スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日本人に告ぐ53 - PKO法案を推進したのは誰? 

米の戦争に加担せず…民主・小沢氏、テロ特措法延長に反対

民主党の小沢代表は、「ブッシュ米大統領は『アフガニスタンでのテロに対する米国の戦争だ』と明言している。米国の戦争に加担することは民主党としては反対だ」と言っているそうです。

※1:ブログのエントリーを書いている人で、「テロ対策特別措置法」と「イラク特措法」を混同している人が多くいます。これを混同しては、わけのわからない意見になります。困ったものです。
※2:「イラク特措法」という時限立法の期限は、【2009年3月29日】(←たぶん)であって、今回の「テロ対策特別措置法」とは関係有りません。2007年11月で切れる「テロ対策特別措置法」のことを今回問題にしているのであって、これはイラクへの自衛隊派遣とは関係ない話なんですがねえ。。。あくまでアフガニスタン問題なんですよね。。。

さて、

続きを読む

スポンサーサイト

日本人に告ぐ12 - 沈黙の大国 

日本の「ビリー」ブームにぶったまげ! (ゲンダイネット)

そこここの日記やニュースで「ビリー」が何とかと出ていたんで、私は「?」でしたが、なるほどそういうことですか?納得致しました。

>ビリーの英語のウェブサイトに行けばわかるが、ブートキャンプDVD3本セットは30ドル弱(約3600円)。日本は1本多いとはいえセット価格1万5000円(約125ドル)もしている。アメリカ人は、いくらブームでもたかがフィットネスDVDに絶対にこんなに払わない。

ワハハ。何故、直接英語版を注文しないんでしょうかね?

>日本語版制作費、販売業者の中間搾取を入れるとここまで値段が跳ね上がるものか。いや、やっぱり日本って足元見られてるんじゃないのかなあ……。

ま、確かにねえ。

続きを読む

日本人に告ぐ11 - 続々セミリンガル 

この問題に関してはしつこいです。

「児童のセミリンガル化の危険性」というので、英語塾、小学校の英語教師志望のみなさんが集まるコミュにトピックスを立ててみました。

そこで感じたのは、本当に小学校で英語教育を導入するのは大丈夫かいな?ということ。

まず、

英語塾、小学校の英語教師志望の方々が気にされているのは、資格や留学、キャリアの積み方であって、決して英語教育術ではなさそうであるわい、ということ。

それから、小学校の英語の導入に関しての問題意識の希薄。

結局、雇用促進、リクルートにしか過ぎないようです。小学校の英語教師なら、中学校や高校の英語教師よりもハードルが低いだろうという安易な考え。たぶん、中学校や高校の教職が得られるなら、そちらに行くような気がします。小学生だから、突っ込まれることもあまりないだろうという雰囲気も伺えます。

意見保留でしたが、反対したくなってきました。

以下、私の発言だけ掲載します。

14: FRANK LLOYD | 削除
Aさん、
Aさんは、非常に真面目に捉えられていて理解も深いと思います。
そこで、ちょっとお聞きしたいのは、国語と、導入しようとする英語との関連です。
例えば、算数と理科、数学と物理・化学・生物・地学など、ある程度の関連性を持たせていますよね?算数で、或いは、数学で教えていない数学的知識が、急に理科や物理・化学・生物・地学に出てきたら困りますね?数学でまだ微分も積分も教えていないのに、物理で突然微分・積分の知識が必要な概念は教えませんね?
いま、この小学校の英語教育というのはどうなんでしょうか?国語教科をいじらずに、ただ科目の時間調整で挿入しようとするだけなんでしょうか?
ご存じのように、小学校4年の時、国語の時間でローマ字を学習しますよね?学習時間は5時間ぐらいですか?それで、ローマ字学習のねらいが、
>日常目に触れる程度のローマ字を読んだり書いたりする
などと述べられています。小学校の英語では、アルファベットは教えるんでしょうか?アルファベットを使用した単語の読み程度は教えるのかな?
それで、小学校の何学年か知りませんが、英語では英語のアルファベットを教えたとします。そこに、脈絡がなく、国語の時間に、同じアルファベットを利用しながら、似て全く非なるローマ字を教えます。
「A、I、U、E、Oは、ア、イ、ウ、エ、オ」
ですって具合で。英語では、
「A、I、U、E、Oは、ア、イ、ウ、エ、オじゃない」
ですが、ローマ字では正しい。
「A」は「ア」です。おいおい、「A」はそれだけではないですよ。おまけにカタカナでは言い表せないニュアンスですよ。
しかし、国語の教師は頓着しないでしょう。
と、同じ言語の国語と英語が、関連性なくこのまま英語の授業の挿入というだけでいいのでしょうか?算数と理科、数学と物理・化学・生物・地学などと同様に関連性を持たせないでいいのでしょうかね?言語というのは、そういうものではありませんか?
この問題は解決していますか?

15: FRANK LLOYD | 削除
Aさん、
>確かに雇用拡大策、という側面はあると思います。
雇用拡大策自体が悪いというのではないですが、母国語(日本語)の言語の概念形成すら出来ていない人間が、資格試験に通ったというだけで、英語を教えてもいいのか?ということです。Aさんが最後に書かれた、
>“セミリンガル教師”をいかに排除するか、というような問題そのものを提起していった方がいいんじゃないでしょうか。
というのがもっとも重要なポイントです。程度の良い教師だけであれば、幼稚園からでもよろしい。逆に、程度の悪い教師なら、中学校からでも害がありますよね?
先のローマ字の問題に戻りますと、小学校で一応ローマ字を習って、中学校から英語を習うのなら、順序はどうあれ、まずは問題はありません。しかし、小学校で英語導入となると、国語との整合性も必要ではないですか?ただ、英語教科を挿入すればいいという問題ではないと思います。
この上の方で、「【まったく】問題がない」と言い切られた方いましたので、カチンと来ました。どこまで考えて書いているんだか理解に苦しみます。【まったく】などという言葉は、滅多に使えるものではありませんし、その理由をキチンと述べないと使えるものでもない。その程度の日本語ではダメ、ということです。
>発達段階で、触れておくことにより「日本人の英語の勉強に欠けていた」といわれる実用的な運用の部分が補足できると思います。
どの部分が補足出来るのかイメージしにくいですね。
この前、どうもインド映画の英語テロップを読む速度が我ながら遅いので、う~んと考えました。(スリランカでは毎日ケーブルTVでインド映画を放映しています)そこで、ふと思いついたのが、私はテロップを日本語の癖で、縦に読んでいたんです。つまりね、日本語のテロップというのは、漢字・ひらがな・カタカナですから、
↓↓↓↓↓↓↓↓↓。↓↓↓、↓↓↓↓↓↓、↓↓↓↓↓↓↓↓↓。
こう読むんですよね。(って、比喩としてで必ずしも↓だけではないですが)ところがね、英語のテロップというのは、
→→→→, →→→→ →→ →→→ →→→→.
→ →→ →→→→ →→→ →→→→.
と読まないと追いつけないのですよ。それも「→→」「→→→→→→ →→」「→→→ →→→→」みたいに、ひとかたまりに。このひとかたまりというのが、漢字では2文字か3文字程度なんですね。空間認識でも、日本語と英語とは違います。それを、認識出来ていない教師に教えられて、果たして、英語を習うのか、外来世界に親しむのか、目的はハッキリしませんが、どうなんですかね?教えられるものでしょうか?相手は小学生ですよ?
「日本人の英語の勉強に欠けていた」というものはたくさんあります。それを漠然とした中から、児童に抽出させるのではなく、明確にどの教師も同じように教えないと格差が出てきます。その問題は解決していますか?
>危険性という観点では・・・ ん~なくはないと思いますがね。。万全の方策を取らなければいけないのは全てに共通することであって、「もしも・・。」として考えられるようなことは現在の教育でも起こりうることだと思いますが。
アルファベットの、ローマ字への適用と、英語への適用の問題だって、重要と思いますよ。逆に、私はローマ字の教育は小学校では不要で、小学校で英語を教えるのなら、ローマ字はその後、中学校でも良いと思います。そういう調整も必要でしょう?
>まず導入ありき、という姿勢には私も賛同しません。
なるほど。
>しかし現状で、その“セミリンガル教師”をいかに排除するか、
それだけでもなさそうですね?
>小学校英語教育是非という議論になると、仮定的な話や、表面的な議論に終始して、
それは、仮定的な話と具体的な資格、就職の話しかしないからじゃないですか?
>問題点を整理・解消しないまま導入ということになりかねません。
そうなりそうですね。まあ、「ゆとり教育」と同じで、また路線変更、とならなければいいですが。。。

17: FRANK LLOYD | 削除
Aさん、
小学生向け英語教材をちょっと検索したんですが、ローマ字学習とだぶっています。あまり考えずに導入しているんでしょうかねえ。
小学校では、どのような形で英語が取り入れられているか?
・2002年4月以来の「総合的学習の時間」の「国際理解」の中の「英語」
・教科としての「英語」または「英会話」
・クラブとしての「英語」または「英会話」
・学校の教科そのものを英語で行っているイマージョンプログラム
おいおい、なんですかね?この「国際理解」というのは?まさか人類は一家、みな兄妹という情操教育、道徳教育でしょうか?日本人の教師が日本人の生徒に「国際理解」について話すというのは、江戸時代に、蘭方医が書物で覚えた知識を教えているようなものですね。BBCなどの非英語国民向け英語学習放送と日本語教師抜きで垂れ流した方が効果があるでしょうね。
「英会話」ねえ。日本の英会話教材の英会話、語彙にしろ何にしろ、天気時候の挨拶の域を出ない。あんなものいくら教えても糞の役にも立ちません。海外で自分の英語が通じない英語教師の予備軍を量産するようなものです。そんなことをするなら、カラオケで英語の歌を歌わせた方がよろしい。語彙も増えるし。そうなると、英語の発音が良い音楽教師が必要で、英語教師は不要です。
クラブとしての「英語」または「英会話」。まあ、出席者の1%がものになればいい程度。
学校の教科そのものを英語で行っているイマージョンプログラム。これは良いかもしれません。算数、数学を英語で教える。英語で質問して、英語で答える。その代わり、日本語での問いには答えられなくなるかもしれませんね。
う~ん、まあ、とにかくあまり感心したものではないような代物です。
私の印象として、小学校の英語教師は、中学高校に比べて、対象が小学生だから、ハードルが低いだろう、と考えている人もいるんじゃないかと感じています。私が、その小学生の父親だったら怒りますね、そういう姿勢は。
コミュの他のトピックスをざっと見ました。書き込んである内容を読んで、その日本語能力に唖然としました。助詞の使い方の間違いが多い。絵文字多用。既にして、日本語ではセミリンガルです。これで資格さえ取れば、児童・小学校の英語教師になれるということか。
>私は現在スペイン語を学習しています。スペイン語は、一部を除きローマ字読みと同じと考えて読むことができます。a,i,u,e,oはあいうえお、です。ただ、例えば“u”は「う」とは厳密には違う音であり、正確にいえば「同じ」とは言えませんが。
スペイン語の場合はそうですねえ。スペイン語、或いはポルトガル語を習得すれば、世界の半分と会話出来るのが素晴らしい。。。これ以上、言語を習うと混乱するので止めておきますが。。。
>つい“英語的な”読み方をしてしまうという癖がよく見受けられます
この“英語的な”読み方を出来ない日本人が多い。“ローマ字的な”読み方に終始してしまう人が多いのです。ローマ字の弊害と思っています。
>しかし「ローマ字」をローマ字として読めるのに、外国語だと思えばそのまま読めなくなるというのはどういうわけなんでしょうねぇ。。
ローマ字とアルファベットを使用した外国語は似て非なるものだからでしょう。まず、母音で単語が終了してしまう場合が多いという言語は、他に類を見ません。だから、母音中心で考えてしまって、子音だけだととまどう、それがローマ字教育で助長される。そうは思いませんか?
>英語テロップの読み方の話ですが、
やっぱり、そうなんですね。
>ずいぶんと「複数言語教育による混乱」という話からずれてしまいまして。。
しかし、リクルートと資格の話ばかりよりもよほどマシだと思いますよ。
>>相手は小学生ですよ?
>当然ですがここが一番重要点であり、検証が必要ですね。小学生の言語能力の発達段階、キャパシティ、実際与えうる影響についての議論・検証がもっと為されるべきだと思います。
「実際与えうる影響についての議論・検証がもっと為される」ような場が、例えばこのコミュだと思ったんですが。。。

19: FRANK LLOYD | 削除
Aさん、
>>日本の英会話教材の英会話、語彙にしろ何にしろ、天気時候の挨拶の域を出ない。あんなものいくら教えても・・・
>それは確かに。最近は少し変わってるのかもしれませんけどね。しかしまあ教材を改善しても、伝える必要に迫られない限りなかなか実践的な力をつけるのは難しいと思いますけど。
天気時候の挨拶というのは、自己紹介も含めて、会話の導入部にしか過ぎません。起承転結の「起」のさらに手前の産物です。道案内会話も馬鹿馬鹿しい。どうせ教えるなら、道案内だけで、5ヶ国語ぐらい教えればよろしい。それほど初歩も初歩の会話です。
まず、日本人の対象児童が外国語で行う会話というのはどういうものか?
相手は誰か?
見も知らぬ初対面の外国人のはずです。
日本人の対象児童に外国人の親戚などほとんどいません。つまり、今の英語教材では、外国語を話す両親、親戚、友人などを想定していますが、そのようなケースはまずありません。初対面のどこの誰とも知れない他人です。
その初対面のどこの誰とも知れない他人との会話を想定しないと実用的ではありません。
小学生相手にそれをやれと?
そうです。それをやらないからいけない。
Aさんは、「伝える必要に迫られない限り」と言われますが、初対面のどこの誰とも知れない他人との会話で必要なことはなんでしょうか?
まずは、自分をどう表現するか?ということ。自分は何者なのかを、相手にプレゼンテーション出来る能力、これに尽きます。
ということは何かというと、英語に限りません。自分が何者なのかを母国語で表現出来なければ、他の言語では不可能ということになります。つまり、日本語能力、母国語能力が必要ということ。残念ながら、国語教育では、そのような自身を表現するプレゼンを行うような弁論術は教えません。しかし、英語では必要になります。
小学生相手にそれをやれと?
そう思いますよ。
そうでなければ、「英語に親しむ」なんておざなりなことを言われる方もおられますが、意味はありません。日本で自分を表現するということがあまりない、英語環境では必要、これこそが、国際感覚を身につける、英語に親しむ、ということに他ならないのではありませんか?
>外国語教育そのものが、なんというか日本語を介して単純に暗記するような脳内の回路を作るような方式になってしまっているのかもしれませんね。所謂“受験のための”といいますか。
「単純に暗記する」という作業も必要な部分があります。これだって、バカに出来ない。反復連呼しないといけない。それで、出来ない生徒を笑うとか、バカにする、という日本式萎縮戦術も止めさせないといけません。全員が参加する、最初から出来ないのは当たり前、出来ない児童はみんなで助ける。
こういう作業が英語で導入出来れば、インパクトは大きい。破壊力も大きい。しかし、それには教師の指導力も物を言います。出る釘は打たれる式の日本的姿勢では、他言語は学べない、ということを理解させるほどの人格的な魅力が必要でしょう。
今の、幼年、小学校英語教師は、【英語技能】を教えるだけ、それでおまんまが食えるという生活のため。【英語技能】を教えるだけでは、自己表現を児童にさせる、などということは出来ませんね。
>いろんな人がそれぞれの立場から意見してくれればいいですけどねぇ。。導入されるとすれば、小学校英語指導を志す人たちは特に向きあっていかなければ、先は・・・。
Aさんと私だけがこういう風にやりとりをしているだけではねえ。。。
先は・・・暗いね・・・
誰か、FRANK LLOYDの意見は間違っている!と突っかかってきて欲しいものです。

日本人に告ぐ10 - 続セミリンガル 

この問題に関してはしつこいです。

「児童のセミリンガル化の危険性」というので、英語塾、小学校の英語教師志望のみなさんが集まるmixiのコミュにトピックスを立ててみました。

そこで感じたのは、本当に小学校で英語教育を導入するのは大丈夫かいな?ということ。

まず、

英語塾、小学校の英語教師志望の方々が気にされているのは、資格や留学、キャリアの積み方であって、決して英語教育術ではなさそうであるわい、ということ。

それから、小学校の英語の導入に関しての問題意識の希薄。

結局、雇用促進、リクルートにしか過ぎないようです。小学校の英語教師なら、中学校や高校の英語教師よりもハードルが低いだろうという安易な考え。たぶん、中学校や高校の教職が得られるなら、そちらに行くような気がします。小学生だから、突っ込まれることもあまりないだろうという雰囲気も伺えます。

意見保留でしたが、反対したくなってきました。

以下、私の発言だけ掲載します。

■児童のセミリンガル化の危険性
 普通、セミリンガルというのは帰国児童、国際結婚カップルの児童、移民や出稼ぎ労働者の児童などに当てはまる状態を言います。
 しかし、もし、小学校英語教育が進んだとして、日本人の普通の児童がセミリンガル化する危険性はないのでしょうか?
 これは母国語教育にも関連することです。
 さらに、英語教師そのものがセミリンガルであったらどうするのか?日本語すらおぼつかない教師が、同様におぼつかない英語能力で児童に英語を教えられるものなのか?
 日常会話能力はバイリンガルであっても、抽象思考や学習のための言語能力がセミリンガルの教師について英語を学習した児童はどのレベルまで到達出来るのか?
 このような問題に関して、みなさんどうお考えでしょうか?
 ・一人の人間が多言語 (multilingual) であるのは、2種類だけでも困難である
 ・ある個人が多言語話者になる要因は、個人的なものと社会的なものの2つ
 →個人:日本のような圧倒的モノリンガル社会にやってきた
  移民や出稼ぎ労働者
 →社会:スイスやベルギーなど複数の言語共同体が共存している場合
 ・1言語のみ習得している者はモノリンガル(monolingual)
 ・2言語の環境にいたものの母語と第2言語目の両方において
 年齢に応じたレベルに達していない者はセミリンガル(semilingual)
 ・セミリンガルという言葉が否定的だという意見が増え、ダブル・リミテッド(double limited)という名称が広まりつつある
 ↑どっちにしろ、同じ事。
 ・ダブル・リミテッドは、日本において帰国子女や日本に住む外国人児童の間に散見される
 ・日常会話能力はバイリンガルであっても、
 【抽象思考や学習のための言語能力がダブル・リミテッドの状態】にあり、教科学習に支障をきたす者がいる


2: FRANK LLOYD | 削除
Aさん、
私もこの方面は詳しくない人間でして、それでみなさんにお聞きしている次第です。
私は、国際結婚カップルの児童を多く見ております。妻日本人+夫外国人、夫日本人+妻外国人、さまざまです。妻日本人、夫外国人で、夫外国人が英語を母国語とする場合に限定しましょうか。『臨界期仮説』などは申しません。生まれてそのまま、2ヶ国語の環境に育った児童なんですから、臨界期教育そのものです。
まず、それは父親、母親の語りかけで始まります。この場合、母親は、たいがいが自分の母国語である日本語で子供に語りかけます。父親の関与は時間的に限定されます。仕事を持つ父親が多いですからね。これは英語の授業の時だけ英語を使う、そういう環境と近似しています。
もしも、母親が日本語での会話を止め、父親と同じ英語だけで語りかけるのなら、話は単純なのですが、国際結婚をする日本人女性すべてが英語に堪能ではありません。中には、英語が出来ないけれども、恋愛感情だけで結婚に踏み切る女性すらおります。
それで、子供は、一応は、日本語、英語の文法体系をそれぞれ個々別々に学び始めます。しかし、日本語の影響が強い。なぜなら、母親の方がより子供に密着していますので。
人間の持つ時間は有限です。子供の持つ時間も有限です。その中で、2ヶ国語を同時に享受した場合は、1ヶ国語にだけ集中する場合よりも時間が割かれるのは当然です。それから、その2ヶ国語が欧州のほとんどの言語に見られる場合なら文法体系がほぼ同じですから、思考の上でも混乱は少ないと言えます。しかし、日本語の場合、異なっている。
さらに、日本語が高文脈であるのに比べて、英語は低文脈です。表現方法に非常に差異があります。かたや、母親に対しては、高文脈の日本語で会話出来るのに、父親ではDetailまで含めて説明する必要のある低文脈の英語で会話しなければなりません。
児童の才質によります。しかし、
>英語はじめ外国語の学習そのものが母国語の学習・思考を妨害するものでしょうか?
という問いには、「まったく妨害しない」とは言い切れない、とお答え出来るでしょう。
>“ダブル・リミテッド”などの問題は外国語を学習させるからではなく明確な指導方針のもとに教育しないから
ということについては、そもそも外国語を学習させなければ、モノリンガルなのですから、母国語だけの問題となります。「ダブル・リミテッド」の問題は発生しません。
>それは日本語だけ教えてても同じことだと思うんですが。
まったく同じではないでしょう。児童の時間配分、ひとつの言語に消費する時間は異なるでしょう。
それから、私がお聞きしているのは、「子供に対して」ということだけではなく、
>英語教師そのものがセミリンガルであったらどうするのか?日本語すらおぼつかない教師が、同様におぼつかない英語能力で児童に英語を教えられるものなのか?日常会話能力はバイリンガルであっても、抽象思考や学習のための言語能力がセミリンガルの教師について英語を学習した児童はどのレベルまで到達出来るのか?
という教師の資質、才質に関してです。教育システムということではありません。
>学校の英語の勉強きちんとやってる人にもやってない人のなかにも、日本語ちゃんと使えない人は同じぐらいいる
という例が教師についても言えるということですね。そういう教師についた児童が、果たして、2つの言語とも、日常会話能力はバイリンガルだけではなく、抽象思考や学習のための言語能力もバイリンガルという状態まで到達出来るのか?母国語も共倒れにならないのか? そういうことに関してはどうなんでしょうか?

4: FRANK LLOYD | 削除
Bさん、
>どの程度の事をどのくらいの頻度でやるかによる
というのは具体的にある程度の頻度以上だと問題が発生する、ということですか?程度の問題ということでしょうか?
>小学校での位置付けは言語習得にない
というのはどういうことでしょうか?
また、なぜ、言語習得でなければ問題は発生しないとお考えなのでしょうか?

7: FRANK LLOYD | 削除
Aさん、
> > そもそも外国語を学習させなければ、モノリンガルなのですから、母国語だけの問題となります。「ダブル・リミテッド」の問題は発生しません。
> 表現が難しいんですが、「ダブル・リミテッド」にみられる問題そのもの【両言語における抽象思考・学習能力の不足など】を見つめた場合(その名前ではなく)、そもそもモノリンガルにおける単純な言語能力不足と似た性質のものではないかという見解を述べたものです。
というのは、
> > > “ダブル・リミテッド”などの問題は外国語を学習させるからではなく明確な指導方針のもとに教育しないから
ということを受けて、ですが、1言語習得者においても2言語習得者においても、どちらにせよ、「抽象思考・学習能力の不足など」は起こりうる。英語教育のせいだけではない、ということですね?
しかしながら、全児童がよろこんで率先して言語教育を受けるわけではない。そして、母国語以外の他言語を習得させようとしたおかげで、母国語教育もさらに嫌いになる、ということもあるかもしれませんね。
ところで、言っておきますが、小学校での英語教育を私は否定するわけではありません。肯定するわけでもない。ハッキリ言ってわからない。ですから、このようなトピックスを立てたわけです。> 厳密にその部分の違い・複数言語による教育とこの問題との因果関係が実験などによって明らかにされていない限り、憶測に過ぎない話になるのではないでしょうか。
少なくとも、私が知っているのは、国際結婚カップルの児童や帰国子女の例ですが、これは憶測ではありません。こういった例は、そのものではありませんが、近似ではないでしょうか?
そこで言えるのは、中途半端な、混雑した2言語による教育は、双方の言語の混乱を招く、ということです。英語なら英語だけ、日本語なら日本語だけと、児童の頭が混乱しないようにしないといけない。
> 国際結婚や移民の子にそのような問題があるからと言って、その子たちは環境などにより最善の教育を受けなかったのかもしれず、そういうことも考えると簡単に原因は特定できないでしょう。そうではありません。移民の子供の例は私はよく知りません。そして、最善の教育、というのは何でしょうか?それを今話しているのではありませんか?具体的な最善の教育がわからないからこういう形で尋ねています。
> いくつかのポイントで、時間的制約についておっしゃっていますがこれは、どの段階でどれくらいの量学習させるかという問題がまずあると思います。「ゆとり」とかいったかと思えば数年で覆されたり、国がそんな感じで確実なことは誰も言えないでしょう。
ワシントン大学だったか、そういう統計・実験論文が出ていまして、バイリンガルになるための教育は集中的な学習で、継続的に通算その言語だけの環境で3000時間と言われています。

8: FRANK LLOYD | 削除
Aさん、
> そのような中でたとえば「ゆとり教育」の学習量の中では時間的にも子供のキャパシティとしても、現行の制度との量の差の分、英語に使える時間は多かったということになるでしょう。あくまで相対的に、例えばですけどね。つまり今学習してる量が限界の、境目の部分かはわからないですよね。そこは、先端の脳科学とかいう領域になりそうですが。
それが中途半端に終わる時間配分だったら、やるよりもやらない方がマシとも言えます。いえ、確実に数字を上げて証明出来ませんし、わからないのが正直なところです。
> 僕の、教育を受けた側としての感覚では例えばそこに英語を取り入れたからと言って母語の発達に支障が出るほどの微妙なラインにあったような気がしません。これは個人的感覚なので曖昧な話になりますが。個人差もありますし。
そう、それはAさんの個人的な経験で、さらにAさんが言語というものに好感を抱いている印象を受けましたので、出来る子(出来た子?)の例では参考にならないと思いますよ。
> > 英語教師そのものがセミリンガルであったらどうするのか?日本語すらおぼつかない教師が、同様におぼつかない英語能力で児童に英語を教えられるものなのか?日常会話能力はバイリンガルであっても、抽象思考や学習のための言語能力がセミリンガルの教師について英語を学習した児童はどのレベルまで到達出来るのか?
> これについても、「ダメな教師に教えられると大変だ」っていうことと全く同質なものであると考えます。その一面として言語教師の言語力という問題があるだけで、簡単にいえば適材を選び、指導し、最適な制度を整えることに尽きると思いますし、それはどの分野にも共通することで、その仮定そのものがあまり意味がないように思えますが。
「大変だ」だけで済むでしょうか?つまり、数学の教師がダメな教師だからといって、物理や化学や生物に影響を与える可能性は少ないですが、言語という共通性を持つ母国語に対しての影響は少なくないかも知れませんね?
> 僕は↑セミリンガルの恐怖の中にあるような安易に英語だ、バイリンガルだと飛びつくお母さんがたには全く共感しないし、安易で薄っぺらな考え方だと思います。
それは、相手に対して可哀想な発言でしょう。彼女の場合は、我が子のことで切実な問題、ひるがえって、英語教師は我が子を教えるわけではない。「安易で薄っぺらな考え方」というのは、切迫感の差異でしょうね。
> しかし問題はその安易な考え方にこそあるのであって、適切な方法をとれば、相乗効果さえ期待できると僕は考えます。そこに言われている通りの問題があるとしても「小学校英語教育導入」が原因だといえば、問題の本質が見えにくくなると思います。
「適切な方法をとれば」という具体的な方策は何か?セミリンガルレベルに当たる生徒もいるでしょう?良い教師に巡り会えば、「相乗効果さえ期待できると」私も考えます。それは運なのでしょうか?
再度申し上げますが、「小学校英語教育導入」に関して、私は否定も肯定も意見は保留です。ただ、教師育成過程において、いかに日本語すらセミリンガルの英語教師を排除出来るか、この方策が見えないと、否定したくなります。

9: FRANK LLOYD | 削除
Bさん、
> もし気に障ったらごめんなさぃ
私の方もご了解を頂かないと。海外で22年間も過ごしていると、日本的な心遣いなどはなくなりまして、表現が生となります。気に障るとか、そういう感情はないですよ。ただ、知りたいだけ、ということです。
> ご指摘頂いた通り、頻度が高ければ、トピ主さんの心配なさっているょうな問題が起こってくるかと思います…。。 今は小学校では多くとも週に一回程度なのでp(´⌒`q)
そう時間が。。。中途半端すぎると思いませんか?それで、どういう対費用効果を期待しているのか、私にはわかりません。
> 目的が言語習得ではないというのは、あたしも含めこのコミュの皆さんはやるからにはものにして欲しいとの思いで、努力を重ねてらっしゃると思います。でも文科省の今の立場では、あくまでも『言語をとおして異文化理解を深める』程度だったと記憶してます。
「『言語をとおして異文化理解を深める』程度」というのがねえ。やるからにはモノにするためには、それなりの時間を継続・集中してかけないといけませんし。
Aさんへのレスでも書きましたが、私は小学校英語教育に否定も肯定もありません。条件・環境次第です。

11: FRANK LLOYD | 削除
Cさん、
Cさんのお考えは、「全くない」とのこと。つまり、英語教育による他言語へのインパクトなど全くない程度の小学校英語教育でしかない、ということなんでしょうか?
言語認識能力というモノは、日本語は日本語、英語は英語とポケットのように脳の中でわけられるものではないでしょう?一人の児童の頭の中で、総体的な言語認識能力が、単言語、複数言語で違ってくるものだと思います。
それが、「セミリンガル化する危険性は全くない」という程度でしたら、まったくインパクトのない教育ですよね?でしたら、私は小学校英語教育肯定否定はしない立場ですが、中学校からでもいいのじゃないか?と思ってしまいます。言語認識能力に影響を与えない程度の、中途半端な教育なのですからね。それなら、単なる英語教師の雇用拡大策でしかないじゃないですか?
>ただ、小学校で習う英語がどの程度の効果があるのかは私も疑問ですが、
効果が疑問ねえ。。。
>それでも外国語の苦手な日本人が少しでも慣れる、という意味では良いのではないかと思います。
でしたら、週数時間、教室で、CNNとかBBCの番組を見せるだけでもいいのじゃないですか?その方が少なくともネイティブの発音を聞くことはできますからね。

12: FRANK LLOYD | 削除
Cさん、
補足します。Aさんへのレスで、
>そこで言えるのは、中途半端な、混雑した2言語による教育は、双方の言語の混乱を招く、ということです。英語なら英語だけ、日本語なら日本語だけと、児童の頭が混乱しないようにしないといけない。
というのは、授業中に使う言語の話です。英語の授業で中途半端な日本語の説明をしてはいけません、ということ。言語認識のポケットの話とは違います。

日本人に告ぐ9 - 日本の強み 

■「日本は美しい」53%=「美しくない」43%-内閣府調査
 (時事通信社 - 07月05日 23:11)
政府は5日、安倍晋三首相が政権構想の基盤に据える「美しい国づくり」に関する特別世論調査の結果を発表した。それによると、現在の日本について「美しい」と回答した人は53.3%だったのに対し、「美しくない」は43.0%に上った。若い世代で「美しくない」と答えた人が過半数を占めており、内閣府は「いじめや虐待などの報道に接し、現状に問題意識を持っている人が多い表れ」としている。
調査は、日本の「美しさ」に対する国民のイメージを探り、国内外に向けた日本の魅力発信などの施策づくりに役立てるのが狙い。5月24日から6月3日にかけ、3000人の成人男女を対象に実施し、有効回答率は60.9%だった。

また、戯言(たわごと)を言う。

>「美しくない」は43.0%に上った。
>若い世代で「美しくない」と答えた人が過半数を占めた。

他人事ですな。悪いのは政府、官僚、自分らは被害者。

この設問も設問ですが、若い世代がそう考えているということというのは、自分の責任をどれだけ顧みてのお話か?

設問を変えてみればよろしい。

●現在の日本について「美しい」と思える世代、年代層は何歳くらい?

或いは、

●現在の日本について「醜い」と思える世代、年代層は何歳くらい?

と訊いてみればいいでしょう。

さて、どの世代かな?

美しい日本に寄与している世代はどれ?
醜い日本に寄与した世代はどれ?

ま、人のせいにしてはいけません。マスコミなんてのも信じてはいけません。

さて、

日本の強み、でしたっけ?お題は?

今の日本の強みというのは何でしょうか?

え?先端産業?素材産業?

はずれ。

 ・・・

我が家に、21年前、ヨメと結婚したての頃、日本で買ったステンレスの鍋があります。片手鍋。生産業者はと調べると、もうありません。何の変哲もない片手鍋です。黒い取っ手です。プラスチックなんでしょうか?

さすがに、日本からシンガポールを経て、香港、そしてスリランカと使っていると、鍋の片手の取っ手はまだいいですが、常時熱を受ける蓋の取っ手はひび割れ、はげ落ち、ガタガタでした。

この前、香港に行きました。香港の現地資本の百貨店で、日本製のこの蓋の取っ手と全く似た物のスペアパーツをヨメが発見しました。

「これ、ウチの片手鍋の蓋に似ているんだけど。。。」
「ほほぉ、これはそっくりだ。買ってみよう!」
「21前の鍋よ!」
「日本の【もったいない】を思い出せ!使えなければそれまでだと諦めて」

2つセット(大小)で、香港ドル10ドル。150円です。当然、日本のメーカー製。

スリランカに帰って、片手鍋の蓋の取っ手をはずして、付け替えてみると。。。

ピッタリでした。新品そのもの。

21年前の、製造元ももうない、何の変哲もないステンレスの片手鍋の取っ手。スペアを作っているメーカーも別メーカー。たった150円。世界のどの国で、製造元も違うのに、使える鍋の蓋の取っ手のスペアが存在するんでしょうか?

ちなみに、国境を越えた引っ越しの多い我が家。持っていく物は、高い物ではなく、使いやすい物に限られます。21年間生き延びた鍋。買った時、1500円くらいでしたが、耐久力抜群。他の銅鍋とかが置き去り(友人などにあげる)のに比べ、優れた製品であるとはわかっていましたが、ここまですごいとは。。。

 ・・・

今の日本の強みというのは何でしょうか?

【もったいない】思想です。

【もったいない】思想から、QC運動が展開され、トヨタが世界一に近づき、日本の製品が世界一の品質の評判を勝ち取っているのも、【もったいない】思想があるからです。

省エネルギー、原子力に代表される発電技術、すべて、【もったいない】思想から発達しています。【もったいない】思想に関わる技術はすべて日本の強みです。

反対に、【もったいない】思想の対局である、会計年度予算使い切りの組織は、日本の弱みです。ぜんぜん、【もったいない】を考えません。官僚組織、そうですね。

以前、江戸時代、倹約で藩財政が立て直ったことはないと書きました。

倹約は、【もったいない】思想とはそもそも違います。

倹約とは、消費の抑制。【もったいない】思想は、消費するにしても、どう消費するか考える思想。根本から違います。

そして、単なるケチ思想とは違います。ケチ思想は、消費をいかに抑えるか?の思想で、どう消費するか?という思想ではありません。

「美しい日本」というのは、どう消費するかを考える、必要最低限の中にも、調和を見いだす、ということなのかもしれません。

今、世界に求められているのがこれなのではないかなと、ふと思います。

日本人に告ぐ8 - 地獄への道は善意で被われている  

488327555_130.jpg
笑ってしまうのが、

"Save the Children"

というNGO組織。

善意で津波被害のスリランカに大量援助をしました。それには、ライフジャケットも含まれています。どの現地組織にどれだけ援助したのか知りません。それと、援助に国内紛争も何も関係ない!と非常に人道的に分け隔てなく、惜しみなく与えました。ライフジャケットも。

今回、スリランカ海軍が掃海して、LTTE(タミールタイガー、世界最悪のテロ組織)のボートを押収しました。まあ、自爆ボートですが。本日のスリランカの新聞の報道です。

それで、発見したのが、

"Svae the Children"

印のライフジャケット。"Svae the Children"ではなくて、"Save the Terrorist"でした。

まあ、善意の行為などというものは、方向性がないとこうなります。

馬鹿馬鹿しい。

ただし、そういう組織の構成員は、「良いことしてるんだぁ~」という自己満足に浸っているから始末に困ります。

カナダという国を知っていますか?

惜しみなく、香港人でもタミール人でも、永住ビザを出す国。国籍、政情に依らない。

素晴らしい!

あげく、国内は、リトル香港、リトルチャイナ、リトルタミールが各都市に乱立。

リトル香港、リトルチャイナはテロリストの助けにはなりません。共産中国の邪魔はしますが。

リトルタミールは、タミールゲリラの草刈り場。白人カナダ人も含めて、LTTEの重要な資金源になっています。カナダ、G8から追放した方が良いでしょう。

英国。

日本と同じで、医者不足、看護師不足。この前、義姉が具合が悪くて、スリランカで治療を受けて(すぐ即日)、その後英国に帰りました。帰国して、病院にアポを入れました。診療出来たのは、5週間後。スリランカの方が良かった、と嘆いております。日本よりひどいよね?

メディカル・ドクターの資格、看護師の資格があれば、英国、いまや、見境なくビザを発給します。困ってますから。それで、今回の爆破事件。誰がやったか?医者ですがね。ビザを発給された。LTTEのNo.2も医者です。

まあね、

「地獄への道は善意で被われている」

善意を施した当人は、良いことしたんだ、と自己満足。

あれ?あなた、"Svae the Children"に募金しました?

その内の少なくない金が、LTTEに回って、テロで、シンハラはおろかタミールの両親のいない子供を量産していますよ。

ワハハ、くれぐれも、自分は正義の味方、なんて思わないでください。

派生事項で、極悪をしている可能性が高いよ。

世の中は、善意のココロだけで良くなるような仕組みになっていません。

それを、善意だけで世界平和が実現出来ると勘違いしているのが日本人です。

アホじゃないの?

甘いんだよ、みなさん。

日本人に告ぐ7 - 原爆アレルギー(2) 

なぜ、日本人はこうまで「原子爆弾」に過敏なんだろうと思います。

その理由を考えてみたいなと。

みなさん、久間章生防衛相を非難するのに使うのが、

「被爆者の心を踏みにじった」
「日本は世界で唯一の被爆国」
「核兵器廃絶は日本の悲願」
「歴史を勉強していない」
「核使用を認めることは核の保有を認めること」
「核廃絶に取り組む被爆者や被爆地の気持ちを無にするものだ」
「原爆を正当化する発言は米国と同じ」
「日本の核武装に対する懸念を助長するのではないか」
「原爆は、戦争を利用した最悪の人体実験だった」
「不適切だ」(高市早苗沖縄・北方担当相)
「言ってはいけないこと」(大田弘子経済財政担当相)
「どんなことがあっても、(原爆を)容認する発言は許されない」(冬柴鉄三国土交通相)
「被爆者、遺族の方々など多くの国民が不快の念を抱く極めて不適切な発言だ」(丹羽雄哉総務会長)

う~ん、どうも原爆というモノは、触れてはいけない、口にするのも恐ろしい話題のようです。それで、触れられない、話題にも出来ないにしては、「核兵器廃絶は日本の悲願」などと仰る。怨霊信仰の現代版なんでしょうか?菅原道真とか崇徳上皇のように神社をつくって祟りを鎮めないといけませんね。

。。。などと、こと原爆に関してこう書くと不謹慎だ、と怒られるかもしれません。

しかし、委細無視して続けます。。。_| ̄|○

被爆者。。。

この丹羽雄哉総務会長の発言のこの漢字、ネットからそのままコピーしてきました。他も同じ。

お気づきですか?

放射線「被曝」ならこの漢字。いいですか?広島平和記念資料館のサイトだろうが、原水禁、原水協のサイトだろうが、「被爆者」です。「被曝者」ではありません。「被爆(ひばく)とは爆撃による害を被ること」です。焼夷弾の被害者も被爆者といってもいいのか?

まあ、いいや。

横浜大空襲の場合は「被爆者」とは言わない。被害者。罹災者。ただの焼夷弾での被害者だから、「被爆者」は使わせて貰えないようです。一段下に見られてしまうのでしょうか?テルミット焼夷弾の化学薬剤を吸引したら後遺症は残る。次世代も持ち越される場合もあります。戦争ではないですが、水俣病だってそうですし、ベトナムの枯れ葉剤もそうですね。しかし、被爆者。放射線は他の化学薬剤や微生物などよりも一段格上のようです。

だけどね、戦争被害者に上も下もありませんや。

兵器としてはダントツです。破壊力が格段に他の兵器と違います。国ひとつを一瞬で壊滅出来る、地球全体すら壊滅出来る。使わないで欲しい、廃絶して欲しい、というのは私も同じ。危なくてしょうがないですから。

しかし、それは現在保有されている原子爆弾、放射線兵器に関して。落とされてしまった、被害に遭ってしまった広島、長崎については、取り戻せないし、生き返りません。原爆で死のうと焼夷弾で死のうと特攻で死のうと、人の死は同じです。何も、「被爆者」などと特別扱いしないでよろしい。

さて、

日本人は何故こうまで「原子爆弾」に過敏なのか?

それはですね、親を殺した「匕首」だからです。

この親というのは、大日本帝国という親。この親の息の根を止めたのが「原爆」。これで大日本帝国という親は死にました。親を殺した血塗られた「匕首」である原爆は、他の兵器よりも気味が悪く、死霊でもついているようで、戦後の子である民主日本国の国民にとっては、そのようなものを許すわけに行かないわけです。心理的な象徴なんですね。

それから、親を殺した匕首ですから、まさかその子の戦後民主日本国が親殺しの匕首を持つわけにはいきません。自分ももてないし、親を殺した匕首と同じものを他国が持って、さらなる親殺しをその匕首で犯すのも許し難いわけです。

その「匕首」で殺害された広島・長崎の被害者(被爆者?!)は、焼夷弾、通常爆弾、ガス弾での死、火炎放射器での焼き殺し、或いは、進駐軍に犯されて死んだ女性よりも、一段高く祭り上げないといけません。親殺しの象徴として。殺人の武器である「匕首」=「原爆」の犠牲の象徴として。

そして、それがそれ以降2度と使われなくなった、かくも恐ろしい全人類の恐怖の的(と、他国の人間は抽象的に考えている、具体的に考えられません、被爆者以外の日本人も同じですよ)でもあるので、敗戦国日本としても言いやすい、攻めやすいわけですね。

ところが、観念論の国、念仏の国である日本国、念仏のように、

「日本は世界で唯一の被爆国」
「核兵器廃絶は日本の悲願」

と唱えていると、何もしなくても核兵器はなくなるという信仰を持っています。

おいおい、念仏唱えたって、核兵器はなくなりゃしません。現に、日本人が何もしなくても、米ロとも日本の念仏によらず、現実的に考えて、START I、IIで核兵器を減らしています。で、中国は増やしていますし、北朝鮮も持ちましたが、さて、日本の念仏、「日本は世界で唯一の被爆国」、「核兵器廃絶は日本の悲願」は何か役に立ちましたでしょうか?中国も北朝鮮も聞く耳は持ちませんやね。念仏じゃあね。

え~、さらに言えば、

太平洋戦争、ハッキリ言って、アメ公がそそのかして真珠湾攻撃をとか、ルーズベルトは知っていたとか、いろいろ言いますが、大人の判断じゃないね。独立国が宣戦布告をしたんですから、言い訳出来ない。国際法に則って宣戦布告したんですからね。それで負けたんですから何も言えるわけはない。

しかし、親が喧嘩を吹っかけて、相手に殴りかかって殺されて、子供としても何も言えないのですが、その匕首が飛び切り異常なモノでしたから、負けて何も言えないのだけれども、最後のこの匕首を心臓にねじ込まれたことに関しては、戦後62年もブツブツ言い続けているわけです。

それを心理的に、匕首の件だけは、日本が正しい、と無理矢理思いこんでいるし、8月ともなれば、リマインドされるわけです。全国民の念仏集会で。戦争の敗戦の日、終戦(敗戦)記念日の念仏よりも、広島・長崎の念仏集会の方が盛大ですね。

念仏というのは、唱えている人は極楽に行けます。念仏を唱えていないと極楽往生出来ません。だから、全世界でこの念仏を唱えましょう、というのがこの信仰のポイント。

ま、この念仏信仰は、日本特有のものです。他国は、この匕首を使われたことがありませんので、日本のような念仏信仰についていけない部分もあります。ほとんど誰も唱えません。

8月6日、9日が何の日か?知っている外国人なんてほとんどおりません。加害国日本が負けた8月15日は、アジア各国とも盛大に祝っておりますがね。

この日は、アジア各国を日本人は歩きづらい日なんですが、原爆には敏感な日本人、敗戦記念日(アジアにとっては戦勝記念日)には鈍感なようです。日本人観光客、闊歩しています。

シンガポールにいる頃、娘がオーストラリアインターの小学校に行っていました。8月15日、朝6時半から、オーストラリア人墓地(実は、第2次大戦の戦死者墓地でもあることを後で知りました)に来てください、というのでまいりました。朝焼けが綺麗で、バグパイプの音が響き渡り、しばしの黙祷をして、【日本人に殺された】オーストラリア人の戦死者の霊にみんな祈りを捧げ、戦勝を祝いました。。。居づらかったです。。。

変な日本史の教育をするよりも、8月15日に小学生や中学生の修学旅行を組んで、アジア各国の式典に参列すると、日本人がどう思われているか、児童にはよくわかりますよ。忘れられてないんだなあ、というのが。もちろん、それはそれで、日本とは違った念仏集会なんですが、少なくとも、勝った方なので、陰々滅々とはしていません。やれやれ。

 ・・・

こういうことを言うと非国民かね?FRANK LLOYDは?

日本人に告ぐ6 - 原爆アレルギー(1) 

久間防衛大臣の原爆にまつわる話、これは一応私の意見表明をしておきます。

まあ、ちょっと、昭和前期の日本人を想像してみましょうよ。

日露戦争で、騎兵の親玉、秋山好古少将が嘆いたのが、騎兵が露西亜軍に捕まると、捕まった途端軍事機密をベラベラ話してしまう、それで、日本軍の行く先、行く先に、露西亜軍が先回りする。これは困る、

「兵士諸君、捕虜になるのはいい、いいのだが、捕虜になった途端、サービス精神を発揮して、知っていることを全部話す必要はない。自分の名前、階級のみ話せばいいのであって、話さなくても、拷問に遭うこともないし、国際法でもそれは保証している。心配しないでよろしい」

なんて訓告を出さざるを得ませんでした。呑気でしたねえ。。。

これが明治期。明治維新の薩英戦争でも、薩摩も英国海軍も、捕虜は丁重に扱いました。

今、昭和後期から平成の今の自衛隊も、捕虜になったら屈辱、敵は拷問して、残忍の限りを尽くし、最後に殺されるんだから、捕虜になるよりは自決せよ、なぁ~んて教育はありません。作戦ミスで捕虜になったら、自分の名前、階級を繰り返して終わり。ま、イラク戦争で拷問してましたがね。国際法違反だから、そうそう起こることでもないでしょ。

ところが、江戸時代、明治時代、昭和後期から平成の日本人と、大正後期から昭和前期の日本人は、こりゃあ、民族が違うか、全員頭がおかしくなったかのようなありさま。アメリカ人も外から見て、怖かったでしょうねえ。

なんせ、竹槍ですよ、竹槍。女子供に真面目に竹槍を渡して、徹底抗戦しろ、と言っている政府・軍部です。狂ってましたねえ、日本人。

アメリカ人だって、日本本土の外でも相当手を焼いているのに、これが日本本土で上陸作戦なんて行ったら、ドイツ侵攻みたいには行かない。感覚として、ベトナム戦争(まだ起こってませんでしたが)みたいな泥沼・ゲリラ戦は容易に想像がついたはずです。

アメリカ人だって、日本人を怖がっていたんですね。私も当時にタイムマシンなんてので運ばれたら、怖いよ、当時の日本は。北朝鮮の比じゃないね。当時の日本は、今の北朝鮮よりもずっと巨大ですからね。

さて、戦争に関して。私はこう考えてます。

1.歴史の事象に関して、正邪はない
2.武器そのものに正邪はない
3.国際法に基づく戦争行為では、その範囲において手段は選ばない
4.国際法に基づく戦争行為では、その範囲において手段に善し悪しはない
5.戦争の勝者に不正義はなく、敗者に正義はない
6.戦争に勝てなければ何も言えない

まあ、そんなところです。東京裁判などの裁きの法廷も戦争のどさくさの後ですから、完璧な裁きなど有りません。戦争裁判で敗者に同情的な裁きなど望むべくもありません。

それからね、いんだら国際法とはいえ、一応宣戦布告した戦争で、戦後、勝者が敗者に戦時中の戦闘行為のあれこれを謝罪した、などということは、ほとんどないということ。

さらにいえば、結果として、原爆使用は戦争終結を早めたことは事実。日本政府、軍部は、3発目、4発目もある、と信じていたわけです。皇居に落とされてはたまらないと踏んだということ。実はなかったんですがね。

放射線兵器の悲惨さというのを喧伝するのもいいですが、直接の被害者だけではなく、子々孫々3代目ぐらいまで影響が残る兵器は他にもあります。原爆に限りません。

大量破壊兵器としては、ピンポイントじゃなく、味噌もも糞も一緒くた、敵国の軍事施設を周辺の非軍事施設、一般市民共々皆殺しですから、外聞も悪い。いよいよとならないと使えなくなったお粗末な兵器です。持っていても、よほどでないと使えません。相互破壊にもつながる。

ベトナム戦争で、ベトナムはアメリカに勝ちましたが、それで謝罪とか補償とかあまり言わない。いいことです。スリランカ政府、サンフランシスコ平和条約で、真っ先に日本の戦争賠償金の請求放棄を致しました。それで、今に至るも、スリランカ、日本の援助を当てに出来ます。賠償金よりも額が大きくなってます。頭良いね。スリランカを日本のポチ扱いできますか?すぐ、日本はアメリカのポチ、なんて言う人がいますが、本当にポチなら牛肉をもっと買ってますがね。 京都議定書なんて言い出さないですがね。

さて、原爆。数代に渡って影響が残るとはいえ、全国土じゃない。チベットのように、原爆は落とされなかったが、独立を奪われた国家よりも、全国民に対して致命的な影響は出ません。ソ連とアメリカに東西日本で分割統治されたよりもマシだったでしょう。独立を奪われたら、そのトラウマ、後の回復、資金負担、東西ドイツや南北朝鮮を見ればわかります。

昭和20年8月に2発落とさなかったら、アメリカはリトルボーイ、ファットマンを2発温存していました。日本は、たぶん、8月も9月も10月も戦争は継続していた可能性は高い。それで、1億総玉砕と声高に主張していたんですから、沖縄からB29が飛んできて、さらに全土が焼夷弾の嵐で、一般市民の死傷者は原爆被害者を越えていたはず。叩いた後でないとアメリカ軍も怖くて本土進行出来なかったでしょう。

それを考えると、原爆投下の方が安く済んだ、ということ。本来なら、沖縄戦前で、日本政府・軍部は戦争継続のムダ、無理を認識しなければいけなかった。日本政府・軍部のミスでしょう。自分のミスは棚に上げるかな?原爆がなければ、いかに天皇でも御前会議で押し切られて戦争継続に反対出来なかったはず。

久間防衛大臣の発言で、非難されたから、こう言い逃れしています。

>米国を恨むつもりはないが、勝ち戦ということが分かっていながら、
>原爆まで使う必要があったのか

あの頃のアメリカの心理を想像出来ていない。数々の玉砕の島、カミカゼ攻撃、降伏が世界の常識にもかかわらず自決する兵士。とても人間とは思えなかったでしょう。体格もまさっていたアメ公ですが、日本兵士、本当に怖かったんでしょう。

それが、勝つのはわかっていた、しかし、本土決戦までやられたら、相手は一般市民まで竹槍を持って闘う決意の日本人です。ベトナムの泥沼どころの話ではありません。何十万のアメリカ兵が犠牲になれば、勝利を勝ち取れるか、わかったものではない。

ドイツも全面降伏して、残りは日本だけ。早く、戦時を脱して、常態に戻したい、世界を正常にしたいと思えば、原爆の心理的な要因など関係ないでしょう。

私がアメリカの当時の政府首脳でもそう決断致します。

日本人に告ぐ5 - セミリンガル(2) 

「中国、労働契約法を採択…労務コスト上昇へ」

今まで、民工の労働条件を無視し、農村の土地を格安で召し上げて工業団地とし、外資を呼び込んでこそ、中国の驚異的な発展は達成出来ました。一夜にして億万長者となることも夢ではなかった、何らの努力なく。

中国、労働契約法を採択…労務コスト上昇へ
(読売新聞 - 06月29日 22:32)
 中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会は29日、労働者の権利保護を強化した「労働契約法」を採択した。対象は外資系企業を含み、来年1月1日に施行する。
 中国では現在、契約期間の終了時に退職金を支払う必要はないが、同法施行後は「経済補償金」の支払いが義務付けられる。また、20人以上の人員削減を行う場合、労働組合か従業員の意見聴取と、当局への報告義務を盛り込んだ。
 さらに、連続して期限付きの雇用契約を行ったあと、再び契約する場合は無期限の契約にする必要が生じる。日系企業などにとっても「人員調節が難しくなるほか、労務コストも確実に上昇する」(メーカー人事担当者)見通しで、各社は対応に迫られそうだ。

1億数千万人いると言われた民工候補の農村の人口が、それほどでもなく、たった4千数百万人だけだったなどとも報じられています。無尽蔵と言われた農村人口が、枯渇する。そうすると、今までのように、賃金を安価に抑えられず、社会不安を押さえるためにも、民工の地位保全が必要となってきます。

そうなると、中国人資本家だけではない、外資系企業も日系企業も今までの収奪体制を続けられません。さらに、民工の賃金が上昇し、解雇も難しくなるとなれば、中国国内市場向けの外資系工場以外、加工貿易の工場にとっては、中国に工場を置く魅力は薄れてきます。

なぜなら、中国人程度の工場従業員なら今の世界でいくらでも見つかるからです。東南アジア、南アジア、どこでもよろしい。さらに、中国語しか話せない中国人と違って、東南アジア、南アジアの工場労働者は、バイリンガル、トリリンガルですので、使いやすい。中国人よりも従順でもあります。

ニュースが出た時は、既に市場は動いている、

ということで、この中国政府の動きに対して、各企業はとっくに動いています。ベトナムへの進出加速、東南アジアの既存工場の見直し、ミャンマー以西の国へのシフト、それが昨年後半から進んでいます。

そうでなければ、私が香港・中国を捨て去るわけがありません。中国人資本家すら、

【脱中国シフト】

を行っているご時世ですから。都合が悪くなると、すぐ逃げ出せる機会が増える、というのもグローバル化の特徴でしょう。

さて、セミリンガル(semilingual)。

義務教育で、まともな日本語教育を与えられていない日本人もセミリンガルになっています。シングルリミテッドと言っても良い。日本人のシングルリミテッドの条件というのはなんでしょうかね?

1.日本語の読解力がない。
2.日本語の作文能力がない。
3.四文字熟語を知らない。
4.熟語を会話、文章に応用出来ない。

こういうことかな。母国語の日本でシングルリミテッドであるなら、英語などをいくら習得しようと思ってもムダ。英語もシングルリミテッドになり、2つ合わせて、

【ダブルリミテッド】

ということで、帰国子女の一部とまったくかわりのない、若年層が形成されます。やれやれ。

ブラジル人の児童・生徒に同情してはいられません。自分の子供もそうなるかもしれない。

●日本人に告ぐ4
<日系ブラジル人>就学期の子供700人が学校行けず、浜松

日本人に告ぐ4 - セミリンガル(1) 

私のブログ・mixi日記をお読みの方は、バイリンガル(bilingual)は「耳にタコ」の言葉でしょう。

では、今日は新しい言葉で、モノリンガル(monolingual)。

え?これは類推出来るって?どうせ日本人が単言語しかできないからそれを揶揄し出すんだろうって?単言語しかできない日本人の事でしょう?そうでしょう?

そうです、そうです、その通り。日本人とか、アングロサクソン系のアメリカ人、イングリッシュ(イングランド人)はこのモノリンガル(monolingual)ですね。北京に代々住んでいる中国人もモノリンガル(monolingual)と言えば言える。

では、もう一つ。

セミリンガル(semilingual)

これはどうです?

知ってますか?

私だって専門家ではないので、ここはひとつ、wikipediaを参照しましょう。

wikipedia-多言語
一人の人間が多言語 (multilingual) であるのは、連続体を形成する程度に近い言語(方言・姉妹言語)間を除けば二種類だけでも困難であることがおおい。言語は子供のうちでないと習得が難しい(臨界期説)ため外国語の習得には若い方がよいという主張もあるが、定説には至っていない。また、幼すぎても母語の確立ができないというジレンマがある上、外国語を習得した人材が相次いで海外流出してしまうといった深刻な社会問題に発展する可能性も高い。
ある個人が多言語話者になる要因としては、個人的なものと社会的なものの2つがある。前者の例としては、日本のような圧倒的モノリンガル社会にやってきた移民や出稼ぎ労働者が当てはまる。後者の事例としては、スイスやベルギーなど複数の言語共同体が共存している場合である。しかし、こういった多言語状態を政府は嫌うのが常で、言語政策・言語計画の名の下に「標準語」の策定・普及を推し進め、方言・少数(移民)民族の言語を抑圧し排除されるケースが多々見られる。また、ドイツ語圏やアラビア語圏のように同言語の標準語(公共・教育など)と地方方言(日常生活など)に機能的優劣が付けられた社会も存在し、ダイグロシアと呼ばれる。
ちなみに、一言語のみ習得している者はモノリンガル(monolingual)、二言語の環境にいたものの母語と二言語目の両方において年齢に応じたレベルに達していない者はセミリンガル(semilingual)と呼ばれる。近年セミリンガルという言葉が否定的だという意見が増え、ダブル・リミテッド(double limited)という名称が広まりつつある。ダブル・リミテッドは、日本において帰国子女や日本に住む外国人児童の間に散見されるため、とくに教育関係者の懸案事項となっており、言語学や教育学の専門家による研究が広く行われている。言語獲得は環境および年齢差・個人差が大きい上に、日常会話能力(BICS)はバイリンガルであっても、抽象思考や学習のための言語能力(CALP)がダブル・リミテッドの状態にあり教科学習に支障をきたす者もいる。何をもってバイリンガル、何をもってダブル・リミテッドと判断するのかは未だ曖昧である。

ポイントを箇条書きにしますと、

・一人の人間が多言語 (multilingual) であるのは、
 2種類だけでも困難である
・ある個人が多言語話者になる要因は、
 個人的なものと社会的なものの2つ
 →個人:日本のような圧倒的モノリンガル社会にやってきた
 移民や出稼ぎ労働者
 →社会:スイスやベルギーなど複数の言語共同体が共存している場合
・1言語のみ習得している者はモノリンガル(monolingual)
・2言語の環境にいたものの母語と第2言語目の両方において
 年齢に応じたレベルに達していない者はセミリンガル(semilingual)
・セミリンガルという言葉が否定的だという意見が増え、
 ダブル・リミテッド(double limited)という名称が広まりつつある
 ↑どっちにしろ、同じ事。
・ダブル・リミテッドは、日本において帰国子女や
 日本に住む外国人児童の間に散見される
・日常会話能力(BICS)はバイリンガルであっても、
 【抽象思考や学習のための言語能力(CALP)が
 ダブル・リミテッドの状態】にあり
 教科学習に支障をきたす者がいる

さあて、何を言おうとしているか、わかってきましたね?

ちなみにですな、ネットでも、「日常会話能力(BICS)は日本語という単言語」のモノリンガルだが、長文も読めず書けず、聞く話すだけで読み書きがダメな日本人も多く見受けられます。

こういった人間は、【抽象思考や学習のための言語能力(CALP)】が母語の日本語ですらダメですから、【ダブルリミテッド】どころか、

【シングルリミテッド】

になっています。恐ろしいことです。日本人なのにね。。。ニートなどの一部もそうなっている可能性があります。

セミリンガルの恐怖

ちょっとこの上のブログでもお読み下さい。

ということで、日系ブラジル人の子供の教育、学校に行かせればいいというものでもありません。ダブルリミテッド状態ですから。。。

それよりも恐ろしいのは、日本人の中に、シングルリミテッドも増えているということ。

<日系ブラジル人>就学期の子供700人が学校行けず、浜松
 出稼ぎの日系ブラジル人が全国で最多の浜松市で、約700人もの外国人児童・生徒(6~15歳)が学校に通わず生活実態も不明なことが分かった。地元の日系ブラジル人の中には「『短期なので』と思い子供を(工場などで)働かせてしまう家もある」と話す人もいる。市内では6月に15歳未満の子供の年齢を偽り工場で働かせていたとみられる市内の企業を静岡県警が摘発しており、実態解明を求める声が上がっている。
 市国際課が05年に外国人家庭を戸別訪問して調べたデータと、今年春の外国人登録証で判明した就学年齢の子供の人数から分かった。同課によると当時、416人が未就学で、戸別訪問などで 129人は帰国を確認できたが、239人は所在すら不明だった。
 一方、市教委によると、今年4月末で外国人登録していた同年代の子供2923人のうち、市内の小中学校に通っていることを確認できたのは1558人だけだった。残りの約1400人については外国人学校に通うケースもあることから、05年の調査の割合から類推し、約700人が未就学と判断した。
 日本では90年に日系人の在留資格が緩和され、来日日系人が急増。製造業が多い浜松市ではブラジル人を中心に、5月末現在で3万2668人が暮らす。市は外国人が多く住む地域で学校に通訳を配置しているが、住居や賃金で劣悪な労働環境にあるため、子供の教育まで余裕がない家庭が多いのが実態という。
 県警浜松中央署は6月25日、無許可で人材派遣業を営んだとして、市内の通訳・翻訳会社の日系ブラジル人社長(54)を、労働者派遣法違反容疑で逮捕。労働基準法で雇用が禁じられている中学生以下の日系ブラジル人を工場に派遣した疑いでも追及するが、県警が外国人の子供の不法労働を摘発した例はこれまでほとんどなかった。
 日系ブラジル人で、浜松市内のブラジル人学校の校長(53)は「子供が工場で働いていると聞くととても悲しい。子供に教育を受けさせるには、まず親の教育が必要」と指摘。日系ブラジル人2世で、浜松市東区のコンサルタント業の吉村州二(しゅうじ)さん(49)は「自分は17年前に来日し、息子と娘は公立中学に通わせたが、同郷の親の中には『言葉が通じないから』と言われてそのまま学校に行かなくても容認している人も多い」と話している。
◇まず親の雇用安定、日系ブラジル人のイシカワ・エウニセ・アケミ静岡文化芸術大准教授(社会学)の話「私も就学年齢なのに工場で働いている日系ブラジル人の子供を何人か知っている。外国人労働者を『短期労働者』としか見ない今の国の政策を変えるなど、彼らの雇用安定を図ることを真剣に考えなければ問題は解決しないだろう。」

日本人に告ぐ3 

まあ、これをお読み下さい。

老人保健施設

本来の目的は、「病院から自宅に戻るため、リハビリなどを行う老人保健施設(老健)」なんですね。つまり、リハビリ施設で、医療施設ではない。ところが、

「重度者受け入れ
課題は在宅復帰ばかりではない。老健の存在意義を揺るがす事態も起きている。
きっかけは【今年7月の、医療保険適用型療養病床の見直し】。医療の必要度に応じて入院費用が設定されたため、値段の安い、比較的軽度な患者の退院を迫る病院が増えた。こうした患者の受け入れ依頼が「あんず苑」にも相次いでいるが、【軽度といっても、医療的ケアを必要とする利用者が少ない老健には負担が重い】。武市副施設長は「看護師の配置基準が100人に9人と低く、受け入れ切れない」と明かす。
2012年度には療養病床の再編で終末期も含め、さらに医療の必要性が高い人たちが老健の利用者になる。全国老人保健施設協会の平川博之常務理事は「在宅復帰支援施設としての役割は変えられないが、対応しきれない。施設の人員の問題だけでなく、医療体制を充実させるなどの対策が必要だ」と話している。

つまり、本来は医療施設ではない老人保健施設に、病院から要介護であるのに追い出された老人が老人保健施設に流れている、ということ。

これは破綻するでしょ?

看護師がただでも少なく、夜勤体制が整っていないのに、痰の吸飲をしないと呼吸出来ない患者や肺炎をすぐ起こす患者が来ても、医療が施せない。これは死ねということなんでしょうね。で、在宅治療は共倒れになるからイヤ、ということでもある。

医療施設に設置の療養病床を28万床から8万床に減らす。20万人が老人保健施設などに流れ込む。ただでさえキツイ勤務がさらにきつくなる。どんどん人は辞める。なり手がいない。

で、フィリピンから看護師を輸入する?!

これはね、グローバル化の間違った適用ですよ。

日本人が嫌がる業務を他国の人間に任す。それも、人件費は安いだろう、と勘違いして、コスト削減で考える。何度も書きましたが、ノルウェーは自国民に準じる金を払ってます。寮も完備している。

いまや、資源のひとつとして、人材があげられるわけです。そして、日本は枯渇しつつある。途上国でもどんどん少子化が進みつつある。収入が上がれば産む子供も少なくなる。そして、人材はその豊かな階層から出てくるのであって、貧困層からは出てこない。それらの人材の奪い合いが始まっているのに日本は、日本人は気付かない。未だに、数十年前の感覚で、途上国の出稼ぎの人間は、日本人よりも遙かに安い人件費と思いこんでいる。馬鹿げた話ですよ、これは。

もちろん、オンショア(自国)ではフィリピン人もスリランカ人も看護師の給与は安い。2~4万円。それがオフショア市場に出回ると、数十万円となる。

将来、日本も同じ状態になると思います。オフショアでしか働けない人間は、オンショアで稼ぐ人間の数分の1の所得しかなく、それが社会負担、国家負担を圧迫する。オンショアで稼ぐ人間は、日本で税負担をしないので、それほど税収に寄与しない。仕送りで潤うくらいでしょうね。

Google Samsung "switch 

Google Samsung "switch"
According to Simeon Simeonov in his HighContrast blog, Google and Samsung are working on a phone, code named "Switch". Google and Samsung have previously announced a partnership, so the basis is there, and Simeon adds interesting context. Of course, some of the details such as the ones that Simeon contemplates are educated guesses, but the best time to speculate is during the rumor phase, before an actual product announcement tosses our dreamed feature lists into reality, cutting 99% of the list. So let's speculate.
Google and Samsung will build the Switch as a mobile platform rather than a phone, eventually placing phones on a shelf with typewriters in the history of technology evolution. The Switch will be a mobile platform that has voice capability, but is built as a platform that supports voice (VoIP) just like it supports any other application. Like a PC supporting Google, Skype, and any other web based application that we use today, but a PC that fits in our pockets and has mobility. Similar to the uPhone paradigm that I wrote about during the iPhone craze, but a real mobile platform from two of the top companies in the world rather than a few words in a blog post from yet another blogger.
Mobile phone carriers wouldn't like the Switch. Let's assume the dominant carriers and Google/Samsung hit an impasse. Google/Samsung won't compromise on their vision of an open mobile platform. The carriers can't bear the thought of their networks becoming dumb pipes. Maybe only a few smaller mobile carriers would support the Switch, and likely every WiFi provider/consortium/city. So in the US for example the Switch wouldn't have full nationwide coverage, at least not at launch, but would have enough coverage to be dangerous. And does the Switch really need full coverage initially? Perhaps it is not replacing our cell phones at first, but rather providing us with a platform that can instantly do anything our PDA or MP3 player can do when the Switch is offline, and do everything our PC can do when it does have coverage (online). And of course it has two killer applications when it does have coverage - mobile optimized search and open, unrestricted access to the Internet and all online applications, including VoIP and IM.
Would you carry two computers - computer one that your cell phone carrier restricts to being mainly a voice application appliance (but with almost always on connectivity), and computer two that at first gives you a PDA/MP3 player when you are not connected, and gives you the Internet, mobile optimized search, and communications capability (VoIP, IM) when you are connected?
The beauty of this is that it is feasible for Google/Samsung. They can lose money on the Switch for years if that is what it takes, e.g. if the critical mass of users won't buy it until the Switch replaces their cell phone (when the Switch does gain always on network coverage). I also love the fact that the codename (if Simeon's sources are correct) is Switch. Not iPhone, uPhone, or Gphone. Because it isn't a phone. It is the future - a mobile computer platform with unrestricted Internet application support optimized for the mobile environment. That includes VoIP, but labeling it as a phone would be like labeling our computers as typewriters.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。