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ヰタ・セクスアリス8 

昭和51年8月4日(土) 3,160日前

「気持ちいい。。。」とヒイちゃんが言った。
「僕もそう。。。」と僕も言った。
 ・・・
「フランク?」とヒイちゃんが僕の腕の中で言った。
「なに?ヒイちゃん?」
「これで良かったのかな?」
「僕にはわからない。だけど。。。」
「だけど、何?」
「僕で良かったんだ、といつか思ってくれるとうれしい」
「よく、わからないけど、フランクで良かったと思うよ、私は」
「ありがとう」と僕は言う。

「でも、フランクは私のこと好き?」とヒイちゃんが起きあがって僕に尋ねる。「だって、フランクは『僕で良かったんだ、といつか思ってくれる』って言ったけど、それはひどいんじゃないの?未来を想定した過去形で言ってる。私達はお互い最初にキスをしたのよ。それって、エポックメイキングなことで、その後はその後ということなの?」
「そうじゃないよ。未来を想定した過去形なんて、ヒイちゃんに言われて初めて気付いたよ。そういう意味で言ってない。ヒイちゃんのことはとてもとても好きだよ。エポックメイキングだといっても、僕の、キミのそれぞれのエポックメイキングじゃない。僕らのエポックメイキングだと思う」
「でも、兄貴とよく言ってるじゃないの、『女の子はキスしてポイ』だって」
「今のはキスだけだった?それ以上じゃなかった?」
「。。。そうね、そうよね。。。でも、キス以上だったけど、最後までじゃない」
「それは。。。でも、キス以上だろ?」
「フランクは女の子とキスしたことがあるでしょ?ウソついたでしょ?」
「。。。ある」
「誰と?」
「ホラ、あの双葉のあの子と」
「ひどいヤツねえ。でも、それ以上いったの?」
「いかない。山下公園で、ちょっとキスしただけ。ちょっとだけで、ヒイちゃんの今のとは全然違う」
「まだ、つき合ってるの?」
「時々だけどね。。。」
「もう、つき合わないでね。私とだけよ」

僕は思うのだけれど、女の子というのはあなどれない。17才で、もう僕に抑制をかけるのだ。所有を要求するのだ。「わたしだけ、わたしだけよ」なぜなんだろう?なぜそういうのだろうか?こんなに僕らは若いのに。僕には経験がなさ過ぎたのだ。妹のようなものだとばかり思っていたが、彼女の方が1枚も2枚も上手の、大人だったんだ。

「ヒイちゃんとだけだね。ヒイちゃんとだけだ」
「本当ね?」
「本当だよ」

急にヒイちゃんは抱きついてきた。唇を求める。息が熱い。

「本当なのね?」とヒイちゃんが尋ねる。
「本当だよ」と僕は答えた。
「私をあげるわ、フランク。抱いてよ」

僕もヒイちゃんも初めてだったから、よくわからなかった。だけど、こんなことは誰かに習うものじゃない。自然に出来てしまう。ヒイちゃんはずいぶん痛みをこらえた。だけど、僕が終わった後、彼女はまた僕に尋ねた、「私だけよね?」と。

「ヒイちゃんだけだよ」と僕は答えた。

「私をあげるわ、フランク」と彼女は言ったけど、僕は何かをもらったんだろうか?僕はヒイちゃんに何かをあげたんだろうか?

外が薄暗くなってきた。「パパとママと帰ってくるのは9時頃?」と僕はヒイちゃんに聞いた。
「たぶん、その頃だと思うけど、わからない」何かを考えている。「そうね、フランクは今日はもう帰った方が良いと思うわ」とヒイチャンが言う。どちらが年上かわからない。
「シーツが汚れちゃったけど」と僕は言う。
「大丈夫。何とかする」とヒイちゃんは言う。

僕は、彼女が「大丈夫。何とかする」というのに引っかかった。何か、悪いことをしたような気がした。「ヒイちゃん、これって僕は泥棒猫のような気がするんだけど、気のせいかな?」と僕は言った。
「そうじゃないわよ、フランク。あなただけが泥棒猫じゃないの。私たち、犯罪の共犯者なのよ」とヒイちゃんが僕の目を見て笑って言った。すごく素敵な笑顔だった。でも、犯罪の共犯者。そういうものなんだろうか?

僕らは、服を着て、ベットシーツをはがした。「新しいシーツをかけるから手伝ってね」というヒイちゃん。一緒にベットメーキングをした。

玄関で、「じゃあ、帰るよ、僕は」と僕が言う。僕は玄関の土間に立っているので、ヒイちゃんの目線の方が僕よりも高かった。
「キスして、フランク」とヒイチャンが言う。

僕は彼女にキスをした。僕は軽いキスのつもりだったけれど、彼女は舌をいれてきた。早く帰れと言われたり、ディープキスをしたり、女の子は実にわからない存在だ。

「電話してね」とヒイちゃん。
「わかった。家に帰ったら電話するよ」と僕。

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23rd March, 1979 (Fri) before 2,202 days

 絵美のお母さんは、オチャアチャマに似ている。でも、抜けているようでいて、ちゃんと聞くのだ。僕の背景、僕の希望、僕の今を。30分もいろいろなことを話しただろうか。僕は、地のままを押し出していればよかった。別になんらの脚色も必要ない。

「お母様、もう品定めは終わりましたか?」と絵美がいう。
「まあ、品定めなんてとんでもない。あなたが連れていらっしゃる方ですからね」と絵美のお母さんが言った。
「じゃ、面接はここまで!満足した?」と絵美。
「何を言っているの?この子は?フランクくん、おかしな子なんだから。。。」とお母さんが僕を見て言う。
「いや、僕はなんとも。。。」と僕は言う。
「じゃあ、フランク、私の部屋へ行こう。お母様、それでは」と絵美が言う。
「フランクくん、ゆっくりしていってね」とお母さんが言った。

 僕は、絵美に手を引かれて、応接間を出て、2階に上がった。絵美の部屋は、突き当たりの角部屋だった。ドアの左手にアップライトのピアノが置いてあった。壁は、本棚でぎっしりと埋まっていた。「フランク、そこに座って」と絵美は机の椅子を指し示した。絵美はベットに腰掛けた。

「どう?面食らったでしょ?」
「そうでもないよ」
「私が家に連れてくる男性は、一応面通しをしておくのよね。一種のゲームなのよ、彼女と私の」
「それはどこの家庭でも一緒だよ、娘の連れてくる相手なんだから」
「で、敵は、誰を連れてきて、誰を連れてこないか、その裏を探るのよ」
「おいおい、僕は安全パイのミセ札なのか?」
「まさか。フランクは、ちゃんと紹介しておきたい相手に決まっているじゃない?」
「ありがとうと言っていいんだろうね?」
「難しい問題なのよ。単に、相手が私にとって『いい人』というだけでは通用しないらしいのね?やっぱり、バックグラウンドが気になるらしい。どこの高校出身で、どこの大学に通っていて、身なりはどうか、受け答えはどうか。面倒なことおびただしいわね」
「絵美のことが心配なだけじゃない?」
「おいおい、フランク、私は21才よ。心配するというのは信用していない証拠よ」
「まあ、絵美も母親になればわかるんじゃないの?」
「母親になればね、もしも」
「もしもね、もしも。そんな先のことがわかってたまるかね?」
「そうよね、わかるわけないわね」

「ねえねえ、フランク、私のチェロ、聴く?」と彼女がうれしそうに僕に聞いた。
「絵美はチェロも弾くの?」と僕が聞くと、
「ピアノよりもね、チェロの方が好きなのよ、私」と絵美が言う。

 彼女は立ち上がって、僕が気付かなかった押入のドアを開けて、「ヨイショ」と言うと、チェロのケースを引き出してきた。低いチェロ用のチェアも押入から引き出した。ケースを開けて、チェロを出した。エンドピンを装着して、ボー(弓)を持った。

「何を聴きたい?」と絵美が尋ねる。
「僕は、チェロというとカザルスしか知らないけど。絵美は何が好きなの?」
「カザルスの『白鳥の歌』も難しいわね。まだ、練習が足りない。練習が足りないのではバッハも同じだけれど、無伴奏組曲ならちょっと弾けるのよ。聴きたい?」
「もちろん、聴きたい」と僕は言った。
「組曲の1番から3番目まではまだ弾けるの。でも、それから後はダメ。1番のG Majorだけ弾いてみるけど、いい?」
「いいよ、やってみて」

 彼女は目を閉じて、流れるように弾きだした。力強く右腕の肘を突き出し、引き入れ、自由自在にボーを操っている。すごく気持ちが良さそうだ。20分に満たなかったが、僕の正面で僕だけのために演奏してくれる彼女の演奏は素晴らしかった。彼女は、何もしなくても気品と自信に満ちているが、何かをする時の彼女は、気品と自信が増すのだ。

「気持ちいいわ。。。」と絵美。
「僕もそうだ。。。」と僕。

 まったく別のシチュエーションで、まったく同じことを別の女の子と僕が言った覚えがあったような気がした。気のせいかもしれない

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ヰタ・セクスアリス7 

昭和60年4月1日(月) 0日 27才
1st April 1985(Mon) 0 days 27 years

 僕はエアランカ102便の機上にあった。成田空港からスリランカのカツナヤケ国際空港までの直行便だ。シンガポールで1時間給油のために立ち寄る。飛行時間は12時間だ。

 スリランカというのはどういう国なんだろう?事前に何も調べなかった。プロジェクトの図面を眺めただけだ。紅茶で有名なセイロンという島である以外、僕には無意味な国だ。おき残してきた日本という国も、ある意味では、僕にとっては無意味な国だ。あらゆる国が無意味だ。僕にとっては符号にしか過ぎない。

 僕は成田空港で買った日経新聞を開いた。

「日本電信電話公社(電電公社)が日本電信電話株式会社(NTT)に、 日本専売公社が日本たばこ産業株式会社(JT)に民営化」

 なんなのだろう?電電公社がNTTに、専売公社がJTになった。それがどうしたのだろうか?ある符号が別の符号に変わったに過ぎないのだ。今、乗っているこのUL102便といのも符号だ。この12Cなんて座席番号も符号だ。ボーディングパスに書いてある"FRANK LLOYD, MR"という名前も符号に過ぎない。1週間前に僕は27才になったが年齢だって符号なのだ。

 僕が投げ捨ててきたものすべてが符号と化す。僕の触れたものすべてが符号になる。符号と符号の関連性などないのだ。非記号論理学だ。記号論理学は、言葉を、文字や記号の列で表して、その変換について研究する。非記号論理学は、言葉を、文字や記号の列で表すが、なにも、なににも変換しない、研究すらしない。僕が今まで生きてきた9,827日の人生なんて、非記号論理学そのものだ。

 そして、べつの人間が僕を研究する。これは僕にとっては被記号論理学だ。記号論理に組み込まれてしまう。ヒルベルト空間内に僕は閉じこめられている。完備な内積空間、内積の定義されたベクトル空間。その内積から導かれるノルムによって距離を入れると、距離空間として完備となるような位相ベクトル空間になる。フォン・ノイマンだ。シュワルツの不等式、三角不等式、中線定理。量子力学における状態あるいは固有関数はヒルベルト空間上の正規化されたベクトルだ。

 フランク、西暦なら80年代だが、昭和に直すと60年だ。もう、昭和50年代のバカ騒ぎは終わったのだよ。正気に返らないといけない。堅実に働かなくてはいけない。量子力学も、地球物理学も、心理学も、役に立たない。役に立つのは、四則演算くらいだ。微分も積分も必要ない。騒音計算で、Logが出てくるくらいだ。自然対数すら必要ないのだ。

昭和57年5月14日(金) 1,053日前

 僕は今年技術系の会社に入った。建築会社で、空調というものをやる会社だ。冷暖房設備工事という。普通の人はまったく気付かない部分の仕事をするのだ。僕らの行うことはすべて天井裏に隠れていたり、建物の機械室の中だったりする。建物に入った人間は、そんなものがあるなど想像もしないだろう。だけど、僕らの仕事がうまくいっていないと、建物に冷房も暖房もないわけだ。夏は暑く、冬は寒い。見えないけれども大切な仕事。

 僕は、そういう会社でも研究所があるので、研究所勤務を申し入れた。会社の取締役という人は、「考えておく」と言った。社会に出て、「考えておく」なんて言われたら、それはその内将来のいつかもしかしたら実現するかも知れないはかない可能性である、という意味なんだ、ということに気付くのは数ヶ月経ってからだった。

 社内研修が終わって、配属ということになり、僕を迎えに来たのは、現場所長という人種であった。つまり、いわゆる工事現場の監督というやつだ。僕は、工事現場とやらいうところにやらされて、朝は8時にお茶くみをし、図面を手で書いて(パソコンなどという物はまだ存在していない)、それを酢酸やアンモニアを使った青焼き機(コピーマシンなんてない)で焼いて、作業現場に持っていって、図面通りに配管とかダクト(冷風や温風を通す亜鉛鉄板製の矩形の風洞)が施工されているかどうかを見て回る。職人さんと打ち合わせをする。5時になると、現場所長が酒を飲み出すので、酒の支度をし、現場所長や下請けの親方が賭博をするのを傍目に、図面を書く。たいがいが、午後10時くらいまで残業だ。

 僕は、会社という物は、背広を着て、午前9時から午後5時まで机に座っているとばかり想像していたので、かなりビックリした。しかし、これなら、研究室だって同じだ。いつも、工具を持って、センサーを設置したり、波高計という海面の高さを測定する機械をかついで、日本全国の湖や湾を回ったりしたがそれと似たようなものだ。

 違うのは、大学の研究室では、微分積分、常用対数や自然対数が必要だが、工事現場は必要がない。四則演算なのだ。幅と長さ、高さがわかればよろしいということ。二乗とルートは使う。面積計算があるからだ。それをみんなそろばんや計算尺で計算する。たまに、カシオの計算機を使って計算している人もいる。

 僕は給与が思いの他出たので、ヒューレットパッカードのプログラム計算機を買って、それで計算式をプログラムして、配管やダクトの計算をしていた。

 現場所長の有明さんは、現場で博打をしたり、日曜勤務の時は府中の競馬場に行ってしまったりするのだが、思いの外親切な人だった。もちろん、現場監督だから地下足袋ははいていない。(ゼネコンと呼ばれる建築会社の所長の中には、一部上場企業の社員のくせに地下足袋をはく人もいるのだ)僕らは、靴の先端を鉄板かこってつま先を保護する安全靴というものをはくのだ。

 有明さんは、昨年バングラディッシュという国の建築現場を終えて、日本に帰ってきたばかりだ。だから、英語が多少出来る。バングラディッシュから研修生が日本に来ていて、彼と英語で話しているのを見て、現場ではチンチロリン(湯飲みにサイコロをしれて転がす賭博だ)をやっている姿とはちょっと違うのを見て驚いてしまった。

 有明さんは、バングラディッシュで運転免許証を買ってきて(免許証は外国では買えるのだ。9000円で買ったと言っていた)、日本の免許に書き換えたそうだ。でも、買ってきた免許証なので、運転した経験はない。それで、日本でスバルのポンコツを買って、自宅から時速50キロで日曜日などは現場に来ていた。

 日曜日に僕が帰ろうとすると、有明さんが「フランク、駅まで乗っけていってやる」という。僕は、ありがとうございます、と言ったが、内心怖かった。

 有明さんと僕がスバルに乗り込む。有明さんがエンジンを始動する。クラッチをつなぐ。アクセルを踏み込む。動かない。スバルは振動するのだが動かない。有明さんはおかしいな、おかしいな、と言っている。僕は、どうにも悪い気がしたのだが、「有明さん、ハンドブレーキが。。。」と言った。有明さんはばつの悪そうな顔をして、「おお!そうだな!ハンドブレーキがかかっていては、動かないな」と言った。府中の駅まで行く間は、ちょっと恐ろしかった。有明さんも怖かったに違いない。

 ある日、有明さんが、僕がHPの計算機で計算をしているのを目にとめた。

「フランク、そりゃあ、なんだ?」
「有明所長、ヒューレットパッカードのプログラム計算機ですよ」
「それで何をしている?」
「計算尺よりも正確なので、プログラムして、配管の口径計算とダクトのサイズ計算をしています」
「おまえが作ったのか?」
「プログラムのことですか?ええ、作りましたが」
「レイノルズ数の計算とか面倒だろうに」
「それほどでもないですよ」
「ふ~む、最近は便利な世の中になったな。じゃあ、フランク、それで騒音計算は出来るか?」
「出来ますよ。オクターブバンド毎に測定して、合成するあの計算でしょ?簡単ですよ」
「対数を使うんだぞ」
「簡単ですよ」
「ふ~む、だったら、講堂とスタジオの騒音計算をやってくれるかね?」
「わかりました」

 四則演算以外の計算をするというのは久しぶりだったが、もう足し算引き算には飽きていたので、ちょうど良かった。講堂とスタジオの騒音計算を監修しているのがNHKの技術研究所だった。NHKの担当者は30才前半くらいの技術主任の女性で、名前を小川さんと言った。

 現場に来る時、小川さんは、白衣を着てくる。クレオパトラのような髪型、長身で、TVの司会者の楠田枝里子に似ている。有明さんから指示されたので、小川さんが現場に来て打ち合わせをする相手は僕となった。小川さんは、丁寧に、騒音の測定ポイントを僕と見て回った。

「ロイドくん、ここでは壁に近接しすぎだから、騒音値がうまく測定出来ないわ。もっと座席に近い方がいいようよ。それから、パイプオルガン周辺の測定、これは同時に温湿度も測定しておきたいの。温湿度によってどの程度騒音値が変化するか、ちょっと論文に書きたいのね。これは、私の個人的な論文なんだけど、手伝ってもらえるかしら?」
「問題ないですよ。本社から毛髪温湿度計を持ってきて、連続測定します。僕が、温湿度値を読みとって、お渡し致しますよ」
「わあ、うれしいわ。ところで、ロイドくんは、建築会社の現場の人間にしては詳しいのね?」
「専攻は物理なんですよ」
「ああ、道理でね。どこの大学?」
「理科大です」
「あら、私も理科大よ」
「へぇ~、先輩ですか」
「飯田橋?野田?」

僕の大学は飯田橋と野田にあった。物理科の場合、「飯田橋?野田?」と聞くだけで、理学部か工学部かだいたいわかるのだ。

「飯田橋です」
「あら、一緒ね。私もダバシよ。物理科だから、本当に後輩なのね」
「奇遇ですね」
「本当に奇遇だわ」

 小川さんとは、それから、仕事の話の合間に大学の時のこと、物理の話をするようになった。

ヰタ・セクスアリス6 

28th July, 1979 (Sat) before 2,075 days

 僕は京浜東北線の浜松町駅の改札口にボォ~と立っていた。暑い。それに午後も遅いというのに、駅は人の群れでごった返していた。酔客ではない。竹芝桟橋から、新島・式根島行きのフェリーの乗客の一団なのだ。

 それにしてもすごい人数だ。改札口から続々と竹芝桟橋方面に向けて歩いている。ほとんどが僕と同世代の若者。バックパックを背負っていたり、ボストンバックを持っていたりする。男女同数のグループ。女の子2、3人の集団。男性3人の集団。取り合わせはさまざまだ。

 そういう光景を見ていると、背後から声を掛けられた。

「おい、フランク、待ったかい?」と秀樹がいった。
「いいや、5分前に付いたばかりなんだ」と僕は答えた。
「じゃ、それほど待たなかったな。よぉ~し、まだ乗船時間までには間があるぜ。その間に女の子を調達しておこう」と秀樹はいった。
「おいおい、そういう話か?新島に行くのは泳ぎに行くだけじゃないのか?本当に処女あさりなのかね?」
「バカモン、平凡パンチに書いてあったのは、いまや、新島、式根島は処女の血で海が真っ赤と書いてある。それを実地に見聞しに行くのだよ、フランク!」

 秀樹は大学の同級生だ。たまたま同じ日に美術部に入部して以来、コンビを組んでいる。僕はノンポリだが、秀樹の思想は左翼だ。資本主義が嫌いである。親のすねをかじっていて、資本主義が嫌いも何もないもんだと僕は思うのだけれど、秀樹にいわせると、そういうアンチ階級闘争的考えはいけないそうだ。なるほど。

 秀樹はサーフィンをやっていて、髪の毛が潮焼けしている。茶色に変色していて、ナチュラルで縮れ毛だ。目はクリクリと大きく、口も大きい。体格は僕と同じ、やせ形で、頭が小さく、8等身。格好は、この80年代そのもの。僕も同じ。Tシャツ、長髪、ベルボトムの薄汚いジーンズをいつもはいている。

 秀樹の思想は左翼なのだが、下半身はどうでもいいらしいようだ。僕が見るに、可愛い男の子好きの年増(といっても1才年上)の、パッとしない美術部の知子先輩とつき合っている。やたらと語尾を延ばして、「エ~、ほんとぉ~?」を連発する女性なのだが、どうも童貞を捧げたようで、つかまってしまっている。卒業したら結婚しようね、といわれているようで、オエと思う。そんなに早く決めてしまってどうするんだろうか?

 その秀樹が夏休み前に僕に耳打ちした。

「おい、フランク、新島に行ってみようよ。処女がわんさかいるらしいよ」とこういった。
「秀樹、おまえ、知子がいるだろう?」
「知子は知子。だいたい、知子は処女じゃなかった。やっぱ、処女とはどういうものか、俺は知りたいんだよ」
「あのね、僕の経験では、処女はうるさいだけで良くも何ともないんだよ」
「おまえは処女と経験しているからそういえる。俺は経験していないんだ、処女なんて。ちょっとつき合えよ」
「やれやれ、しょうがないなあ。知子にばれても知らないぞ」
「ばれるもなにも、おまえと俺とで新島に旅行するとだけいっておけばいいじゃないか?」

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 ヒイちゃんの友人の母親は、みんな彼女のことをオチャアチャマと呼んでいた。オチャアチャマの家は、京浜東北線の石川町の駅から元町の方に歩いていって、麦田のトンネル-僕らはこう呼んでいたが、正式には山手トンネルというのだそうだ-の横を坂を上っていった中途にあった。もちろん、今でもあるはずだ。

「・・・フランク、だから私、外出するときは誰かについて行ってもらわないといけないのよ」とオチャアチャマは言う。「だって、切符の買い方がわからないじゃない?」

 もちろんそうだ。麦田のトンネルの横の坂を上ったところに住んでいて、学校だってその坂をさらに上ったところにある女子校の出身だから。結婚前だって、いまの家からあまり離れていないところに実家はある。そういう家の奥さんは電車なんか乗りはしない。関内までショッピングに行くのだって、旦那さんが車で送っていくか、タクシーであろうし、上野の文化会館に行くのだって車だ。かといって、東京などという所にそうそう頻繁にオチャアチャマが出かけるわけはない。誰かがコンサートや展覧会に誘わない限り、彼女は横浜を、中区を離れないだろう。

 幼稚園、小学校、中学校、高校から大学まで一貫校などという学校組織を卒業した女性はみんなこのようになるか、道を踏み外すかどちらかだ。間違っても、ごくごく普通の家庭に収まるわけではない。絵美の母親もオチャアチャマと同じ道を歩んでいるらしい。

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23rd March, 1979 (Fri) before 2,202 days

「家に来る?」と絵美がいう。「何もないけど母がいるわ」とまるで、上野動物園のパンダを見に来いというように彼女がいった。
「何もないけど母がいるわ、といういい方、何か特別なのだろうか?」と僕がきくと、
「そうじゃないけど、私の母は見応えがあるのよ」と絵美がいう。
「いいよ、喜んでお邪魔させてもらいます」と僕。
「じゃあ、こんどの日曜日はどう?」
「オーケー、午前?午後?」
「午前中から夕方まであけておいて」
「了解」

 絵美のお母さんはにっこり笑って迎えてくれた。白のタートルネックのセーターにカシミアの上着を羽織っていた。

 ほとんどの母親というのは、娘の男友達を品定めするものだ。品定めで言葉が直なら、面接である。にこやかに微笑むけれども、服装、髪型、ちゃんと風呂に入っているかどうか匂いと、それから、挨拶、姿勢、態度とそれこそ無数のチェックポイントを複雑なオリエンテーションをこなすように通過しなければいけない。

 その点、僕はそのようなオリエンテーションに慣れている。

 幸いにして、それらのチェックポイントは合格したようだ。僕はといえば、爪は習慣的に切る。タイプライターを打つのに邪魔なのだ。必ず毎日入浴する。外出するときは、それに加えてシャワーも寸前に浴びる。着る物もたいがい従兄弟のお下がりだが、彼の趣味で、VANのジャケットとかキャメルのジャケットとかも持っている。今日はVANの紺のジャケット。イエローのボタンダウン、クリーム色のチノパンツ。それに赤坂で降りて、TBSのトップスで、チーズケーキとチョコレートケーキまで買ってきている。花はあまりにやりすぎだから買わなかった。

 今から考えると、あの頃のトップスのチーズケーキはおいしかった。今のように大量生産をして、どのデパートでも売っているというものではない。チーズの質、適度なレモンジュースの配合で、格段においしかった。

 玄関を抜けると、十二畳ほどの洋間があって、そこで紅茶と持ってきたケーキをいただいた。

「フランクくんはずっと横浜?」
「生まれも育ちもそうです。目白の人にいわせると、言葉が訛っているそうですね?」
「あら!だれがそういうことをいうのかしら?」
「目白の人」と僕は笑いながらいった。「横浜の人間は、言葉が語尾で尻上がりになるという指摘があります。僕はそうは思わないのですが・・・」
「お母様、もう品定めは終わりましたか?」と絵美がいう。
「まあ、品定めなんてとんでもない。あなたが連れていらっしゃる方ですからね」

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6th October, 1979 (Sat) before 2,005 days

 中禅寺湖畔は秋の抜けるような青い空が広がり、でも紅葉には多少早い季節だった。いつもなら大学の同級生の沼田と一緒に奥日光を駆け回るのだが、今日から数日は絵美と一緒なので、足弱さんではまさか峰から峰を走るわけにもいくまい。中継地点は日光市内の沼田の実家。ここで食料を仕入れた。中善寺湖畔までは沼田のシビックで送ってもらった。

 絵美も僕も黒のとっくりセーターにリーのストレートジーンズという出で立ちだ。ペアルックを狙ったわけではないのだが、ふたりとも着るものの好みが同じだから仕方があるまい。僕らはニジマスの養魚場の脇から山道を上がっていく。

「イイ天気よねえ、都会でピアノを弾いてくすぶっているよりは、山の中を歩いていた方がずっとイイわよね!」と絵美は腕をグルグル回しながら大声で言う。いい気なもんだ。食料も調理器具も飲み物も僕が背負っていて、自分はシュラフとあとちょっと小品を運んでいるだけなんだから。

「今日は10キロぐらい歩いたらキャンプ場で野営しよう。そのくらい平気かい?」
「10キロぐらい何でもないわよ。」
「ゆっくり行こうぜ。今日の野営地でちょっと夕陽を撮りたいんだ。日暮れまでは時間があるからあせる必要はないさ。」

 木洩れ陽が木々の間から射し込んできて、それが絵美の顔を明るく照らす。チンダル現象だな、なんてつまらない言葉が浮かんでくる。杣道(そまみち)なので、絵美と並んで歩くことはできなかった。

 10年ほど前、僕が中学生の頃はテントは重い防水綿製で、それこそ重量10キロなどという代物だった。その防水たるや、雨が降ってテントの内側に触れるとそこから雨漏りするので、怖くてテントに触れる事もできない。ところが、今はターポリン生地の軽いテントなので、数日のキャンプをするにも、ドーム型3キロのテントを背負ってどこにでも行ける。僕は、ピン型のペグを手早くテントの四方に打ち込んで設営を終わらせた。

「ひぇー、やっと終わったぜ。」
「案外簡単なのね、テント張るのって。。。」ちょっと、僕は別のことを考えてしまって、頬が赤らむ。夜だし、たき火の明かりだけだからわからないのだろうが。

「これくらいのキャンプならこんなテントで十分なんだ。」と僕は絵美の横に座りながら言った。

 あの頃の僕は、175センチの背丈で体重は58キロだった。だけど、今よりもずっと耐久性があったように思う。リュックサック(バックパックなんて言葉がなかった時代なんだ)にブロックベーコンや缶詰やハイキング用の諸々の品を詰めて、サントリーの角瓶をアルミのスキットルに移し替えて、スケッチの道具と、ニコンF2と交換レンズ、エクタクローム64を山ほど抱えて、それで、奥日光を3、40キロかけずり回っても平気だった。

 絵美は、夕食の支度を終えて、ぼんやりとたき火を見つめていた。支度と言ってもお湯を沸かしただけ。料理は僕の方が慣れている。ポテトと玉葱とベーコンを軽く炒める。沼田にもらったニジマスをアルミ箔で包んで、たき火に投げ込む。粉末スープを作る。簡単だ。

「フランク、器用なのね」
「絵描きはそういうもの。ピアノを弾く人間はやっちゃあいけない。指を傷つける」
「プロになるつもりはないのよ」
「あくまで心理学というわけ?」
「そう、心理学。でも、どうなんでしょうね?そういうのを何もかも放り投げて、結婚してしまうという手もある」
「そういう手もある。確かにある」僕は絵美の顔を覗き込んだ。「でも、絵美には出来ない?結婚して、いい奥さんになって、家庭を守って。。。それは出来ない?」
「うん、出来ないわ」と絵美は言った。

急に「フランクは世界中で誰が一番大切だと思う?」と彼女が僕に訊いた。ふつう女の子がこういう質問をする時には、男の目を見ない。だけど、彼女は枯れ枝を適当に振りながら、僕の目をじっと見つめて尋ねてくるのだ。

「答えなくてもいいの。私はよくわかっているわ。あなたも私も最も大事だという人はまず自分自身だということ」
「それは絵美、違うんじゃないかな?僕は思うんだけれど、世界中で誰が大切という問いかけは困る。なぜ困るかというと、大切という意味が状態によって違ってくるから」
「そう思う?本当にそう思う?」

僕はそう思わなかった

ヰタ・セクスアリス5 

17th February, 1979 (Sat) before 2,236 days

 絵美の期待した時でも、場所でもなかったけど、その日から、僕は絵美とつき合うようになった。

 僕は恋をしたのだ。たぶん。

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 僕はときどき思うのだが、表現というのは変なものだ。いや、表現なんていうと、やけにおおげさな言い方に聞こえるが、表現だからしょうがない。

 例えば、ロバート・B・パーカーが彼の小説の中でこのような表現をしたとしよう。

「私とスーザンはボストンの市場でホール・ホイート・ブレッドのサンドイッチを買った。ミディアムレアのローストビーフ、スライスト・オニオン、トマト、ホースラディッシュ、レタス・・・」

 これだけを読むと、相当たいしたサンドイッチに聞こえる。ホール・ホイート・ブレッドは、"a whole wheat bread"だ。要するに無漂白の全粒小麦パンだ。味も素っ気もない。その他の素材も同じだ。明治時代風に書くと、

「私とスーザンは波士敦の市場で無漂白全粒パンのサンドイッチを買った。半生の牛肉の切片、、薄く切った玉葱、トマト、西洋山葵、レタス・・・」

 表現というのは変なものだ。

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 若造やションベン臭い娘は、人生は無限の可能性を秘めていると考えている純粋無垢な人種だ、と通過儀礼を済ませた大人は考える。嘘っぱちであることを本人は忘れている。思い出せないのだ。通過儀礼をパスする前の不安、焦慮、切迫感を自分が持っていたことを忘れている。

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19st March, 1979 (Mon) before 2,206 days

 僕は来期の授業日程を調べるために大学へ来ていた。学部事務室に寄り、日程を手帳に写し、腹が減ったので学食で飯を食っていた。百二十円のカツカレー定食。まずい。が、外で食べるよりは安い。

 急に後ろから肩を叩かれた。

「ハイ、フランク」

 声だけで誰だかわかる。絵美だ。僕が学食で飯を食っているのを知るヤツは部室にいた連中だ。だから、彼女は部室によって、僕の居場所を聞いたはずだ。なぜ今日僕が大学にいるか知っているのか?もちろん、実家の母に電話で聞いたに違いない。居るか居ないかわからないのに(だって、用事が済んですぐ大学を出ることだってあるだろう)大学に来て、部室を覗いたということは、今日はつき合って欲しい理由があるに違いない。それは何かはどうでも良い。でも、理由はわかる。猫だからだ。あとは、右か左かだ。彼女のコロンの匂いがする。左だ。

「ふむ、それで、調べものがあるから、神田の本屋に一緒に行って欲しい、ということか?」と僕は顔をちょっと左に向けて、覗き込もうとする絵美にいった。
「ちょっと、なぜ驚かないの?なぜわかるの?」
「猫だからだよ。猫は驚かない。犬は驚く。しかし、好奇心は猫を殺す。わかる?」
「癪に障るヤツねえ」と隣の安っぽいプラスチック製の椅子に座りながら彼女はいった。
「しょうがないじゃないか。僕はそういう反応しか出来ない。絵美だって同じだ、驚かないことでは同じだ」僕はまずいカツカレーを食べながらいった。

 学食のTVでは、宮崎美子がミノルタのコマーシャルをやっていた。木陰でTシャツとGパンを脱いでいって、最後にビキニ姿になるあれだ。健康的な女の子だ。僕よりも9ヶ月年下らしい。

『いまのキミはピカピカに光って~』

 知り合いの学生が通り過ぎる。僕は目顔でうなずいて挨拶した。知り合いは絵美を珍しそうに見ていった。そう、理工系の大学で女性を見かけるのは大変珍しい。薬学部にはたくさんいるが、別の校舎だ。ひとクラス一人女性がいればいい方だ。ひとりだからその偏差は大きい。

 絵美は非常に人目をひく。長い髪、高い鼻、長い脚、美しい手。大きな眼。背筋の伸びた上体、妖精のように先のとがった長く大きな耳。宮崎美子とは違う。

 TVは続いて、サンヨーのコマーシャルをやっている。「シルクロード」というカラーテレビのCMで、曲は去年の十月ぐらいから流行っている久保田早紀の『異邦人』という歌だ。

 …
 過去からの旅人を 呼んでいる道
 あなたにとって私 ただの通りすがり
 ちょっと振り向いてみただけの異邦人
 …

 この歌詞の「私」は異邦人だ。寂しさを抱いた異邦人。通りすがりの異邦人。だけど、絵美はこういう異邦人とは違う。寂しさなど感じないようだ。僕は異邦人がたまたま振り向いたのを見たその土地の猫。

 TVニュースがジミー・カーターのモスクワオリンピックボイコットなどと報じている。

「それでつき合ってくれるの?くれないの?」と絵美がいった。「神田の本屋でユングの著作を探したいの・・・」
「もちろんつき合うよ。わざわざ家に電話をかけて、部室まで行って、学食までたどり着いた行動に報います」
「フランク、なぜ、私があなたの家に電話をかけて部室に行ったことがわかるの?」
「たんなる想像だよ」といって僕は立ち上がった。「さあ、行こうよ、神田に。帰りに酒でも飲もうよ」
「そう、つき合ってくれるの。ありがたいわ」と絵美はいった。「お礼に山の上ホテルでウィスキーをシングル一杯だけごちそうしてあげる」
「うれしい話だ。そのあとの数杯は僕のおごりなんだね」
「もちろんよ、王子様」
「やれやれ」

 僕らは学食を出て左に曲がり、神楽坂を下って飯田橋の駅の方に向かった。

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 例えば、「私」という一人称の漢字がある。その読み仮名は現代ではふつう「わ・た・し」だけれど、絵美は、「私」という漢字を相手に意識させないで、でも、ハッキリと「わ・た・く・し」と発音するのだ。「私」と言う時はいつも相手の目を見つめる。絵美が中禅寺湖湖畔で、たき火を枯れ枝でかき寄せながら僕に話した時も同じ「わ・た・く・し」だった。

「フランクは世界中で誰が一番大切だと思う?」と彼女が僕に訊いた。ふつう女の子がこういう質問をする時には、男の目を見ない。だけど、彼女は枯れ枝を適当に振りながら、僕の目をじっと見つめて尋ねてくるのだ。

「答えなくてもいいの。私はよくわかっているわ。あなたも私も最も大事だという人はまず自分自身だということ」
「それは絵美、違うんじゃないかな?僕は思うんだけれど、世界中で誰が大切という問いかけは困る。なぜ困るかというと、大切という意味が状態によって違ってくるから」
「そう思う?本当にそう思う?」

 彼女は決っして迷わなかった。絵美は絶対に断固として「私どうしたらいいのかしら?」などというセリフをいいだしはしなかった。

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ヰタ・セクスアリス4 

昭和54年8月4日(土) 2,068日前

けっきょく、僕はヒイちゃんと寝た。

でも、こういう所有したい、所有されたい、という関係はイヤだ。

海外にでも逃げ出すしかない、とふと僕は思った。

脳裏をよぎったのは、青い海、白い砂の南国の島だった。

しかし、南国の島に行ってしまうのは、まだまだ6年も先の話だ。

僕は、いろいろとがんじがらめになってしまったようだ。

東京では、非常に複雑で繊細な女の子が待っている。横浜では、古い世界に取り込まれた傷つきやすい女の子が待っている。どうすればいいのか、僕にはわからなかった。

しかし、大学では、順調に単位を取得していった。学問なら手練手管は要らない。直球で学んでいくだけで済む。相対性理論、量子力学、物性物理、地球物理、集合論。誰にも会わずに、図書館に籠もる。しかし、彼女らに電話だけはかけておかないといけない。我が家に電話でもかけられた日には、母親と妹の追究が待っているのだ。僕から彼女たちに電話をかけないとダメなのだ。長男の女性交友関係など調べなくてもよさそうなものなのに。。。

昭和54年12月4日(土) 1,946日前

世間は、クリスマスや年末の準備で忙しいようだ。

ヒイちゃんに電話をかけた。

「もしもし、ヒイちゃん?」
「フランク、1週間も連絡してくれなかったじゃない!」
「ゴメン、試験勉強がキツイんだよ」
「いいなあ、大学っていうのも。。。」
「だったら、今からでも遅くないから、来年受験してみなよ」
「いいわ、私は、もう。。。それより、ピザのお店が開店出来そうなのよ!」
「そりゃあ、良かったじゃないか?」
「元町の裏手に良い物件があって、もう契約して、内装の手配もしたの!」
「場所もよさそうだね?」
「人通りが多いのよ。それでね、今度の土曜日にフランクと私とかっちゃんで、うちうちのパーティーを開きたいの。来てくれるわよね?」
「うん、行くよ、住所を教えてよ」
「住所はね。。。」

あまり気が進まないのだけれど、行かないと何が起こるかわからない。

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14th January, 1982 (Thu) before 1,147 days

 僕は就職する。今までのようにはいかない。ちゃらんぽらんではいけない。これ以上、人を傷つけてもいけないのだ。

 僕の実家に籐の椅子がある。戦前に祖父が台湾から持ち帰ったもので、かなり古い。

 籐の椅子といっても、木枠で出来ている藤(ラタン、Rattan)の家具は単に籐製の家具とはいわない。籐製の家具というのは、藤(ラタン、Rattan)と竹(バンブー、Bamboo)だけで出来ている。木枠で出来ている籐製の家具は、正確には、"Rattan Weaving Furniture"と呼ばれる物だ。"Rattan Furniture"とは違うのだよ。と、祖父が僕に説明したのだ。こんな説明をする僕を攻めないで欲しい。祖父が何度もそれをいうので、この違いをわかってもらいたいだけなのだ。

 我が家の籐の椅子に猫が座っているとする。事実座っている。ほとんどの猫は籐の椅子が好きだ。特に、気温が上昇すると彼等は籐の椅子に寝転がりたがる。籐の編み上げで空気の流通が良くなるからなのだろう。タイルの床と共に、夏は籐の椅子が我が家の猫のお気に入りだ。

 彼(猫のことだ)の正面に柱があるとする。その柱の陰から彼を見る。左から覗いて見る。すでに彼は僕を見ている。次に右から覗いて見る。同じことだ。すでに彼の視線は僕を向いている。これを順序を変えて左右どちらから覗いてみても彼はすでに僕を見ている。まったく驚かない。むろん、まったくの赤の他人がやれば違う。彼は赤の他人を警戒して覗く前に逃げ出すのだ。しかし、それは彼が驚いたことにはならない。赤の他人は、彼のルール外の物体だからだ。

 犬は違う。犬は、赤の他人ではない僕がそういうことをするのを驚く。なぜそんなことをするのか、すぐ立ち上がって、柱の後ろを覗くだろう。猫は頓着しない。柱の後ろから覗くという行為の理由はどうであれ、知っている存在が柱の後ろから覗くのなら、問題は右か、左か、どちらかだけでしかない。なぜそんなことをするのか、その理由を知りたいとは思わないのだ。

 猫だと困ることがある。何事にも驚かない。これではコミュニケーションの手づるが掴めないのだ。柱の後ろに何があるのだろうと行動してもらわない限り、右から覗くか左から覗くか、その予想だけでしかない。柱の後ろに何が?と覗いてくれるからこそ、柱の後ろに隠れる甲斐が出てくるというもの。覗いてくれない相手では、飽きてしまって、別の驚く人の方に行ってしまう。

 天文学で赤方偏移という言葉がある。英語でいうと"redshift"。英語の方がわかりやすい。要するに光のドップラー効果のことだ。つまり、地球に対して遠ざかるような運動をしている恒星のスペクトルを測定すると、地球から遠ければ遠いほど、その地球から離れていく後退速度が速ければ速いほど、スペクトルは赤い方にずれていく。膨張宇宙論の根拠になる現象だ。そこで頭のいい人は、宇宙という絶対静止系から考えると、地球に近づく星団もある、と気付く。そうなると、赤方偏移ではなく、青方偏移を起こすんじゃないか?と。ところが、青方偏移を起こしている星団はない。ほとんどの星は赤方偏移を起こしていて、それ以外は赤方偏移を起こしていないということ。なぜかは聞かないで欲しい。僕の専門は天体物理学ではなく、地球物理学、それも海洋物理学なので、天文単位の考えは持たない。キロメーターで測定出来る範囲が専門なのだ。

 猫は、赤方偏移が見える。天上の星々を見てどの星がどれほどの赤方偏移の度合いかがわかる。天上の星々を見て、その星の配置だけを見て、畏怖し驚き感激する犬とは違う。

 猫はつき合いづらいものなのだ。

 犬は驚く、猫は驚かないのだ。

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17th February, 1979 (Sat) before 2,236 days

 今年は、雨の多い春だった。ピーコートというのは寸詰まりのせいか腰から下がスカスカしてかなり寒い。飯田橋に行って来期の単位票を提出した。誰とも会わなかった。部室に行っても誰もいなかった。今日はしっかり南京錠がかかっている。鍵を忘れたので、入るわけにもいかなかった。当たり前だ。春休みで小雨の降る土曜日の午後に誰が大学に出てくるものか。

 まっすぐ家に帰る気もせず、お茶の水で降りてしまった。古本屋でもあさろうかと。僕は駿河台の坂を下っていた。

 お茶の水は何事もなく、ひっそりしていて、春休みの大学街には古本あさりのおじさんがちらほら傘を差して歩いているだけだ。この坂で70年安保なんてやっていて、石畳を剥がして投石していた十年前が想像できない。トボトボ歩いていたら、明治大学の横に来てしまった。文系の大学の方が理系の大学より大学っぽい、というのはなぜなんだろうか?やっぱり、女の子がいるか、いないかの差なのかもしれない。

 門をくぐって、構内に入っても誰もとがめる人もいないので、ズンズン奥の方に行ってしまう。ここは、いつもなら僕の大学にはあまりいない女子学生が闊歩しているのだろうな、などと思いながら、教室、教室を覗いて歩く。もちろん、誰もいないのだが。

 どこを歩いているかわからなくなった時、廊下がつきて、ロビーに出た。ロビーに面して、第一講堂なんて、両開きの古い木の扉の上に大書してあり、その木の扉はちょっと開いていた。そして、講堂の中から、ピアノが聞こえた。

(へぇー、キース・ジャレットを弾いているひとがいる)

 扉を少し開けて、ソォーと、着ていたピーコートを引っかけないようにすり抜けて、講堂に入った。後ろの扉だったので、演壇まではエンエンと座席が三十列くらい続いていた。

 演壇にはスポットライトが一灯だけついていて、その光の輪の中で、女の子が長い髪をサラサラ揺らしながら、鍵盤をのぞき込むようにして、ケルン・コンサートのパートⅠと弾いていた。やけに脚も手も長い女の子だ。

 僕は邪魔をしないように、一番後ろの列のたまたま下がっていた座席にそっと腰を下ろした。キース本人とまではいかないが、ミスタッチがないのはすごい。ケルン・コンサートは即興で演奏されたので、譜面なんかないのだが、僕が聞く限りそのままだ。

 女の子は、全曲を弾き終わると、顔を上げ、一番後ろに座っている僕をジッと見た。

「見たわね?」彼女は、演壇からよく通る声で僕に怒鳴った。

 僕はギクッとして、「ごめん、気付いていたの?」と謝りながら、演壇の方に降りていった。こう離れているとお互い怒鳴り合わなきゃいけない。怒鳴り合っていると喧嘩のようだ。それとも喧嘩かな。

「ドアが開いて、一瞬明るくなれば気付くわよ」

 なるほど。講堂の後ろの扉を開ければ外光が入って一瞬光る。それが目に付いたということか。

 彼女は、前屈みに僕を見下ろす。演壇の上から見下ろされるものだから、心理的に分が悪い。やれやれ。だけど綺麗な女の子だ。目がまったく大きな久保田早紀という感じだ。

「女性はね、注意しなくても、みんな見えるのよ」なのだそうだ。男性は注意しないと何も見えない。女の子って器用だ。

「ふむ、確かにその通り。ゴメン、たまたまキースが聞こえたもんだから・・・」
「あら、知っているの?」
「ちょっと前、高校のとき、FM東京で十一時くらいから岡田真澄の番組でオープニングにかかっていたからね」
「へぇー、あまり、知っている人がいない曲なのよ。ジャズか何かやっているの?」
「いやいや、絵描き・・・いやいや、絵描きって、つまり、美術部」
「美術部で、音楽が好きなんてヘンなの」
「ヘンじゃあないだろ?好きなだけなら。楽器は演奏できないけどね。」
「まあ、いいわ。だけど、覗き見はいけないぞ、キミ」
「たまたまさ」
「男はいいんだろうけど、女は、期待した時にしか、何かを見せないものなのよ」
「ふーん、なるほどね。準備がいるってヤツだな。だけどさ、男はね、偶然とか、たまたまとかが好きなんだけどね。ココをまっすぐ歩け、寄り道するな、っていわれると、寄り道したくなる」
「女はね、出発点から、ゴールまで見渡せないと気が済まない。それで、ゴールで期待通り、花束と祝福の嵐、ってこと」
「男はさ、ゴールで誰も待っていなくて、トボトボ帰ろうとしたら、物陰から、ワッと、現れて、花束差し出されるのが好きなんだ」
「フン、わかりあえそうもないわね、女と男なんて・・・で?」
「で?って?」
「名前ぐらい名乗りたまえ、キミ」
「おお、ゴメン、フランク、っていうんだ」
「フランク・・・『率直』なの?」
 率直?率直かな?まあ、どうでもいいけど。「まあね。キミは?」
「何が?」
「だから名前・・・」
「エミ、って、ヤツよ」
「恵まれる、美しく?」
「違うわよ。フェルメールの油絵、美術館の美」
「ああ、絵美だね、絵のように美しく」

 ちょっとキースの話をした。「ねえねえ、キミ、いまひま?」と彼女がうれしそうに訊ねた。
「小雨の降っているこんな土曜の午後にキースを聴いていたぐらいだからひまだろうね」
「まわりくどいいいかた。つまり、ひまなのね?」
「ひまだよ」
「ちょっとキミと話してもいいわよ、フランク?」という。「僕もキミともっと話したい」と率直に言った。彼女は、「じゃ、ここを閉めるからちょっとまっていてね」と言う。
「それでね、こういう寒い日にはブランディーが一番だと思うの。」
「土曜日の午後の4時に?だいたい、今頃お茶の水のどこでブランディーが飲めるというんだい?」
「それはまかせて。じゃ、いきましょうか」絵美は、じゃ、演奏はこれでお仕舞い、と言った。

 絵美はピアノの鍵盤にフェルトの覆いをかぶせ、蓋を閉じた。舞台の後ろに行く。そこには電気の盤があって、彼女はその扉を乱暴に開ける。ブレーカーのスイッチをひとつひとつ丁寧に切っていく。舞台の照明が落ちていく。慣れた手つきだ。だいたい、女の子が電気の分電盤を開いて、ブレーカーのスイッチを切るなんて動作が出来るというのは、信じられなかった。よくわからない女の子だ。

 講堂の鍵を明大の営繕課にてきぱきと返す。僕らは明大の講堂を出て、駿河台の坂を下った。明大前の交差点を日大理工学部の方に曲がった。左手の山の上ホテルのアネックスを通り過ぎて、山の上ホテルの本館の方に向かう。

「まかせておいてよ。ついてらっしゃい」こういわれて、山の上ホテルのバー『ノンノン』まで連れて行かれた。

 たしかに『ノンノン』は開店時間が午後4時からだ。もちろん、4時からバーにいる人間など宿泊客でもいない。バーテンがグラスを磨きながら「いらっしゃいませ」と僕らにいった。

「カウンターでいい?」と絵美がいう。
「カウンターでいいよ」と僕。
「こぢんまりしているでしょ?」
「いいバーだね。」
「そうでしょ?」絵美はいった。「ところで、ねえねえ、キミのこと、フランクって呼んでいい?」
「いいよ」
「私も絵美と呼んで。名字が嫌いなの」
「そりゃあ僕も同じだ。僕らの名字はありきたりだからね」

僕らはカウンターに座り、絵美はマーテルを、僕はメーカーズマークを注文した。

「絵美はどうしてこのバーを知っているの?」と僕は訊いた。
「叔父がね、よく連れてきてくれるのよ。フランクも大学生のくせにホテルのバーに慣れているようね?」
「中華街のホリデーインでよく飲むんだ。それに銀座のホテルのバーでバイトしているからね」

 僕らは、ジャズや音楽の話をした。それから、大学のこと、専門のことも。彼女は目白の大学の心理学科に通っている。犯罪心理学を専攻したいという。

「十年くらい前にシャロン・テートを殺害した事件があったじゃない?チャールズ・マンソンとその『The Family』が起こした事件なんだけど、知ってる?」
「ああ、ロマン・ポランスキーの奥さんだった女優だよね。猟奇的殺人事件、妊婦殺害、カルト集団、七十年代の産物・・・」
「あの事件を知った後、犯罪心理に興味を持ったの。中学生の時に」
「なるほど。だけど、日本じゃあ、犯罪心理学を専攻しても日本の警察がそういう学者を必要としていないようだね?」
「そう、その方面の専門家が日本には少ないのが実情なのよ。でも、日本はアメリカの二十年遅れを歩んでいるみたいだから、将来、アメリカのようなカルト的で猟奇的な事件が増えてくると思うの」
「僕はそれに関して何ともいえないけれど、でも、心理学というのは面白そうな学問だと思っているんだ」
「フランクの専攻はなに?美術じゃないでしょ?」
「物理学課ということになってる」
「なってる?専攻は物理なんでしょ?」
「まだ、よくわからないんだ。物理学というのは幅の広い学問で、理論物理と実験物理では違う。理論系の物理屋はまるで哲学者のようなんだ。それから、理論物理でも、ミクロの分野を扱う量子力学系の物理学と、マクロの天体の運行や宇宙の成り立ちを扱う宇宙物理学とがある。ミクロとマクロの間は仲が悪い。アインシュタインは、その両者、ミクロとマクロを統合した統一場の理論を作ろうとして失敗したんだ。アインシュタイン、知ってる?」
「相対性理論でしょ?」
「そうそう」
「私、相対性理論って習ってみたいな。面白そうじゃない?」
「絵美っておかしいね。犯罪心理学をやってみたくて、相対性理論も習ってみたいなんて?」
「ねえねえ」とうれしそうに僕の方に乗り出して絵美はいった。「あのね、もしもだけど、フランクがウチの大学のニセ学生で心理学を私と一緒に受講して、私がフランクの大学で相対性理論を受講するのってどうなの?」
「ちょうど、来期の受講に相対性理論は入ってるんだ。うーん、教授に訊いてみてもいいけどね。まあ、訊いてみなくても、必須じゃなくて選択科目だから、一人ぐらい紛れ込んでも教授は気にしないさ。生徒が気にするくらいかな」
「なに?その生徒が気にするって?」
「物理科では女性の生徒は全学年で数人しかしかいないんだ。だから誰が誰だか知っているってこと」と僕はいった。「それにね、キミだからね・・・」
「そのキミだからね、ってなに?」
「つまりね、物理科を志望する女性って、かなり変わり者なんだ。ガリガリのガリ勉で身仕舞いを気にしない女性とか、化粧もしない女性とかで・・・数学科や化学科よりも変わり者なんだよね」と僕はいいにくかったのだけれども言い足した。「キミみたいな女の子が物理科に来ると目立つんだ・・・つまりね、キミは、その、かなり綺麗だってことだけどね・・・」といった。
「それ、ほめているの?」と、僕の方に乗り出して、うれしそうに絵美はいった。
「事実を述べているに過ぎないだけ」
「ふ~ん、喜んでいいの?」
「じゅうぶん、喜んでいいんじゃないかな。かなり綺麗だよ、絵美は」
「ありがと。よぉ~し、じゃあ、二人して四月からニセ学生をするのに賛成でいい?」
「いいよ、心理学も面白そうだ」

 絵美の期待した時でも、場所でもなかったけど、その日から、僕は絵美とつき合うようになった。

 僕は恋をしたのだ。たぶん。

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ヰタ・セクスアリス3 

昭和54年8月4日(土) 2,068日前

「私と寝たいの?寝たくないの?どうなのよ?」ヒイちゃんが言った。

こういう展開は嫌いだ。

300万円と交換ででヒイと寝るのはイヤだ。

チャイムが鳴った。

「ヒイちゃん、バスルーム!」と小声で言う。ボーイはほとんど顔見知りだから、かっちゃんにバレるのだ。バスルームに隠れるヒイちゃん。

「ああ、フランクさん、シャンパンですね?クリュッグのノンビンテージ」とボーイが言う。
「すみません、夜遅く」
「グラスは2つ?お一人ですか?」
「あとで、本牧から女性が来るんですよ」
「ああ、了解。もてますね」
「運がいいだけです」

ボーイはシャンパンを置いて去っていった。

バスルームから出てきたヒイちゃんが言う。「フランク!なんなの?本牧の女って?」
「口から出任せだよ」
「まさか、根岸の駐留住宅のあの女じゃないでしょうね?」
「キミに関係ないだろ。だいたい、終わってるよ、彼女とは」
「本当なのね?」
「あのね、何故、キミに女性関係の言い訳をしなきゃあいけないんだ?それから、ヒイちゃん、何故今夜に限って僕と寝たいんだ?」
「それってね。。。」
「だって、そうだろ?酔っぱらっているけど、それでもわかる。300万円の無心をかっちゃんとした。親にはシーちゃんの所に泊まると言ってある。今日はやけに大人っぽい服装をしている。それで僕と寝たいと言う。なんなんだ、ヒイちゃん、それは?で、かっちゃんには内緒だ。僕には僕の勝手がある。寝ないよ、僕は、キミとは。こういうシチュエーション以外で、僕と寝たいんだったら、僕も考えるよ」
「フランク、つき合っている女(ひと)いるでしょ?」
「いるよ、キミだってそうだ」
「私はどうなるのよ?」
「かっちゃんがいるだろ?」
「かっちゃんはかっちゃん、フランクはフランクでしょ?」
「。。。そういう理論はまったくわからん」
「だって、私の最初の男はあなたよ」
「おいおい、そういう歴史認識は理解できんよ。旧植民地の宗主国かね?僕は?」

でも、ヒイちゃんの気持ちは僕にはわかるのだ。かっちゃんはプロボクサーだけどノンブランドなのだ。僕にはブランドが一応ある。中高一貫校の女性が考えるブランドというのはそういうものなのだ。世間一般の考えとは多少違う。ミッションスクールの仲間意識というものだ。

それで、彼女の友人はみな大学に去っていった。彼女は、進学していない。兄貴の友人も僕を残して去っていった。兄貴は筑波だ。

だから、彼女の旧世界をつなぐ絆は僕だけなのだ。だから、僕と寝たい。300万円だって、必要ないのかもしれない。だけど、300万円で僕との絆を作っておきたい。寝ることで絆を保っておきたい。

だけど、こういう展開は嫌いだ。でも、泣き出されるのはもっと嫌いだ。泣き出されるのなら、一緒に寝てしまった方が楽だ。倫理観とか貞操感とか、くそったれの文句を持ち出さないで欲しい。

「まあ、いいや。シャンパンでも飲もうよ」
「フランク。。。」
「最初の時を覚えている?」
「3年前の夏ね」
「あの時、なんでキスしたかったの?」
「好きだからに決まってるでしょ!」
「僕も好きだよ」
「だったら、なぜ、ずっと私といてくれなかったの?」

こういう説明は難しいものだ。

女が言う。なぜ、私と一緒にいてくれないの?なぜ、私から離れるの?

それは、単に、好きだ嫌いだの話ではない。いろいろと問題が拡散するからだ。ところが、女性の場合、問題は収斂してくる。好きだ、嫌いだの2者択一問題と化す。それで話が済めば、世界は単純だ。毛沢東も周恩来も岸信介も佐藤栄作もケネディーもニクソンもフォードもいらない。

世界は、好きだ嫌いだ収斂女性世界ではなく、好きだけど嫌いだけど拡散波動砲男性世界でできあがっているのだ。単純系ではなく、複雑系の話なのだ。僕の母親の好みの問題、妹の好みの問題も含まれる複雑系なのだ。しかし、それを説明できるかね?できないね、僕には。

「でも、いまでも一緒じゃないか?」
「話が違うわよ、フランク」
「でも、かっちゃんとキミとも僕はつき合っているじゃないか?」
「じゃあ、フランクとフランクの新しい女(ひと)と私がつき合えるの?」
「それは無理だ」
「不公平よ」
「こういう問題に公平も不公平もないだろ?」

こりゃあ、しょうがない。こういう話は、キリがないのだ。

解決するには、彼女の口をふさぐしかないのだ。

けっきょく、僕は彼女と寝た。

でも、こういう所有したい、所有されたい、という関係はイヤだ。

海外にでも逃げ出すしかない、とふと僕は思った。

脳裏をよぎったのは、青い海、白い砂の南国の島だった。

ヰタ・セクスアリス2 

昭和54年8月4日(土) 2,068日前

僕と、ヒイちゃん、かっちゃんで、コペンハーゲンで飲んでいた夜のことだ。

コペンハーゲンは、アルカディアという北欧レストランの系列の店。カウンターバーだ。今は、カラオケに変わっていて見る影もない。

店にはいると、右側が12mくらいのマホガニーのバーカウンターになっていた。左側には4人がけのテーブルが5つあった。開店は5時。もちろん、客など僕の他はまずいない。入り口のドアの右側のカウンターは、L字に90°曲がっていて、そこにハイチェアが2つある。最も壁寄りに、ミスターへニングという船員くずれの北欧人のおっさんがいつもいた。

へニングは、僕が女性連れだと、うれしそうにいつも寄ってきた。そして、僕の連れにハイチェアに座る手伝いをする。ついでに尻を触る。それでムカツク女性は、そうそうにお引き取り願って、以降、お付き合いはなしと。

バーには、いつも赤い薔薇の花がへニングの座っている横に数十本いけてあった。

バーテンダーは、おばちゃんしかいない。日本人のおばちゃんが5名ほど、カウンターの中でサービスをしている。シェイカーなど振らない。自動シェイクマシンを使うのだ。

コペンハーゲンで飲んでいて、ある日、ヒイちゃんとかっちゃんが僕に願い事をした。

「フランク、300万円ある?」とヒイちゃんが訊いた。
「あるよ」と僕は答えた。
「それ、くれない?」とヒイちゃん。
「何に使うの?」
「かっちゃんとピザの店を開きたいの。」
「開店資金かね?」
「そう、150万円は準備したんだけど。。。」
「足らないわけだ」
「返すわよ、儲けたら」
「いいよ、だけど。。。」と僕はかっちゃんを睨んだ。

かっちゃんは、ヒイちゃんをはさんで席一つ向こう側にいた。

「克行、ヒイに言わせて、なぜお前が言わない?」
「フランク、彼女が言い出しっぺだからな」
「克行、その店はおまえがやるのか?ヒイがやるのか?どっちだ?」
「2人でやるんだよ」
「だったら、お前が言う話だろ?」
「わ、わかったよ。俺からもお願いする」
「ばかもん、『も』ってのは何だ?え?『も』ってのは?」

ヒイちゃんは、困った顔をして僕に言った。

「フランク、からまないでよ」
「ヒイ、お前な、からむもからまないも。。。」
「ねえ、私のお願いなの。聴いてよ、フランク」
「わかったよ」

どうにも面白くなかった。ヒイちゃんがかっちゃんをかばうのも面白くなければ、かっちゃんがヒイちゃんを楯に取るのも面白くなかった。だけど、しょうがない。

それでこの話は終わった。かっちゃんが小便に立った。

ヒイちゃんが「フランク、カツには帰るというけど、つき合ってよ」と言う。
「なんだね?まだ話があるのかね?」
「あるわよ、フランクと私の話があるわよ」

コペンを出た。かっちゃんは結構酔っぱらっている。

「俺、タクシーで帰るわ、ヒトミも帰るか?」
「私、フランクに送ってもらう」
「おし、フランク、頼む」
「いつものことだ」

かっちゃんはタクシーで去っていった。

ヒイちゃんが「フランク、飲み直さない?」と言った。
「しょうがないなあ。ホリデイインに行くか?」と僕が言うと、
「ミリーラフォーレだと、カツにばれるわ」と言う。
「じゃあ、どうするんだ?どこに行くかね?」
「部屋取ってよ、ホリデイインに」
「おいおい、部屋取ってどうするんだ?」
「ルームサービスで、シャンパンを注文すればいいでしょ?」
「よくわからんが、キミが言うのだから。でも、パパとママは?」
「シーちゃんの家に泊まると言ってあるの」
「おいおい」

中華街のホリデイの部屋は、他のホテルよりも大きい。ニューグランドも大きいが高いのだ。いつもバーで飲んでいるので、コペンの横の公衆電話から予約を入れると、すぐ部屋を用意してくれた。

「別々よ、別々に入りましょ」とヒイちゃん。
「お前な、そういう秘密主義はイカンよ」と私。もちろん、なぜヒイちゃんが別々というのかよくわかっていない。酔っているからわからない。

チェックインをして、1001号室のキーを貰った。角部屋じゃないか?

エレベーターの手前で、ヒイちゃんが急に現れて、僕の腕を取った。

「うまくいったわね?」
「よくわからないが、まあ、どうでもいいや」と僕。

部屋に入って、彼女に、「何を飲む?」と訊いた。
「クリュッグ、ノンビンテージ」とヒイちゃんが言う。
「この前、飲ませたんで味をしめたね?」と僕。

その日、ヒイちゃんはやけに大人っぽい服装をしていた。ニットの黒のワンピースだ。僕は、いつもの如く、ボタンダウンのシャツ、チノパンツ。

「なんで、今日はそういう服装なの?」
「フランク、鈍いわね。あなたと泊まるからに決まってるじゃないの?」
「ヒイちゃん、そりゃあ、かっちゃんが怒るよ」
「誰と寝ようと私の勝手よ」
「僕の勝手はどうなるんだ?」

ヒイちゃんは、僕の勝手など知ったことではない、と言った。

「私と寝たいの?寝たくないの?どうなのよ?」ヒイちゃんが言った。

こういう展開は嫌いだ。

ヰタ・セクスアリス1 

昭和51年8月4日(土) 3,160日前

高校を卒業して浪人中の僕。

たまたま友人の家を朝訪れたらヤツは留守。家中留守で、友人の妹だけが居た。

帰ろうとする僕に、

「フランク、待ってなよ、兄貴、もうすぐ帰ってくるよ、たぶん」という彼女。姫をもじって、僕らは彼女のことをヒイちゃんと呼んでいた。
「う~ん、まあ、いいかぁ~」と上がり込む僕。

●ヰタ・セクスアリス 森鴎外
 http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/695_22806.html
『僕は本を見ていても、台所の方で音がすれば、お蝶は何をしているのかと思う。呼べば直(すぐ)に来る。来るのは当りまえではあるが、呼ぶのを待っていたなと思う。夕かたになると暇乞をして勝手の方へ行く。そして下駄を穿(は)いて出て、戸を締める音がするまで、僕は耳を欹(そばだ)てている。そしてその間の時間が余り長いように思う。彼は帰り掛けて、僕の呼び戻すのを待っているのではないかと思う』

彼女の家は、積水の新しめの住宅だった。コンクリートブロックを2つ、ちょっと狭い幅の廊下で接続した構造。廊下の部分には、風呂場が付属している。

ヒイちゃんは、僕と1才ちょっと違う。でも、僕が早生まれなので、学年では1年違うだけだし、8月だから、歳も1才違いなだけだ。だけど、ティーンの1才は気の遠くなるほどの距離がある、と僕は思っていた。彼女が10才の頃から顔見知りなのだから、妹も一緒だ。

僕は、玄関を入った左手のいつもの応接間に入ろうとした。

「私の部屋に来ない?」と言うヒイちゃん。
「お!いいよ!」と言う僕。女性の部屋に行くという感覚はない。彼女の部屋のある2階にあがった。

「しかし、殺風景な部屋だよな、ヒイちゃんの部屋は」と僕。確かに殺風景なのだ。壁には、化学の周期律表が貼ってある。映画のロッキー・ホラー・ショーのポスター。本棚には、群像のバックナンバーがぎっしりと。ベッドはネイビーブルーのカバー。ピローも同じだ。

「うるさいヤツね。私の部屋をどう飾ろうと勝手でしょ?」
「まあ、いいけどね。キミの年頃だと、普通、ディズニーのベッドカバーとか、スリッパとか、そういう趣味なんじゃないの?」
「私に『普通』とかいわないでね、フランク!」
「わかりました。ヒイちゃんは特別。」
「音(おと)でもかける?」とスカートの裾をちょっと引っ張ってヒイちゃんは立ち上がった。ミニスカートのジーンズ。膝上20cmだ。Tシャツ。こいつブラをつけてない。それぐらいは鈍い僕でもわかる。

「暑いわね、扇風機つけるわね」

扇風機は僕らの方を向いて、弱い風を送り出した。

彼女は、ラジカセにクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルのテープをいれた。(しかし、CCRと書けば短いが、『クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル』なんて、誰が考えたんだろうか?)

『プラウド・メアリー』、『ダウン・オン・ザ・コーナー』、『雨を見たかい』・・・

この前貸したからなあ、彼女に。

僕らは、ベットに腰掛けていた。今なら、ベットに男女が腰掛けている、なんて場面を想像すると、それは非常にセクシャルな場面なのだが、妹同様と思っているヒイちゃんと僕とでは、それは阿呆な想像である。僕にとっては。

僕らは、8月の午後の暑いさなか、数インチ離れて、ベットに腰掛けて、音楽を聴いていた。
「ねえ、フランク?」とヒイちゃんが急に僕の方を向いて訊いた。
「?」
「フランクは、女の子とキスしたことある?」
「ないよ」とそっけなく答える僕。あるんだけど。ウソをつく。予感だ!
「そう・・・女の子とキスしたいと思わない?」
「思うよ、もちろん」と僕。口の中がカラカラに乾き始める。だから、長い答えが出来ない。
「そう・・・、そうなんだ・・・」

 Left a good job in the city
 Workin' for The Man, every night and day
 And I never lost one minute of sleepin'
 Worryin' 'bout the way things might have been
 Big wheel keep on turnin'
 Proud Mary keep on burnin'
 Rollin', rollin', rollin' on the river
 Cleaned a lot of plates in Memphis
 Pumped a lot of 'tane down in New Orleans
 But I never saw the good side of the city
 'Til I hitched a ride on a river boat queen
 Big wheel keep on turnin'
 Proud Mary keep on burnin'
 Rollin', rollin', rollin' on the river
 Rollin', rollin', rollin' on the river.
 If you come down to the river
 Bet you gonna find some people who live
 You don't have to worry 'cause you have no money
 People on the river are happy to give
 Big wheel keep on turnin'
 Proud Mary keep on burnin'
 Rollin', rollin', rollin' on the river
 Rollin', rollin', rollin' on the river
 Rollin', rollin', rollin' on the river
 Rollin', rollin', rollin' on the river

「ねえ?」とヒイちゃんが僕の方を向いて言う。顔と顔が4インチも離れていない。
「なに?」と、もう何をきいいてくるかわかっている僕が答える。

「私とキスしない?」とヒイちゃん。
口がカラカラに渇いて、相手に気づかれるのが怖い僕が言う。「ああ、いいよ」と僕。ちょっと卑怯に思える。なんでだろう?

・・・

僕らは、長い長いキスをした。相手の口の中をヒイちゃんの、僕の、舌が動く。歯の表をたどり、歯の裏をたどり、舌をからめて、舌の裏側をなぞり、舌を吸い、吸われた。相手の背中を指がまさぐる。強く、弱く、ヒイちゃんが、僕が、互いの体を抱きしめる。

扇風機の弱い風が頬に当たる。

僕らは汗をかいた。

数十年後に思うのだが、気持ちの良い汗のかきかたもあったのだと。

口を離した。相手を見つめる。

「気持ちいい。。。」とヒイちゃん。
「僕もそう。。。」と僕。

「ところで、兄貴は帰ってくるんだろ?」
「帰ってくるわけないじゃん!昨日、筑波に戻ったばかりだから。。。」
「じゃあ、パパとママは?」
「9時頃帰ってくるかなぁ~」とヒイちゃん。

「キミはそれを言わなかっただろう?」と僕。

「だって、フランクが帰っちゃうからね。ウソついたんだよ」とヒイちゃん。

「ふ~ん」と愚かな妄想にとらわれる僕。それを見透かすように、
「『キスしない?』とは言ったわよ」とヒイちゃんが笑う。
「わかってるよ」と僕。
「でも、最後までいかないなら。。。」とヒイちゃん。

あの頃はね、今みたいにすぐセックスしてしまう、という時代じゃなかった。僕らには躊躇があったんだ。

ふむ。最後まで行かないなら。

彼女の薄い胸。僕の薄い胸。彼女のポコッと突き出たお腹。(後で知ったのだが、処女太りというのがある、と家内が言っていた。処女のお腹は突き出ているらしい。そんなこと、その時には、知ったことではない)すべすべの肌。

もちろん、最後まで行かない。それでも僕はいった。彼女の指の中で。彼女もいった。僕の指の外で。(これって、日本語は『いく』で、英語も中国語も『来る』のだけど、なぜなんだろうか。まあ、いいや)

「フランク?」
「なに?ヒイちゃん?」
「これで良かったのかな?」
「僕にはわからない。だけど。。。」
「だけど、何?」
「僕で良かったんだ、といつか思ってくれるとうれしい」
「よく、わからないけど、フランクで良かったと思うよ、私は」
「ありがとう」

僕は思うのだが、セックスというものは、ある種の制約があればあるほど、楽しくなると思うわけだ。制約がなく、制限なくセックスをしてしまう、というのは、これは一種の不幸と思う。

ところで、僕はとてもとても彼女のことが好きだったのだ。彼女も、僕のことがとてもとても好きだったのだ。これは本当のことだ。

そして、とてもとても好きだったのに、その後、デートは何度もしたけれども、彼女と何故どうにかならなかったか?というと、僕の母親が彼女を憎んだからだ。僕の妹も彼女を憎んだからだ。

僕の母親は、僕の好きな女性を憎む。それが、素晴らしい女性であればあるほど憎む。だから、ヒイちゃんの後は、僕はあらゆる女性との交友関係を母親から隠すようになった。

僕の妹は、僕の好きな女性が、中高一貫教育の女子校であると憎んだ。彼女が進学しなかった世界。それは僕のせいではない。親のせいでもない。それでも、妹は、中高一貫教育の在校生を憎む。それがミッションスクールならなおのことだ。

ヒイちゃんの家族は別だ。僕は彼女の家族のお気に入りだった。

でも、そういう心理情況って、何となくわかるものだ。

そうこうする内に、僕は無事大学に入学した。そして、大学に通い出す内に、雨の降る春に、恋をした。でも、これは別の話だ。山の上ホテルも、キースジャレットも、バッハの無伴奏チェロ組曲も、心理学も別の話だ。

ヒイちゃんは、高校を卒業した。彼女と僕はかなり言い合いをしたけれど、彼女は大学に行かない決心をした。でも、働くわけではない。プラプラするだけだ。ヒイちゃんの親にも相談されたのだけれど、僕の力ではどうすることも出来なかった。

彼女は、何が不満だったんだろうか?彼女の兄貴は、僕の同級生で秀才だ。彼女はというと、僕らと同じ、ミッションスクールに通っていたのだけれど、自分の目標がわからなくなっていたのかもしれない。

彼女をちやほやしてくれたヒイちゃんの兄貴の友人達も、僕を残して、散っていった。大学という新世界に入ったのだから当たり前だ。古い世界に生きていたのは僕だけだった。

そして、彼女もボーイフレンドが出来た。もう一人出来た、と言ってもいいかもしれない。

新しいボーイフレンドは、後のボクシングチャンピオンの兄貴だった。この前の亀田問題で裁定した東日本ボクシング協会会長が弟だ。

彼女は何を考えていたんだろうか?かっちゃん(彼女の新しいボーイフレンド)を僕に紹介したんだから。でも、かっちゃんと僕とは非常に気があった。彼はプロのボクサーで、僕は物理屋だったけれど、それでも、なんとなく気があったのだ。ヒイちゃんという共通項を僕らは持っていたからだろうか?ヒイちゃんという体を通して、僕らは連帯感を強めたのだろうか?

もちろん、彼はヒイちゃんと僕の関係を知らない。知ったら殴り殺されていたことだろう。

僕らはいつも、中華街のホリデイインの12階、ミリーラフォーレや、斜め横のコペンハーゲンで3人で酒を飲んだ。払いは、僕だ。いつでも、僕だった。

彼等は金がなかった。僕は、なぜか、金が唸るほどあったのだ。学生だったけど、時々、ジャケットの胸ポケットに100万円の札束が帯をしたまま無造作に2つも3つも入っていることがあった。

・・・

昭和54年8月4日(土) 2,068日前

ある日、ヒイちゃんとかっちゃんが僕に願い事をした。

「フランク、300万円ある?」
「あるよ」と僕は答えた。

テキサスのサボテンを、日本の水田に移植してうまくいくはずがない 

民主主義、という絶対一つの定義され固定された政治形態があるわけではありませんね?英語と同じです。あらゆる国で、英語表現は形態を変え、その国の母国語と融合し、地域性を反映し、日々変化しています。

私の義兄は生粋のイングリッシュですが、彼の英語は、イングリッシュですので、発音は曖昧、イディオムは難解、とても万国で通用する英語ではありません。過去、東南アジアで出会った、また、中国で会った、欧米系企業の担当者の英語も千差万別。語彙の守備範囲も国々で異なります。

民主主義も、この英語と同じですね。日本には日本型民主主義が必要で、まだ戦後「たった」61年しか経過していません。まだまだ、変化し続けなければいけませんし、その努力を怠ってはいけません。

他の国の民主主義は、サンプルになるとはいえ、そのまま移植するのは危険です。テキサスのサボテンを、日本の水田に移植してうまくいくはずがない。

また、あらゆる政治形態には、「全くの構成員の自由」という事は存在致しません。権利には制限も存在致します。ところが、普段は制限されない自由すら行使しないのに、それが制限される事態にはいたく敏感に反応するのが日本人ですね。移動の自由の制限は、憲法でいくら謳われているとはいえ、他の構成員の不利益になる際には、制限も必要ですし、政府は、その制限の期間・範囲を明確にした上で、どんな反対があろうと制限すべきなのです。

「人に迷惑をかけなければ何をしたって自由」という悪しき戦後日本民主主義の誤解は、「制限」されなければいけません。

・・・

私は、最近「臼」と「杵」と「餅」を考えます。みんなが餅を一生懸命つくのは餅を食いたいからです。ところが、ある組織構成員は、餅を論じるのではなく、杵を論じます。或いは、臼を論じます。杵と臼が汚染されている。それでついた餅を食うのはイヤだ!という訳です。

「臼」が「国家・国民」だとして、「杵」が複数あり、「政府」「官僚」「産業界」「学会」「マスコミ」などがあり、「民主党」とか「社民党」「共産党」などという「杵」もあります。「NPO」なんて杵もありますね。

ひとつの「杵」だけではなく、複数の「杵」で餅がつき上がるわけです。その餅がうまければ、どの杵だろうと、どうでも良い。私が、プラグマティックな考えをする由縁ですが、それが気にくわない人たちがいる。

一番でかい杵になりたい、というわけです。だけどねえ、「臼」の「国民」の中には、その「赤い」「杵」が嫌いな人たちがいる。

そこでね、「赤い」「杵」は、「緑の」「杵」に一部色を塗り替えて誤魔化そうとしている。いわくの、「緑の」環境NPOとか、発展途上国支援の「緑の」NPOとかね。でも、実態は、杵の表面を削ると真っ赤っか。。。

例えば、成田空港闘争なんてありましたね?(か、過去形か?)成田空港、という命題も、命題自体が風化したら、その命題に沿って作られた組織は用済みのはずですが、いったん作られた組織は、それ自体が生命を持ち始め、類似の命題を探して生き延びようとします。

彼らにとっては、「臼」を壊す行為であっても、一番でかい杵になりたい、というのでしょうね。やれやれ。

私なんか「赤・緑」の杵の連中には唾棄される存在でしょうね。私は右翼ではありません。右とか左とか、2元論の概念の範疇外の人間です。しかし、「赤・緑」の杵の連中は、そのカテゴリーに当てはめたいのでしょうね。

・・・

世界で困っているのはイラクばかりではありません。皆が忘れたアフガニスタンもチモールも、アフリカも、NPOの出番はたくさんあります。イラクでの援助が困難なら、同じNPOの援助活動、他の国でもいいはず。それを、なぜイラクにこだわるかというと、金になる機会と踏んでいる人、名をあげる機会と踏んでいる人、結局、個人の思惑ですよね。くだらん。

さらに、日本の政局と結びついて、イラク問題を政局に絡めたい団体がたくさんある。政府だって、似たような意図がありますが。

何度も発言しているのですが、私はそれはもう共産党・極左が嫌いでして。大学時代からことある毎に邪魔してます。

なぜか?

自分の頭で考えない人間、結論を先に作り上げて、物事の様態を考えない、観察結果を恣意的にねじ曲げる、というのが、物理学、及び、私の美術の血にそぐわないからです。物理学は、結論を先に作り上げる学問とは対極をなす学問です。美術は、個人の才能次第で、年齢も組織も生い立ちも関係ない分野です。その立場からすると、共産主義・社会主義は対極にあり、私の「敵」なのです、個人的にね。

大衆は真実を望んでいない。真実というのはあまりに明解なものではない。真実は複雑で、大衆が聞きたいと思っている物とは限らない。人々は単純で確実な物を求めている。そして、自分たちの偏見が脅威にさらされる時にはひどく残忍になる。真実は敵になり、彼らは命をかけてそれと戦う。

というのは、塩野七生さんの言葉ですが、その通り。

真実というのはあまりに明解なものではない』ので、絶対的な悪、絶対的な正義がない

というと、大衆はガッカリしますね。でも、じゃあ、なんなんだ?と理解し始めなければいけない。偏見と先入観を持ってはいけない。それは捨て去るべきものです。

タマネギ、にんじん、ジャガイモ、椎茸、豚肉、牛肉、さまざまなスパイス、これを、TVや報道機関が彼らのレシピで、素材がわからなくなるまで煮たり焼いたりして、提供し、それを食するだけ、というのは止めにしなければいけません。

素材を、下手でもいいから、自分のレシピで調理して、自分なりの味付けをしなければいけない。みんな、自分のレシピを作り上げる、これが民度を深く広くする道です。もうインスタント物や店屋物には飽きたでしょう。

誰も読まない、鉛蓄電池の仕組み(12) 

温度の話とか書かなければいけませんが、化学式も飽きたでしょうから、環境の話でも。もしも、が環境に流出し、それを摂取したとするとどうなるか?中毒になりますね。

中毒には、それとはっきり分かる症状がいくつかあります。の濃度がひじょうに高い場合は、急性脳障害を起こします。の濃度が低い場合は、精神の発達に障害があり、IQや精神機能の低下にも影響すると考えられています。

しかし、これを強力に証明する証拠にはまだ疑問があります。だけの影響を抽出するのが難しいからです。

鉛中毒では貧血症がよく起こります。特有の症状ははっきりとしませんが、非常な過敏性、食欲と活力の低下、最近獲得した発達上の能力の喪失が挙げられます。腹痛も起こることがあります。重症の中毒では、鉛による脳障害が起こり、それと共に嘔吐、千鳥足、末梢神経障害による動作の弱々しさ、けいれんと昏睡が起こります。

蓄電池により、このような鉛中毒がすぐ起きるという話ではありませんが、処理されないで投棄された場合には、鉛が徐々に地下水や河川水、海水に溶け出し、長期の被害をもたらす可能性があります。

フォークリフト用鉛蓄電池は、だいたい3年ぐらいの寿命です。毎日繰り返し充放電して3年。これは、充電放電の1回の回数を1サイクルと呼びますが、フォークリフト用鉛蓄電池は、だいたい寿命1000サイクルの鉛蓄電池で有るという事です。フォークリフト用鉛蓄電池は鉛を230kg使用しています。と言う事は、3年間で、230kgの鉛を廃棄物処理する、或いは、投棄処理するということになります。

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集中・集中力(4) 

さて、ここで、「集中・集中力(1)」で頂いた別のブログのコメントを整理してみたいと思います。私の、「では、集中する、って何?」という問いかけに対して、みなさんのお答えは、

ズバリ、「妄想をフル回転させること」です。「ぼかし」は集中力で克服できるそうです。また、「集中すれば活字で抜ける」とサウジアラビア出張者は言ってました。あくまで聞いた話です。

まずはこれから。妄想ってのはどこにあるのでしょうね?「無意識」の領域?まさかね。だって、意識にのぼっているわけですから。妄想も意識領域にあるって事ですね。ですので、意識に存在するある事象であって、それが世に言う、

もうそう【妄想】 (名)
(1)〔〕 精神が対象の形態にとらわれて行う誤った思惟・判断。妄想分別。
(2)根拠のない誤った判断に基づいて作られた主観的な信念。分裂病・進行麻痺などで特徴的に見られ、その内容があり得ないものであっても経験や他人の説得によっては容易に訂正されない。「被害―」「誇大―」「あらぬことを―する」「―にふける」

FI968861_1E.pngこれもまた仏教用語が語源のようですね。仏教というのは、性欲がお嫌いですので、セックスにまつわる想念は全て「妄想」の類になるのでしょう。しかし、それが必ずしも「誤った思惟・判断」なのか?ということで、女性を想像の中でヌードにする、というのが妄想に当たるのか?別に男性でしたらほとんど誰でもやる事ですね。やらないのはお釈迦様とか、キリストとか、ローマ法王とか、ごくごく一部の人間で、その他の大多数、99.99999999%の男性は、一度ならずやること。ほとんどの人間がやる事を、「誤った」なんて言えるんでしょうか?それから、FRANK LLOYDは知っていますが、女性だって男性に言わないだけで、その類の妄想を日々やらかしていますね?そうですね?女性の皆さん?

FI968861_2E.pngということで、「妄想」でも何でもいいのですが、意識の中をその事象の想念で満たす事、これが集中という状態です。集中という目標などありません。あくまで、ある事象に対する考えが意識の中で大部分を占める、というのが「集中という状態」です。

「集中」という漢字から、レーザービームが収束するような、錐で突いた点になる何かが「集中」だとか思われていませんか?そして、その目標が「集中」であると思われていませんか?それは違います。「集中」とは、逆に意識の中で広がって大きくなる事、「我を忘れるほど他の事象の想念を押しのけてしまう物」なのです。上の図から下の図に至る状態の変化、これが「集中」です。

スリランカ行き 

先週土曜日に急にエアランカの席が取れまして、
本日より来週月曜日までスリランカに行ってまいります。
その間はお休みです。
急な連絡の際は、香港の携帯番号が通じます。
香港の携帯宛で連絡下さい。

ではでは。

ハイヒールで秘境に入境できるように整備したのは誰? 

知床にハイヒール観光客いらない マナーの悪さにいら立ち 羅臼町長が発言
世界自然遺産・知床のおひざ元、根室管内羅臼町の脇紀美夫町長は23日、町内で開かれた集会で「ハイヒール観光は羅臼にそぐわない、いらない」と述べた。知床は7月に遺産登録1周年を迎えるが、同町を訪れる観光客のあまりのマナーの悪さに業を煮やしたための発言とみられる。

発言は「登録で観光客が増え、自然が壊れたら意味がない」との住民の質問に答える中で出た。「羅臼には、自然を守る意識の高い人間が来てほしい。大勢の観光客を泊めるのは(網走管内)斜里町側に担ってもらえばよい」と続けた。

町長によると、最近、町内の漁港や道の駅に車を止めてマージャンや炊事をするなど住民のひんしゅくを買う観光客が増え、ごみ捨ても多いという。脇町長は集会後、発言の真意を「マナーの悪い人間はいらない。環境を守る人は大歓迎との意味です」と話した。 羅臼町の観光客は2005年度は、前年度比6%増の76万人で、2006年度も増加見込みだ。


ネオナチにあったら蜂須賀家の家紋を取り出して。。。 

またネオナチ?トルコ系議員殴られ負傷
ベルリン市東部リヒテンベルク地区の路上で19日夜、トルコ系のギヤセッティン・サヤン市議会議員(56)が、外国人排斥を叫ぶ2人組の男にガラス瓶で頭を殴られ、負傷した。

W杯開幕を控えたドイツでは、外国人がネオナチに襲撃される事件が頻発、対策をめぐって政界で論争が起きている。同議員は左派党で移民問題を担当しており、事件は波紋を広げそうだ。

市警当局者によると、同議員は自宅近くに車を止めた際、25~30歳の短髪の男らに襲われ、「トルコ人」「外国人」などとののしられた。同議員はトルコ生まれのクルド系住民で、1970年代にドイツに移住し国籍を取得した。

こういう国を見習っておけば、隣国と問題は起こさなくなるということなんですね?アナン国連事務総長殿。

ミュンヘンオリンピックでのテロ騒ぎが思い出されるなあ。。。パレスチナとユダヤ人のテロ騒ぎでしたが、アーリア人、人種差別が好きだからなあ。。。

W杯は何事もないと良いですが、たぶん何かあるんでしょうね。

ドイツですもの。W杯を韓国と共催して、中国でのサッカー試合も問題なくこなした日本とは根本的に違う国ですからね。

アルザス・ロレーヌ人やポーランド人の一部にだって恨みに思っている連中もいるでしょうし。宿敵フランスも英国もそうですからね。移民したトルコ人も黙ってはいないでしょう。仲が良いのはロシア人か。ま、3国同盟、枢軸国なんてので騙された日本人がバカだったんですね。

徳島県阿波踊り協会の皆さんもお気を付けて。現地のパブには、現地政府の付き添い付きで行きましょう。

ネオナチ。。。あ!そいつらにあったら、それこそ蜂須賀家の家紋を取り出して。。。_| ̄|○

夕刊フジ流に言うと。。。 

そんな優しさはいらない
靴磨きに磨いてもらうために靴を脱いで差し出した客がいた。それを見て「優しい人だなと思いました」という20代の女性の感想を聞いて落ち着かない気分になった。「かえって磨きにくいのでは」と突っ込まれると、「そうかもしれませんけど」と苦笑する。

靴を脱がれて差し出された靴磨きの方、お気の毒に。さぞ靴がグラグラして磨きにくく、時間がかかったでしょうに。一種の営業妨害に近い。

こういうのを、昔は小さな親切、大きなお世話といってましたが、それが『優しさ』なんて言葉にすり替わるんだから、時代は変わってしまった。

夕刊フジ流に言うと、なんでも優しく、競争原理を廃した教育が悪い、と言ってみましょうか?

さすが夕刊フジ。好きだなあ。。。 

何でもかんでも格差社会のせいにする。私も便乗して結婚格差なんて書いてますけど、夫婦げんかによる殺人事件ですら格差社会のせいなんでしょうか?さすが夕刊フジ。好きだなあ。。。

ニート妻高かった…「安月給」の代償とは
これも格差社会の悲劇?

妻から洗濯、食事、子供の世話、犬の散歩…と、ありとあらゆる家事を押しつけられ、それでもこなしていた夫が、妻の「安給料」との一言で逆上。ついに妻を絞め殺すという事件が東京都内で起きた。逆襲の殺意を抱かせるほど、大きなお尻に敷かれていたのか。それとも、小泉政権で生まれた格差社会の弊害なのか。妻が絶対、夫に言っていけない言葉は、あまりにも重かった。

妻がやることをやっていて、旦那がやることをやっていなければ、別に言っても良い言葉ですが、

自宅の居間で飲酒していた妻(39)に「給料が安い」などと悪態をつかれ、殴られたことで激高、近くにあった電気コードで首を絞めた。しばらくしてぐったりした妻の姿を長男(16)が発見し、110番通報した。

これじゃあねえ、いくらおとなしい旦那も怒ります。

家にこもる妻を夫が必死で支える家庭。時代が与えた悲劇なのかは、だれにも分からない。

何を言っているんでしょうね。時代のせいでも政治のせいでもないでしょうに。当人同士の問題ですな。馬鹿臭い記事の書き方だ。さすが夕刊フジ。好きだなあ。。。

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