スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

集中・集中力(5) 

「集中・集中力(1)」で頂いた別のブログのコメントの整理を続けます。私の、「では、集中する、って何?」という問いかけに対して、みなさんのお答えは、

やはり、B型ですから、一つのことに集中するのが苦手なのはよーくわかりますよ。私なんて、いつも一つのことをやりながら、もう一つのことをやっています。でも、一人の男性とつきあいながら、もう一人の男性とも遊ぶなんてことはないので、とりあえず。(笑)

ある人間がひとつの事だけ(ひとつの事象だけ)を考えるという集中の状態はあまり発生しないのです。自分の頭の中を探れば、わかるはずです。電車の中である本に夢中になっていた、とします。その本の世界にだけ没入していることができるでしょうか?電車の轟々と走る騒音、周囲の乗客の乗降。なにがしか別の事を考えているはず。しかし、意識のほとんどは本を読むという事象で占められているので、降りるのをうっかり忘れたり致しますが、でも、降りるのを忘れるというのを思い出す程度には、他の事象の事も考えているのです。人間は同時に数件、或いは十数件、或いは数十件の事象を考えています。おまけに、その事象がPCのデータのフォルダーのように階層状態になっていて、とてもではありませんがたった一つだけのことなど考えられません。

集中とは、エッチしてイケるときの状況です。(爆)

で、このエッチしてイケる時のある一瞬というのは、意識の中に、その「イク!」という想念しかない稀有な時なのかもしれませんね。

集中力、自分にとって耳の痛い言葉です。多分ですが、私なりに感じている集中力とは、「飽きない」とこだと思われます。直ぐに飽きちゃうんですよ。

飽きる、ということは、その事象が意識の外に出てしまう状態です。集中は、意識の中にある事象を肥大化させる作業ですので、そもそも意識の中になくなってしまった事象に対しては、集中もクソもなくあなります。「飽きる」というのは、「集中」の前段階の意識に留める作業をしなければいけないという事でしょうね。

集中とは、忘れることです。一つのこと以外忘れてしまうことかな?研究に没頭するあまり、第一次世界大戦(だったかな?)のことを知らなかった研究者というのが、いたとかいなかったとかいう話がありませんでしたか?集中とは、ああいうもんです。

で、この忘却です。

座禅というのは、静的集中、日本的集中の概念の典型です。その場合、意識の量を少なくして、考えない境地、つまり無我の境地に至る、ということですから(もしも、そんな事が可能だとしてですが)、とっても静的な物です。その時、忘れ去る(無我)というのは、逆に取っても能動的忘却と言えます。

西欧的な集中は、これと違って、動的集中です。意識の中で、他の事象を押しのけて、ある事象で一杯になるという状態ですので。その時、自然に他の事象は小さくなる、ある事象は(顕在)意識の外、意識に押しやられる。ということで、これは、逆に、受動的忘却といえるのではないでしょうか。

さて、ここまで、七面倒くさいことをダラダラ書いてきましたので、これから、どう集中するか(ある事象で意識を覆い尽くす)、具体的なノウハウと、集中し過ぎは体の毒どころか、ある時には生命の危険もあります、という事を述べたいと思います。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://franklloyd.blog68.fc2.com/tb.php/124-719d5f9c

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。