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独立後第1期 (1948~1956年) 

0235AN~1.jpgスリランカの独立後第1期 (1948~1956年)は、インド・タミル人の70%に及ぶ約90万人に対し、市民権の付与を否定したことなどあって、現在の内戦の種が蒔かれました。

1948/02/04英連邦内の自治領として独立。ドン・S・セーナーナーヤカ(Don Stephen Senanayake)が初代首相(~1953.10.12)。統一国民党(United National Party,UNP)政権。
1948/11/15セイロン市民権法第18号(Ceylon Citizenship Act No.18)を制定。インド・タミル人の70%に及ぶ約90万人に対し、市民権の付与を否定(1949年には、選挙修正法によって選挙権をも剥奪)。
1948/12/18全セイロン・タミル会議(All Ceylon Tamil Congress)から、連邦党(Federal Party)が分離(スリランカ・タミル系の政党)。全セイロン・タミル会議は、タミル会議(Tamil Congress)に名称を変更。
1949/10/10スリランカ政府軍の創設を認める法案が、国会を通過。
1950/01/23エア・ランカ(Air Lanka)が国際線を就航。
1950/02/13国旗を公式に制定。
1950/07/01「アジア・太平洋地域における協同的経済社会開発のためのコロンボ・プラン」(通称コロンボ・プラン)が開始される。
1950/08/28世界銀行と国際通貨基金(IMF)に加盟。
1951/01/01セイロン・インド人会議(Ceylon Indian Congress)が、セイロン労働者会議(Ceylon Workers Congress)に名称を変更(インド・タミル系の政党)。
1951/09/02S・W・R・D・バンダーラヤーナカ(Solomon West Ridgeway Dias Bandaranaike)がUNPを脱党し、スリランカ自由党(Sri Lanka Freedom Party, SLFP)を結成。
1951/11/22国歌が公式に制定される。
1952/03/22ドン・S・セーナーナーヤカ(Don Stephen Senanayake)死去。
1952/03/26ダッドリー・セーナーナーヤカ(Dudley Shelton Senanayake)が第2代首相となる(ドン・S・セーナーナーヤカの息子)。
1952/04/08国会解散。第2回総選挙へ。
1952/05/24第2回総選挙実施(投票は4日間におよび、5月30日に終了)。全95議席中、UNPが54議席、SLFPが9議席、平等社会党(Equal Society Party [Lanka Sama Samaja Party, LSSP])が9議席、その他が23議席。UNPが第1党になり、ダッドリー・セーナーナーヤカ(Dudley Shelton Senanayake)が首相を続投。
1953/08/12左翼政党と労働組合が、食糧(米)配給制度に対する補助金カットに抗議して、ゼネラル・ストライキ(hartal)を実施。外出禁止令(8月20日解除)。
1953/10/12ダッドリー・セーナーナーヤカ(Dudley Shelton Senanayake)が首相を辞任。第3代首相にジョン・L・コタラーワラ(Sir John Lionel Koterawala)(~1956.4.11)。
1954/01/18インド・タミル人の処遇に関し、「コタラーワラ・ネルー協定」が成立(ネルー[Jawaharlal Nehru]は、インドの初代首相)。
1955/12/14国際連合に加盟。
1956/01/13ダッドリー・セーナーナーヤカ(Dudley Shelton Senanayake)が国会議員を辞職し、UNPから脱退。
1956/02/18国会解散。第3回総選挙へ。
1956/02/22SLFPが中心となり、人民統一戦線(People's United Front[ Mahajana Eksath Peramuna, MEP])を結成。
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