月別アーカイブ

 2006年08月 

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「私の個人主義」 

と、まあねえ、政治の話ばっかり書くと、スリランカはなんて危険な国?!などと誤解を与えます。

陽気で、モディアな。。。おっと、おっちょこちょいのスリランカ人、気にせず生活をしております。

話は違いますが、私の娘、香港のイングリッシュスクールで講師の助手のバイトをしてます。大学入学までまだ4ヶ月あります。で、そのイングリッシュスクールからオファーがあって、正規で働く気があったら、2万ドルだそう、と申し出があったそうです。

30万円。ボーナス付き。

娘、迷っております。まだ、17才なので社会勉強で、大学を1年遅らせようかとか。NZの大学ですから、来年も入学に問題はない。入試がありませんのでね。本人の決断次第です。私も大学に行く前に社会勉強はいいかな、とも思ってます。浪人というわけでもありません。

で、話はまたまた違いますが、娘曰く、もしも容貌がスリランカ人ぽかったら、絶対にイングリッシュスクールで教えられない!とのこと。私の娘は、まず純血の日本人に見えます。だから、イングリッシュスクールで採用されたとのこと。ブラウンはダメなんだそうです。

インド人で経済学のドクターの資格がある女性の知り合いがいます。その女性、大学では教鞭を取れず、ファイナンス会社で働いているとのこと。

「そういう人種差別があるのよ!」

と娘は言います。

「だけどさ、アドバンテストホスピタルでインド人のドクターいるじゃないか?」と私が反論しますと、ヨメは、

「それは何世代も香港に住んでいるインド人で、資本入れているとかもあるからじゃない?ちょっと来ただけじゃ、いくら資格がすごくてもブラウンはダメなのよ」と言います。

「シンガポールはそうじゃなかったじゃないか?」と私。

「シンガポールは国際都市!香港はチンキーの国!」と怒ってます。チンク(し、失礼!)は嫌いなヨメです。

中華系のみなさん、失礼しました。。。_| ̄|○

う~ん、偶然、たまさか、娘は日本人的容貌でしたが、彼女がブラウンだったとしも中身が変わるわけじゃなし。差別ってのは嫌なもんです。

ま、彼女が日本人ガッコに行っていたとしても、混血故の差別はあったでしょう、確実に。日本人もあまり香港人を笑えませんからね。

さて、では、混血とか差別について。

司馬遼太郎さんが書かれておりますが、文明とは普遍化された言語・習慣・習俗なんだそうです。文化というのは、普遍化されていない言語・習慣・習俗のこと。大学の単位に求められている内容は「文明」に関することで、町のカルチャーセンターで教えているような内容は「文化(カルチャー)」なんて理解するとわかりやすいかも。

何が文明で、何が文化か、というのは、正しい、正しくない、という正否の価値観では決められません。普遍化というのは、まあ、たいがいの人が納得する単純化された物ということ。そして、メジャーかマイナーかで、「文明」、「文化」の差が出てきます。

中国文化は、中国文明と呼ばれる物の一部。インド文化もインド文明と呼ばれる物の一部。ヨーロッパもそうです。アメリカはヨーロッパ文明の一部を継承している。ハリウッドは、カルチャーですね。

そこで、日本の場合は、日本文明とは言えない。日本文化です。ただ、人口が多いのと、徐々に世界に浸透したので、疑似文明程度にはなってきましたが、いわゆる(いわゆるで厳密な意味ではないですが)単一民族・単一言語なので、血脈を引いていないと、日本疑似文明を個人で継承するのは難しい、というのが日本社会の通弊。この閉鎖性も文明に昇格しない理由なんでしょうね。

血を尊ぶ日本人ですから、混血にも、上品(じょうほん)、下品(げぼん)があります。古くは、日本に渡ってきた消滅した百済人や漢の時代の楽浪郡が消滅した時の漢族などは、その当時の上品(じょうほん)に相当しましたから、出自を隠す必要がなく、混血でも日本社会内では文明社会から来た、というので尊重されました。今、中国人の混血というのは尊重されないと思います。漢の時代の文明と現在の中国文化は違いますから。

それから、肌の色。白っぽいのがいいのでしょうね。だから、ロシアは文明とは言えませんが、ロシア人との混血でも、一応白なので上品(じょうほん)の部類に入るのでしょう。南アジア人はブラウンですから下品(げぼん)の部類なんでしょうか。例えインド文明を背負っていたとしても。古代は、インドの仏僧が渡ってきましたが、これはその当時のインド文明があったから上品(じょうほん)になったのでしょうかね。

言葉やら持ち物やらが「みんなと違う」だけで差別されるという社会、これはちょっと前まで、横並び一線、企業から個人まで、集団で皆同じ疑似日本文明を理解する秩序を保っていた日本人社会が、高濃度の硫酸に水を一滴でも垂らすと水が気化して硫酸全体が爆発したように反応するのと同じようなものなのでしょうね。でも、これは東アジア社会でも同じで、中国でも韓国でもそれは大小がありますが差別はあるようです。儒教的社会の傾向と、共産主義的、社会主義的社会の傾向とがない交ぜになっているのでしょう。西欧の個人主義的な個々人の独立とは相反するものがあります。

もう、既に、明治の時代に、夏目漱石などが『私の個人主義』の中でもそれを述べています。

『私の個人主義』
たとえば西洋人がこれは立派な詩だとか、口調が大変好いとか云っても、それはその西洋人の見るところで、私の参考にならん事はないにしても、私にそう思えなければ、とうてい受売(うけうり)をすべきはずのものではないのです。私が独立した一個の日本人であって、けっして英国人の奴婢(どひ)でない以上はこれくらいの見識は国民の一員として具(そな)えていなければならない上に、世界に共通な正直という徳義を重んずる点から見ても、私は私の意見を曲げてはならないのです。

夏目漱石が「私にそう思えなければ」と言うのならこれは極めて個人的なことですが、「これくらいの見識は国民の一員として具(そな)えていなければならない」などと、日本人社会のコモンセンスに従うという、或いはコモンセンスを代表した考えを示すというのは極めて集団的なことで、これではまったく個人主義とは言えない。「言葉やら持ち物やらが『みんなと違う』だけで差別されるという社会」なのですから、例え個人の思想、好み、感情、見識であっても、集団を意識しなければいけないような日本の個人主義の貧困があります。しかし、夏目漱石もそうは言い切れない。そこに彼の相克があったと思います。

『私の個人主義』
今のようにただ人の尻馬にばかり乗って空騒ぎをしているようでははなはだ心元ない事だから、そう西洋人ぶらないでも好いという動かすべからざる理由を立派に彼らの前に投げ出してみたら、自分もさぞ愉快だろう、人もさぞ喜ぶだろうと思って、著書その他の手段によって、それを成就するのを私の生涯(しょうがい)の事業としようと考えた

非常に苦しい言い訳、言い逃れに思えます。

ある在外邦人の子供をお持ちの奥さんは、「日本の友人などからはこちらの反日感情を随分心配されますが私がこわいのはむしろ帰国後の日本人の『よそもの差別』です。。。 」と言われます。

明治の時代の方が、むしろ開明的で、社会の中の異人もすんなり受け入れたのでは、と私は思います。それが、大正末期から昭和20年まで、文明への昇華とは逆の、ナショナリズムに日本文化が向かってしまった。鬼畜米英が現在でも生きている社会になっています。だから、イラン人の問題でも、在日の問題でも、文明たり得ない日本文化、日本疑似文明ですから、高濃度の硫酸に水を一滴でも垂らすと水が気化して硫酸全体が爆発したような反応をしてしまうのかもしれません。

本当なら、私達在外邦人が外国居留の後、どんどん日本に戻って、高濃度の硫酸をどんどん薄めなければいけないのでしょうが、逆に、在外邦人は住みにくい日本に戻るのを嫌う傾向が徐々に強まっているようです。それだけ、日本の硫酸の濃度が濃くなっているからなんでしょうが。

外国人に、この希釈をさせるのは無理ですね。硫酸ではなく、水酸化ナトリウムのようなものですから、希釈できない。化学反応になってしまいます。やはり、同じ日本人で、ただちょっとよその文明に触れたという人間でないと希釈できないのかもしれません。

日本人はどこへ行くのか?難しい問題だと思っています。

スポンサーサイト

ということで、ロンドンでは。。。 

ということで、ロンドンでは、BBCの偏向報道、LTTEへのサポート報道に抗議するスリランカ人がデモしております。でも、カナダのタミール人デモの迫力よりもはるかにおとなしいなあ。

ATT00381.jpgATT00384.jpgATT00387.jpgATT00390.jpgATT00393.jpgATT00396.jpgATT00399.jpgATT00402.jpgATT00405.jpgATT00408.jpgATT00411.jpgATT00414.jpg

「最終戦争」のための資金拠出 

Funding the “Final War”
LTTE Intimidation and Extortion in the Tamil Diaspora

ゲゲゲ!

タイトルがすごい!

「最終戦争」のための資金拠出
LTTEによるタミール移住民(Diaspora)への"脅し"と"ゆすり"

cover.jpgやはり、LTTEによる海外居住タミール人への強制的な資金拠出があったのですね。世界人権委員会、本気で調べてます。

III. A Culture of Fear: LTTE Intimidation, Threats, and Violence


う~ん、こういう事実があった、あった、と噂では聞いていましたが。。。

と、これだけでは片手落ちなので、スリランカ政府・政党サイドの暗部も載せましょう。

Black Cats について

Black Catsは統一国民党(UNP)が操ると言われるテロ集団。人民解放戦線(JVP)というのは仏教系のファンダメンタリスト(原理主義者)の政治団体(?)こいつらもLTTEと一緒で殲滅しないと。。。

南アジアの政治の暗部があります。インドもパキスタンにもバングラにも。政治にそれほど一生懸命になるな、といつも言ってますが、熱くなる民族群ですから。。。

スリランカは貧乏なのか? 

スリランカは、フィリピンと同様、国外で出稼ぎに出るワーカー、メイドの仕送りが重要な外貨獲得手段になっております。

イタリア 介護、外国人の家政婦頼り

在留邦人の家庭で、ワーカーとかメイドとか、使い慣れない人はずぅ~っと使い慣れません。変に遠慮したり、変に居丈高になったりします。

しかし、ホワイトハウスの大統領が勝手に飲み物を作れないように、メイドがいると、家の旦那が自分であれこれできなくなります。あれこれしてしまうと、メイドは、こりゃあ、旦那の仕事で自分の仕事ではない、と勘違い致します。コーヒーだって自分で作れません。作ったっていいわけですし、メイドに任せない人もおります。だけど、基本的にはキッチン周りのお仕事はお任せしたわけですから、コーヒーの淹れ方を指導する、飲みたい時は飲みたい意思表示をする、というのが自然なようです。

義兄の家のメイドのナンダワティは、私が24時間コーヒーを飲み続ける人間と解釈しております。20分毎にコーヒーが出てまいります。私は、一生懸命飲みます。そうすると、ナンダワティはもうカップで作らないで、ポットで用意します。コーヒーは好きですので、ますます一生懸命飲みます。せっかくポットでスリランカコーヒーを作ってくれたので。。。30分ごとにトイレに行きます。

これは、よその家のメイドさんということで、私が気を遣いすぎ。『No thank you.』と表明すればよろしいのですが、ナンダワティとは十数年のつき合い、いまさらコーヒーはそれほど飲まない!とは言えません。見かねた義兄が、「FRANK!ビールを飲もう、ビール!」と言ってくれるまで、コーヒー攻めは続きます。

居丈高になるケースでは、海外になれない日本人の奥様。説明も丁寧でなく、期待だけが高い。自分の思ったとおりにならないと怒鳴ります。それで、メイドがむくれるとさらに。不信感が不信感を呼び、程度の悪いメイドの場合、仕返しに物を盗んだり、泥棒を呼び込んだり。常にメイドが変わる家庭、いつも泥棒に遭う家庭というのも存在します。まあねえ、日本でメイドなんて昭和30年以来激減してますので、メイドを持った経験のある在留邦人の奥様なんてまずおりません。

さて、

そこで、ふと考えたのは、在留邦人で長期間スリランカに居住している人、尚かつ家族帯同の人以外、ほぼスリランカ社会を網羅した階層とふれ合う日本人はいないのだろうなあと。

例えば、旅行で滞在している日本人の場合、ふれ合うのは旅行に関わるホテルなどのサービス業、タクシーなどの運送業、おみやげ屋、レストランの人間程度の階層との関わりがほとんどなんでしょうね。ビジネスでの滞在なら、ホテルの人間以外は、ビジネスの相手先の人間。アッパーミドルから上の階層。後は、ホテルで知り合う外国人ですね。在留邦人の家庭でも、奥様はやはり階層が偏る例が多いのかも。

これは、日本に来た外国人を想像して貰えれば良くわかるでしょう。日本に観光に来た外国人の友人、誰かの紹介、ビジネス関連でのつき合い以外、各地で昔よりもたくさん外国人を見るようになりましたが、それは、

見るだけ

で、実際に関わり合いになる日本人は少ないでしょう。スリランカでもそれと同じですね。

それで、例えばスリランカで予算4万円6泊7日の旅行をした日本人の場合、知り合った人間は、観光業がほとんど。それと、宿泊するホテルもそれなりのホテルですから、スリランカの印象も貧しいとか、騙す人間もいるとか、明るく親切な(サービス業だから当たり前なんですが)国だとかになってしまう場合もありますね。貧しさ、に非常に注意が向くということもあります。ビジネスの場合は、ビジネス関連の人間しか見えませんしねえ。

国際結婚をした場合でも、相手がシンハラなのか、タミールなのか、モスリムなのかで変わってくるでしょう。その相手の家庭がどのレベルの家庭かでも視点が変わってくるでしょう。JVPの熱烈な支持者と結婚した日本人なんてどうなってしまうのでしょうかね?それとも、日本人は南アジア人ほど政治人間ではないので影響されないかな?

この前の津波騒ぎで、香港でもかなりキャンペーンをやっていまして、インドは各国の援助を丁重に断り、スリランカは各国の援助を要請しました。スリランカはなんど貧しい国なんだ、なんて印象が香港では定着した感があります。

しかし、スリランカの金持ちを見ていると、どこが貧しい国なのか私には理解が出来ませんし、貧しいと言われている階層も、自分がそれほど貧しい?!とは思っておりません。だいたい、一人当たりのGDPが約1200USドルの国家が貧しいのか?ベトナムなんか490USドルなんですけどね。インドもバングラディッシュもパキスタンも、スリランカよりも一人当たりのGDPは少ない。南アジア諸国で一番一人当たりのGDPが多いのがスリランカなのですがねえ。。。

いやいや、国と国、民族と民族の印象、視点、理解なんてのも難しいものなんだなあと思います。

カナダでのLTTE支持集会 

ATT00004.jpgいい加減にどうにかならないか?!と思っているスリランカ内戦です。

どうにもならないのでしょうが。。。

仕掛け爆弾が爆発、スリランカで国軍兵士6人死亡
AFP通信によると、スリランカ北部ジャフナ半島のムハマライで26日、仕掛け爆弾が爆発し、国軍兵士6人が死亡、11人が負傷した。分離独立を求める少数派タミル人の武装組織「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)の犯行と見られる。死傷した兵士らは、LTTEとの戦闘のために築いた陣地の撤去作業中だったという。ムハマライでは11日間にわたり国軍とLTTEの戦闘が続き、双方合わせて約650人が死亡したという。

ATT00006.jpg本日、回覧が回ってきました。カナダでのタミール系住民のLTTE支持活動の話です。

Sent: Thursday, August 24, 2006 3:37 PM
Subject: Tamil Eelam Is Our Home Land - Saying Canadian Tamils (photos)

Dear Sri Lankans,

Send this photos to Sri Lankans around the world to understand how much Tamil people are in Canada supporting to establish "EELAM" as their homeland. Can we organise a propaganda like this in Colombo to up against "LTTE' ?????? See how our flag has been disgraced by Tamils can we call them as Sri Lankans ????? NO! And if you are a person who sympathizes with this lot... please migrate too.. It's beautiful warm country all for the taking.
Send this to many as you can to save Our Mother Land Sri Lanka.

ATT00007.jpg彼らの国、"EELAM"を建国することをサポートするタミール系住民。困ったものだ。国際社会は、LTTEをテロ集団と言うことで認定したので、LTTE主導での("EELAM"の)建国を支持する国家はいません。

ここで、筆写が怒っているのは、「こういったプロパガンダと同様に、もしも、コロンボで『反LTTE』のデモを行うことが出来るか?!(そんなプロパガンダ行動はできやしません)」と言っております。

ATT00009.jpg私のヨメが怒るのは、「じゃあ、LTTE支配地域にシンハラが行けるか?バビナ(友人のタミール人)の故郷のバッティカロアにシンハラは行けないが、タミール人はスリランカ全土に行ける?!これは公平なこと?!」

このスリランカ国旗の辱め、という一文、中国人や韓国人が日本国旗を焼いたり、踏んづけたりするのと相通じる物があります。

ATT00010.jpgそんなに文句を言うなら、スリランカ国籍を棄てて、移民して欲しい、本土のタミールナドナに戻ってしまえ!というのは、2ちゃんで語られる、在日朝鮮人・韓国人への文句と同じですね。

日本人が在日朝鮮人・韓国人、朝鮮半島国家に手を焼いているようなものです。もちろん、穏健な在日朝鮮人・韓国人、朝鮮半島の人間がいるのと同様、全てのタミール人がこうではありません。しかし、やはり、血の区別が血の差別を呼び込むということはある。

ATT00003.jpg日本人が在日朝鮮人・韓国人、朝鮮半島国家との関係をうまく解決できないのと同様、スリランカでもLTTEの問題を解決できないようです。

ATT00005.jpgだから、日本で解決できないような類(たぐい)の問題を、理想主義的に、希望的観測で、他国の問題だからといって、日本人が解決する手伝いをしようと思っても、そうそううまくはいかないと思うのですね。

ATT00008.jpg明石さんは別。外交的な立場にいるから、国家レベルの話ができるので、多少はなんとかできるのでしょうが。。。でも、当事者が。。。在日の問題や靖国神社の問題にアメリカの日本大使が出てくるようなもんでしょうね。。。_| ̄|○

CanadaTamilPopulation.jpgカナダのタミール人の規模はわかりにくいんですね。

http://www.asiapacific.ca/data/people/demographics_dataset1_bycity.cfm

2001年の統計で、Sri Lankanは58,945人、タミールは38,215人の合計97,160人ですが、インドとは出ていない。インド人はどこに行ったの?エスニックではない?パンジャブはあります。

で、このSri Lankanの中にタミール系も含まれていると思います?!Sinhalaとは書いていませんからね。Sri Lankanの中のタミール系が50%として、67,688人です。シンハラよりもタミールの海外進出の方が激しいですからね。カナダ政府は、国籍の他にエスニックで民族の統計を取っているんでしょうけれど。

よく見ると、末尾のノートに、

"Other Asian includes: Afghan, Pashtun, Bangladeshi, Bengali, Burmese, Cambodian, East Indian, Goan, Gujarati, Hmong, Indonesian, Kashmiri, Khmer, Laotian, Malaysian, Mongolian, Nepali, Sinhalese, Taiwanese, Thai and Tibetan"

???

このSri Lankanはじゃあシンハラは入ってない?入っている?う~ん、よくわからない数字です。現在はもっとでしょうね。なにせ、一人が移民すると、妻が、子が、母が、父が、伯父が、叔父が、伯母が、叔母が、従兄弟が。。。というのがタミール民族ですからねえ。悪いとはいいません。言いませんが、集中豪雨的移民になりますね。

国連は「加盟国の道具」なんですが。。。 

国際問題をアメリカに期待できず、フランス・ドイツに牛耳られるEUにも期待できず、国連に期待するという考えが頭をよぎるかもしれません。しかし、国連ってそう大層なものだったっけ?というのが私の考えです。

まず、下の方に国連のHPを引用してますが、国連自身が云っているのは、

国連とは何か
Q.国連は世界政府ですか?
A.国連は世界政府ではありませんし、そのように意図されたこともありません。独立主権国家で構成される組織として、国連は加盟国が権能を与えたことだけを実行します。国連は加盟国の道具なのです。

ということです。自分で、「国連は加盟国が権能を与えたことだけを実行」する「加盟国の道具」といってます。

ジェシー・ヘルムズという元アメリカの連邦上院議員がおりました。彼が引退に際して何を言ったかというと、、

・・・国連、国際機関は「外交の手段であって、それ自体が目的ではない」ということであります。「外交の道具としての国際連合」ということで、国連外交というのはヒトをだしたり、オカネをだしたりして国連に貢献する-すなわち使われる-ということでなく、国連機関を「あやつる」くらいの気合をもって国益達成に向けて成果をあげる、という外交技術の問題が提起されているのであります。

国連、国際機関は「外交の手段であって、それ自体が目的ではない」ということを日本人の国連職員で<911に遭遇した方も言っておられます。彼は国連と911ということに関して、

OPCW(化学兵器禁止機関)には、化学兵器が突然使われたときに査察検証にいく手続きがあり、その訓練もしているのですが、国際機関であるので、国家でなくテロリストにやられると、条約上の責任の対象がボケてしまい、難しいところです。

と、テロ組織に対する国連の脆弱性を言われています。

「条約上の責任の対象がボケてしま」うというのは、「国連は加盟国が権能を与えたことだけを実行」する「加盟国の道具」であり、その権能は「加盟国」に対して通用するのですが、国連憲章には「テロリズム」に対する権能を記述してはいません。テロリズムに抗していくことを国連に期待するのなら、国家という枠さえ超えるわけですので(国際テロリズムはグローバル化してますよね?)、国家主権を侵すくらいの権能を国連に与えないとダメでしょう。そうでないと、有志の国が集まって、決議上国連軍を名乗る、などという変な事がいつまでも続くのではないかと。それをしないで、テロリズムもテロリズムに派生して起こった国家テロリズムも、国際的問題だからと国連に何でも任す、というのは不可能です。

国連をどううまく使うか、という話はできます。しかし、国連が世界平和の責任を担っていくとか、国連がテロリズムを撲滅していく、などという「権能」はもともと与えられていないのです。それを勘違いして、何でも国連と云われる方もおられますが、国連にとっても困惑することでしょうね。

おまけに国連の予算たるや、東京都消防庁の予算は18億ドルになるのに、2002-2003予算年度の通常予算額は、約26億2500万ドルです。東京都消防庁の1.5倍が国連の通常予算額です。26億2500万ドルって3兆円ちょぼちょぼ。個人からみれば大きいでしょうが、

鹿島建設で例を取ると、

資本金 640億7120万円
従業員 1万1255名(2002年3月)
売上高 1兆5503億円(2002年3月)

で、連結しない鹿島建設の2倍の事業規模しか国連は持っていません。

国で例を取ると、2001年のGDPでは(括弧内は国のGDPに対する国連通常予算の倍数)、
ブルネイ - 42億5300万ドル( 1.62倍)
ラオス - 17億7400万ドル( 0.68倍)
シンガポール - 856億4800万ドル(32.63倍)

で、ブルネイとラオスの中間が国連の規模ですね。でも、ブルネイ、ラオスとは比べ物にならない人件費を使ってますから、活動規模としては、ブルネイ・ラオスの経済活動以下、と思われます。

平和維持予算額は、年度によって大きく変貌しますが、国連が兵士一人に出す金額は、月1000ドルです。国連なんてそんな程度の存在で、その機関にどの程度期待するのか。

おまけに、ジェシー・ヘルムズ議員が攻撃してのですが、

現在の国連機関は間口を広げすぎている。たとえば宇宙の平和利用委員会というのがあるが、その決議に「なにびとも大気圏外から侵入してくる不審な物体を目撃したときにはただちに事務総長に報告しなければならない」というのがある。UFOが目撃されたときのために予算がつき、スタッフが待機している。・・・国連の官僚達が「国際」とつけばなんでも自分たちの仕事だと思いこんでいる・・・

というように、加盟国の求める以上の仕事まで薄く広く展開してしまっている。(今でもこのUFO監視職員がいるかどうか、私は知りませんが)

つまり、国連に期待する、というのは、国連の自発的問題解決能力に期待する、なんてことではなくて、「戦争が外交の延長ならば、国際機関における国家同士の協力は、これと対極の意味で、おなじように外交の延長」なのだから、「国連機関を「あやつる」くらいの気合をもって国益達成に向けて成果をあげる、という外交技術」をいかに磨き、どの国の方針に従わせるかということで
すね。

今の国連が気にくわない、というのは単に、自分個人の意見と国連を操る国の意見が違うだけなのであって、従わせるには、自分の所属する国が国連を操る、国連を牛耳る「技術」を磨いてもらう他はない、ということでしょう。

○ 国連の様々な基金と計画が、加盟国の自発的拠出金によって実施
○ 国連資金は、世界中の人口一人当たり80セントに相当する額となる。
○ 1994年に世界各国政府が行った軍事支出は約7780億ドルで、世界人口一人当たり134ドルとなっています。
○ 2002-2003予算年度の通常予算額は、約26億2500万ドル
○ 国連通常予算-通常予算ニューヨークの事務局と世界中の現地事務所の中心的活動を対象。
○ 国連平和維持予算-世界中の紛争地帯で行われることも多い様々な活動の資金を賄う。
○ この両方の予算への加盟国の拠出は義務である。

国連改革と日本の役割

地獄への道は善意でおおわれている 

FI84041_0E.gif以下に述べる事は、私がスリランカの仏教の考えなどを説明している事などに矛盾していると映るかもしれない。しかし、現実主義者である私にとって、こういった事柄もまた現実(真実ではない)なのだという事。だが、このような考えが現実となっている社会が将来絶対に変わらない、という事は言い切れない。願わくは、善意が善意でいきる社会になって欲しいものだが。。。

FI84041_1E.jpg1939年夏、

独ソ不可侵条約が締結された8月21日、明けて8月22日、ドイツ、オーバーザルツブルグのヒットラー山荘(*)に陸海空3軍の軍司令官以上が集合し、高級指揮官会同を持った。ポーランド侵攻に関して討議するためである。その席でヒトラーは、ポーランド開戦、ひいては第2次世界大戦の不可避な事を説き、こう説明した。
(*)ケールシュタインハウス(Kehlsteinhaus)=鷲の巣(Eagle's Nest)

1.【不退転の決意】
各位は最初から西側強国との戦いが不可避だと覚悟すべきだ。フリードリヒ大王は、不屈の精神で最後の勝利を収めた。
2.【目標の把握】
ポーランドの抹殺が第1目標である。新防衛線、新国境線の確定ではなく、敵の殲滅が問題である。
3.【正義より勝利】
開戦のための宣伝的理由は用意する。妥当かどうかは問題ではない。勝者は戦後に真実を述べたかどうか問われない。問題は正義ではなく勝利である。
4.【仮借なき戦い】憐憫の心を閉ざせ、無慈悲に戦え。ドイツ国民8千万人の生存を保障するためである。強者は常に正しい。

(*2)写真はKehlsteinhaus

FI84041_2E.jpgその日の夜、ヒトラーは山荘のテラスに歩み出て、北の夜空に珍しくオーロラが輝いていた。赤から青、黄・・・と虹彩そのままに変色を繰り返して天空から光の幕が垂れ下がり、あるいは風に舞う薄絹のようにひるがえってみえるオーロラの冷たい夢幻の美しさは、思わず「神々の黄昏」という言葉を想い出させた。オーロラを見つめて、ヒトラーはこう言った。

血だ、大量の血だ、今度は流血無しには終わらないだろう。

「妥当かどうかは問題ではない。勝者は戦後に真実を述べたかどうか問われない。問題は正義ではなく勝利である。」こう主張して戦争を、侵略を行う指導者はヒトラーが最初ではなく最後でもない。常に人類は勝者が全てを奪取し、敗者には何も残らない。

人間の行いは倫理に基づく物ではなく、様々な欲望に基づく物である。人間が自分自身で思うほど理知的で論理的で理性的で倫理的な存在であるなら、何故様々な神々が、分かり切った事を人間に語りかけるのだろう?何故ユダヤの民にエホバは十戒などという子供にでもわかりそうな規則を与えたのだろう?

人間は自分で思うほど気高い存在ではない、万物の霊長ではない。

FI84041_3E.jpg「強者は常に正しい」という事である。人類の歴史に於いて、強者が弱者に配慮して何か振る舞った事があっただろうか?強者が規則を作る、勝者が規則を作る。

イラク侵攻で日本はアメリカに盲従することなかれ、という人がいる。イラクに自衛隊を派遣するのは反対という人がいる。だが、日本は世界中でアメリカとだけ同盟関係を結んでいる。国家の安全保障をアメリカという国に委ねているに等しい。しかし、それでいけない理由があるであろうか。世界第1位のGDPを誇る国と第2位のそれを持つ国が反目するよりは同盟を結んでいる方が世界の安定に寄与するのではないか。

それはジョージブッシュがアメリカ大統領だから、という事ではない。誰がアメリカ大統領であろうとも、日本という国家の安全保障をアメリカという国に委ねている以上アメリカの意向に、その時々のアメリカ大統領の意向に大なり小なり従わざるを得まい。それとも、同盟国であるが故にしたり顔で「正義」を唱えろ、と言うのであろうか。物事はしばしば「妥当かどうかは問題ではない」ように動くのに。

日本はアメリカの影響下から離れ、気高い自主独立に向かうべきだ、という人もいる。全くの永世中立となるべきだ、という人もいる。ヒトラーがドイツ軍軍司令官にこの演説をした時、ポーランドも気高い自主独立を誇り、英国やフランスの影響下にあるのを嫌った。英国がポーランドにドイツの侵攻を妨げるためにもソ連のポーランド領域内の通過を許可するように求めた時もそれを拒否した。そして、ドイツ軍がポーランドになだれ込んだ時、英国とフランスは同盟関係にあるポーランドに何もできなかった。同盟関係を結んでいてすら、安寧を貪る事はできない。

第2次大戦以前の状態と現在は違う、という人がいるかもしれない。しかし、人類というものは、「気高い自主独立」、「孤高を保つ」国など嫌いなのだ。仲間に入らない国はどこか不気味に感じるのである。気高い自主独立には、相互・集団安全保障とは比べ物にならない圧倒的な実力、つまり軍備が必要なのである。それが、防衛という名であろうと、抑止という名であろうと。現在の日本にそのような軍備があるだろうか?

歴史とその歴史の妥当性など、その歴史の渦の中に巻き込まれている当人達にはわかるわけがない。よかれと思っている事が、倫理的だと思っている事が、未来の人間には最悪の愚挙に映るかもしれない。倫理を振りかざし、正義を振りかざして、その一元論的な、矮小な視野で物事を判断する事は危険な事なのかもしれない。

「地獄への道は善意でおおわれている」

ハードカレンシーとソフトカレンシー  

為替総論
世界にはさまざまな通貨があり、現在なんと!242通貨もあると言われています。しかし、これらの通貨には世界の金融市場で頻繁に売り買いされている流動性がある通貨と、そうでない通貨が存在します。前者をハード・カレンシー(hard currency)と呼び、後者をソフト・カレンシー(soft currency)と呼びます。ハード・カレンシーの中で特に重要な通貨はご存知、米ドル(USD)・ユーロ(EUR)・日本円(JPY)であり、この3つの通貨が世界の為替取引量の中で圧倒的なシェアを有しています。

ちなみに、

米ドル(USD)→ → → → → 44.8%
ユーロ(EUR)→ → → → → 19.0%
日本円(JPY)→ → → → → 12.6%
上記通貨合計 → → → → → 76.4% ①

となっております。

その下の順位は、

英ポンド(GBP) → → → → 7.3%
スイスフラン(CHF)→ → → 2.5%
加ドル(CAD)→ → → → → 2.0%
スエーデンクローネ(SEK)→ 1.5%
上記通貨合計 → → → → → 13.3% ②

①+②合計 → → → → → →89.7%

となります。よって、基軸通貨は米ドルとなり、米ドル以外の通貨組み合わせのレート(例えば、EUR/JPY)のことをクロスレートと呼びます。

なぜ発展著しい中国の人民元も、韓国のウォンも台湾の台湾ドルも出てこないのでしょうか?
それというのも、人民元、ウォン、台湾ドルは国際流動性のないソフト・カレンシーだからです。国際銀行間取引などの決済にはこれら通貨は使えません。

もちろん、各国の空港や街の両替商などではこれらのソフト・カレンシーも扱われていますが、それも東アジア・東南アジアの国々のみ。インドやスリランカなどの南アジア以西に行けばそれらの通貨は単なる紙くずです。

アジアの通貨でハード・カレンシーといえるのは、日本円とシンガポールドル、香港ドルの3通貸しかありません。しかし、シンガポールドルは米ドル・ユーロ・日本円などの複合通貨のペッグ制で管理されていますし、香港ドルは完全な米ドルペッグ制でドルにリンク。両通貨とも流通しているシンガポールドル、香港ドル分のハード・カレンシーを担保にしているだけです。アジアの国でハード・カレンシーと言えるのは日本円だけ。もちろん介入などで管理を受けていますが、それは米ドルもユーロも似たような物です。

集中・集中力(1) 

世間でよく言われるのが、集中とか、集中力であります。FRANK LLOYDは、小学校の頃、ガッコのセンセによく言われました。

「FRANK LLOYD君、成績は問題ないのだけれど、集中力が足りない。」

父兄面接で(なんで父母面接と言わなかったのだろうか?今はなんて言っているのでしょうか?)これを聞いた私の母が、「FRANK!授業中は集中しなければダメでしょ!よそ見をしたり、他の子に話しかけてはいけません。」と叱られました。

FRANK LLOYD@Age 8は、この「集中(しゅうちゅう)」するとは、

集中 = よそ見をしない事 + よその子に話しかけない事

と理解致しました。そこで、授業中に、よそ見をしないように、よその子に話しかけないように、黙って、静かに、算数の時間にマンガの本(少年サンデー、定価20円、だったかな?)を読んでいました。すると、ガッコのセンセが、

「FRANK LLOYD!何を読んでいるんだ!マンガなんか授業中に読んではいけないだろ!この問題を解いてみろ!」

と怒られて、黒板の前に連れて行かれて、問題を解くように強要されました。

算数の問題。。。馬鹿馬鹿しい。テ、ッテテテェ~、とチョークを止めることなくサラサラ正解を書いて、トットト席に戻るFRANK LLOYD。ガッコのセンセは、

「FRANK!マンガを読みながらどうやってこの問題が解けたんだね?教科書に載っていないことを説明したんだよ、私は。」とのたまわれます。私は、

「マンガを読んでましたが、センセの話は聞いてました!頭の中で解いたんですけど、それが何か悪かったでしょうか?マンガを読んでいたのは悪かったでしょうが。。。」

「と、とにかく、正解だ。マンガは授業中に読まないように。授業に集中して!」

とこう言われて授業を続けました。

・・・

つまり、「集中」というのは、

集中 = よそ見をしない事 + よその子に話しかけない事

だけではなく、

集中 = よそ見をしない事 + よその子に話しかけない事 + マンガを読まないこと

ということだな、とFRANK LLOYD@Age 8は理解致しました。それだけか?疑問。。。。

そうか、つまり、わからなくても、わかっても、どっちでもいいから、熱心に聞いている振りをすればいいのだ!これが「集中」ということなんだな!わかった!と納得!

それから、幾月日が経ち、その間、何度も何度も、集中しなさい、集中力を鍛えなさい、と言われましたが、FRANK LLOYD、年を取ったのでやっと理解できてきました。

誰一人として、集中とか、集中力とか、具体的にどうするかを理解していずに、ただ単に、言葉をはいていただけなんだ!と。

ある人間にとっては、

集中 = 聞く姿勢とか、見る姿勢とか、見てくれだけの事

であり、集中するとはどういうことかということを、FRANK LLOYDのセンセ達も、両親もだぁ~れもわかって言っていないで、集中、集中と連呼していただけなのね、とわかったのです。

では、集中する、って何?

集中・集中力(2) 

ガッコのセンセに言われたことを思い出しましょう。私は何をしていたか?まず最初は、授業に身を入れずに(そのように見えた)よそ見をしていた事。次に、よその子に話しかけて、よその子の授業の邪魔をした事。それから、算数の授業中にマンガの本を読んでいた事。それで、ガッコのセンセは、

FRANK!君は集中していない!集中力が足りない!授業に集中しなさい!

と言われました。しかし、サンスの問題は別に滞りなく解けました。サンスのテストはいつも満点。幼児の頃はね、お勉強できましたからね。それはそれで集中していたんですね。授業を受ける姿勢は問題ありでしたが、授業をおとなしく(センセの求めるとおりに型どおり)受けている子供たちより理解は深かった。よその子は、あたかもセンセには集中して見えたのにね。

つまり、

センセの言う集中とは、授業をおとなしく聞きなさい、という集中だったんですね。他の子の邪魔、センセの授業進行を妨害しないようにしなさい!という意味の「集中」。

そんなの集中って言葉であらわすもんじゃないじゃん?!

英語では、一応(?)、「集中」は「concentration」と訳されています。

concentration
━━ n. 集中, 専念; (精神の)集中力; 集中[集結]したもの; 【化】濃縮, 濃度; (トランプゲームの)神経衰弱.
concentration camp 強制収容所.
concentration cell 【物・化】濃淡電池.
concentration ratio 集中度[率]

この意味から思うに、どう見てもガッコのセンセは、私に「(FRANK LLOYDの精神の)集中」を促したのではない。センセは、「集中[集結]したもの」の意味、つまり、「俺の授業を中心に生徒ども集結せよ!」と叫んでいただけですね。だったら、英語で言うところの、

「Attention!(注意!)」

といえばよろしい!個人に使う意味がほとんど(英語の場合ね)のConcentrationではなく、

attention
━━ n. 注意, 注目; 注意力; 考慮, 配慮; (pl.) 世話, 親切, 心尽し, (礼にかなった)ふるまい.
Attention! ((号令)) 気をつけ!
call away the attention 気をそらす.
come to [stand at] attention 気をつけの姿勢を取る[をしている].
for the attention of (手紙が)…宛(あ)て.
pay attention (to) (…に)注意をはらう.
with attention 注意して; いんぎんに.
attention deficit disorder 【医】注意欠如障害

つまり、「注意散漫!注意力がない!」といえばよろしい。なぜ、「注意」という言葉を使いたがらなかったのだろうか?戦前は、「集中」という民主主義的言葉より、「注意」という言葉が多用されておりました。

さて、この意味の「集中」なんて、みんなと同じにしていろ!型にはまれ!じっとしていろ!ただ聞いていろ!なんてことです。個人的な集中なんて話ではない。集団の中の浮いているヤツをなんとか浮かないようにする場合に、それを個人的資質の集中、集中力で恣意的に表現したとしか思えません。ナンセンスですねえ。

まあ、しかし、この授業をおとなしく聞く(聴く、ではない!)というのも一種の集中かも知れません。この状態の集中を、

静的集中

とでも名付けましょうか。で、本来の意味の集中を、

動的集中

とでも名付けましょう。

で、これと、能動的忘却と受動的忘却(私の造語)を組み合わせると。。。あ!なんとなく先が読めてきたでしょうか?これに座禅と、フィットネスの時の自分の筋肉をイメージしてトレーニングしましょ!というのと結びつけると。。。おおお!先の論理の組み立てが見えてきたような。

集中・集中力(3) 

明治維新以降、西欧文明の様々な学問が流入してまいりました。それら学問の英語・仏蘭西語、独逸語のなど言語の用語を翻訳するに当たり、翻訳者は悩んで造語をしたり致しました。物理学とか化学とか、まったく過去の日本語にない概念・物質の用語はこれを造語するか、類似の日本語をひっぱてくる他はありませんでした。しかし、ほとんどが造語。「量子」なんて過去の日本語にありませんでしたからね。

ところが、心理学とか哲学、これは中国渡来の類似の用語がたくさんありました。仏教用語もしかり。だから、こりゃあ便利だ!造語しなくて済む!と翻訳者は仏教用語などで、心理学とか哲学などの学問の英語・仏蘭西語、独逸語のなど言語の用語を翻訳したんですね。その中で、変な訳語もあります。

無意識

なんでしょうかね?

むいしき【無意識】 (名http://www.geocities.jp/butsuzo1220/buddha/html/bkihon.html・形動)
(1)意識がないこと。気を失っていること。「―状態」
(2)自分のしていることに気づかないこと。意識しないでしてしまうこと。また、そのさま。 「―に手を動かす」「―に他人を傷つける」
(3)〔心〕通常は意識されていない心の領域・過程。夢・瞑想・精神分析などによって顕在化(意識化)される。潜在意識。深層心理。

ふむふむ。じゃあ、意識とはなんですかね?

いしき【意識】(名)
(1)(ア)物事に気づくこと。また、その心。感知。知覚。
「―を集中する」「人の目を―する」
(イ)(混濁・無意識などに対して)はっきりした自律的な心の働きがあること。自覚。覚醒。見当識。「―を失う」「―が残っている」
(2)状況・問題のありようなどを自らはっきり知っていること。「―が高い」「罪の―」
(3)〔哲・心〕〔(ドイツ) Bewutsein; 英 consciousness〕(ア)思考・感覚・感情・意志などを含む広く精神的・心的なものの総体。特に対象を認識する心の働き。主観。物質・存在・世界・自然など、客観的なものに対する。現象学では世界を構成する超越論的自我の働き、また唯物論では存在に拘束される観念一般を意識と呼ぶ。
(イ)単なる直接的な情意作用や知覚ではなく、自他の在り方自身を察知する明瞭で反省的な心の状態。また、その作用・内容など。自己自身を対象化する対自的・反省的働き、人格あるいは自我による統一・自律、一定水準の明晰(めいせき)さなどによって規定される。自己意識。
(4)〔仏〕〔梵 mano-vijna〕六識の一。感覚器官による眼・耳・鼻・舌・身の五識に対し、心の働き、精神の働きのこと。第六識。

ふむふむ。(4)の意味にもあるように、元々は仏教用語を持ってきた、ということですね。では、英語で言えば、【意識】=【consciousness】はわかりました。じゃあ、この場合の哲学・心理学で言う意味の無意識は、【無】=【un-】だから、

【無意識】=【unconsciousness】

なのでしょうか?直訳すると。違いますね。日本語の辞典には、

unconsciousness
━━ a. 意識を失った; 無意識の; 知らない ((of)); 知らず知らずの.
━━ n. 【心】(the ~) 無意識

と書いてありますが、【unconsciousness】というと、普通、医学用語になります。要するに、死んだか、植物人間か、【coma】=【昏睡】状態の事を言います。全然、心理学・哲学でいう【無意識】とは意味が違います。辞書で書いてあっても通じません。英語では、この場合の無意識を【unconsciousness】とは言わないようです。むしろ、この意味での用語では、

subconscious
━━ n., a. (the ~) 潜在意識(の), ぼんやり意識している(こと)

だったのではないでしょうか?元々原語では、【subconscious】=【潜在意識】という翻訳をしていたのに、仏教語でしか存在しない、そのまま訳すと【unconsciousness】になる用語もまた、【無意識】=【subconsciousness】としてしまって、あたかも【無意識】というものが西欧社会でも、哲学・心理学分野で認知されているように翻訳してしまったのかもしれません。

ですから、無意識ってのは、昏睡状態として私は扱いますが、どうも、巷(ちまた)では【意識の対極にある物】=【無意識】として取り扱っている節があります。で、無意識が何か人間を操作しているとか、わけのわからない話をしていますが、そんな存在しない物を私は論じる気にもなりません。だって、【無意識】=【意識がない】=【人間として存在していない】のですからね。

あるサイトではこんなことを言っています。

「無意識と武道」
人の心の中には自分では普段意識していない無意識の世界があることをご存知ですか?自分の心は自分で意識でき、自分でコントロールし、自分の行動は自分で決めていると考えるのが普通なのですが、実は人の心の中には自分では意識できない深層の心理(無意識)があり、普段行っている何気ない動作や行動、考え方は、これらの強い影響を受けているのです。「そんなことが、格闘技(武道)に何の関係があるんだ?」と、皆さんはそう思うかもしれませんが、例えば試合中、自分では意識できずに負けを呼び込んでしまうような動きをしているとしたら、どう思いますか?また、試合に限らず、人生におけるピンチの場面で、自分の判断がやはり無意識に支配されていて、適切な判断に誤りが生じてしまうとしたら、大変恐ろしいことだと思いませんか?実は武道をはじめとする東洋の文化は、この無意識を意識が冷静に観察し、どう取り扱っていくのかということがテーマであった、といっても過言ではないのです。

なぁるほど。このあとフロイトなんぞを引用してもっともらしく述べていますが、これは、西欧心理学(それも初期フロイト学派)と仏教用語の混乱した使い方ですねえ。翻訳語に惑わされている典型です。

私は、

【意識】=【(顕在)意識】+【(潜在)意識≒いわゆる無意識】

として扱います。ただし、私が潜在意識と書かず、【無意識】と書いた場合は、今まで誤解され続けてきたありもしない状態の事を言っていると致します。

FI968166_1E.pngさて、

FRANK LLOYD@Age 8のガッコのセンセを思い出して下さい。このセンセの考え方は、左の図にあるように、意識の周り(周りと言うより、2次元の図だとわかりにくいですが、意識の下(識域下)の領域に無意識が潜んでいて、そこによそ見をしたり、よその子に話しかけたり、マンガを読みたいと思ったりする煩悩・妄執が存在していると想像したのでしょうね。これを読んでいる皆さんの中でもこういうように思っている人もおられるかもしれません。しかし、こんな図で表される無意識というものも、煩悩も、妄執もありません。

仏教のサイトの中で以下のような記事を見つけました。


戦争にしろ、テロにしろ、最終的に決断し行動を起こしたのは、精神であって、精神的な世界の認識がゆがんでいるために、その行動自体もゆがんで来るという事です。ここで大事なのは、精神そのものを問題にするのではなく、そこに働く「認識」を問題にすることです。
仏教の方面から見ると、どうも我々の認識している世界は、最初から煩悩に覆われているため、その実在がはっきりと見えていない、としきりに説きます。我々が、眼耳鼻舌身(触)意の六識で認識する世界は、ほとんど夢幻(ゆめまぼろし)の世界であって、本当の実在というものは我々の煩悩を取り去らないと見えてこないと言います。では、本当の実在は何であるかと言えば、空である、とこう言う訳ですね。空に関しては、前回まで色々議論してきたのですが、実際にはもっともっと深い意味が隠されていると見て良いでしょう。

ホントですか?

本当の実在というものは我々の煩悩を取り去らないと見えてこない。
本当の実在は何であるかと言えば、空である、とこう言う訳です。

FI968166_2E.png本当ですか?ここで言っている空というのは、西欧の哲学・心理学伝来前の本来の仏教用語の「無意識」に当たるようですが、それが左図のようになっているってこと?


画像で見られるような、「集中」という何かがあって、それを「集中」することで、「集中」が大きくなり、「集中」したので、意識が集中なるものに飲み込まれる、なんて座禅の修行で考えていることは実際は起きません。

座禅の修行というのは型です。結跏趺坐というのをご存じですか?座禅で修行の際に組まされる座り方です。やられた事はありますか?おられるなら、あれは結構痛いものだというのがわかります。或いは、正座を考えてもいいかと思います。つまり、それらの姿勢を続けるだけで、痛い、という痛覚が生じます。

なんだか知りませんが、「集中」なる抽象概念を通して、無我の境地(つまり意識を狭め無意識を広げる)に至り、「悟り」なるものを会得させるそうですが、その前提条件として、正座なり結跏趺坐なりの姿勢が大事で、その姿勢を保ちながら(正しい姿勢で)無我の境地になり、煩悩・妄執を縮小させ、意識ののぼらせないようにして無意識の片隅においやり、そして悟りを得る。

悟りを得る前に、「シュウチュウ」する前に、痛みに「シュウチュウ」してしまって、「集中」にシュウチュウすることはできないですね。で、意識を縮小させる行為も、痛みが妨げます。悟りに至る姿勢を保つが故に、それが痛みを生じさせてシュウチュウを阻害する要因になる、なんて馬鹿げたことなんですね。

お釈迦様の像をそこここのお寺さんで見ますね?その座り方は結跏趺坐の姿勢のものもあります。しかめ面しく座っています。インドでそんな座り方をしているのがポピュラーと思われますか?

まさかね。インドじゃそんな無理な座り方をするのは修行中(あくまで修行中、覚醒した、悟りを開いた人はしません)のバラモン(ブラフミンのカースト出身の仏教の僧を指す)が修行の一環として(一部として)座っている姿勢であって、いつもいつもあんな座り方ができるものではありません。だいたい、「結跏趺坐」=「吉祥坐」=「降魔坐」ということで、「吉祥」、「降魔」という呪術的目的を持った座り方ですね。

仏像の基本形

それよりも楽な、「善跏倚坐」「半跏倚坐」「輪王坐」「半跏趺坐」を取っている仏像も数多くあります。辛い姿勢の「結跏趺坐」=「吉祥坐」=「降魔坐」なんて、意外と少ない物です。インドなんかでは、「輪王坐」=立てヒザが多い。西欧人と同じで正座・結跏趺坐を出来る人は少ないのです。

まあ、シルクロードを伝わっていく内に、マゾが一人いて、それがマゾヒスティックな座り方が正しいとでも思いこんで、間違えて伝承したんでしょう。集中するのに、わざわざ辛い姿勢を取ったら、集中が妨げられるでしょうにねえ。

ですから、数十人のガキが、狭い教室で、背をまっすぐ伸ばして、先生の話を一心不乱に聞く、なんて状態は、ガキにロボトミー手術でも受けさせない限り不可能なんですよ。逆に、背をまっすぐ伸ばした姿勢で、先生の目を見つめている生徒は、心はどこかに行っていることが多い。

私はプレゼンテーションを日本人、中国人、西欧人相手に致しますが、長年やっていると、この背をまっすぐ伸ばしたキチンとした姿勢で、FRANK LLOYDの目を見つめている聴衆の方のほとんどが私の話など聞いていないことに気付きました。

彼らにとって大事なのは、私の話を真摯に聞いている姿勢を取り、私に失礼にならないように、そして、端から見て私の話を真面目に聞いている印象を受ける「姿勢」を保つ事なのです。私の話の内容など関係ないのですね。

むしろ、内容がわかって、「集中」して聞いている人は、他の人間が彼、彼女をどう見ようと関係なく、ウンウン頷いたり、前に乗り出したり、目をつぶり腕を組んで耳を澄ませていたりします。

本当に集中しているのであれば、姿勢なんか関係ないのですね。で、姿勢が関係なくなりますから、鼻水垂らしても関係なく集中してトランペットを吹く奏者のように、顔は弛緩し、口をおっぴろげ、髪の毛をかきむしったりする人間もおります。集中している人間は誰も、結跏趺坐で座っているような、背をまっすぐ伸ばして座っているような、マナーに合った姿勢など保てません。集中しているのですから。外聞は関係ないのです。

集中・集中力(4) 

さて、ここで、「集中・集中力(1)」で頂いた別のブログのコメントを整理してみたいと思います。私の、「では、集中する、って何?」という問いかけに対して、みなさんのお答えは、

ズバリ、「妄想をフル回転させること」です。「ぼかし」は集中力で克服できるそうです。また、「集中すれば活字で抜ける」とサウジアラビア出張者は言ってました。あくまで聞いた話です。

まずはこれから。妄想ってのはどこにあるのでしょうね?「無意識」の領域?まさかね。だって、意識にのぼっているわけですから。妄想も意識領域にあるって事ですね。ですので、意識に存在するある事象であって、それが世に言う、

もうそう【妄想】 (名)
(1)〔〕 精神が対象の形態にとらわれて行う誤った思惟・判断。妄想分別。
(2)根拠のない誤った判断に基づいて作られた主観的な信念。分裂病・進行麻痺などで特徴的に見られ、その内容があり得ないものであっても経験や他人の説得によっては容易に訂正されない。「被害―」「誇大―」「あらぬことを―する」「―にふける」

FI968861_1E.pngこれもまた仏教用語が語源のようですね。仏教というのは、性欲がお嫌いですので、セックスにまつわる想念は全て「妄想」の類になるのでしょう。しかし、それが必ずしも「誤った思惟・判断」なのか?ということで、女性を想像の中でヌードにする、というのが妄想に当たるのか?別に男性でしたらほとんど誰でもやる事ですね。やらないのはお釈迦様とか、キリストとか、ローマ法王とか、ごくごく一部の人間で、その他の大多数、99.99999999%の男性は、一度ならずやること。ほとんどの人間がやる事を、「誤った」なんて言えるんでしょうか?それから、FRANK LLOYDは知っていますが、女性だって男性に言わないだけで、その類の妄想を日々やらかしていますね?そうですね?女性の皆さん?

FI968861_2E.pngということで、「妄想」でも何でもいいのですが、意識の中をその事象の想念で満たす事、これが集中という状態です。集中という目標などありません。あくまで、ある事象に対する考えが意識の中で大部分を占める、というのが「集中という状態」です。

「集中」という漢字から、レーザービームが収束するような、錐で突いた点になる何かが「集中」だとか思われていませんか?そして、その目標が「集中」であると思われていませんか?それは違います。「集中」とは、逆に意識の中で広がって大きくなる事、「我を忘れるほど他の事象の想念を押しのけてしまう物」なのです。上の図から下の図に至る状態の変化、これが「集中」です。

集中・集中力(5) 

「集中・集中力(1)」で頂いた別のブログのコメントの整理を続けます。私の、「では、集中する、って何?」という問いかけに対して、みなさんのお答えは、

やはり、B型ですから、一つのことに集中するのが苦手なのはよーくわかりますよ。私なんて、いつも一つのことをやりながら、もう一つのことをやっています。でも、一人の男性とつきあいながら、もう一人の男性とも遊ぶなんてことはないので、とりあえず。(笑)

ある人間がひとつの事だけ(ひとつの事象だけ)を考えるという集中の状態はあまり発生しないのです。自分の頭の中を探れば、わかるはずです。電車の中である本に夢中になっていた、とします。その本の世界にだけ没入していることができるでしょうか?電車の轟々と走る騒音、周囲の乗客の乗降。なにがしか別の事を考えているはず。しかし、意識のほとんどは本を読むという事象で占められているので、降りるのをうっかり忘れたり致しますが、でも、降りるのを忘れるというのを思い出す程度には、他の事象の事も考えているのです。人間は同時に数件、或いは十数件、或いは数十件の事象を考えています。おまけに、その事象がPCのデータのフォルダーのように階層状態になっていて、とてもではありませんがたった一つだけのことなど考えられません。

集中とは、エッチしてイケるときの状況です。(爆)

で、このエッチしてイケる時のある一瞬というのは、意識の中に、その「イク!」という想念しかない稀有な時なのかもしれませんね。

集中力、自分にとって耳の痛い言葉です。多分ですが、私なりに感じている集中力とは、「飽きない」とこだと思われます。直ぐに飽きちゃうんですよ。

飽きる、ということは、その事象が意識の外に出てしまう状態です。集中は、意識の中にある事象を肥大化させる作業ですので、そもそも意識の中になくなってしまった事象に対しては、集中もクソもなくあなります。「飽きる」というのは、「集中」の前段階の意識に留める作業をしなければいけないという事でしょうね。

集中とは、忘れることです。一つのこと以外忘れてしまうことかな?研究に没頭するあまり、第一次世界大戦(だったかな?)のことを知らなかった研究者というのが、いたとかいなかったとかいう話がありませんでしたか?集中とは、ああいうもんです。

で、この忘却です。

座禅というのは、静的集中、日本的集中の概念の典型です。その場合、意識の量を少なくして、考えない境地、つまり無我の境地に至る、ということですから(もしも、そんな事が可能だとしてですが)、とっても静的な物です。その時、忘れ去る(無我)というのは、逆に取っても能動的忘却と言えます。

西欧的な集中は、これと違って、動的集中です。意識の中で、他の事象を押しのけて、ある事象で一杯になるという状態ですので。その時、自然に他の事象は小さくなる、ある事象は(顕在)意識の外、意識に押しやられる。ということで、これは、逆に、受動的忘却といえるのではないでしょうか。

さて、ここまで、七面倒くさいことをダラダラ書いてきましたので、これから、どう集中するか(ある事象で意識を覆い尽くす)、具体的なノウハウと、集中し過ぎは体の毒どころか、ある時には生命の危険もあります、という事を述べたいと思います。

集中・集中力(6) 

集中・集中力というと、何か特別な意識の賜(たまもの)、精神作用の結晶、なぁんて想像する方いませんか?誤解されている方、いませんか?いない?いないならよろしい。いるなら、そういう誤解はしないことです。

人間は万物の霊長だって?何をご冗談を。「霊長」ってえのはですな、「」と「」の複合語ですからね。

れいちょう【霊長】
最もすぐれていて、万物のかしらとなるもの。「人間は万物の―である」

だそうです。。。_| ̄|○

人間が生物の中で最も優れている事などありません。進化は段階的で、単純なものから複雑なものへ、複雑なものが高等生物、なんてことはありません。何が複雑?DNAの数?DNAで言えば、人間のDNAなんて数では中位程度で全然複雑ではありません。

「Chosen One」。。。「選ばれし物」なぁんて言いますが、人間が選ばれた?誰から?造物主?そんなアフォなことはありません。選ばれた物なんて大層な存在ではない。

じゃあ、人間はどう形成されたか?

これは異論がまだ多い説ですが、

ヒト進化の鍵? 顎に関わる突然変異遺伝子をめぐる論争
最も初期の人類がチンパンジーなどと共通の祖先から枝分かれするきっかけとなった遺伝子を発見した可能性があるとの報告に、科学界は騒然となっている。この遺伝子に起きた突然変異により、顎が小さく、弱くなり、その結果、脳が大きくなったというのだ。

顎が小さくなれば頭骨の構造に根本的な変化が起こったはずだと強く主張している。巨大な顎を頭頂にしっかりとつなぎとめる、バンジージャンプに使われるゴムひものような太い筋肉が不必要になるからだ。この変化によって頭蓋骨が大きく発達できるようになり、道具を作り言語を使う能力を持つ、さらに大きな脳の発達につながった可能性がある。

え?何の事かわからないって?

つまりですね、何百万年前に、チンプとかゴリラとかと、人間の共通の祖先であるお猿さんがいたんですよ。で、ある日ある時、そのお猿さんに子供が生まれました。ひ弱でたくましい顎ではなくって、先細り(猿にしてみれば)している顎を持つ子供が。

普通、そういう虚弱児は成長出来ないのですが、何の拍子か、うまく生き延びました。さて、この小猿、顎の筋肉が生まれつき弱い。弱いので、顎から後頭部まで回り込む強靱な筋肉がない。その筋肉がないものだから、頭蓋骨が他のお猿さんに比べて大きくなりました。頭蓋事が大きくなった物だから、その内部の脳みそも頭蓋骨という制約がない、脳みそを圧迫しないので、大きく成長出来ました。こういうことです。

脳みそだけが大きくなってもすぐには頭なんかよくなりません。しかし、この小猿、後の人類の祖先らしく、ハメハメして子供を作ってしまったんですね。顎の大きい雄だか雌だかと。それで生まれたガキは、顎がたくましく大きいヤツもいれば、片親に似て、顎がひ弱く頭でっかちなヤツもいた。

顎が弱いもんだから、生肉なんて食いちぎれませんが、頭が多少回る物だから顎の弱い兄弟姉妹を押しのけて、以降顎の小さな頭でっかちのガキがその一家でのさばりだした。何世代も経つ内に、頭が大きなガキ猿の方が生存率が高くなり、お頭でっかち猿の一族が繁栄しだした・・・(交尾、交尾、交尾)・・・数万年後、この頭でっかちの猿一族、顎をますます使わず、頭を使うものだから、頭はよくなり出して、学習効果も出てきました。チンプ、ゴリラの共通の祖先が住んでいた森から出て、どんどんのさばっていきましたとさ。

てなわけです。

未来人の日本人の顔

こうなっちゃうんですか?将来は?柔らかい物の食べ過ぎですか?絶滅しなければこうなるわけでしょうか?

さて、こんな話が「集中・集中力」に関係するのか?って?関係します!

集中・集中力(7) 

前回で、人間なんざ特別の存在ではない、精神的な霊的なものではない、という事を申し上げました。

さて、こんな話が「集中集中力」に関係するのか?って?関係します!

と末尾で書きました。

人間は動物の延長です。延長であるからこそ、精神的な集中なんて関係なく、動物的な集中ってのが、まずは最初にありきの集中ではなかったか?というのが言いたいポイントです。

猫、犬を飼われたことがある方多いと思います。

猫、犬が何か注意を喚起される時、どうしていますか?きっと、目を大きく見開いて、耳をそばたせて、顔がその注意の中心を探すため、そこらを見回しますね?それが、猫・犬の集中です。

中には、集中と言うと眉根に皺を寄せて難しい顔をするのが集中だとばかり思われている人がいます。でも、その姿勢の集中もありますが、犬・猫スタイルの集中もあるんです。

FRANK LLOYD@Age 8の時のガッコのセンセが期待していたのは、

眉根に皺を寄せて難しい顔をする

という集中だったんでしょうね。で、座禅かなにかのごとく瞑想状態に入る。。。そんな集中では算数が判らないではありませんか?授業の進行はスムーズに行っても。

集中を精神的に述べたものは、書籍・サイトでよく見かけますが、集中なんて、まずカッコから入ればいいとFRANK LLOYDは思ってます。

FRANK LLOYD的集中とは、猫・犬的姿勢。

目を大きく見開いて、耳をそばたせて、顔がその注意の中心を探すため、そこらを見回す

これです。頭の後ろ、耳に近い筋肉を緊張させて、耳を動かそうという姿勢ですね。で、猫・犬的集中ですから、授業の進行、正しい姿勢なんか関係ありません。キョロキョロ見回し、何が自分の注意を喚起させるんだ?とするのがFRANK LLOYD的集中であります。

紅茶の製法 

FI76522_0E.jpg紅茶の製法を御紹介致します。私はただ単に蒸して乾燥させる物とばかり思っていました。

紅茶の製造法(オーソドックス製法)】
お茶の歴史は数千年も前にさかのぼります。現在のように茶摘みから乾燥までの工程が機械化されたのは、ここ数百年の間に発明されたもので、それ以前は全ての工程を人の手によって行われる、中国式の製茶が一般的でした。

現在、インド、スリランカ、ケニヤを始めとする殆ど全ての産地の製茶工場では、生葉から紅茶になるまでの全ての工程が機械化され、茶摘みされてから15~18時間で製茶されています。しかし、紅茶に限って、茶摘みのほとんどが『手摘み』されています。

画像:
(左)セイロン・ウヴァ・グレンスプリン /BOP
(中)セイロン・ウヴァ・ネルワ / BOP
(右)セイロン・ウヴァ / OP

FI76522_1E.jpg【工程1】摘採(てきさい)

人の手によって、一つ一つ丁寧に茶摘み(一芯二葉摘み)されます。スリランカでは傾斜のきつい斜面で一人当たり一日に20kgもの茶を手で摘み取り、その仕事はほとんど女性が行います。摘まれた生葉は午前と午後の2回に分けて製茶工場へと運ばれ、計量されます。そして摘んだ量に応じて一週間ごとに労働者に賃金が支払われます。

FI76522_2E.jpg【工程2】萎凋(いちょう)

摘まれた生葉を萎凋槽に敷き詰め、およそ8~14時間かけて生葉に含まれる水分の約半分を蒸発させて、葉をしおらせ、次の工程で葉を揉みやすくします。

FI76522_3E.jpg【工程3】揉捻(じゅうねん)

布でできたダクトを通って揉捻機へと送られ、圧力をかけながら葉を揉みます。

FI76522_4E.jpg【工程4】ローターバン

挽肉を作るミンチ機をヒントに作られたローターバンで、葉を細かくねじ切っていきます。

【工程5】玉解き・篩い分け(たまとき・ふるいわけ)

ミンチ状のカタマリになった葉を解きほぐして、ふるいにかけます。

【工程6】発酵(はっこう)

室温25~28度、湿度80%の発酵室にある発酵棚へ葉を広げ、自然酸化発酵させます。電熱線を張り巡らせたタイルの上に茶を広げて加熱する、強制発酵という方法もあります。発酵時間や程度は解明されていない部分が多く、現在でも職人の長年の勘と知識によって行われています。

【工程7】加熱乾燥

発酵させた葉を大型の乾燥機へ入れて加熱乾燥させ、発酵を止めます。茶葉に含まれる水分が3~4%になるまで乾燥させます。

【工程8】等級分け

乾燥の終わった「荒茶」から、余分な茎や糸クズなどの不純物を取り除き、ふるいにかけてサイズごとに区分します。

【工程9】出荷

区分した茶葉を1箱45kgで箱詰めし、出荷します。

続きを読む

スリランカのお墓の話 

FI84513_0E.jpgお墓の話。え?縁起が悪い話するなって?ちょっと聞いて下さい。いつかは、たどる道なんですから。

私の妻は、4人姉妹の末っ子です。妻は、スリランカ人です、一応。一応が付くのは、シンハラ語は下手、シンハラ語をうまく書けない、読めない。英語しかできません。おまえは何人なんだと。

FI84513_1E.jpgスリランカで、シンハラ人という紀元前3世紀、アショカ王の時代にインドから渡ってきた人種と、イギリス統治前にインド南部から自発的に渡ってきたインド南部のタミール人(スリランカタミールと呼んでます)と、そしてタミールゲリラでおなじみの、イギリスが紅茶農園で働かせる奴隷として連れてきたインディアンタミール、そして、紀元前からインド洋を航海して、スリランカに住み着いたモスリムのだいたい3人種から構成されてます。

宗教は、シンハラ人の小乗仏教と、スリランカタミール人のヒンドゥー教、下層のカーストがよく改宗する(カーストがなくなるため便利だそうです)キリスト教、そして、イスラム教の混淆です。仏教-シンハラが多数派です。

FI84513_2E.jpg妻の旧姓は、ポルトガル名です。ポルトガルの要塞のあった都市が義父の出身ですので、1/16384(14代前くらい?)ぐらいはポルトガルの血が交ざってるんじゃないか、アハハ、と本人はいってます。妻は、仏教信者ですが、私と同等いい加減な者です。仏教は、お寺参りに行け!とは強制しませんので、都合が良いと云えば都合が良い。

FI84513_3E.jpg一番上の姉は、夜逃げ・駆け落ちして、モスリムと結婚してしまいました。商売はスリランカのスペシャルタスクフォース。2番目の姉は、シンハラでエアランカという航空会社のカソリックのパイロットと結婚。結婚十数年で彼が女を作って離婚。その後、彼女がアフリカで仕事をしていた時に知り合ったプロテスタントのイギリス人と再婚。商売は環境関連を研究している大学教授。3番目の姉は、仏教徒のシンハラと結婚。商売は、建築のコンサルタント。そして、4番目は、私の妻。私の商売は、建築設備のコンサルタント。まあ、スリランカらしい構成になってます。その他にフランス人がいたりカナダ人がいたり、ありとあらゆる国の親戚がおります。やれやれ。

FI84513_4E.jpgさて、こういう構成ですので(あ~、導入部からして長い!)、冠婚葬祭が大変、というわけでもないんですねぇ。特に、葬式は簡単。

まず、イスラムは、死んだその日に埋めなければいけません。土葬です。火葬をするということは、地獄に行く、ということだそうで、タブーです。土饅頭を作って終わり。お参りなんかありません。

小乗仏教は、死んだら、霊魂は体から離れて、輪廻転生しますから、体には何の意味もない、というわけで、火葬。適当に土饅頭作って、灰を入れてお終い。或いはどこかに灰を撒いてしまいます。墓碑も何もありません。キリスト教は、土葬。イスラムと同じ考え方ですね。

さて、困ったのが私です。日本のお寺には、私の13代目でお終いにします。永代供養の金を払いますので、ヨロシクお願い致します、と寺に相談に行きましたら、儂もスリランカに行く!と寺の坊主がいい出して、ま、ま、檀家もあるし、何を突飛な、と寺の家族一同止めました。私の日本の妹も渋々納得してくれましたので、日本はOK。

でも、スリランカで、土饅頭はやだなぁ、と。日本人墓地も有るのですが、それもイヤだと。ということで、墓を自分で設計して、作ることにいたしました。別にスリランカ政府はいい加減ですので、日本政府のように、所定の場所に埋葬しなければいけない、などともいいません。

私の母など、死んでまで先祖代々の墓の中で義父と義母(私の祖父母)と一緒にいたくない、インド洋に灰を流すように、と私に指示してます。やれやれ、遺骨を日本から私は運ぶのか。

で、この前設計したのが、前方後円墳型で、長さ15mの墓にしようと。お釈迦様が悟りを開いた、という菩提樹(?)をインドから持ってきたのがアヌラダプラという所にあります。その葉っぱを盗んで(スミマセン、でも葉っぱです)、遺伝子操作で栽培して(姪っ子が生物工学ですから便利)、それを前方後円墳の上に植えてやれと。場所は、テンゴールというスリランカの最南端で、その向こうは南極まで何もナシ、というところ。ノラ象やノラ孔雀、ノラゴールデンモンキーもいる素敵なところです。

と、このプランを得々として妻・娘に話したのですが、「ばっかじゃない?!」と云われました。妻に一緒に入ろう、と云っても、何で特別の墓なんかいるの?と云われてお終い。真剣なのになぁ。生きているウチから、手間書けないように考えているのに。

さて、みなさんは、どういう葬式を永住の地で考えていますか?(なんて、こんな話誰も読むわけないか。。。(-_-;))

註)写真の美人は私の妻ではありません。コケティッシュなところだけ似てますが。彼女はインドの有名な女優でAishwarya Raiといいます。1994年のミス・ワールドです。そりゃあ、ミス・ワールドだからね。

女性による経済活動と民族対立が引き起こす経済問題 1 

非常に良い論文がありますが、残念ながらPDFです。論評は後にして、取りあえず載せてしまいます。

女性による経済活動と民族対立が引き起こす経済問題
アジア周縁諸国経済の現状と今後の課題
-アジア外縁諸国の経済情勢研究会・報告書-
大蔵省 財政金融研究所 編 平成12年6月
第4節 「女性による経済活動と民族対立が引き起こす経済問題」:スリランカ
龍谷大学経済学部 教授
中 村 尚 司
1.はじめに
現代スリランカ経済には、大きな特徴が二つある。まず一つは、女性による経済活動への参加である。もう一つは、国内の民族対立が引き起こしている経済問題である。この二つの問題をめぐって報告したい。
 西洋近代の民主主義的な価値を代表する女性参政権を含む普通選挙制度と、それに基づく議会政治制度は、アジアでは異例に早く1931 年に導入された。主要な党派の構成や国会議員の顔触れを見ても、1930 年代の議会政治も1950 年代の議会政治もそれほど大きな違いはない。1942 年2 月、日本軍により陥落したシンガポールを撤退するに当たって、イギリス陸海空軍が東南アジア軍総司令部を安心してスリランカに移駐することができたゆえんである。1978 年に国賓として来日したジャヤワルダナ大統領が皇居の晩餐会で、「もし日本軍がスリランカに上陸作戦を始めれば、民族独立運動を進めていた我々は歓迎した。」と述べた。しかし、それは昭和天皇に対するリップサービスのようなものである。その後、私は大統領に直接インタビューしたことがある。あの発言は文字どおり受け取って間違いないかと確かめてもみたが、この話題に限って「私は耳が悪くて、あなたの声がよく聞こえない。」と韜晦されてしまった。
 独立後の半世紀を振り返えると、スリランカ社会は大きく変貌した。独立前は、イギリス植民地の優等生と言ってもよいくらい、英国的な価値が尊重されていた。しかし、シンハラ人やタミル人の民衆運動が武装蜂起を準備した1960 年代以降に、社会変容が激しくなり、世界各地で続出している地域紛争に結びついている。1970 年代以降に、たびたび憲法の改正が行われ、政体は自治領から社会主義民主共和国に変更された。国家元首は英国王から、直接選挙によって選ばれるフランス型の大統領に変わった。司法制度の改革も進み、最高裁判所が最終審となるよう改められた。ほぼ20 年から30 年遅れで、制度上は他のアジア諸国と同じような、脱植民地体制の国民国家になったと言えよう。公教育も法制も全て、英語から公用語のシンハラ語とタミル語とに切り替えられた。
 1960 年における世界最初の女性首相の誕生ということは、イギリス統治時代にはほとんど考えられなかったことであり、イギリスの公文書館に行くと、最後のイギリス総督はこの女性に対する悪口を並べた文章を残している。その後も女性の行政官や政治家の活躍は拡大しており、現在では大統領と首相がともに女性である。植民地以前のシンハラ社会には一妻多夫制や妻方居住制などの慣習法もあり、元々女性の社会的な地位は低くなかった。スリランカ人の遺産相続は、歴史的に男女の均分相続(末子の比重が高い)が行われてきた。イギリスの植民地政府は、キリスト教に従えば一人の妻は一人の夫しか持てないと定めて、一妻多夫制という慣習法を認めなかった。私が農村調査を始めた1960 年代には、「大きいお父さん」「小さいお父さん」と子供たちが呼んでいる家庭だとか、婚姻登録をしていない家庭が随分多いので感心した。
 1999 年12 月現在、スリランカ社会におけるエリート供給源であるコロンボ大学では、学長、事務局長、会計官吏、図書館長、医学部長、理学部長、法学部長など大学行政の主要な担い手は女性である。事務職員についても、課長級職員9名中7名までが女性である。教職員だけでなく、学生数も女性の比率がやや高い。その結果、医師や弁護士などの専門職においても、女性の比重が高まっている。このような点は独立後の変化というより、むしろスリランカ社会に固有の伝統と言うべきであろう。
 スリランカの民族抗争が、ゲリラ戦から正規軍の対決へと様相を変えるに従って女性軍人の参加も増えている。1997 年6 月23 日におけるペリヤマードゥ陣地(ヴァヴニヤ市北部の軍事拠点)の攻防は、政府軍に持久戦を強いることになった。双方に約150 名づつの戦死者を出す、激しい戦闘であった。この日の払暁、「タミル・イーラム解放の虎(LTTE)」戦闘部隊の先陣を引き受け、戦端を切り開いたのは、勇猛で知られた女性兵士の小隊であった。LTTE本部の公式発表によれば、1999 年12 月17 日に激しい戦闘の末、北部のパランタン政府軍基地を陥落させ大量の武器弾薬を捕獲するとともに、ジャフナ半島解放の橋頭堡を確保した。この「絶えざる波動3」作戦で戦死した78 名のLTTE兵士のうち、31 名が女性兵士であった。
 インド総選挙の最中にラジヴ・ガンディ元首相を暗殺したのも、1994 年のスリランカ大統領選挙の最中にガーミニ・ディサナーヤカ候補を暗殺したのも、いずれもLTTEの女性兵士であった。大統領選挙直前の1999 年12 月18 日に、チャンドリカ・クマラトゥンガ現大統領の暗殺を試み、30 名を越える死者を出して自爆したのもまた女性の特攻隊員であった。スリランカ女性は、政治家だけでなく軍人としても男性以上の働きをするのである。この不幸な事件にもかかわらず、12 月21 日の投票においてもまた、現職の女性大統領が再選された。

女性による経済活動と民族対立が引き起こす経済問題 2 

2.女性労働力に依存する経済構造
 筆者が行ってきた実態調査に基づく知見によれば、植民地支配とともに貨幣経済が浸透し、公的部門において英国政府方式のペイドワークが導入された。次いで、私的部門におけるプランテーション経済の創出とともに、女性労働力のぺイドワークが創出された。スリランカ社会の事例のように、公私両部門においては女性の社会進出が欧米や日本よりもはるかに進展し、工場労働や海外出稼ぎ労働において女性労働力がペイドワークの主流を成すにつれて、部分的ではあるが男性労働力(とりわけ失業者や潜在失業者)のアンペイド化が生まれつつある。
 よく知られているように紅茶生産は、スリランカの基幹産業であり、世界市場への最大の供給源である。プランテーション農園の産物である紅茶、ゴム、ココヤシの三大輸出品目に依存する経済構造は独立後も受け継がれた。無権利状態のプランテーション労働者(南インドから移住してきたタミル人)と、英国又は英国風の中等教育を受けたプランターたちとの社会的な格差にも変化はなかった。コロンボの紅茶競売市場は、英国系の代理商社が取り仕切り、敗戦国である日本やドイツの商社については1990 年代まで競売への参加が認められなかったほどである。
 1970 年代に、ほとんどのプランテーション農園が土地改革により政府に接収された。しかし、公営のままでは生産性が低落する一方であり、再び1980 年代後半に民営化が進められた。他方、イギリス植民地時代からの階層化された指揮命令系統を重視する軍隊モデルの労働組織は、官営化でも民営化でもほとんど変わらなかった。その基幹的な労働力は、茶葉摘みを引き受けるタミル人の女性労働者である。
 プランテーション農業の停滞とともに、輸出統計に占める紅茶の地位は徐々に低落していった。1990 年代における第1の外貨獲得源は、海外からの直接投資を誘致した輸出加工区の産業である。その中心である既成服の縫製業が、紅茶産業に取って代わった。ここでも大量の未熟練労働力が雇用される点では、プランテーション農園と同じである。しかし、プランテーション農園が家族単位の住み込み労働であるのに対して、自由貿易地帯の縫製業では、単身の若年層女性労働力が90 パーセント以上を占める。
 縫製業に次ぐ第2の外貨獲得源は、アラブ産油国に集中する海外出稼ぎ労働者からの送金である。1990 年代には、労働力人口の1割近くを占めるに至った海外出稼ぎの7割以上が、既婚女性の労働力である。政府の海外雇用局による調査では、女性出稼ぎ労働者の約6割が夫と二人以上の子供を残して長期に西アジアで働いている。このように女性労働力の比重が高まってきたのが独立後の特徴である。独立前は海外からの移住労働が輸出産業を担っていたが、独立後は輸出加工区や海外出稼ぎへと方向が180 度転換した。
 農業労働力も、工場労働力も、出稼ぎ労働力も、労働市場で商品化される労働力の基幹部分は、もっぱら女性に頼るようになった。軍人や警察官など、1970 年代までは男性に限定されていた分野における女性労働力の進出も顕著である。しかし、村から農園へ、都市の工場へ、更には海を越えて出稼ぎに行ったり、果ては戦場へ赴く女性労働者の苦難は、ほとんど改善されていない。
 しかし、彼女らはまぎれもなくペイドワーカーである。雇用労働者である女性がぺイドワークを引き受け、定職のない男性がアンペイドワークの家事労働を行う家庭は、もはや例外的とは言えない。早朝から茶摘み労働に出るタミル人女性の家庭でも、工場労働に出かける農村女性の家庭でも、子供を残して3年間、あるいは5年間と長期の海外出稼ぎに出る女性の家庭でも、残された男性の家事負担が少なくない。主たる家計支持者である女性とアンペイドワークを引き受ける男性との間で、さまざまな問題が発生している。女性が基幹的な雇用労働力となり、出生率は1953 年の3.87%から1996 年の1.86%へと急速に低下した。平均寿命は、1946 年の42 歳から1991 年の73 歳まで著しく向上した(図表1)。男女別の数字が公表されていないので、推測にすぎないが、出生率と平均寿命の双方について、男性よりも女性の生活条件改善の方が、一段と顕著であろう。
 他方、輸出商品作物とは無関係に、農村社会において水田、菜園、果樹園、畜産、内水面漁業などに従事している人々の暮らしでは、性別にかかわりなく手間替え労働(アッタンやカイマート)などの形態を取って、共的部門の経済活動が今日も重要な役割を演じている。灌漑施設の維持管理労働はその典型例であり、植民地化以降のペイドワークでもなければアンペイドワークでもない。長い年月にわたる共同労働の経験を、次代の経済建設にどのようにして活かすか、農村青年たちにとっては大きな関心事である。
 欧米の大学に留学したエリート官僚や政治家の経済政策論争が、「市場経済か計画経済か」をめぐって行われてきたのに対して、多くの農村女性は輸出商品生産の賃金労働や海外出稼ぎではなく、農村で暮らし続ける共的部門の生活を通じて、自らの未来を切り開く道を摸索している。言い換えると、農村社会において自営業のネットワークを組織しながら、ペイドワークやアンペイドワークの呪縛から解放される展望を求めているのである。しかし、このような形の共的部門再編の試みは始まったばかりであり、今後どのような進路を取るか注目し続けたい。

女性による経済活動と民族対立が引き起こす経済問題 3 

3.言語をめぐる民族対立
 独立後のスリランカ社会を大きく変える役割を果たしたのは、シンハラ語の公用語法(1956 年)である。英語を母語とするランシー人たちは、この島に展望を持てなくなりオーストラリアなどへ移住した。1960 年代までは英語を話せる者だけが、成人男性なら長ズボンと革靴を着用し、女性ならタイトスカートとハイヒール靴を着用することができた。逆に、シンハラ語やタミル語しか話せないものは、男ならサロン(筒状の腰巻き)、女ならレッダを着る習わしになっていた。外見的に区別でき、何語で話しかけるべきか戸惑う必要がなかった。しかし、今日でも、英語の優勢は変わらず、大学を卒業しても英語のできない学生は、ほとんど就職できず、大半が失業者になっている。
 現在では衣服を見て、使用言語を切り替えるというような判断は不可能になった。英領時代には、英語社会と現地語社会とは整然と区分され、両者の接点も少なかった。だが、シンハラ語やタミル語による公教育が進展すればするほど、英語をめぐる屈辱感は、植民地時代には想像もできなかったほど拡大している。このような屈辱感も一律ではない。上はイギリスやアメリカの知識人に会ってスリランカ英語の弱点を意識するエリートたちから、下は街で英語の返事ができず黙ってしまう労働者や農民に至るまで、使用できる英語の水準に応じて問題の性格も変わり、階層化されている。
 英語を話す指揮官を除くと、戦場に行く軍人もまたたいてい英語を話さない農村出身者である。エリート階層は、子弟を海外に留学させたりして、なるべく軍隊には行かせないようにしている。農村地帯へ行くと、軍人や警察官の戦死者を出した家庭が、その遺族補償金で立派な家を建てている。あるいは、女性労働者がクウェートやサウジアラビアに出稼ぎに行った家庭が立派な家を建てるという傾向が見られる。
 英語の習熟度に対応して社会的な階層を上昇することができる暗黙の合意がある以上、外国語の支配力は衰えない。1999 年12 月24 日の朝刊に、スリランカの大統領がロンドンに目の治療のために出発したという記事が出ている。大統領一家は、大統領を始め子供たちも海外の教育を受けてきた。けがや病気をするとロンドンに飛ぶということをごく日常的にしている。大統領選挙の後にロンドンに飛ぶというようなことも、スリランカは医療が非常に進んだ国だと言われている中で象徴的な記事である。
 英語の支配力に敵意を燃やすシンハラ人の人民解放戦線(JVP)やタミル人のイーラム解放運動の諸党派は、いくたび軍事的な鎮圧を受けても再び社会的な勢力として甦ってくる。コロンボの政治家や実業家が英語で仕事を続ける限り、政府軍との戦闘において民衆の生命を犠牲にしているはずのJVPやLTTEが、英語のできない島民大衆の支持を受けるという皮肉な事態は変わらないであろう。
 スリランカの仏教、ヒンドゥ教、イスラーム教の伝統は暴力を強く戒め、言語表現に重きを置く。中でも大勢の人間が一斉に声を合わせ、信条の成句を朗誦することが大切である。声帯の振動が空気の振動を呼び起こし、鼓膜の振動に共鳴する行為を通じての共同意志の確認である。声帯から鼓膜へという身体的な行為としての言論が、皮膚を切り裂く身体的な行為としての暴力に優越すると固く信じているのである。スリランカにおける伝統的な村の境界は、手助けを求める「フー」という叫び声の聞こえる範囲である。
 その伝統文化の中で、1970 年に始まる武器を取って戦う運動の長期的な継続は、スリランカ近代史の経験をはるかに越えている。18 世紀末にスリランカ島の沿海地方は、オランダの植民地から英領に代わるが武力抗争は全くなかった。1815 年に内陸部のキャンディ王国が英領に併合されるが、併合条約の締結という形を取り、シンハラ王朝側の武力による抵抗はなかった。2 年後に一部の貴族が反乱を始めるが、直ちに鎮圧され長期化することはなかった。1848 年のキャンディ地方における農民反乱も同様で、極めて限定的なものに止まった。20 世紀に入ると、植民地行政への批判は合法的な議会主義的な形態を取った。1920 年代から30 年代にかけて英国に留学した多くの青年は、マルクス・レーニン主義の左翼運動に惹き付けられて帰国するが、暴力革命の組織化には向かわなかった。
 1930 年代にはスターリン主義者とトロツキー主義者との間で、激しい論争が繰り広げられた。他のアジア諸地域と異なり、スリランカではトロツキー派が勝利を収め、多数派の平等社会党が第4インターナショナルに加盟する。しかし、スリランカのトロツキー主義者は植民地の議会で活躍し、スバース・チャンドラ・ボースのような武装した独立闘争には向かわない。英国で博士号を二つも取得するほど英国のシステムに同化したN.M.ペレーラ(後に大蔵大臣に就任)が、第4インターナショナル・セイロン支部長を務めた事実は、言論を大切にする議会主義的なスリランカ左翼の性格を象徴している。マハトマ・ガンディの運動が、非合法闘争にならざるをえなかったのと対照的である。
 1970 年4 月5 日の早朝を期した人民解放戦線の武装蜂起は、暴力の時代の出発点であった。1 両日中に反乱軍の組織的な暴力は、全島面積の約3 分の1 以上(シンハラ人居住地域の半分以上)を支配下に置き、世界を震撼させた。当時の冷戦構造にもかかわらず、北朝鮮を除く西側と東側の両陣営とインドやユーゴスラヴィアなどの非同盟諸国がこぞって軍事援助を行い、数ヶ月の内に武装反乱の主力部隊は鎮圧された。この年以来、スリランカにおける軍事部門の拡充が進み、兵力は飛躍的に増強された。反乱は軍事的に鎮圧され、多くの指導者たちは戦場や刑場で命を失うが、後を継ごうとするシンハラ青年の志願者が絶えることはない。議会に占める政党各派の議席数とは無関係に、JVPは1999 年末現在もなお、シンハラ人居住地域の主要キャンパスにおける最大の政治勢力である。

女性による経済活動と民族対立が引き起こす経済問題 4 

4.内戦の激化と経済協力
 同様の傾向は、1983 年8 月に始まるジャフナ半島におけるタミル青年の武装反乱にも共通する。タミル人のエリート政治家には、英語教育を受けた弁護士が多く、多数派のシンハラ政治家とコロンボの議会において言論戦を繰り広げてきた。タミル人のエリート政治家に対するシンハラ人の反感は根強い。この反感や憎悪が、多くの政治家に対する暗殺行為につながっている。民族対立が長期的な内戦に転化するとともに、農民兵士の陸軍部隊の主力が集結する古都アヌラーダプラでは、軍需景気に支えられた経済成長の拠点となっている。
 軍事費とそれに関連する政府支出や民間支出の正確な内容は、政府軍と反政府軍の双方とも公表していない。しかし、近年は年間およそ10 億米ドル程度と推測され、スリランカにおける国内総生産の10 パーセントに近い規模とみられる(図表2)。国防費が余り目立たないようにスリランカ政府としてはいろいろ工夫もしている。例えば日本国政府は、軍事費の多いところに経済協力をしないという基本方針を持っているので、なるべく目立たないようにしたい。それでも政府の経常支出の25%、約4分の1という位置を占めていることが分かる。
 他方、1983 年以降、反政府軍支配地における経済活動や海外在住タミル人からの軍事費送金は、スリランカの政府機関による把握が困難であり、その分だけ国民所得勘定なども不正確にならざるを得ない。
 長期化した内戦の激化は、外国援助のあり方にも再考を促す要因である。最大の援助国として道路やダムの建設、港湾や空港の整備、医療機関や教育施設などインフラストラクチュアに力を入れてきた日本の政府開発援助も、タミル人側からはシンハラ地区に偏っているとの不満の声がある。大量の死者や100 万人規模での島の内外に難民を出している武装抗争に触れることなく、開発援助のみを拡大するのは誰の目から見ても異常であろう。激化する民族対立を他人事として等閑視することなく、平和的な解決に資するような方向へ援助政策の転換が必要であろう。特にタミル人居住区に日本の援助はほとんど入らない状況なので、それを再検討する必要があるのではないか。
 1989 年夏、インド平和維持軍が支配するジャフナを訪問した筆者が、街の人びとに話しかけると「口は食べるためだけにあり、話すためではありません。」という答えが返ってきた。言語文化への不信は、インド軍の下で頂点に達していたのであろう。そのころ12 万人のインド軍に対抗すべく、ムライティヴ・ジャングルの根拠地で軍事訓練にいそしんだLTTEの青年男女は、相手の鼓膜に響く声を出すことを禁欲し、肉体を切り裂く行為に全力を傾けていたのである。
 タミル・イーラムのホームページは、インターネット上を検索すると、各種各様に出されていることが分かる。スリランカから国外に逃れた約50 万人のタミル人たちがスリランカに送金すれば、スリランカの軍事費に使われるのだと主張している。また、インド政府でラジヴ首相暗殺の首謀者だというので訴追されている人物が、話し合いによってこの民族問題を解決しようということを申し出ている。しかも、その申し出によって、大統領選挙のときに第2位の得票数を得た前政権UNP(統一国民党)の委員長であるRani lWickramasinghe も、当事者間だけでは解決の目処が立たないので、第三者の援助によって和平交渉をしようというような話に乗ってきている。ノルウェーを先頭にして、カナダ、英国、インド、米国、フランスなどが、様々な立場から斡旋役を申し出ている。第三国仲介による話し合いについては選挙後まだ日が浅いので、これからの課題である。

女性による経済活動と民族対立が引き起こす経済問題 5 

5.おわりに
 1989 年から10 年後の1999 年夏、スリランカ・タミル人を代表する知識人のニーラン・テイルチェルヴァム弁護士が、身体に爆薬を付けたLTTE兵士に暗殺された。こよなくタミル文化を愛し、言論こそが民族の壁を越えて人々を結ぶと信じていた人である。彼の死によって、スリランカにおける言語文化の伝統は、本当に暴力の文化に置き換えられたのであろうか。武人たる征夷大将軍が長く統治者となり、文人は俳諧趣味に堕した我が暴力文化の島から留学して、言論文化の伝統に魅せられた者から見ると、再び声帯から鼓膜への共鳴が響き渡る日の甦ることを願わずにはいられない。
<参考文献>
Central Bank of Sri Lanka, Economic Progress of Independent Sri Lanka, Colombo, 1998. W.D. Lakshman (ed.), Dilemma of Development; Sri Lanka Association of Economists, Colombo, 1997.
D.Panditaratne and P. Ratnam (ed.), The Draft constitution of Sri Lanka; Critical Aspect, Law and Society Trust, Colombo, 1998.
鈴木正崇著『スリランカの宗教と社会』 春秋社、1996 年。

女性による経済活動と民族対立が引き起こす経済問題 6 

(質疑)
[ 柳原 ] スリランカは、通常の指標で見る貧困が少ないことになっている。しかし、所得分配の指標で見ると必ずしも平等度が高く出ず、またジニ係数で見ると大きな値が出てくる。スリランカにおける富裕層とはどのような人々なのか。それから、これ自体大変興味深かったのであるが、民族対立というよりは英語をめぐる対立軸ということを強調されている。それが、所得面でも格差の一つの根源になっていると思う。他の国だと、ジニ係数が約0.46 とか、そういう国では金持ちの金持ちぶりが歴然と分かるのだが、スリランカに関してはどうもよく分からない。
[ 中村 ] 所得格差の問題は非常に難しいところがある。私は前に一度、スリランカ経済学会年次総会の基調講演を頼まれて行ったことがある。そのときにはヴァナキュラー・エコノミーというようなことで話したが、英語を話すか、話せないかで経済活動の担い手が整然と分かれている。例えば、主要な輸出産品であるお茶とかゴムとかココナッツの取引は、全部英語で行われるから、英語を話せないとそこに参入できない。また、コロンボ大学の卒業成績がいくら良くても、英語を話せないと、英語を話す分野での企業には採用されない。大学を卒業してもしなくても、英語さえできれば、かなり高い所得が保障されている。言葉によってこれほど人々の経済生活が整然と分かれて、私が留学していたころは服装まで分かれていたが、そんなことがあるのが少し変なのではないだろうか。英語を話す人は人口のせいぜい5%もいないのだから、人口の95%の人の能力が十分活用できないのではないかというような議論をしたことがある。しかし、英語が話せるか話せないかが所得格差の大きな分かれ目になっていることはほぼ間違いない。それでは、公用語がシンハラ語、タミル語になって、うまく人々の経済活動が組織されるようになったかというと、相変わらず経済組織ではほとんど英語で文書を作り、英語で取引をするというふうになっている。だから、それに対する不満からJVPが定期的に反乱する。反乱の後、ややジニ係数が改善されるというか、例えば土地改革など若干のことは行われるが、また格差が広がる。そして、また反乱が起きる。そんなことを、シンハラ人、タミル人ともに繰り返しているという側面がある。現実としては英語をどれだけうまく使いこなせるかが、人々の非常に大きな関心になってしまう。それなら思い切ってシンガポールのように全部英語でやってしまおう、と提案する人もたびたび出てくるが、スリランカの人口規模がシンガポールに比べ10 倍ぐらい大きいので、英語教育が十分にできないという悩みがある。パキスタンのように大都市富裕層あるいは特定の家族が経済を押さえているというようなことではなく、教育を通じて英語を使いこなせるようになるかならないか、それが決め手という非常に奇妙な話である。イギリスのロナルド・ドアーという教育学者が「日本とスリランカが世界で最も学歴病の国だ。」と言ったことがある。スリランカでは、とにかく良い学校へ行かせたいと、都市中産階級の支出の3割ぐらいまでが子供の塾通いなどの教育費に充てられる。ドアーは、これに匹敵する国は日本ぐらいだと書いている。
[ 今川 ] 「内戦の激化」という話であったが、最近、こういうことがあると、国連は何か問題ありとして出てくるというか、働くところはないかと探しているような感じがある。すぐPKOなどの方法で出てくる。これがカンボジアであり、東ティモールであり、あるいは中東の幾つかの国の場合だと思うが、スリランカについてはそういう話を国連の場であまり聞いたことがない。国連がスリランカへの介入を避ける、あるいはスリランカが嫌うということがあるのかないのか。それがまず第1点である。第2点。スリランカは、小乗仏教の国、タイ、ラオス、カンボジアでは、小乗仏教発祥の地として――仏教の発祥の地という場合は話が全く違うのだが――大変尊敬されているわけである。ところが、現在の我々の感覚で言えば、スリランカは、インド、パキスタンあるいはバングラデシュなどと同じように、どちらかというと南西アジア諸国のグループ、インド大陸のグループという感じである。スリランカから、東南アジアの小乗仏教国であるミャンマー、ラオス、カンボジア、それからタイという国に対して、宗教的、文化的なつながりから何か特別な関係や感情はあるのだろうか。
[ 中村 ] 1980 年代の終わりから1990 年代にかけて、スリランカに対してIPKF(インド平和維持軍)が12 万人送り込まれた経緯がある。国連の枠組みの外で問題を解決するという意思がインドに非常に強く、それがラジヴ・ガンディ首相が殺される結果にもなった。インドのスリランカ政策が、ある意味で解決の要である。インド政府は公式には他の外国と全く同じ立場にいると言ってはいるが、インド洋の安全はインド国家の安全でもあり、無関心ではいられない。ここのところが難しい。そんな事情から、近年のノルウェーによる和平工作は、インド政府と緊密な連絡を取りながら行われている。小乗仏教発祥の地として大変尊敬されているのに、なぜこんなに残酷な事態になっているのかというのは、虫も殺さないようなカンボジア人がなぜあのポル・ポトを生んだのかという疑問を感じるのと似たところがある。スリランカ政府としては、特にシンハラ人としては、インドに対する強迫観念が非常に強いので、ASEANに加盟したいということを申し入れて、ASEAN側から断られた事情がある。インドと非常にアンビバレントな関係にあって、その分だけASEAN諸国への親近感が非常に強い。
[ 下村 ] 国際機関によると、スリランカの初等教育の就学率又は完了率が、以前に比べて非常に下がってきているというデータがある。これは、社会主義から市場原理に変わったことから貧困層が学校に行けなくなったのかと思っていたが、経済体制の変化、政治体制の変化以外に、英語の問題や、母親が長期に海外に出稼ぎで行くことも、初等教育普及率低下に関係しているのだろうか。もしそうだとすると、スリランカの今までの非常にいいイメージ、ポジティブな面であった社会的平等の状態が、相当影響を受けそうな気がする。
[ 中村 ] 初等教育が落ちているのは、戦争ということもある。難民が内外に 100 万人も出ているような状態がある。
[ 成相 ] 1点目として、海外での出稼ぎ労働者から送金の使途についてである。こうした送金の国内での使途を統計にとるのはなかなか難しいのだろうが、例えばこれがほとんど消費に回ってしまうのか、あるいは、この貴重な外貨が投資に回り得るようなメカニズム、例えば外貨管理を行い経済発展に活用しているのかどうか。2点目は、経済協力政策に若干かかわってることだが、特にスリランカは、日本が断トツのトップドナーで、全体の6割ぐらいを占めている。そうなると、日本が少しはいろいろなことに意見を述べてもよいのではないかと私はずっと前から思っている。スリランカに対しては、日本がトップドナーカントリーとしてのイニシアチブを陰に陽にというようなことで何か発揮してきたのか。あるいはどんな分野だと、相手国政府の神経にさわらない範囲で発揮し得るのだろうか。
[ 中村 ] 女性の出稼ぎ労働者が男性よりも多いのは世界でスリランカだけである。その規模も増加しつつある。彼女らの送金が投資に回っているのかというと、国民経済全体、特に外貨需要という点では政府は非常にありがたいと活用をしている。それがこれまでの債務の利払いに向かっているのか、軍事費に向かっているのか判然としない。送金した人たちは、例えば中古車を買って輸送業を始めるとか、ちょっとした雑貨店をやるとか、それなりに自分たちの経済生活改善には心がけている。内戦の解決に日本がトップドナーとして何かやる気はないか、と我々は感じるわけだが、経済協力の立案に当たっている人たちは、あまり関心を持たないというのが実情であろう。東ティモールのように外務省が暫定統治機構に入れないのはインドネシアに対する遠慮があるからだすれば、インドに対する遠慮が日本の外務省にあるのかもしれない。しかし、インドが12 万人の軍隊を撤退した後だからもう遠慮しなくてもよいのではないか。
[ 小松 ] まず第1に、スリランカの高い教育水準及び高い識字率というのは、1960年代ごろからずっとそうだったように思う。我々は、教育水準が高くて人的資源が発展していけば、当然経済発展につながると思っていたわけだが、スリランカの場合にそうならなかった理由は何なのだろうか。それとも、教育水準が高い、識字率が高いと考えていたこと自体がイリュージョンなのか。それとも、教育水準が高くても発展しないという別のメカニズムがあるのか。
[ 中村 ] 識字率は1921 年代で既に非常に高い水準だった。恐らく第2次大戦後のある時期のスリランカの経済状態を支えていたのであろう。それ以上に高度な経済活動が組織されなかったのはなぜかと言うと、必要条件にすぎなかったのではなかろうか。インドの場合、インディラ・ガンディー首相は「公的な初等教育などは要らない。」と言い切っているぐらいなので、そういう物の見方が南アジア人には若干あるのかという気もする。
[ 小島 ] スリランカだが、一人当たりGDPが 800 ドルぐらい、平均寿命が男女平均で70 歳を超えている。こんな発展途上国は他にない。非常に特異な国で、先進国に近い平均寿命をどうして実現しているのか。
[ 中村 ] 平均寿命が高いのは、それほど特別な理由があるわけではない。日本でも、GDPないしGNPで一人当たりの所得が 1,000 ドルを超えたころ、日本の平均寿命は同じぐらいに達していたと考える。出生率の低下をもたらしたものに、日本の場合は人工妊娠中絶がある。スリランカでもかなり大規模に行われるようになり、乳幼児死亡が非常に低くなった。

スリランカは豊かだ! 

スリランカは豊かだ!・・・って、相対的な話なんですよ。物事は全て相対的。絶対的に貧しいとか豊かだとか、そういう状態はありえません。アインシュタイン先生も『全ては相対的だ!』と言われております。

スリランカから帰ってきた日本人旅行者の感想を聞くと、ときたま、「貧しいけれども。。。の国」という感想を抱かれる方がおります。そういう感想を聞きますと、私としては、スリランカで貧しいと思うようならば、インドバングラディッシュパキスタンに行くとどう感じてしまうんだろうか?なんて思ってしまいます。

昔から、インドパキスタン、バングラの日本人学校や大使館員が休暇でスリランカを訪れて、

「いやぁ、スリランカ、綺麗ですねえ、豊かですねえ」

という感想を聞きました。スリランカに駐在当時はインドパキスタン、バングラに行ったことはなかったので、私も、

「スリランカが綺麗というなら、インドパキスタン、バングラはどんな世界なんだ?」

と思っておりました。後にシンガポールに赴任して以降、インドパキスタンを訪れる機会があり、バングラにも行ってみました。

・・・(絶句)

ス、スリランカは綺麗です。人少ない。高速道路はないけれど、いやいや、豊かな国です。

乞食が皆無とは言いませんが、スリランカの数十~数百倍の乞食の数。スリランカに見られないらい病患者の集団。スリランカ空港で押し売りのポーターはいましたが(今はまあいない方です)、ダッカやカラチ、チェンナイのように数十人のポーターが私のスーツケースを奪い合うようなことはありません。

こういう印象は私だけかと思いましたら、あ!いたいた、いました。ちゃんとした方もそう言われておりますね。

口大使メッセージ「スリランカとバングラデシュ」2004/11/25
 イードの休暇を利用してスリランカに行ってみました。
 一番印象深かったことは、紀元前5世紀にベンガルから渡った王子によって開 かれたシンハラ王朝が、インドからパーク海峡を越えてやってくるタミール人 の攻撃を受けて、何度か遷都を強いられながらも、1815年英国に滅ぼされるま で綿々と続いたという説明でした。
 本当かなと思いましたが、ダッカに住む何人かのスリランカ人に尋ねたら皆そ う信じているそうです。
 ダッカから訪れた旅行者が気が付くのは、第一に人の少なさです。スリランカ の人口は二千万、首都コロンボは百万、国土はバングラデシュの三分の一余り ということですから当然ではあります。
 第二は街にリキシャがない(FRANK LLOYD註:これは堀口大使、どこを見ているのですか?)ことで、乗用車もバスも人口比以上に少ないように 見受けられました。
 第三は極端に貧しい人が殆ど見られないことで、貧しい層の人々も識字率の高 さを感じさせ、表情も穏やかな印象を受けました。
 そして、第四は道路のゴミが目立って少ないことです。首都コロンボだけでな く地方を旅行したときも、人々が家の周囲を掃いているのをよく見かけました が、箒を売っている店の多さにも感心しました。
 ただし、コロンボの街がきれいになったのはここ数年のことだそうで、もしそ うならいかなる政策、キャンペーンによって可能になったのかが分かれば、現 在ダッカ市の廃棄物処理についてマスタープランを作っているJICAの専門家に も参考になるので、現在スリランカの日本大使館に調査をお願いしています。
 スリランカはさらに、シンハラ王朝の人々が遷都する先々で残した立派な仏教 建築や彫刻、巨大な岩山や美しい海岸の自然美など観光資源が豊富で、ダイヤ 以外の宝石は何でもあるという豊かな資源とともに、バングラデシュにない大 きな利点があります。
 他方、バングラデシュにはガス以外これといった資源のない代わりに、勤勉で 進取の気性に富んだ人々、企業家精神と国際的センスを持った企業家群、高い 英語力を持ったエリート層、さらに色彩感覚に優れた芸術家などがいます。
 また、タミール・タイガーなど、人種的理由から分離独立を求めて武力闘争を するグループを抱えていないことは、スリランカにない大きな強みです。
 バングラデシュがガバナンスを改善し、政党間のいさかいを克服し、教育に力 を入れて経済発展に力を集中できれば、短期間にLDCを卒業し、中進国入りす ることは疑いありません。
 両国の共通点としては対印関係の難しさが挙げられます。バングラデシュでは インドの国際河川連結計画が大きな問題となっていますが、スリランカでも、 インドがパーク海峡の浅い水域に30キロの海運用の澪を掘る計画を、スリラン カとの協議なしに進めようとしていることが心配されています。
 この深い澪を掘るとベンガル湾の潮流が変わり、海の生態も変わって多くの漁 民が職を失い、パーク海峡に点在する85もの島々が水没しかねないと指摘され ています。大国インドに、いかにすれば隣接国の利害を尊重して貰えるかが両 国共通の課題であり、何とか良い知恵が出てくることを祈っています。

通常兵器は液晶テレビと似たようなもの。。。 

あるmixiのコミュのレス、長いのでこちらに転載します。

>個人的な意見ですが、問題の原因は、民族間の確執というより、
>戦争で利を得ている者が細かいことを膨らませて戦争を起こそうと
>していることだと思います。例えば、外国の武器売人や武器の売買から
>利益を得ている人たち…
>確かな証拠がないから大きな声で言えませんが…

世界のConspiracy(陰謀)伝説というのがありまして、世界を牛耳っているのはユダヤ人の富裕な一握りの一族だとか、数ある秘密結社だとか。それの真偽はわかりません。

それから、世界に武器商人がいて、それの取引額が年間何兆ドルにも及び、紛争の一部はそういった武器商人が煽っているというConspiracy(陰謀)伝説もあります。

確かに、ジェット戦闘機やミサイルなどの先端兵器においては武器商人、というか武器製造会社が直接営業をかけて、各国に売り込んでいます。それで、儲けている。それを買うのは、富裕な国家群です。で、貧しい紛争地帯も数は少ないですが購入します。しかし、先端兵器の場合は、三菱重工のH2Aのようなもので、取引する、取引できる国家は限られています。

スリランカの紛争で使われているのは、通常兵器。エアポートなどの警備兵の銃を見てもわかるように、最新式のサブマシンガンなどは高すぎて持っておりません。確か、スリランカのCDI(CDI Terrorism Project)も装備はそうたいしたものではなかったような気が致します。LTTEの装備は旧式の中国製のサブマシンガンを使っているのではなかったでしょうか?

今回のパキスタン大使暗殺未遂で使われた対人地雷も、クレイモア地雷(M18 Claymore、指向性対人地雷)なんてものではなくて、安い地雷じゃないかと思います。クレイモアは高いですからね。1個あたりの値段はUS$250です。おまけに、クレイモアを使ったら、700個の鉄球が100m四方に吹き飛びますから6名とか7名の死者では済まないでしょう。LTTEの予算なんて、2万7千円の地雷を買えない程度、調達できない程度の予算なんですね。

テロリスト社会で有名なイスラエルのIMI(イスラエル・ミリタリー・インダストリーズ)社が作っているウジという短機関銃があります。ウジはイスラエルで作っているか?これ、ライセンス生産でシンガポールに工場があります。そして、それをミャンマーで。。。シンガポールの会社は国有企業が噛んでいて、リー・カン・ユーの親戚が重役。やれやれ。

ビルマ政府、債務無償を軍需に転用か
シンガポールは小火器と軍需品を生産するための最先端設備をビルマに提供している。モジュール式の、プレハブ工場がシンガポールに建てられた。国有企業であるチャータード・インダストリー・オヴ・シンガポール(CIS)の設計によるものである。設計にはイスラエル・ミリタリー・インダストリーズ(IMI)の現職、もしくは元職員であると思われるイスラエル人コンサルタントが関与している。このプラントはシンガポールでテストされたのちに解体され、今年2月にビルマ移送されている。

シンガポールの西部にジュロン工業団地というところがありますが、道路からでも、イスラエル設計の水陸両用舟艇などを見ることが出来ますよ。

私はシンガポールに9年おりまして、多少興味があったので調べたことがあります。シンガポール政府は、ジェトロの資料では、「外資に関する規制武器・兵器の製造、公益サービス事業(公共交通機関、電力、ガス、水道)、新聞・放送業に対する外国企業の進出は規制・制限の対象となる。また、製造業の一部については、事前に監督機関の許可を取得する必要がある。」なあんて言ってますが、国営企業が噛むのならイエスなんですね。

シンガポールの行政機構
政府系企業群は造船や製鉄など工業化を誘導する基幹産業だけでなく、石油精製、石油化学、貿易、金融、海運、エンジニアリング、武器製造、不動産開発、ホテル、観光産業、宝くじとあらゆる分野に参入し、地場資本や積極的に誘致した外国資本と競争しつつ、シンガポール経済の発展に寄与するとともに、雇用の創出にも大きく貢献している。

シンガポールは華人社会ですから、金になると思えばあらゆることをします。武器に限らず、違法臓器移植のアジアの一大センターは香港とシンガポール。平和国家なんてウソばっかりです。

さて、

通常兵器は、先端兵器と違って、流通経路が複雑。H2Aを買うには三菱重工に直に交渉しないと買えないと思いますが、例えば、60インチの液晶テレビを買うのに、松下とかソニー直に調達しないのと同じ。通常兵器は、製造会社からリテイラー(中間卸業者)が買い受け、それを別のリテイラーが買い取って・・・いくつもの会社を経て、貧しい国の軍隊に行き着きます。ですから、武器製造会社にどこに売ってるんだ?末端消費国のリストを出せ!と言っても解りません。

ということで、全ての紛争とは言いませんが、スリランカのような両者予算のない紛争を煽っても、通常兵器レベルがほとんどですので、武器商人はあまり儲かりませんし、末端のリテイラーが直接売りつけているのか、パキスタンやインドからの供与品なので、武器製造会社本体が関与している可能性は少ないのです。

>僕の理解だと、戦場の最前線にいるのは、シンハラ軍の場合、
>貧しい家庭の青年たちと、タミルの場合戦争で被害を受けた青年たち…
>おそらく、政治家や大金持ちの子供は戦場に行ってないでしょう…

「政治家や大金持ちの子供は戦場に行ってない」というのはほぼ正解です。まあ、ベトナム戦争で上院議員の息子が志願したのと同様な稀少な例はあります。しかし、「シンハラ軍の場合、貧しい家庭の青年たち」はどうなのかと言うと、そうでもない。中流家庭の人間も志願している例が多いです。また、「シンハラ軍」じゃありません。イスラムもタミールもスリランカ国軍に多数所属しております。自衛隊員の構成と似たようなものなんですね。

なぜ軍隊に貧しい家庭のみならず、中流の家庭の息子も志願するのかというと、軍隊のキャリアがその後の生活にプラスされる場合もあるからです。スリランカン・エアラインで高給を取っているパイロットは空軍のOBが多いですからね。軍隊でエンジニアリングを学べれば、航空会社の整備でいいジョブにありつけます。だから、稀少な政治家や大金持ちの子供も志願する場合もあります。

スリランカは国民皆兵ではありませんが、国民皆兵のシンガポールなど、スタッフの募集をすると、軍隊でなにを勉強した、なんていう資格や経験を履歴書に一杯書いてあります。

>シンハラ人もタミル人も自分たちは同じ国の国民だから、
>戦争をやめて、経済発展のため努力すればみんな幸せになれる
>ということを認識すべきだと思います。

と言われますが、では、さて、我々日本人が同じ事を中国人、韓国人に言って、この日中韓の確執が今まで解決したかというと。。。原則はそうなんでしょうが、東アジア人・東南アジア人よりもさらに政治的でパッショネートな南アジア人です。聞く耳は持たないでしょう。

しょうがない話です。

でも、紛争地帯を実際に言ってみると、24時間、365日、ドンパチやっているわけではありません。CNNが放送しているのは、ドンパチの現場だけ。私は見たことがありますが、ドンパチの現場の横で、スリランカの宝くじを平気で売っていたり、アイスクリーム売りが通りかかりますが、マスコミは絶対にそういう光景を撮りません。商売ですから、ドンパチの横の日常風景を撮影したら、マスコミ幹部から大目玉を食います。

まあ、深刻になってもしょうがないようですよ。スリランカ人自体が深刻に考えていませんから。。。_| ̄|○

三島物語 

世界には不思議な相似を持った3つの島があると思ってます。誰も言い出さないので私が言ってみようかなと。

世界で地政学的に相似な3つの島国。

map-3islands.jpg日本

 日本民族がどこからきたか、未だにわかりません。言語的には、ツングースやモンゴル、朝鮮、ハンガリーなどと同系統の少数派の言語です。たぶん、北からは、中国東北部の松花江一帯から外興安嶺(スタノヴォイ山脈)以南のロシア極東地域および朝鮮半島北部にかけて居住していたツングース系民族の女真族が移り住んだのかもしれません。或いは、中国の江南地方から移り住んだ中国人(但し、当時の言語は古代タイ語系)もいたでしょう。ポリネシアンも移ってきたかもしれません。しかし、その中で多数を占める移住人口が朝鮮半島から移り住んだのは確かなことでしょう。その人間が、現在の朝鮮南西部の百済の人間だったかもしれず、高句麗の人間だったかもしれず。日本人の血液の中には、かなりの朝鮮半島民族の血が流れていると思います。

 日本は古代中国帝国から朝鮮半島民族を通じて文化を仕入れました。古来独自の文化がありましたが、中国文化と混淆して、独特な文化を形成しました。仲介した朝鮮半島民族は、我々が仲介したり、移民をしたりして日本という国家・文化が形成できたと言っております。そして、戦前の一時期、仲介した(島国よりも優れた)民族を植民地化したと憎悪しています。中国帝国は、大陸帝国の末裔。日本は古代では辺境の地。しかし、朝鮮半島は、その武力の政治の文化の及ぶ地域でした。この半島を巡って、白村江に始まる幾多の戦争を経験してきました。

 近代になって、中国帝国(当時の清朝)が衰退し、日本は文化の中継地の朝鮮半島を植民地化し、中国帝国の一部を切り取ろうと目論みました。

英国

 英国を構成する諸島には古来からケルト民族が住んでいました。ローマ帝国の昔、シーザーが合従連衡した現在のフランス、スペインに居住していた民族と同じ民族です。ライン川以西にはケルト民族よりも蛮族(狩猟、非定住という意味で)であったゲルマン民族が住んでいました。ローマ帝国の伸張に伴い、ケルト民族は徐々にラテン民族(イタリア人などの地中海民族)と混血したり、大陸から追いやられたりしました。現在ケルトの血を濃厚に残す英国の地域は、アイルランドとスコットランド、ウェールズの一部になります。イングランドは、ローマとの混血をはじめとして、ノルマン人の侵略があったり、ローマ化したフランスのフランク族の王族が支配したり、逆に、フランク族の英国国王がフランスの一部を植民地化したりしました。近世になると、王族はゲルマン人から迎えたりしています。

 アイルランド人は、古来からの歴史や、ローマの文化をいち早く取り入れた先進性などでプライドを持っていますが、近代の一時期、イングランド人の侵略で植民地化されました。それが継起となって、大量にアメリカなどに移住を致しました。未だに、アイルランド人は、古代からの血脈の誇りを持っていて、混淆したイングランド人に対するプライドは高い物があります。

 大陸側のローマ帝国の末裔のラテン民族は、先進地域としてのプライドを持っています。島国で、海賊行為で有名であったイギリスが、一時世界の海を制覇したのに良い感情は持っていませんでした。それで、ナポレオン戦争などで、イギリスと大陸諸国は数々の戦争を行いました。

map-india.jpgスリランカ

 スリランカのシンハラ王朝は、紀元前500年くらい前に現在のパキスタン南部やインドのグジャラート州などから海づたいにボンベイ、ゴア、コーチンなどに徐々に南下して、スリランカに行き着いたのだと言われています。元々は、北インド/パキスタンの民族だったのです。しかし、現在では定かにわかりません。その当時のスリランカ島には、先住民族のドラビタ人(ポリネシア系と言われています)や南インドのタミール人が住んでいたと思われます。タミールネットなどでは、シンハラ族のスリランカ移住は2500年前だが、タミール人は5000年前からスリランカに住んでいた先住者であると言っています。

 古代のインドの文明を作ったのは、アーリア系の北インドの種族ではなく、南インドのドラビタ系の種族だと言われています。パキスタンのハラッパーをはじめとする古代文明はドラビタ系の文明であると。それが北部からアーリア系の人種が侵略を始め、徐々に南部に押し込められたようです。現在のタミール人はタミールナドナ州に多く住んでいますが、「タミールナドナ」の「ナドナ」とは国家という意味があります。ですから、おかしいことに、「タミールナドナ州」とは「タミール国州」という意味なのです。インド共和国の中で、あまり中央政府に重きを置いていない意識がかいま見えます。

 古代から古くスリランカに定住していたタミール人は、スリランカでは「スリランカン・タミール」と呼ばれています。それに対して、19世紀に南インドを植民地化した英国がタミール州からスリランカに紅茶栽培のための労働奴隷として連れてきた100万人のタミール人を「インディアン・タミール」と呼びます。

 おしなべて、「スリランカン・タミール」は裕福であり、スリランカ政府にも大臣を出していて、LTTEの闘争にはあまり組していません。LTTEの闘争に賛同しているのは、あまり裕福ではない「インディアン・タミール」の方です。

 LTTEの幹部の一人はフランス人と結婚しており、その縁でフランスにかなり強固な地盤を置いていました。フランス政府も以前まではLTTEを少数民族の政治団体として認知しており、フランス内での政治活動や基金の収集も許可しておりました。そこでLTTEは、海外に居住する裕福なタミール人から、ある人間からは自発的に、ある人間からは脅迫をもって、募金を集め、それを闘争資金としておりました。この募金収集で、暗殺されたヨーロッパ居住のタミール人も多数おります。タミール州のタミール人が韓国人のようなものなら、LTTEは北朝鮮のようなものと言えるかもしれません。

 インド政府がスリランカを支援するのは、スリランカのタミール問題が飛び火して、インドのタミール州が分離独立を言い出すのを阻止するためです。パキスタン政府がスリランカを支援するのは、LTTE支配地域に居住するイスラム系スリランカ人をLTTEが迫害しているためです。

う~ん、以上、うろ覚えで書きまして資料を見ていません。間違いが散見すると思いますが、後で書き直します。間違いはご指摘下さい。

それで、私は思ったね。 

LTTE3.jpg19年前の昔なんか、こんな爆弾テロなんて目じゃなかった。

インドの大統領は暗殺され、スリランカの大統領も暗殺され、前大統領のチャンドリカの旦那、有名な映画スターで将来の大統領と言われたビジャクマラトゥンガも暗殺され、連日カーフュー(外出禁止令)で、毎日LTTEの死体が見せしめに路上でさらされ、私の現場の横の河には首無し死体が流れてました。私も我が運転手のソマチャンドラも、果たして今日無事な道はどこかな?なんて毎日道筋を変えていました。

※画像真ん中は、Velupillai Pirapaharanおじさん。いつも暗殺ばかりしているお茶目なおじさんです。。。

LTTE1.jpg空港の建築現場に行けば、私の真後ろ200メートルでトライスターは爆発し、爆風で押されて体が前に移動しました。後ろを振り返ると、ちょうど、爆発で人間が宙を飛び、放物線を描いて、地面にベチャッと。ガラスが入っていたら私は死んでいましたね。恐ろしい。

LTTE2.jpgで、日本人に何かできることはないか?などと思われる方がいるでしょうか、スリランカ人に日中北朝鮮韓国の確執がどうにもできないのと同じように、日本人にもシンハラ・タミールの問題はどうにもできやしません。いくら明石さんが行ってもダメ。

そもそも、19世紀に英国が100万人というスリランカ全人口の5%をインドから紅茶園の奴隷として持ってきたのが悪い。そして、第2次大戦後、独立していない英国自治領の時、1948/11/15、セイロン市民権法第18号(Ceylon Citizenship Act No.18)を制定して、インディアン・タミル人の70%に及ぶ約90万人に対し、市民権の付与を否定(1949年には、選挙修正法によって選挙権をも剥奪)などという無茶な法律を作るのを見過ごした英国が最も悪い。

LTTE4.jpgジャヤワルダナのサンフランシスコ講和会議の恩はあります。スリランカを好きな日本人も多くいますが、こりゃあ、我々にはどうしようもありません。

そうそう、人間の盾代わりに村民、少年少女を利用するLTTEもひどいね。

少なくとも、少数派は常に正しいという、判官贔屓でLTTEのプロパガンダにはのせられないようにしたいものです。

空爆は孤児院になされた!とか、少女は学校に宿泊だ!とか、ありゃあ、ウソだね。スリランカの少女が親元を離れて、宿泊するなんてのは親戚の家くらいのもんです。誰が集団宿泊なんて普通の状態で許しますかね?日本じゃあるまいし。国連の職員、スリランカの文化を知っていて派遣されたのでしょうかね?

LTTE5.jpgはやく今回のドンパチが収束しますように。。。収束しても次回があるでしょうが。。。

※画像は、LTTEの決起集会に参加した善男善女の一般村民達とLTTE幹部達。少年少女もいっぱい!数ヶ月後か数年後にこれら少年少女も自爆計画に参加するのでしょうね。

その後、姉貴は絶句した! 

ブティックでショッピングを終えた何も知らない姉貴は、待たせてあったダルマパーラの三輪車に乗り込みました。

姉貴「ダルマパーラ、ヤケに車が多いわね?混んでるわね?何があったの?」
ダル「マダム、急に車が多くなったんですよ」

そこで姉貴の携帯電話が鳴りました。ルルルゥ~、ルルルゥ~。

姉貴「モシモシ?」
義妹「スンドリカ(姉貴の名前)?あなた、どこにいるのよ?」
姉貴「XXX(ブティックの名前)の前にいるわ。あのねぇ~、安い服が。。。」
義妹「あなた、それどころじゃないわよ。いまTVで、ラッキープラザの近くで爆発があったって言ってたわよ。知らないの?」
姉貴「え?そうなの?…どうりで車が混んでいるのね?」
義妹「とにかく、危ないから家に帰った方が良いわよ」
姉貴「でも、オフィスが…」
義妹「オフィスは良いから、早く帰りなさい!わかった?」
姉貴「ハイハイ。。。」
義妹「じゃあ、後でね」
姉貴「じゃあねぇ~」

と電話を切って、姉貴はしばし考えました。

ダル「マダム、どうしますか?」
姉貴「そうねえ…ちょ、ちょっと、ラッキープラザの方を見に行く?」
ダル「いいっすよ」

と、まさかオフィスの前での爆破と知らない姉貴とダルマパーラは一路ラッキープラザへ。

姉貴「車が詰まって行けそうもないわねぇ」
ダル「マダム、お任せ下さい、ショートカット致します」

と、警察の通行止めをかいくぐり、姉貴とダルマパーラはオフィスになんと着いてしまいました。

・・・・

姉貴とダルマパーラ、唖然。

オフィスの前は警官でギッシリ。オフィスの窓やドアのガラスはみんな割れていて、オフィスは騒然。

オフィス仲間「スンドリカ、よく帰ってこられたわね?」
姉貴「ど、どうしたの?これ?」
オフィス仲間「いつもダルマパーラが駐車していたところで爆発があったのよ。パキスタン大使が標的じゃないかとみんな言っているわ。ダルマパーラ、LTTEの一味だったのかしら?青い三輪車が爆発したって言っていたから。ダルマパーラ、死んじゃったのかしら?」
姉貴「な、なに言ってるのよ。ダルマパーラは私と一緒に買い物してたんだから。。。」
オフィス仲間「あ!そうなの?それは良かったわね。まあ、とにかく、帰りましょ、危ないわ」
姉貴「そうね、帰りましょ」

兄貴の車も現場に近寄れないので、平気の平左でダルマパーラの三輪車で家に姉貴は帰りました。

・・・・

自宅に電話が。。。

警察「警察です。ミセス・スンドリカ・ラトナビブーシャナはご在宅でしょうか?」
姉貴「私ですが?」
警察「出頭して頂きたい!」
姉貴「え?どのようなことでしょうか?」
警察「爆破事件はご存じでしょ?」
姉貴「ハイ、知っておりますが。。。」
警察「あの時、オフィスにはあなただけが不在でした。それに、爆破に使われた三輪車の運転手とあなたが外出されたとの証言がありました。その点について、疑わしい部分がありますので、出頭をお願い致します」
姉貴「(絶句)」

と言うわけで、それから兄貴は家の弁護士に連絡したり、警察の前で延々待っていたり、大変でした。

・・・・

勤務時間中の買い物は控えましょう。。。_| ̄|○

それから、爆弾テロがあったと聞いても、むやみに野次馬になるのは止めましょう。。。_| ̄|○

その時、姉貴はいなかった! 

スリランカのニュース 2006年8月14日
スリランカのコロンボ中心部で地雷爆発、7人が死亡
ロイター通信によると、スリランカの最大都市コロンボの中心部で14日、大統領公邸に向かう治安部隊の車列が対人地雷に触れ爆発、少なくとも7人が死亡し17人が負傷した。治安部隊はパキスタン大使館の車両を護衛して通行中だったが、大使館員に死傷者はなかった。

地雷は2発仕掛けられていたといい、手口からタミル人武装組織「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」の関与が疑われている。インドのニュース専門テレビNDTVは事件直後、現場となった高級住宅街で爆発し黒こげになった車両や子供を抱えて逃げまどう人々らの映像を伝えた。スリランカ国軍とLTTEの戦闘は11日以降、同国北部や北東部で激化しており、LTTEは14日、国軍が北東部ムライティブ県バリプナムの児童施設を空爆し、女子生徒少なくとも61人が死亡、約100人が負傷したと非難した。

とありますが、地雷なんてああいうメインストリートに仕掛けられる物ではありません。アスファルトを夜引きはがして設置したなんて事はない。実際は、無人の三輪車(プトゥプトゥ)に無線起爆の爆弾(これが地雷なのかな?)が設置されていて、バーブラサンソニーのオフィスの道路際の駐車場に三輪車を駐車、パキスタン大使の車が通りかかったところで、道路際の駐車場で爆発が起こり、子供と護衛官が死亡したのだそうです。

2699galle.jpgその三輪車、普段はダルマパーラという三輪車の運ちゃんが止めるところに駐車されていて、ダルマパーラは警察から事情聴取されているそうです。普段は、同じ場所に駐車しているのに、爆破の時にいなかったのはなぜだ?ということで。それもダルマパーラの三輪車も爆破に使われた三輪車も同じ青い三輪車だったそうです。

実は、ダルマパーラは、バーブラサンソニーの秘書が買い物に出かけるのに乗っていったので、偶然爆破の時にはいなかったということです。で、なぜ、バーブラサンソニーの秘書は業務時間に買い物に出かけたかというと、会社の幹部が海外出張中で、暇だったので、携帯メールするのにも飽きて、買い物に出かけたということです。

なぜ、こんなに詳しく知っているかというと、そのバーブラサンソニーの秘書とは私の姉貴で、携帯メールの相手は私のヨメさんだからです。。。_| ̄|○

0438military.jpg姉貴も警察に事情聴取されたとのこと。なぜ、爆破の時に、オフィスにいないで買い物に出たのか?偶然か?ということで、私の姉貴はLTTEのシンパではないので、単にさぼっただけです。。。_| ̄|○

ちなみに、なぜ、パキスタン大使が標的にあったかと言うと、パキスタン政府がスリランカ政府に武器供与しているからということです。

LTTEもイスラムまで敵に回して、長いこともないかもしれません。早く内戦が終わらないと。。。

空爆で女生徒61人死亡か=民間人犠牲拡大の一途-スリランカ
スリランカからの情報によると、同国北部のムライティブ県で14日午前(日本時間同)、孤児院施設が空軍機による空爆を受け、女生徒少なくとも61人が死亡し、129人が負傷した。反政府組織「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」寄りのニュースサイト「タミルネット」が伝えた。

タミールネットでは、シンハラとタミールがやりあっております。

Tamilnet: 43 schoolgirls killed in SLAF bombing in Mullaithivu

この女学生達は、本当に学校の用事で泊まり込んでいたのか、LTTEの軍事施設での教練に参加していたのか?

空爆はもうやめた方が良いかも知れませんね。

スリランカの内戦 (4) 

20060816145037.jpgスリランカで2万人避難生活 政府軍と武装組織の衝突で

最近のスリランカのニュースを読むとスリランカ全土が内戦の危機にあるかのような錯覚を受けますね。でも、mixiを回ってみると、みんな結構スリランカ旅行をしています。どこが危ないか?どう危ないのか?わかりません。

そこで、スリランカ内戦の早わかり。九州と比較するとわかりやすいでしょう。上の画像をご覧下さい。

スリランカの面積は約7万平方キロメートル。九州の1.7倍、北海道の0.8倍の面積です。

S L:65,610 km^2
九 州:39,907 km^2 (スリランカの60%)
北海道:83,454 km^2 (スリランカの127%)

S L:19,905,165人
九 州:13,231,276人 (スリランカの66%)
北海道: 5,627,424人 (スリランカの28%)

このドンパチやっているLTTE(タミールイーラムの虎)?なる全世界公認のテロ組織が実効支配しているエリアは、九州でいえば、

20060816151718.jpg福岡県全土
大分県全土
宮崎県北半分

ということです。この記事にあるトリンコマレーは、大分県別府に当たると考えればわかりやすい。

日本で長野県の水害がありましたが、日本に観光旅行に行く香港人が、「大丈夫か?」と尋ねてきました。私は、長野県とかは日本のごく一部の地方で、日本全土が水害に遭っているわけではない、と説明しました。それと同じ理屈です。LTTEの実効支配地域に通常観光客は行きません。スリランカ最大の都市コロンボも平和そのものです。

海外のニュース報道に日本人が接した場合、この香港人が受ける長野県の水害ニュースのような反応を日本人は致しますが、レバノンとかでも同じ。全土が危ないわけでは。。。う~ん、結構レバノンは危ないか。。。アフガニスタン、イラクもそうですな。。。まあ、そういった全土危ないという国家はありますが、全部が全部全土危ないという国家は少ないのが実情です。

しかし、

コロンボ中心部、パキスタン大使が標的

コロンボでも政治家、外交官の通り道は危ないです。政治家の居住地区も危ない。

それを避ければ、観光地である南のエリアはLTTEも攻撃する必要性もありません。外国人は攻撃する必要がないのでまず安心です。



なぜ、パキスタン大使が狙われたか?というと、パキスタン政府はスリランカ政府に武器援助をしているから、ということなんですね。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。