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ヰタ・セクスアリス9 

昭和59年3月18日(日) 0日 25才
18th March 1984(Sun) 25 years

昭和59年3月18日、江崎グリコ・江崎勝久社長が何者かに誘拐される。3日後の21日に無事発見される。

同日、ニューヨーク、マンハッタンの中心部で、一人の日本人女性が交通事故で死亡する。

グリコの事件は新聞記事になったが、日本人女性留学生の交通事故死は記事にならなかった。

当然の話だ。。。

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私は「ミネルヴァの梟」にしか過ぎない。

「失いしは多くあれど 残りしも多くあり」

しかしながら、何も残っていない。

そのchapterでは、すべてが失われて、2度と元に返らないということだ。

なぜ、絵美があれほどまでに、プロファイラーになりたかったのか(そもそも小説・映画の『羊たちの沈黙』の前にプロファイラーなどという職業があることすら日本人は知らない、1980年代の話だ)、私には未だにわからない。

私という存在など知ったことではない、と言い切れる。私にはそんな言い切りはまったくできなかったし、今でも出来はしない。

それで、人間というものの深奥を知って、さて、どうするのか?ということだ。

多少憶測で言うなら、私は物理学を目指したが、自然科学、基礎科学の分野では、ピュアであればあるほど、素晴らしい、という観念(妄想と言ってもよろしい)があるのかもしれない。

さらに言えば、彼女の家系がゾルゲ事件に関連した家系であるということ。

コミンテルンなどを私がよく知っているのはそのこともある。

さて、

たかが20歳代の80年代の小娘がそういう分野を目指したとしよう。

家は金持ちだが、そういう資産はあてにしない。

だから、奨学金なるものに目をつけたわけだ。

むろん、親のコネは使うべきところは使う、という融通性はしっかり持ち合わせていた、私以上に。

その当時、世界で一番心理学、プロファイラー学問で進んでいた大学はどこか?

言わずと知れた犯罪組織の魔窟、ニューヨークにある大学に決まっている。

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彼女が裸でチェロを抱きながら演奏してくれたバッハは素晴らしかった。

ある記憶というものは、生涯、消え失せもせず、色あせもしないものだ。

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