イギリス植民地時代 (1796〜1948 152年間)
スリランカがヨーロッパの植民地であったのは16世紀から20世紀まで、1505年から1948年までの443年間にのぼります。紀元前のシンハラ族の植民から伝承では紀元前5世紀です。2500年間の建国の内、ほぼ5分の1が植民地の歴史でした。
1505〜1658 153年間 : ポルトガル植民地時代
1658〜1796 138年間 : オランダ植民地時代
1796〜1948 152年間 : イギリス植民地時代
その内、イギリス植民地時代は、建国してから6%、植民地時代の34.3%の152年間です。
| AD1796 | イギリスが、コロンボ(Colombo)、ジャフナ(Jaffna)、カルピティア(Kalpitiya)、トリンコマリー(Trincomalee)をオランダから奪取し、イギリスによる植民地支配の時代に移行。イギリスの当初の目的は、フランスに対抗するために、ランカー島をインド帝国の防衛基地として利用することであった。経済的な価値を評価し始めるのは後々のこと。 |
| AD1802 | オランダが、イギリスにスリランカを譲渡する「アミアン条約(Treaty of Amiens)」に調印。オランダとイギリスによる二重統治から、イギリスによる一元的な統治体制へ移行。 |
| AD1803 | イギリスとキャンディ王国との関係が、悪化し始める。 |
| AD1815 | イギリスが、キャンディ王国の内乱に乗じてキャンディ王国を滅ぼす。キャンディは1つの州となり、2357年続いたシンハラ人の独立が終わる。以後、イギリスに対する暴動が続く。 |
| AD1823 | 大規模なコーヒー・プランテーションが開始される。 |
| AD1827 | コーヒー豆の最初の輸出が行われる。 |
| AD1828 | 移民労働者(インド・タミル人)の第一陣がインドから到着。 |
| AD1832 | 最初の政府系新聞である The Colombo Journal が発行される。 |
| AD1834 | 最初の独立新聞である The Ceylon Observer が発行される。 |
| AD1844 | 奴隷制を完全に廃止。 |
| AD1847 | 仏歯の管理が、キャンディの仏教僧団(bhikkhus)に移譲される。 |
| AD1848 | キャンディで反乱が発生。 |
| AD1860 | 最初のシンハラ語新聞である Lanka Lokaya が発行される。 |
| AD1864 | 最初のタミル語新聞である Udaya Tarakai が発行される。 |
| AD1870 | 紅茶の最初の輸出が行われる。1869年に発生した病害によって、コーヒー・プランテーションは壊滅していく。 |
| AD1872 | ルピーとセントが導入される。 |
| AD1873 | 仏教徒とキリスト教徒の間で、教義論争(Panadura Debate)が起きる。 |
| AD1879 | 国家助成による学校制度が創設される。 |
| AD1885 | シンハラ暦とタミル暦の正月(4月13日)が、祝日になる。 |
| AD1887 | 英国医療協会(British Medical Association)のセイロン支部が設置される。 |
| AD1915 | キャンディ(Kyandy)で、シンハラ人とムスリム人の暴動が発生。ムスリム人はムーア(Moor)とも呼ばれるが、大半はイスラム教に改宗したタミル人。 |
| AD1919 | セイロン国民会議(Ceylon National Congress)が結成され、平和的な独立を求めて活動を開始。統一国民党(United National Party, UNP)の母体。 |
| AD1928 | ドノモア委員会(Donoughmore Commission)が、憲法改正に関する報告書を公表。セイロン労働党(Labour Party of Ceylon)が結成される。 |
| AD1931 | ドノモア憲法が施行される。21歳以上の男女普通選挙制度が導入される(1958年から18歳以上)。 |
| AD1935 | 平等社会党(Equal Society Party [Lanka Sama Samaja Party, LSSP])が結成される(トロツキー主義の政党)。 |
| AD1935 | 土地開発法が成立。非セイロン人と規定されたインド・タミル人への、公有地の譲渡を禁止。 |
| AD1939 | セイロン・インド人会議(Ceylon Indian Congress)の結成(インド・タミル人の組織)。セイロン銀行(Bank of Ceylon)の設立。 |
| AD1941 | 政府による米と砂糖の配給が開始される。 |
| AD1942 | 日本軍が、コロンボ(Colombo)とトリンコマリー(Trincomalee)を爆撃。 |
| AD1943 | セイロン共産党(Communist Party of Ceylon, CP)の結成。 |
| AD1944 | 全セイロン・タミル会議(All Ceylon Tamil Congress)の結成(スリランカ・タミル人の組織)。 |
| AD1945 | ソウルベリー委員会(Soulbury Commission)が、憲法改正に関する報告書を公表。無償教育制度の導入(幼稚園から大学まで)。 |
| AD1946 | ソウルベリー憲法の公布。統一国民党(United National Party, UNP)の結成。 |
| AD1947 | 独立法案(Independence Bill)が議会を通過。イギリスが、セイロンに完全な独立を付与する協定に調印。 |
| 1947/07/07 | 国会が解散。 |
| 1947/08/23 | 第1回総選挙が実施される(投票は19日間に及び9月20日に終了)。統一国民党(UNP)が勝利。95議席中、UNPが42議席、平等社会党(Equal Society Party [Lanka Sama Samaja Party, LSSP])が10議席、その他が43議席(スリランカ自由党はまだ結成されていない)。UNPが勝利し、第1党に。 |
| 1947/09/24 | ドン・S・セーナーナーヤカ(Don Stephen Senanayake)が初代首相に就任。 |
| 1948/02/04 | 英連邦内の自治領として独立。152年間に及ぶイギリス支配の終わり。 |
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[2006/07/04]
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教育制度教育制度(きょういくせいど)とは、教育上のある目的を実現するためのもので、社会的に公認され、定着している組織である。教育制度の領域教育制度は、一般的には学校制度を中心に構成され、学校制度と同義語として用いられることも多い。しかし、教育制度の範囲を
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