

1945年以前にも連合国に対してなんとか良い条件で降伏をするために、元ライプチヒ市長のゴードラーや砂漠の狐、ロンメル将軍などがヒトラーの暗殺計画をたてましたがいずれも成功しませんでした。

1945年5月には、ドイツのほぼ全領土はアメリカ軍、ソ連軍をはじめとする連合軍に蹂躙されていました。政府のトップであるヒトラー総統は自殺、政府高官・要人のほとんどは自殺、逃亡、または捕虜となり、まったくの無政府状態に陥ったのです。ドイツの降伏前には、ナチスドイツ政府は影も形もなくなっていたのです。

その直後、海軍のデーニッツ提督(ナチ党ではない旧ドイツ帝国軍人)がヒットラー総統の後継者として、降伏条件に署名しましたが、これはドイツ軍に関する降伏のみ、ドイツ国家としての降伏ではありませんでした。

さらに、デーニッツ提督は降伏直後、逮捕され、それ以後、ドイツ政府の後継者なるものは存在しなかったのです。

政府も完全に消滅し、軍も崩壊、なんらかの降伏条件が連合国から提示されて、それにドイツ政府が調印、敗戦となったわけではありません。戦後のニュールンベルグ裁判では、ゲーリング、ローゼンベルグ、リッペントロップ、ヘス、カイテル、カルテンプルンナーらのナチス指導者達はヒトラーにすべての罪をかぶせようとしました。後にイスラエルの法廷で裁かれたアイヒマンも「総統の命令に従っただけ」と言っています。全ては絶対悪であるヒトラーが悪いということを彼らは主張したのです。

ドイツの敗戦は、政府の崩壊、軍の崩壊、全ドイツ国土の連合軍による占領という状態における敗戦です。日本の政府、及び当時の主権者である天皇がポツダム宣言を受託し、無条件降伏をしたという敗戦とはまったく様相を異にしているということです。

ウィキペディア-無条件降伏
無条件降伏(むじょうけんこうふく)とは、ある国家または軍隊が示した降伏条件に、交戦相手は無条件に従うという取り決めで降伏することである。無条件降伏については、日本とドイツによって第2次世界大戦に行われたものが注目されている。

同じ無条件降伏ですが、内容の違う無条件降伏です。

ですので、その後の国家のあり方、憲法の制定は日本とドイツでは違っています。

つまり、

第2次世界大戦後のドイツの場合は、完全な無条件降伏であったといわれる。国際法では無条件降伏などで国家が機能を果たしていないとき、または事実上無政府状態であるときは、憲法などの国家の根幹に関わる制度の変更を行ってはならないと理解されている。このため、ドイツは、これを理由に連合国に対して急進的な憲法の改変を拒否し、その後にドイツ共和国基本法(憲法、制定当初は西ドイツのみで適用)を制定している。

ということで、ドイツの場合には、降伏時には、その降伏の条件を検討し受諾する政府もなければ軍も存在していなかったということです。日本の場合は無条件降伏とは言え、まったくの完全な無条件ではありません。政府が存在し、軍も規律を保っていたのですから、条件のなにがしかはありました。

しかし、

ナチスドイツの場合は、降伏後連合軍と交渉する政府もなければ軍もない、まったくの無政府状態での完全無欠な無条件降伏だったと言うことです。
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