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三島物語 

世界には不思議な相似を持った3つの島があると思ってます。誰も言い出さないので私が言ってみようかなと。

世界で地政学的に相似な3つの島国。

map-3islands.jpg日本

 日本民族がどこからきたか、未だにわかりません。言語的には、ツングースやモンゴル、朝鮮、ハンガリーなどと同系統の少数派の言語です。たぶん、北からは、中国東北部の松花江一帯から外興安嶺(スタノヴォイ山脈)以南のロシア極東地域および朝鮮半島北部にかけて居住していたツングース系民族の女真族が移り住んだのかもしれません。或いは、中国の江南地方から移り住んだ中国人(但し、当時の言語は古代タイ語系)もいたでしょう。ポリネシアンも移ってきたかもしれません。しかし、その中で多数を占める移住人口が朝鮮半島から移り住んだのは確かなことでしょう。その人間が、現在の朝鮮南西部の百済の人間だったかもしれず、高句麗の人間だったかもしれず。日本人の血液の中には、かなりの朝鮮半島民族の血が流れていると思います。

 日本は古代中国帝国から朝鮮半島民族を通じて文化を仕入れました。古来独自の文化がありましたが、中国文化と混淆して、独特な文化を形成しました。仲介した朝鮮半島民族は、我々が仲介したり、移民をしたりして日本という国家・文化が形成できたと言っております。そして、戦前の一時期、仲介した(島国よりも優れた)民族を植民地化したと憎悪しています。中国帝国は、大陸帝国の末裔。日本は古代では辺境の地。しかし、朝鮮半島は、その武力の政治の文化の及ぶ地域でした。この半島を巡って、白村江に始まる幾多の戦争を経験してきました。

 近代になって、中国帝国(当時の清朝)が衰退し、日本は文化の中継地の朝鮮半島を植民地化し、中国帝国の一部を切り取ろうと目論みました。

英国

 英国を構成する諸島には古来からケルト民族が住んでいました。ローマ帝国の昔、シーザーが合従連衡した現在のフランス、スペインに居住していた民族と同じ民族です。ライン川以西にはケルト民族よりも蛮族(狩猟、非定住という意味で)であったゲルマン民族が住んでいました。ローマ帝国の伸張に伴い、ケルト民族は徐々にラテン民族(イタリア人などの地中海民族)と混血したり、大陸から追いやられたりしました。現在ケルトの血を濃厚に残す英国の地域は、アイルランドとスコットランド、ウェールズの一部になります。イングランドは、ローマとの混血をはじめとして、ノルマン人の侵略があったり、ローマ化したフランスのフランク族の王族が支配したり、逆に、フランク族の英国国王がフランスの一部を植民地化したりしました。近世になると、王族はゲルマン人から迎えたりしています。

 アイルランド人は、古来からの歴史や、ローマの文化をいち早く取り入れた先進性などでプライドを持っていますが、近代の一時期、イングランド人の侵略で植民地化されました。それが継起となって、大量にアメリカなどに移住を致しました。未だに、アイルランド人は、古代からの血脈の誇りを持っていて、混淆したイングランド人に対するプライドは高い物があります。

 大陸側のローマ帝国の末裔のラテン民族は、先進地域としてのプライドを持っています。島国で、海賊行為で有名であったイギリスが、一時世界の海を制覇したのに良い感情は持っていませんでした。それで、ナポレオン戦争などで、イギリスと大陸諸国は数々の戦争を行いました。

map-india.jpgスリランカ

 スリランカのシンハラ王朝は、紀元前500年くらい前に現在のパキスタン南部やインドのグジャラート州などから海づたいにボンベイ、ゴア、コーチンなどに徐々に南下して、スリランカに行き着いたのだと言われています。元々は、北インド/パキスタンの民族だったのです。しかし、現在では定かにわかりません。その当時のスリランカ島には、先住民族のドラビタ人(ポリネシア系と言われています)や南インドのタミール人が住んでいたと思われます。タミールネットなどでは、シンハラ族のスリランカ移住は2500年前だが、タミール人は5000年前からスリランカに住んでいた先住者であると言っています。

 古代のインドの文明を作ったのは、アーリア系の北インドの種族ではなく、南インドのドラビタ系の種族だと言われています。パキスタンのハラッパーをはじめとする古代文明はドラビタ系の文明であると。それが北部からアーリア系の人種が侵略を始め、徐々に南部に押し込められたようです。現在のタミール人はタミールナドナ州に多く住んでいますが、「タミールナドナ」の「ナドナ」とは国家という意味があります。ですから、おかしいことに、「タミールナドナ州」とは「タミール国州」という意味なのです。インド共和国の中で、あまり中央政府に重きを置いていない意識がかいま見えます。

 古代から古くスリランカに定住していたタミール人は、スリランカでは「スリランカン・タミール」と呼ばれています。それに対して、19世紀に南インドを植民地化した英国がタミール州からスリランカに紅茶栽培のための労働奴隷として連れてきた100万人のタミール人を「インディアン・タミール」と呼びます。

 おしなべて、「スリランカン・タミール」は裕福であり、スリランカ政府にも大臣を出していて、LTTEの闘争にはあまり組していません。LTTEの闘争に賛同しているのは、あまり裕福ではない「インディアン・タミール」の方です。

 LTTEの幹部の一人はフランス人と結婚しており、その縁でフランスにかなり強固な地盤を置いていました。フランス政府も以前まではLTTEを少数民族の政治団体として認知しており、フランス内での政治活動や基金の収集も許可しておりました。そこでLTTEは、海外に居住する裕福なタミール人から、ある人間からは自発的に、ある人間からは脅迫をもって、募金を集め、それを闘争資金としておりました。この募金収集で、暗殺されたヨーロッパ居住のタミール人も多数おります。タミール州のタミール人が韓国人のようなものなら、LTTEは北朝鮮のようなものと言えるかもしれません。

 インド政府がスリランカを支援するのは、スリランカのタミール問題が飛び火して、インドのタミール州が分離独立を言い出すのを阻止するためです。パキスタン政府がスリランカを支援するのは、LTTE支配地域に居住するイスラム系スリランカ人をLTTEが迫害しているためです。

う~ん、以上、うろ覚えで書きまして資料を見ていません。間違いが散見すると思いますが、後で書き直します。間違いはご指摘下さい。

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