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ヰタ・セクスアリス9 

昭和59年3月18日(日) 0日 25才
18th March 1984(Sun) 25 years

昭和59年3月18日、江崎グリコ・江崎勝久社長が何者かに誘拐される。3日後の21日に無事発見される。

同日、ニューヨーク、マンハッタンの中心部で、一人の日本人女性が交通事故で死亡する。

グリコの事件は新聞記事になったが、日本人女性留学生の交通事故死は記事にならなかった。

当然の話だ。。。

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私は「ミネルヴァの梟」にしか過ぎない。

「失いしは多くあれど 残りしも多くあり」

しかしながら、何も残っていない。

そのchapterでは、すべてが失われて、2度と元に返らないということだ。

なぜ、絵美があれほどまでに、プロファイラーになりたかったのか(そもそも小説・映画の『羊たちの沈黙』の前にプロファイラーなどという職業があることすら日本人は知らない、1980年代の話だ)、私には未だにわからない。

私という存在など知ったことではない、と言い切れる。私にはそんな言い切りはまったくできなかったし、今でも出来はしない。

それで、人間というものの深奥を知って、さて、どうするのか?ということだ。

多少憶測で言うなら、私は物理学を目指したが、自然科学、基礎科学の分野では、ピュアであればあるほど、素晴らしい、という観念(妄想と言ってもよろしい)があるのかもしれない。

さらに言えば、彼女の家系がゾルゲ事件に関連した家系であるということ。

コミンテルンなどを私がよく知っているのはそのこともある。

さて、

たかが20歳代の80年代の小娘がそういう分野を目指したとしよう。

家は金持ちだが、そういう資産はあてにしない。

だから、奨学金なるものに目をつけたわけだ。

むろん、親のコネは使うべきところは使う、という融通性はしっかり持ち合わせていた、私以上に。

その当時、世界で一番心理学、プロファイラー学問で進んでいた大学はどこか?

言わずと知れた犯罪組織の魔窟、ニューヨークにある大学に決まっている。

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彼女が裸でチェロを抱きながら演奏してくれたバッハは素晴らしかった。

ある記憶というものは、生涯、消え失せもせず、色あせもしないものだ。

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さて、明日からまたドバイなもので。。。 

さて、明日からまたドバイなもので、mixiへのアクセスが不可能です。

そこで、

●Letter from Ceylon
 http://franklloyd.blog68.fc2.com/

に日記を転送設定するように致しました。

日本人に告ぐ148 - 不動産など資産の内に入らん [2008/08/31]
日本人に告ぐ147 - どこも同じとなるわけだ [2008/08/31]
日本人に告ぐ146 - 狂ってないよ (2) [2008/08/31]
日本人に告ぐ145 - 狂ってないよ (1) [2008/08/31]

は既にはっつけてあります。

明日からの日記更新は、面倒くさいでしょうが、"Letter from Ceylon"をご覧ください。

転送設定は、日本時間の午前0時より、ということで。

それでは。

日本人に告ぐ148 - 不動産など資産の内に入らん 

■オバマ候補指名 米国再生へ処方箋をどう描く
 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=593325&media_id=20

日本国民主党に政権を任せる危うさと違い、米国民主党なら別に政権交代しても問題はないのでしょうが、

しかし、

どうも、このオバマさん、好きじゃない。政策が曖昧で、日本への言及も少なく、日本の実情、日米の状態を理解しているとはとても思えない。

だから、日本の国益からすると、オバマ×落選、マケイン○当選、これが望ましい。

>イラクでの戦争を「責任ある形で終わらせる」だけでなく、アフガニスタンでの戦いも終結
>タフな直接外交によってイランの核開発やロシアの侵攻を阻止
>と言明した

なんて、いったいどうやるんでしょうか?

一方的なイラクからの撤退、米国の国際政治への関与度低下、なんてことが起きれば、どうなるのかな?

アフガンへの関与も止めれば、現政権の崩壊、タリバンの復権は目に見えているが、どうやるのか?

まあ、しかしだ、

どちらが大統領になっても、世界的な不動産価格の下落は続く。

もしも、アメリカや中国の不動産市場で投資家が損をしたとして、別の国に、再度同じ不動産投資を別の国でやるか?というとまず行いません。

■マンション販売に「五輪危機」!不動産バブル崩壊か―北京市
 (Record China - 08月30日 17:43)
 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=593140&media_id=31
2008年8月28日、新京報は五輪期間中のマンション販売戸数が激減していると報じた。9月以後もこの傾向が続けば大幅な値下がりは免れず、不動産業界、ひいては中国経済に大きな影響を与えることが予想される。8月8―24日の五輪開催期間中、北京市のマンション販売戸数は1469戸。1日平均86戸とここ3年間で最低を記録した。ある業界関係者によると、販売中のマンションのうち約8割は期間中一戸も販売できなかったと推測される。五輪時の落ち込みは予測されていたものの、予想をはるかに上回る減少幅に業界関係者は衝撃を受けている。問題はこの落ち込みが一過性のものなのか、持続するトレンドなのか。もし9月も販売戸数が上向かなければ北京市のマンション価格の大幅な下落につながりかねない。近年のバブルとまでいわれる右肩上がりの不動産価格上昇を受け、将来の値上がりを計算して無謀とも思える巨額のローンを組んで住宅を購入した市民も多い。そのため不動産価格の下落は関連業界のみならず一般市民にも影響が大きく、経済全体に大きな傷を与えかねないと見られている。

BRICK'S各国の経済発展の結果、先進国のみならず、先進国を追いかける国家で金余りが発生したわけです。それに、突如2倍以上の収入が発生した(2005~7年)中東産油国や中央アジア、南アメリカなどの資源国の金余りも追い打ちをかけた。

どこの国の国民でも同じで、なぜか不動産を持つと安心、金本位制ならぬ、不動産本位制となり、不動産価格が無限に右肩上がりになる、と盲進します。

しかし、

日本のバブルでも同じく。

事務所ビルならオフィス需要、家屋・マンションなら新居購買、賃貸、引っ越し需要が必要で、それがないまま価格が上がるのは、虚像の需要、つまりはバブルになります。

不動産など信頼するに足らない。

我がヨメなどは、この不動産本位制の信奉者ですが、まあ、待て、やがてスリランカの不動産価格など急落する、と言っています。

すでに、NGOも退去、在留外国人の数も激減、何を焦って不動産などという融通性のない資産を取得する必要がありましょうかね?

不動産などクズだよ。

借家で十分だ。


■オバマ候補指名 米国再生へ処方箋をどう描く
 (読売新聞 - 08月31日 01:38)
 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=593325&media_id=20
米国の針路のみならず、混迷を深める世界の行方に、重大な影響を与える選挙である。

米民主党の大統領候補に指名されたバラク・オバマ上院議員が指名受諾演説を行い、米国再生への決意を表明した。

2大政党で黒人を大統領候補に指名したのは、民主党が初めてだ。初の黒人大統領を目指すオバマ候補の誕生は、「人種」の壁を超える歴史的な出来事だ。

これに対し、共和党の大統領候補として近く指名されるジョン・マケイン上院議員は、副大統領候補に、女性のサラ・ペイリン・アラスカ州知事を起用すると発表、反攻に出た。こちらも、勝てば初の女性副大統領である。

9月下旬からは両大統領候補が直接対決する討論会も始まる。11月4日投票に向けた両党の戦いは、熾烈(しれつ)を極めそうだ。

世論調査によると、両候補の支持率は拮抗(きっこう)しており、どちらに投票するかを決めていない有権者も3割に上る。

オバマ候補は、民主党の基盤である白人労働者層に浸透していないのが弱点だ。副大統領候補に、白人労働者に人気が高いジョゼフ・バイデン上院外交委員長を指名したのも、その点を補うためだろう。

オバマ候補は、党内の予備選で当初有力視された女性のヒラリー・クリントン上院議員を破った。クリントン氏はオバマ支持を表明したが、党内に生じた亀裂はなお修復されていない。

オバマ候補が受諾演説で激しいマケイン攻撃を展開したのも、党の結束強化が狙いだ。

米国は、イラクとアフガニスタンに十数万人の軍隊を展開する戦時下にあり、サブプライム問題などで景気は減速している。ロシアによるグルジア軍事介入という新たな危機も加わり、核大国のロシアとの対立も深まっている。

ブッシュ政権が持ち越すことになる外交・安全保障上の重大課題に、どう対処するのか。

オバマ候補は受諾演説で、イラクでの戦争を「責任ある形で終わらせる」だけでなく、アフガニスタンでの戦いも終結させる、と言明した。タフな直接外交によってイランの核開発やロシアの侵攻を阻止する、とした。

だが、具体的な処方箋(せん)を示していない。マケイン氏との論戦で、どこまで明らかになるか。

日本としては、中国の影響力が拡大しつつある東アジアの政策論議にも注目する必要がある。

日本人に告ぐ147 - どこも同じとなるわけだ 

■人口構成の歪みが不動産暴落生む―中国の専門家
 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=593666&media_id=31

>90年以降新生児は減少し続けており、2000年の人口調査では0~4歳の人口は6897万人で、10~14歳の半分近くに過ぎない

ああ、日本の話かと思いましたよ。

この意見、日本にも大いに当てはまる。

>年齢の偏った人口構成比が不動産価格にも大きな影響を与えて来たと言う。中国では1960年代から70年代にかけて出生のピークを迎えており、この世代が90年代から結婚し始め、家の購入に積極的になった。これが不動産価格が98年から2007年まで上昇を続けてきた重要な原因のひとつだ

これを日本に当てはめると、

>年齢の偏った人口構成比が不動産価格にも大きな影響を与えて来たと言う。日本では1940年から1945年代にかけて出生のピークを迎えており、この世代が70年代から結婚し始め、家の購入に積極的になった。これが不動産価格が70年代から80年代まで上昇を続けてきた重要な原因のひとつだ

となります。

>中国では改革開放政策の開始以来、子供の数が減り、豊富な労働力の提供と高貯蓄を生み出し、経済の発展に大きく貢献してきた。しかし、こうした局面も老齢化と年少人口の極端な減少によって、2013年以降はこれまでのメリットがデメリットに変わると予想されている。

これだって、日本に当てはめてみると、

>日本では高度経済成長の開始前後から、ひと家庭ごとの子供の数が減った。団塊の世代の豊富な労働力の提供と核家族による高貯蓄を生み出し、経済の発展に大きく貢献してきた。しかし、こうした局面も老齢化と年少人口の極端な減少によって、1990年代以降はこれまでのメリットがデメリットに変わってきている。

日本で過去数十年に起こったことは、中国ではここ十数年に起こる。

ものすごい大変局なわけですよ。

さて、老齢化でのお題をもう一つ。

■講談社月刊現代休刊…読者の著しい高齢化で販売低迷
 http://www.zakzak.co.jp/top/200808/t2008083001_all.html

この記事、おかしいではないかね?

>読者層の高齢化が著しく、販売の低迷が続いたことから休刊を決断

普通、月刊誌にしろ週刊誌にしろ、読者と共に読者層が移り動くわけではない。

週間ジャンプ(ふ、古い!)を読んでいた小学生は、やがて、週刊プレイボーイ(ふ、古い!)を読み、朝日ジャーナル(もう存在しないよ!)を読み、文藝春秋もついでに読み、エロ雑誌に進み、日経ビジネスを読んで、海外に居るんでしょうがないから、英国のエコノミストでも読む、と、まあ、年代が進むにつれて、読む物も移り変わるわけだ。

この、

>講談社月刊現代休刊…読者の著しい高齢化で販売低迷

なんて、例えば、漫画週刊誌で言えば、

>●×社週間なんとか休刊…小学生読者の著しい高齢化(中学進学)で販売低迷

と言っているに等しい。

それともあれかね?

この雑誌は、ある一定の購買層と共に記事も老齢化して、その購買層の死亡率が高くなったから、販売低迷したとでもいうのかね?

ようするに、編集方針が時代に合わず、読まれなくなっただけだろ?

まあ、雑誌全体の販売が低迷、長期低落傾向にあるのは事実ですが、休刊の理由がおかしいね。


■人口構成の歪みが不動産暴落生む―中国の専門家
 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=593666&media_id=31
2008年8月30日、人口問題の専門家・何亜福(ホー・ヤーフー)氏によると、中国の不動産価格は人口構成比の歪みが原因で将来暴落する可能性があるという。「東方早報」が伝えた。

国の人口構成を14歳以下の年少人口、15歳~59歳までの生産年齢人口、60歳以上の老年人口に分けると、一般に生産年齢人口の割合が高いほどその国の経済発展に有利で、老年人口の割合が高いほど財政負担が重くなり、若年層の税負担が増加し、経済発展に不利になるといわれている。

中国では改革開放政策の開始以来、子供の数が減り、豊富な労働力の提供と高貯蓄を生み出し、経済の発展に大きく貢献してきた。しかし、こうした局面も老齢化と年少人口の極端な減少によって、2013年以降はこれまでのメリットがデメリットに変わると予想されている。

何氏は、こうした年齢の偏った人口構成比が不動産価格にも大きな影響を与えて来たと言う。中国では1960年代から70年代にかけて出生のピークを迎えており、この世代が90年代から結婚し始め、家の購入に積極的になった。これが不動産価格が98年から2007年まで上昇を続けてきた重要な原因のひとつだと分析している。

しかし90年以降新生児は減少し続けており、2000年の人口調査では0~4歳の人口は6897万人で、10~14歳の半分近くに過ぎない。このまま推移すると経済の発展に影響するだけでなく、結婚して家を購入する人口が大幅に減少し、不動産価格が暴落する可能性があると指摘している。

日本人に告ぐ146 - 狂ってないよ (2) 

■食品など9月も値上げ目白押し
 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=593076&media_id=4

>食品の値上げもまだ続く。

ふむふむ。

>ユニリーバ・ジャパン(東京)は「リプトン」などの紅茶を10年ぶりに値上げ。



10年も値上げしなかった(値上げできなかった!)の?10年も!給与が10年も上がらなかったらどうするのかね?

つまりだ、この「失われた10年」で、デフレばかりだったわけだ。

それがインフレ気味になったというのは、「失われた10年」を取り戻すということ。

これで給与が上がれば申し分ないのだが。。。上がらないねえ。。。_| ̄|○

>ミツカングループ本社(愛知県半田市)も食酢を最大14%値上げする。サントリーも缶入りビール類や「山崎12年」などの国産ウイスキーを値上げする。

上げろ、上げろ。どんどん上げて、日本を底上げ経済としないと内需など喚起できません。

え?需要が冷え込む?

あのね、消費者なんざバカなもので、最初だけだよ、買い控えは。むろん、生活に不必要なものはそりゃあ買い控えますが、必要消費財をいつまで買い控えられるというのかね?むろん、ケチるので消費は一時的に減るわけだが、そうそう生活態度など改まるわけがないだろうに。

さもないと、また、デフレに戻る。良い機会だ。デフレ経済などクソ食らえだ。

さて、

■どう考えても狂ってる! 原油高騰対策の非道ぶり
 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=593429&media_id=53

これを引用して、

■日本人に告ぐ145 - 狂ってないよ (1)

を書きました。要するに、

・(平成17年度に比べて)卸売り市場価格を20%程度上乗せすれば、漁業従事者の利益は平成17年度と同じになる。

ということ。もしかすると、平成17年度よりももっとA重油の価格が上がっているかと思いましたが、そうでもない。3倍弱。

だから、

・(平成17年度に比べて)卸売り市場価格を30%程度上乗せすれば、漁業従事者の売り上げは平成17年度と同じになる。

となります。利益じゃないね。売り上げだ。それの卸売価格の上昇なら、売り上げは上がる。

●産地水産物流通統計 (平成20年7月分)
 http://www.maff.go.jp/toukei/sokuhou/data/sanchi2008-07/sanchi2008-07.pdf
※http://www.maff.go.jp/www/info/bunrui/bun06.html#tsuki2より

この資料の1ページ「上場水揚価額上位10品目の上場水揚量及び卸売価格」、これを見て頂きたい。

水産物によってはばらつきはあります。しかし、平成19年度(!平成17年度じゃない!)に比べても、まあ、価格上昇はある。

●産地水産物流通統計 (平成17年7月分)
 http://www.maff.go.jp/toukei/sokuhou/data/sanchi2005-07/sanchi2005-07.pdf

これと比べると。。。う~ん、漁獲高にもよりますので、何とも言えないなあ。

しかしながら、

■どう考えても狂ってる! 原油高騰対策の非道ぶり
 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=593429&media_id=53

で言っている、

>「漁業団体によると、この状況が年末まで続けば、全国の漁師約20万人のうち8万人が職を失い、漁獲高が4割減るという最悪のケースも想定されるという。すでにスーパーの魚介類は倍近い値上がりを見せるところもあり、魚が、金持ちだけが口にできる高級食材になる日も近い」(経済部記者)

これは大げさなんではありませんかね?

、「燃油代/漁労収入(%)」というのは、流通業で言えば、、「燃油代/流通収入(%)」ですので、同じ事。とするとだよ、

>「流通団体によると、この状況が年末まで続けば、全国の流通業従事者約XX万人のうちX万人が職を失い、流通量がX割減るという最悪のケースも想定されるという。すでに流通価格はX倍近い値上がりを見せるところもあり、庶民が大八車で物流をする日も近い」(FRANK LLOYD変更)

とでもなるのかね?え?

■平成18年(度) 漁業経営調査
 http://www.maff.go.jp/toukei/sokuhou/data/gyokei2006/gyokei2006.pdf

これを見ると、

>主として漁船漁業を営む個人経営の漁労収入は908万円、漁労支出は649万円、漁労所得は259万円であった。また、漁労所得に漁労外事業所得を加えた事業所得は263万円であった。漁労支出の構成割合をみると、雇用労賃が19.3%と最も高く、次いで油費の19.0%、減価償却費の12.0%の順となっている。

となっており、個人経営体(全国1経営体当たり平均)、漁船漁業は苦しい。

だから、零細漁業従事者ほど苦しいのはわかる。燃料費が直撃するから。

しかし、これはいずこも同じ。市場デマンドがあるのだから、魚の価格を倍額にすればよろしい。

なにせ、日本の魚、非常に安い。もっと上げてもいいわけだ。

さて、

こんなブログも紹介しておきましょう。

◆石油高騰の問題
 http://openblog.meblog.biz/article/1189534.html

そうだ!もっともだ!

やっぱり、文系なんてのが評論するのとは違う。理系の視点だ。

素晴らしい!

日本人に告ぐ145 - 狂ってないよ (1) 

■どう考えても狂ってる! 原油高騰対策の非道ぶり
 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=593429&media_id=53

まずは漁協も、漁業権交渉はお得意だが、石油買い付けなどでの交渉はしたのかどうか?まったく、その話は聞かない。

漁業だけではなく、農業だって、あらゆる分野で石油価格高騰の煽りを受けているが、なぜ、漁業だけが特別なんだろうか?

よく、理解できない。

●我が国の漁船の燃油消費量
 Annual Fuel Oil Consumptions of Japanese Fishing Vessels
 http://nrife.fra.affrc.go.jp/reprint/technical/report30/c57(9-15).pdf

この論文の3ページ、Fig.3「漁船階層別燃油使用量」を見て頂きたい。

このグラフによると、平成17年度では、30トンクラスまでの漁船では、「燃油代/漁労収入(%)」は10%程度、それ以上のトン数の漁船では20%程度までになっていた。平成17年度の統計だから、それからA重油は2倍になったのだから、現在は、

・30トンクラスまでの漁船では、「燃油代/漁労収入(%)」は20%程度、それ以上のトン数の漁船では40%程度

とこういう予想になる。つまり、卸売り市場価格を20%程度上乗せすれば、漁業従事者の利益は平成17年度と同じになる。

ところが、末端市場価格は20%どころではないね?

どこにこの値上げの利益が回っているのかね?

この論文の4ページ、Fig.5「漁業種類別燃油使用量(家族型経営体)」を見て頂きたい。5~10トンで、漁の方式によって違うが、1000万円から3000万円である。むろん、一人では出来ない。複数人の収入。ただし、家族型経営体ですよ。で、燃油代は10~20%だった。これも平成17年の統計。つまり、家族型経営でも、

・卸売り市場価格を20%程度上乗せすれば、漁業従事者の利益は平成17年度と同じになる。

だから、FRANK LLOYDにはよくわからない。その程度の値上げは既になされている。それも卸売り価格でも末端価格でも。魚はどこに行ってしまって、値上げ益はどこに行ってしまったのか?

乗用車などの燃費、排ガスは盛んに研究されていますが、漁船用のディーゼルエンジンにその技術は転用できないのかな?

それから、昔に比べて燃料を使うようになってしまったのは、乱獲によって、ひとつの漁場で収入に見合う漁獲量を確保できなくなったから、漁場を次々と移動しなければ行けない、という自分で自分の首を絞めることもある。

単に、石油高騰で漁民の暮らしが悪くなった、生計が立たなくなったという構図ではないでしょ?

石油高騰で如実に見えてきた、省エネ努力をしなかった、漁協もエネルギー対策戦略を怠った、漁業量調整をせず乱獲した、こういう複合した要因があるのではないかね?

ま、消費者は一番割を食うよ。燃料代よりも高い割合でインフレになっているんだから。

で、日本の無エネルギー戦略、石油大手の思惑はお次ということで。


(気が向けば続く)


■どう考えても狂ってる! 原油高騰対策の非道ぶり
 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=593429&media_id=53
空前の石油高騰が、国民の暮らしをますます締めつけつつある。特に重油燃料だけを頼りに海へ繰り出していく漁師たちの生活は深刻だ。昨年まで1キロリットル6万円台だった重油はいま、2倍の12万円台まで跳ね上がる勢いで、漁師たちはついに行き詰まってしまった。7月15日、全国の漁船20万隻が一斉ストライキを行い、都内をデモ行進まで繰り広げる事態になり、これまでなんら対策を打たなかった政府関係者を驚かせた。

「漁業団体によると、この状況が年末まで続けば、全国の漁師約20万人のうち8万人が職を失い、漁獲高が4割減るという最悪のケースも想定されるという。すでにスーパーの魚介類は倍近い値上がりを見せるところもあり、魚が、金持ちだけが口にできる高級食材になる日も近い」(経済部記者)

この事態に慌てた政府・与党は7月末になり、漁業者に対して燃料代を補てんするため、総額745億円もの緊急支援策を発表したが、「高い重油代の一部を政府が肩代わりするだけの話で、疲弊しきった漁業界を立て直す根本策ではない。しかもこれだけの税金は結局、石油元売り会社に支払われることになり、実態は、儲けを増やしたい元売り各社への支援策ではないかとすらいわれている」(同)

確かに、このごろの政府の動きは、元売りを喜ばせるだけの政策に終始している。たとえば6月、甘利明経産大臣は中東を訪問して増産を働きかけ、これに応じたサウジアラビアが日量50万バレルの増産、クウェートも日量30万バレルの増産を約束した。これによって、ガソリンや重油の価格も一気に下がることを期待したもので、国民のためのエネルギー資源確保という当たり前の外交交渉だったはずだが、内実はとんでもない方向に向かっている。

「調達した石油は日本の元売り各社が受け取り、それを経済成長著しい中国などに輸出するんだよ」(経済ジャーナリスト)

元売り関係者によると、中国などのアジア地域は経済発展によってインフレ状態にあり、燃料油は日本国内より高く売れる。そこで、中東から仕入れた原油を重油生産に回さず、中国でよく使われる産業用の軽油や、灯油と同質のジェット燃料へと大量精製し、輸出するようになっているという。

「海外向けの石油製品は増産に次ぐ増産の態勢にあり、最大手の新日本石油なんか中国で現地会社との合弁会社まで立ち上げ、輸出強化策を打ち出している」(同)

このように元売りは輸出にばかり目を向け、国民が必要としている燃料は供給しないという信じ難い現実。そして、ここにきて税金まで投入し、元売りに金儲けさせるというとんでもないこの政策を放置しておいてもいいのだろうか?

ヰタ・セクスアリス8 

昭和51年8月4日(土) 3,160日前

「気持ちいい。。。」とヒイちゃんが言った。
「僕もそう。。。」と僕も言った。
 ・・・
「フランク?」とヒイちゃんが僕の腕の中で言った。
「なに?ヒイちゃん?」
「これで良かったのかな?」
「僕にはわからない。だけど。。。」
「だけど、何?」
「僕で良かったんだ、といつか思ってくれるとうれしい」
「よく、わからないけど、フランクで良かったと思うよ、私は」
「ありがとう」と僕は言う。

「でも、フランクは私のこと好き?」とヒイちゃんが起きあがって僕に尋ねる。「だって、フランクは『僕で良かったんだ、といつか思ってくれる』って言ったけど、それはひどいんじゃないの?未来を想定した過去形で言ってる。私達はお互い最初にキスをしたのよ。それって、エポックメイキングなことで、その後はその後ということなの?」
「そうじゃないよ。未来を想定した過去形なんて、ヒイちゃんに言われて初めて気付いたよ。そういう意味で言ってない。ヒイちゃんのことはとてもとても好きだよ。エポックメイキングだといっても、僕の、キミのそれぞれのエポックメイキングじゃない。僕らのエポックメイキングだと思う」
「でも、兄貴とよく言ってるじゃないの、『女の子はキスしてポイ』だって」
「今のはキスだけだった?それ以上じゃなかった?」
「。。。そうね、そうよね。。。でも、キス以上だったけど、最後までじゃない」
「それは。。。でも、キス以上だろ?」
「フランクは女の子とキスしたことがあるでしょ?ウソついたでしょ?」
「。。。ある」
「誰と?」
「ホラ、あの双葉のあの子と」
「ひどいヤツねえ。でも、それ以上いったの?」
「いかない。山下公園で、ちょっとキスしただけ。ちょっとだけで、ヒイちゃんの今のとは全然違う」
「まだ、つき合ってるの?」
「時々だけどね。。。」
「もう、つき合わないでね。私とだけよ」

僕は思うのだけれど、女の子というのはあなどれない。17才で、もう僕に抑制をかけるのだ。所有を要求するのだ。「わたしだけ、わたしだけよ」なぜなんだろう?なぜそういうのだろうか?こんなに僕らは若いのに。僕には経験がなさ過ぎたのだ。妹のようなものだとばかり思っていたが、彼女の方が1枚も2枚も上手の、大人だったんだ。

「ヒイちゃんとだけだね。ヒイちゃんとだけだ」
「本当ね?」
「本当だよ」

急にヒイちゃんは抱きついてきた。唇を求める。息が熱い。

「本当なのね?」とヒイちゃんが尋ねる。
「本当だよ」と僕は答えた。
「私をあげるわ、フランク。抱いてよ」

僕もヒイちゃんも初めてだったから、よくわからなかった。だけど、こんなことは誰かに習うものじゃない。自然に出来てしまう。ヒイちゃんはずいぶん痛みをこらえた。だけど、僕が終わった後、彼女はまた僕に尋ねた、「私だけよね?」と。

「ヒイちゃんだけだよ」と僕は答えた。

「私をあげるわ、フランク」と彼女は言ったけど、僕は何かをもらったんだろうか?僕はヒイちゃんに何かをあげたんだろうか?

外が薄暗くなってきた。「パパとママと帰ってくるのは9時頃?」と僕はヒイちゃんに聞いた。
「たぶん、その頃だと思うけど、わからない」何かを考えている。「そうね、フランクは今日はもう帰った方が良いと思うわ」とヒイチャンが言う。どちらが年上かわからない。
「シーツが汚れちゃったけど」と僕は言う。
「大丈夫。何とかする」とヒイちゃんは言う。

僕は、彼女が「大丈夫。何とかする」というのに引っかかった。何か、悪いことをしたような気がした。「ヒイちゃん、これって僕は泥棒猫のような気がするんだけど、気のせいかな?」と僕は言った。
「そうじゃないわよ、フランク。あなただけが泥棒猫じゃないの。私たち、犯罪の共犯者なのよ」とヒイちゃんが僕の目を見て笑って言った。すごく素敵な笑顔だった。でも、犯罪の共犯者。そういうものなんだろうか?

僕らは、服を着て、ベットシーツをはがした。「新しいシーツをかけるから手伝ってね」というヒイちゃん。一緒にベットメーキングをした。

玄関で、「じゃあ、帰るよ、僕は」と僕が言う。僕は玄関の土間に立っているので、ヒイちゃんの目線の方が僕よりも高かった。
「キスして、フランク」とヒイチャンが言う。

僕は彼女にキスをした。僕は軽いキスのつもりだったけれど、彼女は舌をいれてきた。早く帰れと言われたり、ディープキスをしたり、女の子は実にわからない存在だ。

「電話してね」とヒイちゃん。
「わかった。家に帰ったら電話するよ」と僕。

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23rd March, 1979 (Fri) before 2,202 days

 絵美のお母さんは、オチャアチャマに似ている。でも、抜けているようでいて、ちゃんと聞くのだ。僕の背景、僕の希望、僕の今を。30分もいろいろなことを話しただろうか。僕は、地のままを押し出していればよかった。別になんらの脚色も必要ない。

「お母様、もう品定めは終わりましたか?」と絵美がいう。
「まあ、品定めなんてとんでもない。あなたが連れていらっしゃる方ですからね」と絵美のお母さんが言った。
「じゃ、面接はここまで!満足した?」と絵美。
「何を言っているの?この子は?フランクくん、おかしな子なんだから。。。」とお母さんが僕を見て言う。
「いや、僕はなんとも。。。」と僕は言う。
「じゃあ、フランク、私の部屋へ行こう。お母様、それでは」と絵美が言う。
「フランクくん、ゆっくりしていってね」とお母さんが言った。

 僕は、絵美に手を引かれて、応接間を出て、2階に上がった。絵美の部屋は、突き当たりの角部屋だった。ドアの左手にアップライトのピアノが置いてあった。壁は、本棚でぎっしりと埋まっていた。「フランク、そこに座って」と絵美は机の椅子を指し示した。絵美はベットに腰掛けた。

「どう?面食らったでしょ?」
「そうでもないよ」
「私が家に連れてくる男性は、一応面通しをしておくのよね。一種のゲームなのよ、彼女と私の」
「それはどこの家庭でも一緒だよ、娘の連れてくる相手なんだから」
「で、敵は、誰を連れてきて、誰を連れてこないか、その裏を探るのよ」
「おいおい、僕は安全パイのミセ札なのか?」
「まさか。フランクは、ちゃんと紹介しておきたい相手に決まっているじゃない?」
「ありがとうと言っていいんだろうね?」
「難しい問題なのよ。単に、相手が私にとって『いい人』というだけでは通用しないらしいのね?やっぱり、バックグラウンドが気になるらしい。どこの高校出身で、どこの大学に通っていて、身なりはどうか、受け答えはどうか。面倒なことおびただしいわね」
「絵美のことが心配なだけじゃない?」
「おいおい、フランク、私は21才よ。心配するというのは信用していない証拠よ」
「まあ、絵美も母親になればわかるんじゃないの?」
「母親になればね、もしも」
「もしもね、もしも。そんな先のことがわかってたまるかね?」
「そうよね、わかるわけないわね」

「ねえねえ、フランク、私のチェロ、聴く?」と彼女がうれしそうに僕に聞いた。
「絵美はチェロも弾くの?」と僕が聞くと、
「ピアノよりもね、チェロの方が好きなのよ、私」と絵美が言う。

 彼女は立ち上がって、僕が気付かなかった押入のドアを開けて、「ヨイショ」と言うと、チェロのケースを引き出してきた。低いチェロ用のチェアも押入から引き出した。ケースを開けて、チェロを出した。エンドピンを装着して、ボー(弓)を持った。

「何を聴きたい?」と絵美が尋ねる。
「僕は、チェロというとカザルスしか知らないけど。絵美は何が好きなの?」
「カザルスの『白鳥の歌』も難しいわね。まだ、練習が足りない。練習が足りないのではバッハも同じだけれど、無伴奏組曲ならちょっと弾けるのよ。聴きたい?」
「もちろん、聴きたい」と僕は言った。
「組曲の1番から3番目まではまだ弾けるの。でも、それから後はダメ。1番のG Majorだけ弾いてみるけど、いい?」
「いいよ、やってみて」

 彼女は目を閉じて、流れるように弾きだした。力強く右腕の肘を突き出し、引き入れ、自由自在にボーを操っている。すごく気持ちが良さそうだ。20分に満たなかったが、僕の正面で僕だけのために演奏してくれる彼女の演奏は素晴らしかった。彼女は、何もしなくても気品と自信に満ちているが、何かをする時の彼女は、気品と自信が増すのだ。

「気持ちいいわ。。。」と絵美。
「僕もそうだ。。。」と僕。

 まったく別のシチュエーションで、まったく同じことを別の女の子と僕が言った覚えがあったような気がした。気のせいかもしれない

ヰタ・セクスアリス7 

昭和60年4月1日(月) 0日 27才
1st April 1985(Mon) 0 days 27 years

 僕はエアランカ102便の機上にあった。成田空港からスリランカのカツナヤケ国際空港までの直行便だ。シンガポールで1時間給油のために立ち寄る。飛行時間は12時間だ。

 スリランカというのはどういう国なんだろう?事前に何も調べなかった。プロジェクトの図面を眺めただけだ。紅茶で有名なセイロンという島である以外、僕には無意味な国だ。おき残してきた日本という国も、ある意味では、僕にとっては無意味な国だ。あらゆる国が無意味だ。僕にとっては符号にしか過ぎない。

 僕は成田空港で買った日経新聞を開いた。

「日本電信電話公社(電電公社)が日本電信電話株式会社(NTT)に、 日本専売公社が日本たばこ産業株式会社(JT)に民営化」

 なんなのだろう?電電公社がNTTに、専売公社がJTになった。それがどうしたのだろうか?ある符号が別の符号に変わったに過ぎないのだ。今、乗っているこのUL102便といのも符号だ。この12Cなんて座席番号も符号だ。ボーディングパスに書いてある"FRANK LLOYD, MR"という名前も符号に過ぎない。1週間前に僕は27才になったが年齢だって符号なのだ。

 僕が投げ捨ててきたものすべてが符号と化す。僕の触れたものすべてが符号になる。符号と符号の関連性などないのだ。非記号論理学だ。記号論理学は、言葉を、文字や記号の列で表して、その変換について研究する。非記号論理学は、言葉を、文字や記号の列で表すが、なにも、なににも変換しない、研究すらしない。僕が今まで生きてきた9,827日の人生なんて、非記号論理学そのものだ。

 そして、べつの人間が僕を研究する。これは僕にとっては被記号論理学だ。記号論理に組み込まれてしまう。ヒルベルト空間内に僕は閉じこめられている。完備な内積空間、内積の定義されたベクトル空間。その内積から導かれるノルムによって距離を入れると、距離空間として完備となるような位相ベクトル空間になる。フォン・ノイマンだ。シュワルツの不等式、三角不等式、中線定理。量子力学における状態あるいは固有関数はヒルベルト空間上の正規化されたベクトルだ。

 フランク、西暦なら80年代だが、昭和に直すと60年だ。もう、昭和50年代のバカ騒ぎは終わったのだよ。正気に返らないといけない。堅実に働かなくてはいけない。量子力学も、地球物理学も、心理学も、役に立たない。役に立つのは、四則演算くらいだ。微分も積分も必要ない。騒音計算で、Logが出てくるくらいだ。自然対数すら必要ないのだ。

昭和57年5月14日(金) 1,053日前

 僕は今年技術系の会社に入った。建築会社で、空調というものをやる会社だ。冷暖房設備工事という。普通の人はまったく気付かない部分の仕事をするのだ。僕らの行うことはすべて天井裏に隠れていたり、建物の機械室の中だったりする。建物に入った人間は、そんなものがあるなど想像もしないだろう。だけど、僕らの仕事がうまくいっていないと、建物に冷房も暖房もないわけだ。夏は暑く、冬は寒い。見えないけれども大切な仕事。

 僕は、そういう会社でも研究所があるので、研究所勤務を申し入れた。会社の取締役という人は、「考えておく」と言った。社会に出て、「考えておく」なんて言われたら、それはその内将来のいつかもしかしたら実現するかも知れないはかない可能性である、という意味なんだ、ということに気付くのは数ヶ月経ってからだった。

 社内研修が終わって、配属ということになり、僕を迎えに来たのは、現場所長という人種であった。つまり、いわゆる工事現場の監督というやつだ。僕は、工事現場とやらいうところにやらされて、朝は8時にお茶くみをし、図面を手で書いて(パソコンなどという物はまだ存在していない)、それを酢酸やアンモニアを使った青焼き機(コピーマシンなんてない)で焼いて、作業現場に持っていって、図面通りに配管とかダクト(冷風や温風を通す亜鉛鉄板製の矩形の風洞)が施工されているかどうかを見て回る。職人さんと打ち合わせをする。5時になると、現場所長が酒を飲み出すので、酒の支度をし、現場所長や下請けの親方が賭博をするのを傍目に、図面を書く。たいがいが、午後10時くらいまで残業だ。

 僕は、会社という物は、背広を着て、午前9時から午後5時まで机に座っているとばかり想像していたので、かなりビックリした。しかし、これなら、研究室だって同じだ。いつも、工具を持って、センサーを設置したり、波高計という海面の高さを測定する機械をかついで、日本全国の湖や湾を回ったりしたがそれと似たようなものだ。

 違うのは、大学の研究室では、微分積分、常用対数や自然対数が必要だが、工事現場は必要がない。四則演算なのだ。幅と長さ、高さがわかればよろしいということ。二乗とルートは使う。面積計算があるからだ。それをみんなそろばんや計算尺で計算する。たまに、カシオの計算機を使って計算している人もいる。

 僕は給与が思いの他出たので、ヒューレットパッカードのプログラム計算機を買って、それで計算式をプログラムして、配管やダクトの計算をしていた。

 現場所長の有明さんは、現場で博打をしたり、日曜勤務の時は府中の競馬場に行ってしまったりするのだが、思いの外親切な人だった。もちろん、現場監督だから地下足袋ははいていない。(ゼネコンと呼ばれる建築会社の所長の中には、一部上場企業の社員のくせに地下足袋をはく人もいるのだ)僕らは、靴の先端を鉄板かこってつま先を保護する安全靴というものをはくのだ。

 有明さんは、昨年バングラディッシュという国の建築現場を終えて、日本に帰ってきたばかりだ。だから、英語が多少出来る。バングラディッシュから研修生が日本に来ていて、彼と英語で話しているのを見て、現場ではチンチロリン(湯飲みにサイコロをしれて転がす賭博だ)をやっている姿とはちょっと違うのを見て驚いてしまった。

 有明さんは、バングラディッシュで運転免許証を買ってきて(免許証は外国では買えるのだ。9000円で買ったと言っていた)、日本の免許に書き換えたそうだ。でも、買ってきた免許証なので、運転した経験はない。それで、日本でスバルのポンコツを買って、自宅から時速50キロで日曜日などは現場に来ていた。

 日曜日に僕が帰ろうとすると、有明さんが「フランク、駅まで乗っけていってやる」という。僕は、ありがとうございます、と言ったが、内心怖かった。

 有明さんと僕がスバルに乗り込む。有明さんがエンジンを始動する。クラッチをつなぐ。アクセルを踏み込む。動かない。スバルは振動するのだが動かない。有明さんはおかしいな、おかしいな、と言っている。僕は、どうにも悪い気がしたのだが、「有明さん、ハンドブレーキが。。。」と言った。有明さんはばつの悪そうな顔をして、「おお!そうだな!ハンドブレーキがかかっていては、動かないな」と言った。府中の駅まで行く間は、ちょっと恐ろしかった。有明さんも怖かったに違いない。

 ある日、有明さんが、僕がHPの計算機で計算をしているのを目にとめた。

「フランク、そりゃあ、なんだ?」
「有明所長、ヒューレットパッカードのプログラム計算機ですよ」
「それで何をしている?」
「計算尺よりも正確なので、プログラムして、配管の口径計算とダクトのサイズ計算をしています」
「おまえが作ったのか?」
「プログラムのことですか?ええ、作りましたが」
「レイノルズ数の計算とか面倒だろうに」
「それほどでもないですよ」
「ふ~む、最近は便利な世の中になったな。じゃあ、フランク、それで騒音計算は出来るか?」
「出来ますよ。オクターブバンド毎に測定して、合成するあの計算でしょ?簡単ですよ」
「対数を使うんだぞ」
「簡単ですよ」
「ふ~む、だったら、講堂とスタジオの騒音計算をやってくれるかね?」
「わかりました」

 四則演算以外の計算をするというのは久しぶりだったが、もう足し算引き算には飽きていたので、ちょうど良かった。講堂とスタジオの騒音計算を監修しているのがNHKの技術研究所だった。NHKの担当者は30才前半くらいの技術主任の女性で、名前を小川さんと言った。

 現場に来る時、小川さんは、白衣を着てくる。クレオパトラのような髪型、長身で、TVの司会者の楠田枝里子に似ている。有明さんから指示されたので、小川さんが現場に来て打ち合わせをする相手は僕となった。小川さんは、丁寧に、騒音の測定ポイントを僕と見て回った。

「ロイドくん、ここでは壁に近接しすぎだから、騒音値がうまく測定出来ないわ。もっと座席に近い方がいいようよ。それから、パイプオルガン周辺の測定、これは同時に温湿度も測定しておきたいの。温湿度によってどの程度騒音値が変化するか、ちょっと論文に書きたいのね。これは、私の個人的な論文なんだけど、手伝ってもらえるかしら?」
「問題ないですよ。本社から毛髪温湿度計を持ってきて、連続測定します。僕が、温湿度値を読みとって、お渡し致しますよ」
「わあ、うれしいわ。ところで、ロイドくんは、建築会社の現場の人間にしては詳しいのね?」
「専攻は物理なんですよ」
「ああ、道理でね。どこの大学?」
「理科大です」
「あら、私も理科大よ」
「へぇ~、先輩ですか」
「飯田橋?野田?」

僕の大学は飯田橋と野田にあった。物理科の場合、「飯田橋?野田?」と聞くだけで、理学部か工学部かだいたいわかるのだ。

「飯田橋です」
「あら、一緒ね。私もダバシよ。物理科だから、本当に後輩なのね」
「奇遇ですね」
「本当に奇遇だわ」

 小川さんとは、それから、仕事の話の合間に大学の時のこと、物理の話をするようになった。

ヰタ・セクスアリス6 

28th July, 1979 (Sat) before 2,075 days

 僕は京浜東北線の浜松町駅の改札口にボォ~と立っていた。暑い。それに午後も遅いというのに、駅は人の群れでごった返していた。酔客ではない。竹芝桟橋から、新島・式根島行きのフェリーの乗客の一団なのだ。

 それにしてもすごい人数だ。改札口から続々と竹芝桟橋方面に向けて歩いている。ほとんどが僕と同世代の若者。バックパックを背負っていたり、ボストンバックを持っていたりする。男女同数のグループ。女の子2、3人の集団。男性3人の集団。取り合わせはさまざまだ。

 そういう光景を見ていると、背後から声を掛けられた。

「おい、フランク、待ったかい?」と秀樹がいった。
「いいや、5分前に付いたばかりなんだ」と僕は答えた。
「じゃ、それほど待たなかったな。よぉ~し、まだ乗船時間までには間があるぜ。その間に女の子を調達しておこう」と秀樹はいった。
「おいおい、そういう話か?新島に行くのは泳ぎに行くだけじゃないのか?本当に処女あさりなのかね?」
「バカモン、平凡パンチに書いてあったのは、いまや、新島、式根島は処女の血で海が真っ赤と書いてある。それを実地に見聞しに行くのだよ、フランク!」

 秀樹は大学の同級生だ。たまたま同じ日に美術部に入部して以来、コンビを組んでいる。僕はノンポリだが、秀樹の思想は左翼だ。資本主義が嫌いである。親のすねをかじっていて、資本主義が嫌いも何もないもんだと僕は思うのだけれど、秀樹にいわせると、そういうアンチ階級闘争的考えはいけないそうだ。なるほど。

 秀樹はサーフィンをやっていて、髪の毛が潮焼けしている。茶色に変色していて、ナチュラルで縮れ毛だ。目はクリクリと大きく、口も大きい。体格は僕と同じ、やせ形で、頭が小さく、8等身。格好は、この80年代そのもの。僕も同じ。Tシャツ、長髪、ベルボトムの薄汚いジーンズをいつもはいている。

 秀樹の思想は左翼なのだが、下半身はどうでもいいらしいようだ。僕が見るに、可愛い男の子好きの年増(といっても1才年上)の、パッとしない美術部の知子先輩とつき合っている。やたらと語尾を延ばして、「エ~、ほんとぉ~?」を連発する女性なのだが、どうも童貞を捧げたようで、つかまってしまっている。卒業したら結婚しようね、といわれているようで、オエと思う。そんなに早く決めてしまってどうするんだろうか?

 その秀樹が夏休み前に僕に耳打ちした。

「おい、フランク、新島に行ってみようよ。処女がわんさかいるらしいよ」とこういった。
「秀樹、おまえ、知子がいるだろう?」
「知子は知子。だいたい、知子は処女じゃなかった。やっぱ、処女とはどういうものか、俺は知りたいんだよ」
「あのね、僕の経験では、処女はうるさいだけで良くも何ともないんだよ」
「おまえは処女と経験しているからそういえる。俺は経験していないんだ、処女なんて。ちょっとつき合えよ」
「やれやれ、しょうがないなあ。知子にばれても知らないぞ」
「ばれるもなにも、おまえと俺とで新島に旅行するとだけいっておけばいいじゃないか?」

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 ヒイちゃんの友人の母親は、みんな彼女のことをオチャアチャマと呼んでいた。オチャアチャマの家は、京浜東北線の石川町の駅から元町の方に歩いていって、麦田のトンネル-僕らはこう呼んでいたが、正式には山手トンネルというのだそうだ-の横を坂を上っていった中途にあった。もちろん、今でもあるはずだ。

「・・・フランク、だから私、外出するときは誰かについて行ってもらわないといけないのよ」とオチャアチャマは言う。「だって、切符の買い方がわからないじゃない?」

 もちろんそうだ。麦田のトンネルの横の坂を上ったところに住んでいて、学校だってその坂をさらに上ったところにある女子校の出身だから。結婚前だって、いまの家からあまり離れていないところに実家はある。そういう家の奥さんは電車なんか乗りはしない。関内までショッピングに行くのだって、旦那さんが車で送っていくか、タクシーであろうし、上野の文化会館に行くのだって車だ。かといって、東京などという所にそうそう頻繁にオチャアチャマが出かけるわけはない。誰かがコンサートや展覧会に誘わない限り、彼女は横浜を、中区を離れないだろう。

 幼稚園、小学校、中学校、高校から大学まで一貫校などという学校組織を卒業した女性はみんなこのようになるか、道を踏み外すかどちらかだ。間違っても、ごくごく普通の家庭に収まるわけではない。絵美の母親もオチャアチャマと同じ道を歩んでいるらしい。

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23rd March, 1979 (Fri) before 2,202 days

「家に来る?」と絵美がいう。「何もないけど母がいるわ」とまるで、上野動物園のパンダを見に来いというように彼女がいった。
「何もないけど母がいるわ、といういい方、何か特別なのだろうか?」と僕がきくと、
「そうじゃないけど、私の母は見応えがあるのよ」と絵美がいう。
「いいよ、喜んでお邪魔させてもらいます」と僕。
「じゃあ、こんどの日曜日はどう?」
「オーケー、午前?午後?」
「午前中から夕方まであけておいて」
「了解」

 絵美のお母さんはにっこり笑って迎えてくれた。白のタートルネックのセーターにカシミアの上着を羽織っていた。

 ほとんどの母親というのは、娘の男友達を品定めするものだ。品定めで言葉が直なら、面接である。にこやかに微笑むけれども、服装、髪型、ちゃんと風呂に入っているかどうか匂いと、それから、挨拶、姿勢、態度とそれこそ無数のチェックポイントを複雑なオリエンテーションをこなすように通過しなければいけない。

 その点、僕はそのようなオリエンテーションに慣れている。

 幸いにして、それらのチェックポイントは合格したようだ。僕はといえば、爪は習慣的に切る。タイプライターを打つのに邪魔なのだ。必ず毎日入浴する。外出するときは、それに加えてシャワーも寸前に浴びる。着る物もたいがい従兄弟のお下がりだが、彼の趣味で、VANのジャケットとかキャメルのジャケットとかも持っている。今日はVANの紺のジャケット。イエローのボタンダウン、クリーム色のチノパンツ。それに赤坂で降りて、TBSのトップスで、チーズケーキとチョコレートケーキまで買ってきている。花はあまりにやりすぎだから買わなかった。

 今から考えると、あの頃のトップスのチーズケーキはおいしかった。今のように大量生産をして、どのデパートでも売っているというものではない。チーズの質、適度なレモンジュースの配合で、格段においしかった。

 玄関を抜けると、十二畳ほどの洋間があって、そこで紅茶と持ってきたケーキをいただいた。

「フランクくんはずっと横浜?」
「生まれも育ちもそうです。目白の人にいわせると、言葉が訛っているそうですね?」
「あら!だれがそういうことをいうのかしら?」
「目白の人」と僕は笑いながらいった。「横浜の人間は、言葉が語尾で尻上がりになるという指摘があります。僕はそうは思わないのですが・・・」
「お母様、もう品定めは終わりましたか?」と絵美がいう。
「まあ、品定めなんてとんでもない。あなたが連れていらっしゃる方ですからね」

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6th October, 1979 (Sat) before 2,005 days

 中禅寺湖畔は秋の抜けるような青い空が広がり、でも紅葉には多少早い季節だった。いつもなら大学の同級生の沼田と一緒に奥日光を駆け回るのだが、今日から数日は絵美と一緒なので、足弱さんではまさか峰から峰を走るわけにもいくまい。中継地点は日光市内の沼田の実家。ここで食料を仕入れた。中善寺湖畔までは沼田のシビックで送ってもらった。

 絵美も僕も黒のとっくりセーターにリーのストレートジーンズという出で立ちだ。ペアルックを狙ったわけではないのだが、ふたりとも着るものの好みが同じだから仕方があるまい。僕らはニジマスの養魚場の脇から山道を上がっていく。

「イイ天気よねえ、都会でピアノを弾いてくすぶっているよりは、山の中を歩いていた方がずっとイイわよね!」と絵美は腕をグルグル回しながら大声で言う。いい気なもんだ。食料も調理器具も飲み物も僕が背負っていて、自分はシュラフとあとちょっと小品を運んでいるだけなんだから。

「今日は10キロぐらい歩いたらキャンプ場で野営しよう。そのくらい平気かい?」
「10キロぐらい何でもないわよ。」
「ゆっくり行こうぜ。今日の野営地でちょっと夕陽を撮りたいんだ。日暮れまでは時間があるからあせる必要はないさ。」

 木洩れ陽が木々の間から射し込んできて、それが絵美の顔を明るく照らす。チンダル現象だな、なんてつまらない言葉が浮かんでくる。杣道(そまみち)なので、絵美と並んで歩くことはできなかった。

 10年ほど前、僕が中学生の頃はテントは重い防水綿製で、それこそ重量10キロなどという代物だった。その防水たるや、雨が降ってテントの内側に触れるとそこから雨漏りするので、怖くてテントに触れる事もできない。ところが、今はターポリン生地の軽いテントなので、数日のキャンプをするにも、ドーム型3キロのテントを背負ってどこにでも行ける。僕は、ピン型のペグを手早くテントの四方に打ち込んで設営を終わらせた。

「ひぇー、やっと終わったぜ。」
「案外簡単なのね、テント張るのって。。。」ちょっと、僕は別のことを考えてしまって、頬が赤らむ。夜だし、たき火の明かりだけだからわからないのだろうが。

「これくらいのキャンプならこんなテントで十分なんだ。」と僕は絵美の横に座りながら言った。

 あの頃の僕は、175センチの背丈で体重は58キロだった。だけど、今よりもずっと耐久性があったように思う。リュックサック(バックパックなんて言葉がなかった時代なんだ)にブロックベーコンや缶詰やハイキング用の諸々の品を詰めて、サントリーの角瓶をアルミのスキットルに移し替えて、スケッチの道具と、ニコンF2と交換レンズ、エクタクローム64を山ほど抱えて、それで、奥日光を3、40キロかけずり回っても平気だった。

 絵美は、夕食の支度を終えて、ぼんやりとたき火を見つめていた。支度と言ってもお湯を沸かしただけ。料理は僕の方が慣れている。ポテトと玉葱とベーコンを軽く炒める。沼田にもらったニジマスをアルミ箔で包んで、たき火に投げ込む。粉末スープを作る。簡単だ。

「フランク、器用なのね」
「絵描きはそういうもの。ピアノを弾く人間はやっちゃあいけない。指を傷つける」
「プロになるつもりはないのよ」
「あくまで心理学というわけ?」
「そう、心理学。でも、どうなんでしょうね?そういうのを何もかも放り投げて、結婚してしまうという手もある」
「そういう手もある。確かにある」僕は絵美の顔を覗き込んだ。「でも、絵美には出来ない?結婚して、いい奥さんになって、家庭を守って。。。それは出来ない?」
「うん、出来ないわ」と絵美は言った。

急に「フランクは世界中で誰が一番大切だと思う?」と彼女が僕に訊いた。ふつう女の子がこういう質問をする時には、男の目を見ない。だけど、彼女は枯れ枝を適当に振りながら、僕の目をじっと見つめて尋ねてくるのだ。

「答えなくてもいいの。私はよくわかっているわ。あなたも私も最も大事だという人はまず自分自身だということ」
「それは絵美、違うんじゃないかな?僕は思うんだけれど、世界中で誰が大切という問いかけは困る。なぜ困るかというと、大切という意味が状態によって違ってくるから」
「そう思う?本当にそう思う?」

僕はそう思わなかった

ヰタ・セクスアリス5 

17th February, 1979 (Sat) before 2,236 days

 絵美の期待した時でも、場所でもなかったけど、その日から、僕は絵美とつき合うようになった。

 僕は恋をしたのだ。たぶん。

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 僕はときどき思うのだが、表現というのは変なものだ。いや、表現なんていうと、やけにおおげさな言い方に聞こえるが、表現だからしょうがない。

 例えば、ロバート・B・パーカーが彼の小説の中でこのような表現をしたとしよう。

「私とスーザンはボストンの市場でホール・ホイート・ブレッドのサンドイッチを買った。ミディアムレアのローストビーフ、スライスト・オニオン、トマト、ホースラディッシュ、レタス・・・」

 これだけを読むと、相当たいしたサンドイッチに聞こえる。ホール・ホイート・ブレッドは、"a whole wheat bread"だ。要するに無漂白の全粒小麦パンだ。味も素っ気もない。その他の素材も同じだ。明治時代風に書くと、

「私とスーザンは波士敦の市場で無漂白全粒パンのサンドイッチを買った。半生の牛肉の切片、、薄く切った玉葱、トマト、西洋山葵、レタス・・・」

 表現というのは変なものだ。

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 若造やションベン臭い娘は、人生は無限の可能性を秘めていると考えている純粋無垢な人種だ、と通過儀礼を済ませた大人は考える。嘘っぱちであることを本人は忘れている。思い出せないのだ。通過儀礼をパスする前の不安、焦慮、切迫感を自分が持っていたことを忘れている。

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19st March, 1979 (Mon) before 2,206 days

 僕は来期の授業日程を調べるために大学へ来ていた。学部事務室に寄り、日程を手帳に写し、腹が減ったので学食で飯を食っていた。百二十円のカツカレー定食。まずい。が、外で食べるよりは安い。

 急に後ろから肩を叩かれた。

「ハイ、フランク」

 声だけで誰だかわかる。絵美だ。僕が学食で飯を食っているのを知るヤツは部室にいた連中だ。だから、彼女は部室によって、僕の居場所を聞いたはずだ。なぜ今日僕が大学にいるか知っているのか?もちろん、実家の母に電話で聞いたに違いない。居るか居ないかわからないのに(だって、用事が済んですぐ大学を出ることだってあるだろう)大学に来て、部室を覗いたということは、今日はつき合って欲しい理由があるに違いない。それは何かはどうでも良い。でも、理由はわかる。猫だからだ。あとは、右か左かだ。彼女のコロンの匂いがする。左だ。

「ふむ、それで、調べものがあるから、神田の本屋に一緒に行って欲しい、ということか?」と僕は顔をちょっと左に向けて、覗き込もうとする絵美にいった。
「ちょっと、なぜ驚かないの?なぜわかるの?」
「猫だからだよ。猫は驚かない。犬は驚く。しかし、好奇心は猫を殺す。わかる?」
「癪に障るヤツねえ」と隣の安っぽいプラスチック製の椅子に座りながら彼女はいった。
「しょうがないじゃないか。僕はそういう反応しか出来ない。絵美だって同じだ、驚かないことでは同じだ」僕はまずいカツカレーを食べながらいった。

 学食のTVでは、宮崎美子がミノルタのコマーシャルをやっていた。木陰でTシャツとGパンを脱いでいって、最後にビキニ姿になるあれだ。健康的な女の子だ。僕よりも9ヶ月年下らしい。

『いまのキミはピカピカに光って~』

 知り合いの学生が通り過ぎる。僕は目顔でうなずいて挨拶した。知り合いは絵美を珍しそうに見ていった。そう、理工系の大学で女性を見かけるのは大変珍しい。薬学部にはたくさんいるが、別の校舎だ。ひとクラス一人女性がいればいい方だ。ひとりだからその偏差は大きい。

 絵美は非常に人目をひく。長い髪、高い鼻、長い脚、美しい手。大きな眼。背筋の伸びた上体、妖精のように先のとがった長く大きな耳。宮崎美子とは違う。

 TVは続いて、サンヨーのコマーシャルをやっている。「シルクロード」というカラーテレビのCMで、曲は去年の十月ぐらいから流行っている久保田早紀の『異邦人』という歌だ。

 …
 過去からの旅人を 呼んでいる道
 あなたにとって私 ただの通りすがり
 ちょっと振り向いてみただけの異邦人
 …

 この歌詞の「私」は異邦人だ。寂しさを抱いた異邦人。通りすがりの異邦人。だけど、絵美はこういう異邦人とは違う。寂しさなど感じないようだ。僕は異邦人がたまたま振り向いたのを見たその土地の猫。

 TVニュースがジミー・カーターのモスクワオリンピックボイコットなどと報じている。

「それでつき合ってくれるの?くれないの?」と絵美がいった。「神田の本屋でユングの著作を探したいの・・・」
「もちろんつき合うよ。わざわざ家に電話をかけて、部室まで行って、学食までたどり着いた行動に報います」
「フランク、なぜ、私があなたの家に電話をかけて部室に行ったことがわかるの?」
「たんなる想像だよ」といって僕は立ち上がった。「さあ、行こうよ、神田に。帰りに酒でも飲もうよ」
「そう、つき合ってくれるの。ありがたいわ」と絵美はいった。「お礼に山の上ホテルでウィスキーをシングル一杯だけごちそうしてあげる」
「うれしい話だ。そのあとの数杯は僕のおごりなんだね」
「もちろんよ、王子様」
「やれやれ」

 僕らは学食を出て左に曲がり、神楽坂を下って飯田橋の駅の方に向かった。

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 例えば、「私」という一人称の漢字がある。その読み仮名は現代ではふつう「わ・た・し」だけれど、絵美は、「私」という漢字を相手に意識させないで、でも、ハッキリと「わ・た・く・し」と発音するのだ。「私」と言う時はいつも相手の目を見つめる。絵美が中禅寺湖湖畔で、たき火を枯れ枝でかき寄せながら僕に話した時も同じ「わ・た・く・し」だった。

「フランクは世界中で誰が一番大切だと思う?」と彼女が僕に訊いた。ふつう女の子がこういう質問をする時には、男の目を見ない。だけど、彼女は枯れ枝を適当に振りながら、僕の目をじっと見つめて尋ねてくるのだ。

「答えなくてもいいの。私はよくわかっているわ。あなたも私も最も大事だという人はまず自分自身だということ」
「それは絵美、違うんじゃないかな?僕は思うんだけれど、世界中で誰が大切という問いかけは困る。なぜ困るかというと、大切という意味が状態によって違ってくるから」
「そう思う?本当にそう思う?」

 彼女は決っして迷わなかった。絵美は絶対に断固として「私どうしたらいいのかしら?」などというセリフをいいだしはしなかった。

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ヰタ・セクスアリス4 

昭和54年8月4日(土) 2,068日前

けっきょく、僕はヒイちゃんと寝た。

でも、こういう所有したい、所有されたい、という関係はイヤだ。

海外にでも逃げ出すしかない、とふと僕は思った。

脳裏をよぎったのは、青い海、白い砂の南国の島だった。

しかし、南国の島に行ってしまうのは、まだまだ6年も先の話だ。

僕は、いろいろとがんじがらめになってしまったようだ。

東京では、非常に複雑で繊細な女の子が待っている。横浜では、古い世界に取り込まれた傷つきやすい女の子が待っている。どうすればいいのか、僕にはわからなかった。

しかし、大学では、順調に単位を取得していった。学問なら手練手管は要らない。直球で学んでいくだけで済む。相対性理論、量子力学、物性物理、地球物理、集合論。誰にも会わずに、図書館に籠もる。しかし、彼女らに電話だけはかけておかないといけない。我が家に電話でもかけられた日には、母親と妹の追究が待っているのだ。僕から彼女たちに電話をかけないとダメなのだ。長男の女性交友関係など調べなくてもよさそうなものなのに。。。

昭和54年12月4日(土) 1,946日前

世間は、クリスマスや年末の準備で忙しいようだ。

ヒイちゃんに電話をかけた。

「もしもし、ヒイちゃん?」
「フランク、1週間も連絡してくれなかったじゃない!」
「ゴメン、試験勉強がキツイんだよ」
「いいなあ、大学っていうのも。。。」
「だったら、今からでも遅くないから、来年受験してみなよ」
「いいわ、私は、もう。。。それより、ピザのお店が開店出来そうなのよ!」
「そりゃあ、良かったじゃないか?」
「元町の裏手に良い物件があって、もう契約して、内装の手配もしたの!」
「場所もよさそうだね?」
「人通りが多いのよ。それでね、今度の土曜日にフランクと私とかっちゃんで、うちうちのパーティーを開きたいの。来てくれるわよね?」
「うん、行くよ、住所を教えてよ」
「住所はね。。。」

あまり気が進まないのだけれど、行かないと何が起こるかわからない。

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14th January, 1982 (Thu) before 1,147 days

 僕は就職する。今までのようにはいかない。ちゃらんぽらんではいけない。これ以上、人を傷つけてもいけないのだ。

 僕の実家に籐の椅子がある。戦前に祖父が台湾から持ち帰ったもので、かなり古い。

 籐の椅子といっても、木枠で出来ている藤(ラタン、Rattan)の家具は単に籐製の家具とはいわない。籐製の家具というのは、藤(ラタン、Rattan)と竹(バンブー、Bamboo)だけで出来ている。木枠で出来ている籐製の家具は、正確には、"Rattan Weaving Furniture"と呼ばれる物だ。"Rattan Furniture"とは違うのだよ。と、祖父が僕に説明したのだ。こんな説明をする僕を攻めないで欲しい。祖父が何度もそれをいうので、この違いをわかってもらいたいだけなのだ。

 我が家の籐の椅子に猫が座っているとする。事実座っている。ほとんどの猫は籐の椅子が好きだ。特に、気温が上昇すると彼等は籐の椅子に寝転がりたがる。籐の編み上げで空気の流通が良くなるからなのだろう。タイルの床と共に、夏は籐の椅子が我が家の猫のお気に入りだ。

 彼(猫のことだ)の正面に柱があるとする。その柱の陰から彼を見る。左から覗いて見る。すでに彼は僕を見ている。次に右から覗いて見る。同じことだ。すでに彼の視線は僕を向いている。これを順序を変えて左右どちらから覗いてみても彼はすでに僕を見ている。まったく驚かない。むろん、まったくの赤の他人がやれば違う。彼は赤の他人を警戒して覗く前に逃げ出すのだ。しかし、それは彼が驚いたことにはならない。赤の他人は、彼のルール外の物体だからだ。

 犬は違う。犬は、赤の他人ではない僕がそういうことをするのを驚く。なぜそんなことをするのか、すぐ立ち上がって、柱の後ろを覗くだろう。猫は頓着しない。柱の後ろから覗くという行為の理由はどうであれ、知っている存在が柱の後ろから覗くのなら、問題は右か、左か、どちらかだけでしかない。なぜそんなことをするのか、その理由を知りたいとは思わないのだ。

 猫だと困ることがある。何事にも驚かない。これではコミュニケーションの手づるが掴めないのだ。柱の後ろに何があるのだろうと行動してもらわない限り、右から覗くか左から覗くか、その予想だけでしかない。柱の後ろに何が?と覗いてくれるからこそ、柱の後ろに隠れる甲斐が出てくるというもの。覗いてくれない相手では、飽きてしまって、別の驚く人の方に行ってしまう。

 天文学で赤方偏移という言葉がある。英語でいうと"redshift"。英語の方がわかりやすい。要するに光のドップラー効果のことだ。つまり、地球に対して遠ざかるような運動をしている恒星のスペクトルを測定すると、地球から遠ければ遠いほど、その地球から離れていく後退速度が速ければ速いほど、スペクトルは赤い方にずれていく。膨張宇宙論の根拠になる現象だ。そこで頭のいい人は、宇宙という絶対静止系から考えると、地球に近づく星団もある、と気付く。そうなると、赤方偏移ではなく、青方偏移を起こすんじゃないか?と。ところが、青方偏移を起こしている星団はない。ほとんどの星は赤方偏移を起こしていて、それ以外は赤方偏移を起こしていないということ。なぜかは聞かないで欲しい。僕の専門は天体物理学ではなく、地球物理学、それも海洋物理学なので、天文単位の考えは持たない。キロメーターで測定出来る範囲が専門なのだ。

 猫は、赤方偏移が見える。天上の星々を見てどの星がどれほどの赤方偏移の度合いかがわかる。天上の星々を見て、その星の配置だけを見て、畏怖し驚き感激する犬とは違う。

 猫はつき合いづらいものなのだ。

 犬は驚く、猫は驚かないのだ。

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17th February, 1979 (Sat) before 2,236 days

 今年は、雨の多い春だった。ピーコートというのは寸詰まりのせいか腰から下がスカスカしてかなり寒い。飯田橋に行って来期の単位票を提出した。誰とも会わなかった。部室に行っても誰もいなかった。今日はしっかり南京錠がかかっている。鍵を忘れたので、入るわけにもいかなかった。当たり前だ。春休みで小雨の降る土曜日の午後に誰が大学に出てくるものか。

 まっすぐ家に帰る気もせず、お茶の水で降りてしまった。古本屋でもあさろうかと。僕は駿河台の坂を下っていた。

 お茶の水は何事もなく、ひっそりしていて、春休みの大学街には古本あさりのおじさんがちらほら傘を差して歩いているだけだ。この坂で70年安保なんてやっていて、石畳を剥がして投石していた十年前が想像できない。トボトボ歩いていたら、明治大学の横に来てしまった。文系の大学の方が理系の大学より大学っぽい、というのはなぜなんだろうか?やっぱり、女の子がいるか、いないかの差なのかもしれない。

 門をくぐって、構内に入っても誰もとがめる人もいないので、ズンズン奥の方に行ってしまう。ここは、いつもなら僕の大学にはあまりいない女子学生が闊歩しているのだろうな、などと思いながら、教室、教室を覗いて歩く。もちろん、誰もいないのだが。

 どこを歩いているかわからなくなった時、廊下がつきて、ロビーに出た。ロビーに面して、第一講堂なんて、両開きの古い木の扉の上に大書してあり、その木の扉はちょっと開いていた。そして、講堂の中から、ピアノが聞こえた。

(へぇー、キース・ジャレットを弾いているひとがいる)

 扉を少し開けて、ソォーと、着ていたピーコートを引っかけないようにすり抜けて、講堂に入った。後ろの扉だったので、演壇まではエンエンと座席が三十列くらい続いていた。

 演壇にはスポットライトが一灯だけついていて、その光の輪の中で、女の子が長い髪をサラサラ揺らしながら、鍵盤をのぞき込むようにして、ケルン・コンサートのパートⅠと弾いていた。やけに脚も手も長い女の子だ。

 僕は邪魔をしないように、一番後ろの列のたまたま下がっていた座席にそっと腰を下ろした。キース本人とまではいかないが、ミスタッチがないのはすごい。ケルン・コンサートは即興で演奏されたので、譜面なんかないのだが、僕が聞く限りそのままだ。

 女の子は、全曲を弾き終わると、顔を上げ、一番後ろに座っている僕をジッと見た。

「見たわね?」彼女は、演壇からよく通る声で僕に怒鳴った。

 僕はギクッとして、「ごめん、気付いていたの?」と謝りながら、演壇の方に降りていった。こう離れているとお互い怒鳴り合わなきゃいけない。怒鳴り合っていると喧嘩のようだ。それとも喧嘩かな。

「ドアが開いて、一瞬明るくなれば気付くわよ」

 なるほど。講堂の後ろの扉を開ければ外光が入って一瞬光る。それが目に付いたということか。

 彼女は、前屈みに僕を見下ろす。演壇の上から見下ろされるものだから、心理的に分が悪い。やれやれ。だけど綺麗な女の子だ。目がまったく大きな久保田早紀という感じだ。

「女性はね、注意しなくても、みんな見えるのよ」なのだそうだ。男性は注意しないと何も見えない。女の子って器用だ。

「ふむ、確かにその通り。ゴメン、たまたまキースが聞こえたもんだから・・・」
「あら、知っているの?」
「ちょっと前、高校のとき、FM東京で十一時くらいから岡田真澄の番組でオープニングにかかっていたからね」
「へぇー、あまり、知っている人がいない曲なのよ。ジャズか何かやっているの?」
「いやいや、絵描き・・・いやいや、絵描きって、つまり、美術部」
「美術部で、音楽が好きなんてヘンなの」
「ヘンじゃあないだろ?好きなだけなら。楽器は演奏できないけどね。」
「まあ、いいわ。だけど、覗き見はいけないぞ、キミ」
「たまたまさ」
「男はいいんだろうけど、女は、期待した時にしか、何かを見せないものなのよ」
「ふーん、なるほどね。準備がいるってヤツだな。だけどさ、男はね、偶然とか、たまたまとかが好きなんだけどね。ココをまっすぐ歩け、寄り道するな、っていわれると、寄り道したくなる」
「女はね、出発点から、ゴールまで見渡せないと気が済まない。それで、ゴールで期待通り、花束と祝福の嵐、ってこと」
「男はさ、ゴールで誰も待っていなくて、トボトボ帰ろうとしたら、物陰から、ワッと、現れて、花束差し出されるのが好きなんだ」
「フン、わかりあえそうもないわね、女と男なんて・・・で?」
「で?って?」
「名前ぐらい名乗りたまえ、キミ」
「おお、ゴメン、フランク、っていうんだ」
「フランク・・・『率直』なの?」
 率直?率直かな?まあ、どうでもいいけど。「まあね。キミは?」
「何が?」
「だから名前・・・」
「エミ、って、ヤツよ」
「恵まれる、美しく?」
「違うわよ。フェルメールの油絵、美術館の美」
「ああ、絵美だね、絵のように美しく」

 ちょっとキースの話をした。「ねえねえ、キミ、いまひま?」と彼女がうれしそうに訊ねた。
「小雨の降っているこんな土曜の午後にキースを聴いていたぐらいだからひまだろうね」
「まわりくどいいいかた。つまり、ひまなのね?」
「ひまだよ」
「ちょっとキミと話してもいいわよ、フランク?」という。「僕もキミともっと話したい」と率直に言った。彼女は、「じゃ、ここを閉めるからちょっとまっていてね」と言う。
「それでね、こういう寒い日にはブランディーが一番だと思うの。」
「土曜日の午後の4時に?だいたい、今頃お茶の水のどこでブランディーが飲めるというんだい?」
「それはまかせて。じゃ、いきましょうか」絵美は、じゃ、演奏はこれでお仕舞い、と言った。

 絵美はピアノの鍵盤にフェルトの覆いをかぶせ、蓋を閉じた。舞台の後ろに行く。そこには電気の盤があって、彼女はその扉を乱暴に開ける。ブレーカーのスイッチをひとつひとつ丁寧に切っていく。舞台の照明が落ちていく。慣れた手つきだ。だいたい、女の子が電気の分電盤を開いて、ブレーカーのスイッチを切るなんて動作が出来るというのは、信じられなかった。よくわからない女の子だ。

 講堂の鍵を明大の営繕課にてきぱきと返す。僕らは明大の講堂を出て、駿河台の坂を下った。明大前の交差点を日大理工学部の方に曲がった。左手の山の上ホテルのアネックスを通り過ぎて、山の上ホテルの本館の方に向かう。

「まかせておいてよ。ついてらっしゃい」こういわれて、山の上ホテルのバー『ノンノン』まで連れて行かれた。

 たしかに『ノンノン』は開店時間が午後4時からだ。もちろん、4時からバーにいる人間など宿泊客でもいない。バーテンがグラスを磨きながら「いらっしゃいませ」と僕らにいった。

「カウンターでいい?」と絵美がいう。
「カウンターでいいよ」と僕。
「こぢんまりしているでしょ?」
「いいバーだね。」
「そうでしょ?」絵美はいった。「ところで、ねえねえ、キミのこと、フランクって呼んでいい?」
「いいよ」
「私も絵美と呼んで。名字が嫌いなの」
「そりゃあ僕も同じだ。僕らの名字はありきたりだからね」

僕らはカウンターに座り、絵美はマーテルを、僕はメーカーズマークを注文した。

「絵美はどうしてこのバーを知っているの?」と僕は訊いた。
「叔父がね、よく連れてきてくれるのよ。フランクも大学生のくせにホテルのバーに慣れているようね?」
「中華街のホリデーインでよく飲むんだ。それに銀座のホテルのバーでバイトしているからね」

 僕らは、ジャズや音楽の話をした。それから、大学のこと、専門のことも。彼女は目白の大学の心理学科に通っている。犯罪心理学を専攻したいという。

「十年くらい前にシャロン・テートを殺害した事件があったじゃない?チャールズ・マンソンとその『The Family』が起こした事件なんだけど、知ってる?」
「ああ、ロマン・ポランスキーの奥さんだった女優だよね。猟奇的殺人事件、妊婦殺害、カルト集団、七十年代の産物・・・」
「あの事件を知った後、犯罪心理に興味を持ったの。中学生の時に」
「なるほど。だけど、日本じゃあ、犯罪心理学を専攻しても日本の警察がそういう学者を必要としていないようだね?」
「そう、その方面の専門家が日本には少ないのが実情なのよ。でも、日本はアメリカの二十年遅れを歩んでいるみたいだから、将来、アメリカのようなカルト的で猟奇的な事件が増えてくると思うの」
「僕はそれに関して何ともいえないけれど、でも、心理学というのは面白そうな学問だと思っているんだ」
「フランクの専攻はなに?美術じゃないでしょ?」
「物理学課ということになってる」
「なってる?専攻は物理なんでしょ?」
「まだ、よくわからないんだ。物理学というのは幅の広い学問で、理論物理と実験物理では違う。理論系の物理屋はまるで哲学者のようなんだ。それから、理論物理でも、ミクロの分野を扱う量子力学系の物理学と、マクロの天体の運行や宇宙の成り立ちを扱う宇宙物理学とがある。ミクロとマクロの間は仲が悪い。アインシュタインは、その両者、ミクロとマクロを統合した統一場の理論を作ろうとして失敗したんだ。アインシュタイン、知ってる?」
「相対性理論でしょ?」
「そうそう」
「私、相対性理論って習ってみたいな。面白そうじゃない?」
「絵美っておかしいね。犯罪心理学をやってみたくて、相対性理論も習ってみたいなんて?」
「ねえねえ」とうれしそうに僕の方に乗り出して絵美はいった。「あのね、もしもだけど、フランクがウチの大学のニセ学生で心理学を私と一緒に受講して、私がフランクの大学で相対性理論を受講するのってどうなの?」
「ちょうど、来期の受講に相対性理論は入ってるんだ。うーん、教授に訊いてみてもいいけどね。まあ、訊いてみなくても、必須じゃなくて選択科目だから、一人ぐらい紛れ込んでも教授は気にしないさ。生徒が気にするくらいかな」
「なに?その生徒が気にするって?」
「物理科では女性の生徒は全学年で数人しかしかいないんだ。だから誰が誰だか知っているってこと」と僕はいった。「それにね、キミだからね・・・」
「そのキミだからね、ってなに?」
「つまりね、物理科を志望する女性って、かなり変わり者なんだ。ガリガリのガリ勉で身仕舞いを気にしない女性とか、化粧もしない女性とかで・・・数学科や化学科よりも変わり者なんだよね」と僕はいいにくかったのだけれども言い足した。「キミみたいな女の子が物理科に来ると目立つんだ・・・つまりね、キミは、その、かなり綺麗だってことだけどね・・・」といった。
「それ、ほめているの?」と、僕の方に乗り出して、うれしそうに絵美はいった。
「事実を述べているに過ぎないだけ」
「ふ~ん、喜んでいいの?」
「じゅうぶん、喜んでいいんじゃないかな。かなり綺麗だよ、絵美は」
「ありがと。よぉ~し、じゃあ、二人して四月からニセ学生をするのに賛成でいい?」
「いいよ、心理学も面白そうだ」

 絵美の期待した時でも、場所でもなかったけど、その日から、僕は絵美とつき合うようになった。

 僕は恋をしたのだ。たぶん。

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ヰタ・セクスアリス3 

昭和54年8月4日(土) 2,068日前

「私と寝たいの?寝たくないの?どうなのよ?」ヒイちゃんが言った。

こういう展開は嫌いだ。

300万円と交換ででヒイと寝るのはイヤだ。

チャイムが鳴った。

「ヒイちゃん、バスルーム!」と小声で言う。ボーイはほとんど顔見知りだから、かっちゃんにバレるのだ。バスルームに隠れるヒイちゃん。

「ああ、フランクさん、シャンパンですね?クリュッグのノンビンテージ」とボーイが言う。
「すみません、夜遅く」
「グラスは2つ?お一人ですか?」
「あとで、本牧から女性が来るんですよ」
「ああ、了解。もてますね」
「運がいいだけです」

ボーイはシャンパンを置いて去っていった。

バスルームから出てきたヒイちゃんが言う。「フランク!なんなの?本牧の女って?」
「口から出任せだよ」
「まさか、根岸の駐留住宅のあの女じゃないでしょうね?」
「キミに関係ないだろ。だいたい、終わってるよ、彼女とは」
「本当なのね?」
「あのね、何故、キミに女性関係の言い訳をしなきゃあいけないんだ?それから、ヒイちゃん、何故今夜に限って僕と寝たいんだ?」
「それってね。。。」
「だって、そうだろ?酔っぱらっているけど、それでもわかる。300万円の無心をかっちゃんとした。親にはシーちゃんの所に泊まると言ってある。今日はやけに大人っぽい服装をしている。それで僕と寝たいと言う。なんなんだ、ヒイちゃん、それは?で、かっちゃんには内緒だ。僕には僕の勝手がある。寝ないよ、僕は、キミとは。こういうシチュエーション以外で、僕と寝たいんだったら、僕も考えるよ」
「フランク、つき合っている女(ひと)いるでしょ?」
「いるよ、キミだってそうだ」
「私はどうなるのよ?」
「かっちゃんがいるだろ?」
「かっちゃんはかっちゃん、フランクはフランクでしょ?」
「。。。そういう理論はまったくわからん」
「だって、私の最初の男はあなたよ」
「おいおい、そういう歴史認識は理解できんよ。旧植民地の宗主国かね?僕は?」

でも、ヒイちゃんの気持ちは僕にはわかるのだ。かっちゃんはプロボクサーだけどノンブランドなのだ。僕にはブランドが一応ある。中高一貫校の女性が考えるブランドというのはそういうものなのだ。世間一般の考えとは多少違う。ミッションスクールの仲間意識というものだ。

それで、彼女の友人はみな大学に去っていった。彼女は、進学していない。兄貴の友人も僕を残して去っていった。兄貴は筑波だ。

だから、彼女の旧世界をつなぐ絆は僕だけなのだ。だから、僕と寝たい。300万円だって、必要ないのかもしれない。だけど、300万円で僕との絆を作っておきたい。寝ることで絆を保っておきたい。

だけど、こういう展開は嫌いだ。でも、泣き出されるのはもっと嫌いだ。泣き出されるのなら、一緒に寝てしまった方が楽だ。倫理観とか貞操感とか、くそったれの文句を持ち出さないで欲しい。

「まあ、いいや。シャンパンでも飲もうよ」
「フランク。。。」
「最初の時を覚えている?」
「3年前の夏ね」
「あの時、なんでキスしたかったの?」
「好きだからに決まってるでしょ!」
「僕も好きだよ」
「だったら、なぜ、ずっと私といてくれなかったの?」

こういう説明は難しいものだ。

女が言う。なぜ、私と一緒にいてくれないの?なぜ、私から離れるの?

それは、単に、好きだ嫌いだの話ではない。いろいろと問題が拡散するからだ。ところが、女性の場合、問題は収斂してくる。好きだ、嫌いだの2者択一問題と化す。それで話が済めば、世界は単純だ。毛沢東も周恩来も岸信介も佐藤栄作もケネディーもニクソンもフォードもいらない。

世界は、好きだ嫌いだ収斂女性世界ではなく、好きだけど嫌いだけど拡散波動砲男性世界でできあがっているのだ。単純系ではなく、複雑系の話なのだ。僕の母親の好みの問題、妹の好みの問題も含まれる複雑系なのだ。しかし、それを説明できるかね?できないね、僕には。

「でも、いまでも一緒じゃないか?」
「話が違うわよ、フランク」
「でも、かっちゃんとキミとも僕はつき合っているじゃないか?」
「じゃあ、フランクとフランクの新しい女(ひと)と私がつき合えるの?」
「それは無理だ」
「不公平よ」
「こういう問題に公平も不公平もないだろ?」

こりゃあ、しょうがない。こういう話は、キリがないのだ。

解決するには、彼女の口をふさぐしかないのだ。

けっきょく、僕は彼女と寝た。

でも、こういう所有したい、所有されたい、という関係はイヤだ。

海外にでも逃げ出すしかない、とふと僕は思った。

脳裏をよぎったのは、青い海、白い砂の南国の島だった。

ヰタ・セクスアリス2 

昭和54年8月4日(土) 2,068日前

僕と、ヒイちゃん、かっちゃんで、コペンハーゲンで飲んでいた夜のことだ。

コペンハーゲンは、アルカディアという北欧レストランの系列の店。カウンターバーだ。今は、カラオケに変わっていて見る影もない。

店にはいると、右側が12mくらいのマホガニーのバーカウンターになっていた。左側には4人がけのテーブルが5つあった。開店は5時。もちろん、客など僕の他はまずいない。入り口のドアの右側のカウンターは、L字に90°曲がっていて、そこにハイチェアが2つある。最も壁寄りに、ミスターへニングという船員くずれの北欧人のおっさんがいつもいた。

へニングは、僕が女性連れだと、うれしそうにいつも寄ってきた。そして、僕の連れにハイチェアに座る手伝いをする。ついでに尻を触る。それでムカツク女性は、そうそうにお引き取り願って、以降、お付き合いはなしと。

バーには、いつも赤い薔薇の花がへニングの座っている横に数十本いけてあった。

バーテンダーは、おばちゃんしかいない。日本人のおばちゃんが5名ほど、カウンターの中でサービスをしている。シェイカーなど振らない。自動シェイクマシンを使うのだ。

コペンハーゲンで飲んでいて、ある日、ヒイちゃんとかっちゃんが僕に願い事をした。

「フランク、300万円ある?」とヒイちゃんが訊いた。
「あるよ」と僕は答えた。
「それ、くれない?」とヒイちゃん。
「何に使うの?」
「かっちゃんとピザの店を開きたいの。」
「開店資金かね?」
「そう、150万円は準備したんだけど。。。」
「足らないわけだ」
「返すわよ、儲けたら」
「いいよ、だけど。。。」と僕はかっちゃんを睨んだ。

かっちゃんは、ヒイちゃんをはさんで席一つ向こう側にいた。

「克行、ヒイに言わせて、なぜお前が言わない?」
「フランク、彼女が言い出しっぺだからな」
「克行、その店はおまえがやるのか?ヒイがやるのか?どっちだ?」
「2人でやるんだよ」
「だったら、お前が言う話だろ?」
「わ、わかったよ。俺からもお願いする」
「ばかもん、『も』ってのは何だ?え?『も』ってのは?」

ヒイちゃんは、困った顔をして僕に言った。

「フランク、からまないでよ」
「ヒイ、お前な、からむもからまないも。。。」
「ねえ、私のお願いなの。聴いてよ、フランク」
「わかったよ」

どうにも面白くなかった。ヒイちゃんがかっちゃんをかばうのも面白くなければ、かっちゃんがヒイちゃんを楯に取るのも面白くなかった。だけど、しょうがない。

それでこの話は終わった。かっちゃんが小便に立った。

ヒイちゃんが「フランク、カツには帰るというけど、つき合ってよ」と言う。
「なんだね?まだ話があるのかね?」
「あるわよ、フランクと私の話があるわよ」

コペンを出た。かっちゃんは結構酔っぱらっている。

「俺、タクシーで帰るわ、ヒトミも帰るか?」
「私、フランクに送ってもらう」
「おし、フランク、頼む」
「いつものことだ」

かっちゃんはタクシーで去っていった。

ヒイちゃんが「フランク、飲み直さない?」と言った。
「しょうがないなあ。ホリデイインに行くか?」と僕が言うと、
「ミリーラフォーレだと、カツにばれるわ」と言う。
「じゃあ、どうするんだ?どこに行くかね?」
「部屋取ってよ、ホリデイインに」
「おいおい、部屋取ってどうするんだ?」
「ルームサービスで、シャンパンを注文すればいいでしょ?」
「よくわからんが、キミが言うのだから。でも、パパとママは?」
「シーちゃんの家に泊まると言ってあるの」
「おいおい」

中華街のホリデイの部屋は、他のホテルよりも大きい。ニューグランドも大きいが高いのだ。いつもバーで飲んでいるので、コペンの横の公衆電話から予約を入れると、すぐ部屋を用意してくれた。

「別々よ、別々に入りましょ」とヒイちゃん。
「お前な、そういう秘密主義はイカンよ」と私。もちろん、なぜヒイちゃんが別々というのかよくわかっていない。酔っているからわからない。

チェックインをして、1001号室のキーを貰った。角部屋じゃないか?

エレベーターの手前で、ヒイちゃんが急に現れて、僕の腕を取った。

「うまくいったわね?」
「よくわからないが、まあ、どうでもいいや」と僕。

部屋に入って、彼女に、「何を飲む?」と訊いた。
「クリュッグ、ノンビンテージ」とヒイちゃんが言う。
「この前、飲ませたんで味をしめたね?」と僕。

その日、ヒイちゃんはやけに大人っぽい服装をしていた。ニットの黒のワンピースだ。僕は、いつもの如く、ボタンダウンのシャツ、チノパンツ。

「なんで、今日はそういう服装なの?」
「フランク、鈍いわね。あなたと泊まるからに決まってるじゃないの?」
「ヒイちゃん、そりゃあ、かっちゃんが怒るよ」
「誰と寝ようと私の勝手よ」
「僕の勝手はどうなるんだ?」

ヒイちゃんは、僕の勝手など知ったことではない、と言った。

「私と寝たいの?寝たくないの?どうなのよ?」ヒイちゃんが言った。

こういう展開は嫌いだ。

ヰタ・セクスアリス1 

昭和51年8月4日(土) 3,160日前

高校を卒業して浪人中の僕。

たまたま友人の家を朝訪れたらヤツは留守。家中留守で、友人の妹だけが居た。

帰ろうとする僕に、

「フランク、待ってなよ、兄貴、もうすぐ帰ってくるよ、たぶん」という彼女。姫をもじって、僕らは彼女のことをヒイちゃんと呼んでいた。
「う~ん、まあ、いいかぁ~」と上がり込む僕。

●ヰタ・セクスアリス 森鴎外
 http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/695_22806.html
『僕は本を見ていても、台所の方で音がすれば、お蝶は何をしているのかと思う。呼べば直(すぐ)に来る。来るのは当りまえではあるが、呼ぶのを待っていたなと思う。夕かたになると暇乞をして勝手の方へ行く。そして下駄を穿(は)いて出て、戸を締める音がするまで、僕は耳を欹(そばだ)てている。そしてその間の時間が余り長いように思う。彼は帰り掛けて、僕の呼び戻すのを待っているのではないかと思う』

彼女の家は、積水の新しめの住宅だった。コンクリートブロックを2つ、ちょっと狭い幅の廊下で接続した構造。廊下の部分には、風呂場が付属している。

ヒイちゃんは、僕と1才ちょっと違う。でも、僕が早生まれなので、学年では1年違うだけだし、8月だから、歳も1才違いなだけだ。だけど、ティーンの1才は気の遠くなるほどの距離がある、と僕は思っていた。彼女が10才の頃から顔見知りなのだから、妹も一緒だ。

僕は、玄関を入った左手のいつもの応接間に入ろうとした。

「私の部屋に来ない?」と言うヒイちゃん。
「お!いいよ!」と言う僕。女性の部屋に行くという感覚はない。彼女の部屋のある2階にあがった。

「しかし、殺風景な部屋だよな、ヒイちゃんの部屋は」と僕。確かに殺風景なのだ。壁には、化学の周期律表が貼ってある。映画のロッキー・ホラー・ショーのポスター。本棚には、群像のバックナンバーがぎっしりと。ベッドはネイビーブルーのカバー。ピローも同じだ。

「うるさいヤツね。私の部屋をどう飾ろうと勝手でしょ?」
「まあ、いいけどね。キミの年頃だと、普通、ディズニーのベッドカバーとか、スリッパとか、そういう趣味なんじゃないの?」
「私に『普通』とかいわないでね、フランク!」
「わかりました。ヒイちゃんは特別。」
「音(おと)でもかける?」とスカートの裾をちょっと引っ張ってヒイちゃんは立ち上がった。ミニスカートのジーンズ。膝上20cmだ。Tシャツ。こいつブラをつけてない。それぐらいは鈍い僕でもわかる。

「暑いわね、扇風機つけるわね」

扇風機は僕らの方を向いて、弱い風を送り出した。

彼女は、ラジカセにクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルのテープをいれた。(しかし、CCRと書けば短いが、『クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル』なんて、誰が考えたんだろうか?)

『プラウド・メアリー』、『ダウン・オン・ザ・コーナー』、『雨を見たかい』・・・

この前貸したからなあ、彼女に。

僕らは、ベットに腰掛けていた。今なら、ベットに男女が腰掛けている、なんて場面を想像すると、それは非常にセクシャルな場面なのだが、妹同様と思っているヒイちゃんと僕とでは、それは阿呆な想像である。僕にとっては。

僕らは、8月の午後の暑いさなか、数インチ離れて、ベットに腰掛けて、音楽を聴いていた。
「ねえ、フランク?」とヒイちゃんが急に僕の方を向いて訊いた。
「?」
「フランクは、女の子とキスしたことある?」
「ないよ」とそっけなく答える僕。あるんだけど。ウソをつく。予感だ!
「そう・・・女の子とキスしたいと思わない?」
「思うよ、もちろん」と僕。口の中がカラカラに乾き始める。だから、長い答えが出来ない。
「そう・・・、そうなんだ・・・」

 Left a good job in the city
 Workin' for The Man, every night and day
 And I never lost one minute of sleepin'
 Worryin' 'bout the way things might have been
 Big wheel keep on turnin'
 Proud Mary keep on burnin'
 Rollin', rollin', rollin' on the river
 Cleaned a lot of plates in Memphis
 Pumped a lot of 'tane down in New Orleans
 But I never saw the good side of the city
 'Til I hitched a ride on a river boat queen
 Big wheel keep on turnin'
 Proud Mary keep on burnin'
 Rollin', rollin', rollin' on the river
 Rollin', rollin', rollin' on the river.
 If you come down to the river
 Bet you gonna find some people who live
 You don't have to worry 'cause you have no money
 People on the river are happy to give
 Big wheel keep on turnin'
 Proud Mary keep on burnin'
 Rollin', rollin', rollin' on the river
 Rollin', rollin', rollin' on the river
 Rollin', rollin', rollin' on the river
 Rollin', rollin', rollin' on the river

「ねえ?」とヒイちゃんが僕の方を向いて言う。顔と顔が4インチも離れていない。
「なに?」と、もう何をきいいてくるかわかっている僕が答える。

「私とキスしない?」とヒイちゃん。
口がカラカラに渇いて、相手に気づかれるのが怖い僕が言う。「ああ、いいよ」と僕。ちょっと卑怯に思える。なんでだろう?

・・・

僕らは、長い長いキスをした。相手の口の中をヒイちゃんの、僕の、舌が動く。歯の表をたどり、歯の裏をたどり、舌をからめて、舌の裏側をなぞり、舌を吸い、吸われた。相手の背中を指がまさぐる。強く、弱く、ヒイちゃんが、僕が、互いの体を抱きしめる。

扇風機の弱い風が頬に当たる。

僕らは汗をかいた。

数十年後に思うのだが、気持ちの良い汗のかきかたもあったのだと。

口を離した。相手を見つめる。

「気持ちいい。。。」とヒイちゃん。
「僕もそう。。。」と僕。

「ところで、兄貴は帰ってくるんだろ?」
「帰ってくるわけないじゃん!昨日、筑波に戻ったばかりだから。。。」
「じゃあ、パパとママは?」
「9時頃帰ってくるかなぁ~」とヒイちゃん。

「キミはそれを言わなかっただろう?」と僕。

「だって、フランクが帰っちゃうからね。ウソついたんだよ」とヒイちゃん。

「ふ~ん」と愚かな妄想にとらわれる僕。それを見透かすように、
「『キスしない?』とは言ったわよ」とヒイちゃんが笑う。
「わかってるよ」と僕。
「でも、最後までいかないなら。。。」とヒイちゃん。

あの頃はね、今みたいにすぐセックスしてしまう、という時代じゃなかった。僕らには躊躇があったんだ。

ふむ。最後まで行かないなら。

彼女の薄い胸。僕の薄い胸。彼女のポコッと突き出たお腹。(後で知ったのだが、処女太りというのがある、と家内が言っていた。処女のお腹は突き出ているらしい。そんなこと、その時には、知ったことではない)すべすべの肌。

もちろん、最後まで行かない。それでも僕はいった。彼女の指の中で。彼女もいった。僕の指の外で。(これって、日本語は『いく』で、英語も中国語も『来る』のだけど、なぜなんだろうか。まあ、いいや)

「フランク?」
「なに?ヒイちゃん?」
「これで良かったのかな?」
「僕にはわからない。だけど。。。」
「だけど、何?」
「僕で良かったんだ、といつか思ってくれるとうれしい」
「よく、わからないけど、フランクで良かったと思うよ、私は」
「ありがとう」

僕は思うのだが、セックスというものは、ある種の制約があればあるほど、楽しくなると思うわけだ。制約がなく、制限なくセックスをしてしまう、というのは、これは一種の不幸と思う。

ところで、僕はとてもとても彼女のことが好きだったのだ。彼女も、僕のことがとてもとても好きだったのだ。これは本当のことだ。

そして、とてもとても好きだったのに、その後、デートは何度もしたけれども、彼女と何故どうにかならなかったか?というと、僕の母親が彼女を憎んだからだ。僕の妹も彼女を憎んだからだ。

僕の母親は、僕の好きな女性を憎む。それが、素晴らしい女性であればあるほど憎む。だから、ヒイちゃんの後は、僕はあらゆる女性との交友関係を母親から隠すようになった。

僕の妹は、僕の好きな女性が、中高一貫教育の女子校であると憎んだ。彼女が進学しなかった世界。それは僕のせいではない。親のせいでもない。それでも、妹は、中高一貫教育の在校生を憎む。それがミッションスクールならなおのことだ。

ヒイちゃんの家族は別だ。僕は彼女の家族のお気に入りだった。

でも、そういう心理情況って、何となくわかるものだ。

そうこうする内に、僕は無事大学に入学した。そして、大学に通い出す内に、雨の降る春に、恋をした。でも、これは別の話だ。山の上ホテルも、キースジャレットも、バッハの無伴奏チェロ組曲も、心理学も別の話だ。

ヒイちゃんは、高校を卒業した。彼女と僕はかなり言い合いをしたけれど、彼女は大学に行かない決心をした。でも、働くわけではない。プラプラするだけだ。ヒイちゃんの親にも相談されたのだけれど、僕の力ではどうすることも出来なかった。

彼女は、何が不満だったんだろうか?彼女の兄貴は、僕の同級生で秀才だ。彼女はというと、僕らと同じ、ミッションスクールに通っていたのだけれど、自分の目標がわからなくなっていたのかもしれない。

彼女をちやほやしてくれたヒイちゃんの兄貴の友人達も、僕を残して、散っていった。大学という新世界に入ったのだから当たり前だ。古い世界に生きていたのは僕だけだった。

そして、彼女もボーイフレンドが出来た。もう一人出来た、と言ってもいいかもしれない。

新しいボーイフレンドは、後のボクシングチャンピオンの兄貴だった。この前の亀田問題で裁定した東日本ボクシング協会会長が弟だ。

彼女は何を考えていたんだろうか?かっちゃん(彼女の新しいボーイフレンド)を僕に紹介したんだから。でも、かっちゃんと僕とは非常に気があった。彼はプロのボクサーで、僕は物理屋だったけれど、それでも、なんとなく気があったのだ。ヒイちゃんという共通項を僕らは持っていたからだろうか?ヒイちゃんという体を通して、僕らは連帯感を強めたのだろうか?

もちろん、彼はヒイちゃんと僕の関係を知らない。知ったら殴り殺されていたことだろう。

僕らはいつも、中華街のホリデイインの12階、ミリーラフォーレや、斜め横のコペンハーゲンで3人で酒を飲んだ。払いは、僕だ。いつでも、僕だった。

彼等は金がなかった。僕は、なぜか、金が唸るほどあったのだ。学生だったけど、時々、ジャケットの胸ポケットに100万円の札束が帯をしたまま無造作に2つも3つも入っていることがあった。

・・・

昭和54年8月4日(土) 2,068日前

ある日、ヒイちゃんとかっちゃんが僕に願い事をした。

「フランク、300万円ある?」
「あるよ」と僕は答えた。

日本人に告ぐ53 - PKO法案を推進したのは誰? 

米の戦争に加担せず…民主・小沢氏、テロ特措法延長に反対

民主党の小沢代表は、「ブッシュ米大統領は『アフガニスタンでのテロに対する米国の戦争だ』と明言している。米国の戦争に加担することは民主党としては反対だ」と言っているそうです。

※1:ブログのエントリーを書いている人で、「テロ対策特別措置法」と「イラク特措法」を混同している人が多くいます。これを混同しては、わけのわからない意見になります。困ったものです。
※2:「イラク特措法」という時限立法の期限は、【2009年3月29日】(←たぶん)であって、今回の「テロ対策特別措置法」とは関係有りません。2007年11月で切れる「テロ対策特別措置法」のことを今回問題にしているのであって、これはイラクへの自衛隊派遣とは関係ない話なんですがねえ。。。あくまでアフガニスタン問題なんですよね。。。

さて、

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日本人に告ぐ12 - 沈黙の大国 

日本の「ビリー」ブームにぶったまげ! (ゲンダイネット)

そこここの日記やニュースで「ビリー」が何とかと出ていたんで、私は「?」でしたが、なるほどそういうことですか?納得致しました。

>ビリーの英語のウェブサイトに行けばわかるが、ブートキャンプDVD3本セットは30ドル弱(約3600円)。日本は1本多いとはいえセット価格1万5000円(約125ドル)もしている。アメリカ人は、いくらブームでもたかがフィットネスDVDに絶対にこんなに払わない。

ワハハ。何故、直接英語版を注文しないんでしょうかね?

>日本語版制作費、販売業者の中間搾取を入れるとここまで値段が跳ね上がるものか。いや、やっぱり日本って足元見られてるんじゃないのかなあ……。

ま、確かにねえ。

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日本人に告ぐ11 - 続々セミリンガル 

この問題に関してはしつこいです。

「児童のセミリンガル化の危険性」というので、英語塾、小学校の英語教師志望のみなさんが集まるコミュにトピックスを立ててみました。

そこで感じたのは、本当に小学校で英語教育を導入するのは大丈夫かいな?ということ。

まず、

英語塾、小学校の英語教師志望の方々が気にされているのは、資格や留学、キャリアの積み方であって、決して英語教育術ではなさそうであるわい、ということ。

それから、小学校の英語の導入に関しての問題意識の希薄。

結局、雇用促進、リクルートにしか過ぎないようです。小学校の英語教師なら、中学校や高校の英語教師よりもハードルが低いだろうという安易な考え。たぶん、中学校や高校の教職が得られるなら、そちらに行くような気がします。小学生だから、突っ込まれることもあまりないだろうという雰囲気も伺えます。

意見保留でしたが、反対したくなってきました。

以下、私の発言だけ掲載します。

14: FRANK LLOYD | 削除
Aさん、
Aさんは、非常に真面目に捉えられていて理解も深いと思います。
そこで、ちょっとお聞きしたいのは、国語と、導入しようとする英語との関連です。
例えば、算数と理科、数学と物理・化学・生物・地学など、ある程度の関連性を持たせていますよね?算数で、或いは、数学で教えていない数学的知識が、急に理科や物理・化学・生物・地学に出てきたら困りますね?数学でまだ微分も積分も教えていないのに、物理で突然微分・積分の知識が必要な概念は教えませんね?
いま、この小学校の英語教育というのはどうなんでしょうか?国語教科をいじらずに、ただ科目の時間調整で挿入しようとするだけなんでしょうか?
ご存じのように、小学校4年の時、国語の時間でローマ字を学習しますよね?学習時間は5時間ぐらいですか?それで、ローマ字学習のねらいが、
>日常目に触れる程度のローマ字を読んだり書いたりする
などと述べられています。小学校の英語では、アルファベットは教えるんでしょうか?アルファベットを使用した単語の読み程度は教えるのかな?
それで、小学校の何学年か知りませんが、英語では英語のアルファベットを教えたとします。そこに、脈絡がなく、国語の時間に、同じアルファベットを利用しながら、似て全く非なるローマ字を教えます。
「A、I、U、E、Oは、ア、イ、ウ、エ、オ」
ですって具合で。英語では、
「A、I、U、E、Oは、ア、イ、ウ、エ、オじゃない」
ですが、ローマ字では正しい。
「A」は「ア」です。おいおい、「A」はそれだけではないですよ。おまけにカタカナでは言い表せないニュアンスですよ。
しかし、国語の教師は頓着しないでしょう。
と、同じ言語の国語と英語が、関連性なくこのまま英語の授業の挿入というだけでいいのでしょうか?算数と理科、数学と物理・化学・生物・地学などと同様に関連性を持たせないでいいのでしょうかね?言語というのは、そういうものではありませんか?
この問題は解決していますか?

15: FRANK LLOYD | 削除
Aさん、
>確かに雇用拡大策、という側面はあると思います。
雇用拡大策自体が悪いというのではないですが、母国語(日本語)の言語の概念形成すら出来ていない人間が、資格試験に通ったというだけで、英語を教えてもいいのか?ということです。Aさんが最後に書かれた、
>“セミリンガル教師”をいかに排除するか、というような問題そのものを提起していった方がいいんじゃないでしょうか。
というのがもっとも重要なポイントです。程度の良い教師だけであれば、幼稚園からでもよろしい。逆に、程度の悪い教師なら、中学校からでも害がありますよね?
先のローマ字の問題に戻りますと、小学校で一応ローマ字を習って、中学校から英語を習うのなら、順序はどうあれ、まずは問題はありません。しかし、小学校で英語導入となると、国語との整合性も必要ではないですか?ただ、英語教科を挿入すればいいという問題ではないと思います。
この上の方で、「【まったく】問題がない」と言い切られた方いましたので、カチンと来ました。どこまで考えて書いているんだか理解に苦しみます。【まったく】などという言葉は、滅多に使えるものではありませんし、その理由をキチンと述べないと使えるものでもない。その程度の日本語ではダメ、ということです。
>発達段階で、触れておくことにより「日本人の英語の勉強に欠けていた」といわれる実用的な運用の部分が補足できると思います。
どの部分が補足出来るのかイメージしにくいですね。
この前、どうもインド映画の英語テロップを読む速度が我ながら遅いので、う~んと考えました。(スリランカでは毎日ケーブルTVでインド映画を放映しています)そこで、ふと思いついたのが、私はテロップを日本語の癖で、縦に読んでいたんです。つまりね、日本語のテロップというのは、漢字・ひらがな・カタカナですから、
↓↓↓↓↓↓↓↓↓。↓↓↓、↓↓↓↓↓↓、↓↓↓↓↓↓↓↓↓。
こう読むんですよね。(って、比喩としてで必ずしも↓だけではないですが)ところがね、英語のテロップというのは、
→→→→, →→→→ →→ →→→ →→→→.
→ →→ →→→→ →→→ →→→→.
と読まないと追いつけないのですよ。それも「→→」「→→→→→→ →→」「→→→ →→→→」みたいに、ひとかたまりに。このひとかたまりというのが、漢字では2文字か3文字程度なんですね。空間認識でも、日本語と英語とは違います。それを、認識出来ていない教師に教えられて、果たして、英語を習うのか、外来世界に親しむのか、目的はハッキリしませんが、どうなんですかね?教えられるものでしょうか?相手は小学生ですよ?
「日本人の英語の勉強に欠けていた」というものはたくさんあります。それを漠然とした中から、児童に抽出させるのではなく、明確にどの教師も同じように教えないと格差が出てきます。その問題は解決していますか?
>危険性という観点では・・・ ん~なくはないと思いますがね。。万全の方策を取らなければいけないのは全てに共通することであって、「もしも・・。」として考えられるようなことは現在の教育でも起こりうることだと思いますが。
アルファベットの、ローマ字への適用と、英語への適用の問題だって、重要と思いますよ。逆に、私はローマ字の教育は小学校では不要で、小学校で英語を教えるのなら、ローマ字はその後、中学校でも良いと思います。そういう調整も必要でしょう?
>まず導入ありき、という姿勢には私も賛同しません。
なるほど。
>しかし現状で、その“セミリンガル教師”をいかに排除するか、
それだけでもなさそうですね?
>小学校英語教育是非という議論になると、仮定的な話や、表面的な議論に終始して、
それは、仮定的な話と具体的な資格、就職の話しかしないからじゃないですか?
>問題点を整理・解消しないまま導入ということになりかねません。
そうなりそうですね。まあ、「ゆとり教育」と同じで、また路線変更、とならなければいいですが。。。

17: FRANK LLOYD | 削除
Aさん、
小学生向け英語教材をちょっと検索したんですが、ローマ字学習とだぶっています。あまり考えずに導入しているんでしょうかねえ。
小学校では、どのような形で英語が取り入れられているか?
・2002年4月以来の「総合的学習の時間」の「国際理解」の中の「英語」
・教科としての「英語」または「英会話」
・クラブとしての「英語」または「英会話」
・学校の教科そのものを英語で行っているイマージョンプログラム
おいおい、なんですかね?この「国際理解」というのは?まさか人類は一家、みな兄妹という情操教育、道徳教育でしょうか?日本人の教師が日本人の生徒に「国際理解」について話すというのは、江戸時代に、蘭方医が書物で覚えた知識を教えているようなものですね。BBCなどの非英語国民向け英語学習放送と日本語教師抜きで垂れ流した方が効果があるでしょうね。
「英会話」ねえ。日本の英会話教材の英会話、語彙にしろ何にしろ、天気時候の挨拶の域を出ない。あんなものいくら教えても糞の役にも立ちません。海外で自分の英語が通じない英語教師の予備軍を量産するようなものです。そんなことをするなら、カラオケで英語の歌を歌わせた方がよろしい。語彙も増えるし。そうなると、英語の発音が良い音楽教師が必要で、英語教師は不要です。
クラブとしての「英語」または「英会話」。まあ、出席者の1%がものになればいい程度。
学校の教科そのものを英語で行っているイマージョンプログラム。これは良いかもしれません。算数、数学を英語で教える。英語で質問して、英語で答える。その代わり、日本語での問いには答えられなくなるかもしれませんね。
う~ん、まあ、とにかくあまり感心したものではないような代物です。
私の印象として、小学校の英語教師は、中学高校に比べて、対象が小学生だから、ハードルが低いだろう、と考えている人もいるんじゃないかと感じています。私が、その小学生の父親だったら怒りますね、そういう姿勢は。
コミュの他のトピックスをざっと見ました。書き込んである内容を読んで、その日本語能力に唖然としました。助詞の使い方の間違いが多い。絵文字多用。既にして、日本語ではセミリンガルです。これで資格さえ取れば、児童・小学校の英語教師になれるということか。
>私は現在スペイン語を学習しています。スペイン語は、一部を除きローマ字読みと同じと考えて読むことができます。a,i,u,e,oはあいうえお、です。ただ、例えば“u”は「う」とは厳密には違う音であり、正確にいえば「同じ」とは言えませんが。
スペイン語の場合はそうですねえ。スペイン語、或いはポルトガル語を習得すれば、世界の半分と会話出来るのが素晴らしい。。。これ以上、言語を習うと混乱するので止めておきますが。。。
>つい“英語的な”読み方をしてしまうという癖がよく見受けられます
この“英語的な”読み方を出来ない日本人が多い。“ローマ字的な”読み方に終始してしまう人が多いのです。ローマ字の弊害と思っています。
>しかし「ローマ字」をローマ字として読めるのに、外国語だと思えばそのまま読めなくなるというのはどういうわけなんでしょうねぇ。。
ローマ字とアルファベットを使用した外国語は似て非なるものだからでしょう。まず、母音で単語が終了してしまう場合が多いという言語は、他に類を見ません。だから、母音中心で考えてしまって、子音だけだととまどう、それがローマ字教育で助長される。そうは思いませんか?
>英語テロップの読み方の話ですが、
やっぱり、そうなんですね。
>ずいぶんと「複数言語教育による混乱」という話からずれてしまいまして。。
しかし、リクルートと資格の話ばかりよりもよほどマシだと思いますよ。
>>相手は小学生ですよ?
>当然ですがここが一番重要点であり、検証が必要ですね。小学生の言語能力の発達段階、キャパシティ、実際与えうる影響についての議論・検証がもっと為されるべきだと思います。
「実際与えうる影響についての議論・検証がもっと為される」ような場が、例えばこのコミュだと思ったんですが。。。

19: FRANK LLOYD | 削除
Aさん、
>>日本の英会話教材の英会話、語彙にしろ何にしろ、天気時候の挨拶の域を出ない。あんなものいくら教えても・・・
>それは確かに。最近は少し変わってるのかもしれませんけどね。しかしまあ教材を改善しても、伝える必要に迫られない限りなかなか実践的な力をつけるのは難しいと思いますけど。
天気時候の挨拶というのは、自己紹介も含めて、会話の導入部にしか過ぎません。起承転結の「起」のさらに手前の産物です。道案内会話も馬鹿馬鹿しい。どうせ教えるなら、道案内だけで、5ヶ国語ぐらい教えればよろしい。それほど初歩も初歩の会話です。
まず、日本人の対象児童が外国語で行う会話というのはどういうものか?
相手は誰か?
見も知らぬ初対面の外国人のはずです。
日本人の対象児童に外国人の親戚などほとんどいません。つまり、今の英語教材では、外国語を話す両親、親戚、友人などを想定していますが、そのようなケースはまずありません。初対面のどこの誰とも知れない他人です。
その初対面のどこの誰とも知れない他人との会話を想定しないと実用的ではありません。
小学生相手にそれをやれと?
そうです。それをやらないからいけない。
Aさんは、「伝える必要に迫られない限り」と言われますが、初対面のどこの誰とも知れない他人との会話で必要なことはなんでしょうか?
まずは、自分をどう表現するか?ということ。自分は何者なのかを、相手にプレゼンテーション出来る能力、これに尽きます。
ということは何かというと、英語に限りません。自分が何者なのかを母国語で表現出来なければ、他の言語では不可能ということになります。つまり、日本語能力、母国語能力が必要ということ。残念ながら、国語教育では、そのような自身を表現するプレゼンを行うような弁論術は教えません。しかし、英語では必要になります。
小学生相手にそれをやれと?
そう思いますよ。
そうでなければ、「英語に親しむ」なんておざなりなことを言われる方もおられますが、意味はありません。日本で自分を表現するということがあまりない、英語環境では必要、これこそが、国際感覚を身につける、英語に親しむ、ということに他ならないのではありませんか?
>外国語教育そのものが、なんというか日本語を介して単純に暗記するような脳内の回路を作るような方式になってしまっているのかもしれませんね。所謂“受験のための”といいますか。
「単純に暗記する」という作業も必要な部分があります。これだって、バカに出来ない。反復連呼しないといけない。それで、出来ない生徒を笑うとか、バカにする、という日本式萎縮戦術も止めさせないといけません。全員が参加する、最初から出来ないのは当たり前、出来ない児童はみんなで助ける。
こういう作業が英語で導入出来れば、インパクトは大きい。破壊力も大きい。しかし、それには教師の指導力も物を言います。出る釘は打たれる式の日本的姿勢では、他言語は学べない、ということを理解させるほどの人格的な魅力が必要でしょう。
今の、幼年、小学校英語教師は、【英語技能】を教えるだけ、それでおまんまが食えるという生活のため。【英語技能】を教えるだけでは、自己表現を児童にさせる、などということは出来ませんね。
>いろんな人がそれぞれの立場から意見してくれればいいですけどねぇ。。導入されるとすれば、小学校英語指導を志す人たちは特に向きあっていかなければ、先は・・・。
Aさんと私だけがこういう風にやりとりをしているだけではねえ。。。
先は・・・暗いね・・・
誰か、FRANK LLOYDの意見は間違っている!と突っかかってきて欲しいものです。

日本人に告ぐ10 - 続セミリンガル 

この問題に関してはしつこいです。

「児童のセミリンガル化の危険性」というので、英語塾、小学校の英語教師志望のみなさんが集まるmixiのコミュにトピックスを立ててみました。

そこで感じたのは、本当に小学校で英語教育を導入するのは大丈夫かいな?ということ。

まず、

英語塾、小学校の英語教師志望の方々が気にされているのは、資格や留学、キャリアの積み方であって、決して英語教育術ではなさそうであるわい、ということ。

それから、小学校の英語の導入に関しての問題意識の希薄。

結局、雇用促進、リクルートにしか過ぎないようです。小学校の英語教師なら、中学校や高校の英語教師よりもハードルが低いだろうという安易な考え。たぶん、中学校や高校の教職が得られるなら、そちらに行くような気がします。小学生だから、突っ込まれることもあまりないだろうという雰囲気も伺えます。

意見保留でしたが、反対したくなってきました。

以下、私の発言だけ掲載します。

■児童のセミリンガル化の危険性
 普通、セミリンガルというのは帰国児童、国際結婚カップルの児童、移民や出稼ぎ労働者の児童などに当てはまる状態を言います。
 しかし、もし、小学校英語教育が進んだとして、日本人の普通の児童がセミリンガル化する危険性はないのでしょうか?
 これは母国語教育にも関連することです。
 さらに、英語教師そのものがセミリンガルであったらどうするのか?日本語すらおぼつかない教師が、同様におぼつかない英語能力で児童に英語を教えられるものなのか?
 日常会話能力はバイリンガルであっても、抽象思考や学習のための言語能力がセミリンガルの教師について英語を学習した児童はどのレベルまで到達出来るのか?
 このような問題に関して、みなさんどうお考えでしょうか?
 ・一人の人間が多言語 (multilingual) であるのは、2種類だけでも困難である
 ・ある個人が多言語話者になる要因は、個人的なものと社会的なものの2つ
 →個人:日本のような圧倒的モノリンガル社会にやってきた
  移民や出稼ぎ労働者
 →社会:スイスやベルギーなど複数の言語共同体が共存している場合
 ・1言語のみ習得している者はモノリンガル(monolingual)
 ・2言語の環境にいたものの母語と第2言語目の両方において
 年齢に応じたレベルに達していない者はセミリンガル(semilingual)
 ・セミリンガルという言葉が否定的だという意見が増え、ダブル・リミテッド(double limited)という名称が広まりつつある
 ↑どっちにしろ、同じ事。
 ・ダブル・リミテッドは、日本において帰国子女や日本に住む外国人児童の間に散見される
 ・日常会話能力はバイリンガルであっても、
 【抽象思考や学習のための言語能力がダブル・リミテッドの状態】にあり、教科学習に支障をきたす者がいる


2: FRANK LLOYD | 削除
Aさん、
私もこの方面は詳しくない人間でして、それでみなさんにお聞きしている次第です。
私は、国際結婚カップルの児童を多く見ております。妻日本人+夫外国人、夫日本人+妻外国人、さまざまです。妻日本人、夫外国人で、夫外国人が英語を母国語とする場合に限定しましょうか。『臨界期仮説』などは申しません。生まれてそのまま、2ヶ国語の環境に育った児童なんですから、臨界期教育そのものです。
まず、それは父親、母親の語りかけで始まります。この場合、母親は、たいがいが自分の母国語である日本語で子供に語りかけます。父親の関与は時間的に限定されます。仕事を持つ父親が多いですからね。これは英語の授業の時だけ英語を使う、そういう環境と近似しています。
もしも、母親が日本語での会話を止め、父親と同じ英語だけで語りかけるのなら、話は単純なのですが、国際結婚をする日本人女性すべてが英語に堪能ではありません。中には、英語が出来ないけれども、恋愛感情だけで結婚に踏み切る女性すらおります。
それで、子供は、一応は、日本語、英語の文法体系をそれぞれ個々別々に学び始めます。しかし、日本語の影響が強い。なぜなら、母親の方がより子供に密着していますので。
人間の持つ時間は有限です。子供の持つ時間も有限です。その中で、2ヶ国語を同時に享受した場合は、1ヶ国語にだけ集中する場合よりも時間が割かれるのは当然です。それから、その2ヶ国語が欧州のほとんどの言語に見られる場合なら文法体系がほぼ同じですから、思考の上でも混乱は少ないと言えます。しかし、日本語の場合、異なっている。
さらに、日本語が高文脈であるのに比べて、英語は低文脈です。表現方法に非常に差異があります。かたや、母親に対しては、高文脈の日本語で会話出来るのに、父親ではDetailまで含めて説明する必要のある低文脈の英語で会話しなければなりません。
児童の才質によります。しかし、
>英語はじめ外国語の学習そのものが母国語の学習・思考を妨害するものでしょうか?
という問いには、「まったく妨害しない」とは言い切れない、とお答え出来るでしょう。
>“ダブル・リミテッド”などの問題は外国語を学習させるからではなく明確な指導方針のもとに教育しないから
ということについては、そもそも外国語を学習させなければ、モノリンガルなのですから、母国語だけの問題となります。「ダブル・リミテッド」の問題は発生しません。
>それは日本語だけ教えてても同じことだと思うんですが。
まったく同じではないでしょう。児童の時間配分、ひとつの言語に消費する時間は異なるでしょう。
それから、私がお聞きしているのは、「子供に対して」ということだけではなく、
>英語教師そのものがセミリンガルであったらどうするのか?日本語すらおぼつかない教師が、同様におぼつかない英語能力で児童に英語を教えられるものなのか?日常会話能力はバイリンガルであっても、抽象思考や学習のための言語能力がセミリンガルの教師について英語を学習した児童はどのレベルまで到達出来るのか?
という教師の資質、才質に関してです。教育システムということではありません。
>学校の英語の勉強きちんとやってる人にもやってない人のなかにも、日本語ちゃんと使えない人は同じぐらいいる
という例が教師についても言えるということですね。そういう教師についた児童が、果たして、2つの言語とも、日常会話能力はバイリンガルだけではなく、抽象思考や学習のための言語能力もバイリンガルという状態まで到達出来るのか?母国語も共倒れにならないのか? そういうことに関してはどうなんでしょうか?

4: FRANK LLOYD | 削除
Bさん、
>どの程度の事をどのくらいの頻度でやるかによる
というのは具体的にある程度の頻度以上だと問題が発生する、ということですか?程度の問題ということでしょうか?
>小学校での位置付けは言語習得にない
というのはどういうことでしょうか?
また、なぜ、言語習得でなければ問題は発生しないとお考えなのでしょうか?

7: FRANK LLOYD | 削除
Aさん、
> > そもそも外国語を学習させなければ、モノリンガルなのですから、母国語だけの問題となります。「ダブル・リミテッド」の問題は発生しません。
> 表現が難しいんですが、「ダブル・リミテッド」にみられる問題そのもの【両言語における抽象思考・学習能力の不足など】を見つめた場合(その名前ではなく)、そもそもモノリンガルにおける単純な言語能力不足と似た性質のものではないかという見解を述べたものです。
というのは、
> > > “ダブル・リミテッド”などの問題は外国語を学習させるからではなく明確な指導方針のもとに教育しないから
ということを受けて、ですが、1言語習得者においても2言語習得者においても、どちらにせよ、「抽象思考・学習能力の不足など」は起こりうる。英語教育のせいだけではない、ということですね?
しかしながら、全児童がよろこんで率先して言語教育を受けるわけではない。そして、母国語以外の他言語を習得させようとしたおかげで、母国語教育もさらに嫌いになる、ということもあるかもしれませんね。
ところで、言っておきますが、小学校での英語教育を私は否定するわけではありません。肯定するわけでもない。ハッキリ言ってわからない。ですから、このようなトピックスを立てたわけです。> 厳密にその部分の違い・複数言語による教育とこの問題との因果関係が実験などによって明らかにされていない限り、憶測に過ぎない話になるのではないでしょうか。
少なくとも、私が知っているのは、国際結婚カップルの児童や帰国子女の例ですが、これは憶測ではありません。こういった例は、そのものではありませんが、近似ではないでしょうか?
そこで言えるのは、中途半端な、混雑した2言語による教育は、双方の言語の混乱を招く、ということです。英語なら英語だけ、日本語なら日本語だけと、児童の頭が混乱しないようにしないといけない。
> 国際結婚や移民の子にそのような問題があるからと言って、その子たちは環境などにより最善の教育を受けなかったのかもしれず、そういうことも考えると簡単に原因は特定できないでしょう。そうではありません。移民の子供の例は私はよく知りません。そして、最善の教育、というのは何でしょうか?それを今話しているのではありませんか?具体的な最善の教育がわからないからこういう形で尋ねています。
> いくつかのポイントで、時間的制約についておっしゃっていますがこれは、どの段階でどれくらいの量学習させるかという問題がまずあると思います。「ゆとり」とかいったかと思えば数年で覆されたり、国がそんな感じで確実なことは誰も言えないでしょう。
ワシントン大学だったか、そういう統計・実験論文が出ていまして、バイリンガルになるための教育は集中的な学習で、継続的に通算その言語だけの環境で3000時間と言われています。

8: FRANK LLOYD | 削除
Aさん、
> そのような中でたとえば「ゆとり教育」の学習量の中では時間的にも子供のキャパシティとしても、現行の制度との量の差の分、英語に使える時間は多かったということになるでしょう。あくまで相対的に、例えばですけどね。つまり今学習してる量が限界の、境目の部分かはわからないですよね。そこは、先端の脳科学とかいう領域になりそうですが。
それが中途半端に終わる時間配分だったら、やるよりもやらない方がマシとも言えます。いえ、確実に数字を上げて証明出来ませんし、わからないのが正直なところです。
> 僕の、教育を受けた側としての感覚では例えばそこに英語を取り入れたからと言って母語の発達に支障が出るほどの微妙なラインにあったような気がしません。これは個人的感覚なので曖昧な話になりますが。個人差もありますし。
そう、それはAさんの個人的な経験で、さらにAさんが言語というものに好感を抱いている印象を受けましたので、出来る子(出来た子?)の例では参考にならないと思いますよ。
> > 英語教師そのものがセミリンガルであったらどうするのか?日本語すらおぼつかない教師が、同様におぼつかない英語能力で児童に英語を教えられるものなのか?日常会話能力はバイリンガルであっても、抽象思考や学習のための言語能力がセミリンガルの教師について英語を学習した児童はどのレベルまで到達出来るのか?
> これについても、「ダメな教師に教えられると大変だ」っていうことと全く同質なものであると考えます。その一面として言語教師の言語力という問題があるだけで、簡単にいえば適材を選び、指導し、最適な制度を整えることに尽きると思いますし、それはどの分野にも共通することで、その仮定そのものがあまり意味がないように思えますが。
「大変だ」だけで済むでしょうか?つまり、数学の教師がダメな教師だからといって、物理や化学や生物に影響を与える可能性は少ないですが、言語という共通性を持つ母国語に対しての影響は少なくないかも知れませんね?
> 僕は↑セミリンガルの恐怖の中にあるような安易に英語だ、バイリンガルだと飛びつくお母さんがたには全く共感しないし、安易で薄っぺらな考え方だと思います。
それは、相手に対して可哀想な発言でしょう。彼女の場合は、我が子のことで切実な問題、ひるがえって、英語教師は我が子を教えるわけではない。「安易で薄っぺらな考え方」というのは、切迫感の差異でしょうね。
> しかし問題はその安易な考え方にこそあるのであって、適切な方法をとれば、相乗効果さえ期待できると僕は考えます。そこに言われている通りの問題があるとしても「小学校英語教育導入」が原因だといえば、問題の本質が見えにくくなると思います。
「適切な方法をとれば」という具体的な方策は何か?セミリンガルレベルに当たる生徒もいるでしょう?良い教師に巡り会えば、「相乗効果さえ期待できると」私も考えます。それは運なのでしょうか?
再度申し上げますが、「小学校英語教育導入」に関して、私は否定も肯定も意見は保留です。ただ、教師育成過程において、いかに日本語すらセミリンガルの英語教師を排除出来るか、この方策が見えないと、否定したくなります。

9: FRANK LLOYD | 削除
Bさん、
> もし気に障ったらごめんなさぃ
私の方もご了解を頂かないと。海外で22年間も過ごしていると、日本的な心遣いなどはなくなりまして、表現が生となります。気に障るとか、そういう感情はないですよ。ただ、知りたいだけ、ということです。
> ご指摘頂いた通り、頻度が高ければ、トピ主さんの心配なさっているょうな問題が起こってくるかと思います…。。 今は小学校では多くとも週に一回程度なのでp(´⌒`q)
そう時間が。。。中途半端すぎると思いませんか?それで、どういう対費用効果を期待しているのか、私にはわかりません。
> 目的が言語習得ではないというのは、あたしも含めこのコミュの皆さんはやるからにはものにして欲しいとの思いで、努力を重ねてらっしゃると思います。でも文科省の今の立場では、あくまでも『言語をとおして異文化理解を深める』程度だったと記憶してます。
「『言語をとおして異文化理解を深める』程度」というのがねえ。やるからにはモノにするためには、それなりの時間を継続・集中してかけないといけませんし。
Aさんへのレスでも書きましたが、私は小学校英語教育に否定も肯定もありません。条件・環境次第です。

11: FRANK LLOYD | 削除
Cさん、
Cさんのお考えは、「全くない」とのこと。つまり、英語教育による他言語へのインパクトなど全くない程度の小学校英語教育でしかない、ということなんでしょうか?
言語認識能力というモノは、日本語は日本語、英語は英語とポケットのように脳の中でわけられるものではないでしょう?一人の児童の頭の中で、総体的な言語認識能力が、単言語、複数言語で違ってくるものだと思います。
それが、「セミリンガル化する危険性は全くない」という程度でしたら、まったくインパクトのない教育ですよね?でしたら、私は小学校英語教育肯定否定はしない立場ですが、中学校からでもいいのじゃないか?と思ってしまいます。言語認識能力に影響を与えない程度の、中途半端な教育なのですからね。それなら、単なる英語教師の雇用拡大策でしかないじゃないですか?
>ただ、小学校で習う英語がどの程度の効果があるのかは私も疑問ですが、
効果が疑問ねえ。。。
>それでも外国語の苦手な日本人が少しでも慣れる、という意味では良いのではないかと思います。
でしたら、週数時間、教室で、CNNとかBBCの番組を見せるだけでもいいのじゃないですか?その方が少なくともネイティブの発音を聞くことはできますからね。

12: FRANK LLOYD | 削除
Cさん、
補足します。Aさんへのレスで、
>そこで言えるのは、中途半端な、混雑した2言語による教育は、双方の言語の混乱を招く、ということです。英語なら英語だけ、日本語なら日本語だけと、児童の頭が混乱しないようにしないといけない。
というのは、授業中に使う言語の話です。英語の授業で中途半端な日本語の説明をしてはいけません、ということ。言語認識のポケットの話とは違います。

日本人に告ぐ9 - 日本の強み 

■「日本は美しい」53%=「美しくない」43%-内閣府調査
 (時事通信社 - 07月05日 23:11)
政府は5日、安倍晋三首相が政権構想の基盤に据える「美しい国づくり」に関する特別世論調査の結果を発表した。それによると、現在の日本について「美しい」と回答した人は53.3%だったのに対し、「美しくない」は43.0%に上った。若い世代で「美しくない」と答えた人が過半数を占めており、内閣府は「いじめや虐待などの報道に接し、現状に問題意識を持っている人が多い表れ」としている。
調査は、日本の「美しさ」に対する国民のイメージを探り、国内外に向けた日本の魅力発信などの施策づくりに役立てるのが狙い。5月24日から6月3日にかけ、3000人の成人男女を対象に実施し、有効回答率は60.9%だった。

また、戯言(たわごと)を言う。

>「美しくない」は43.0%に上った。
>若い世代で「美しくない」と答えた人が過半数を占めた。

他人事ですな。悪いのは政府、官僚、自分らは被害者。

この設問も設問ですが、若い世代がそう考えているということというのは、自分の責任をどれだけ顧みてのお話か?

設問を変えてみればよろしい。

●現在の日本について「美しい」と思える世代、年代層は何歳くらい?

或いは、

●現在の日本について「醜い」と思える世代、年代層は何歳くらい?

と訊いてみればいいでしょう。

さて、どの世代かな?

美しい日本に寄与している世代はどれ?
醜い日本に寄与した世代はどれ?

ま、人のせいにしてはいけません。マスコミなんてのも信じてはいけません。

さて、

日本の強み、でしたっけ?お題は?

今の日本の強みというのは何でしょうか?

え?先端産業?素材産業?

はずれ。

 ・・・

我が家に、21年前、ヨメと結婚したての頃、日本で買ったステンレスの鍋があります。片手鍋。生産業者はと調べると、もうありません。何の変哲もない片手鍋です。黒い取っ手です。プラスチックなんでしょうか?

さすがに、日本からシンガポールを経て、香港、そしてスリランカと使っていると、鍋の片手の取っ手はまだいいですが、常時熱を受ける蓋の取っ手はひび割れ、はげ落ち、ガタガタでした。

この前、香港に行きました。香港の現地資本の百貨店で、日本製のこの蓋の取っ手と全く似た物のスペアパーツをヨメが発見しました。

「これ、ウチの片手鍋の蓋に似ているんだけど。。。」
「ほほぉ、これはそっくりだ。買ってみよう!」
「21前の鍋よ!」
「日本の【もったいない】を思い出せ!使えなければそれまでだと諦めて」

2つセット(大小)で、香港ドル10ドル。150円です。当然、日本のメーカー製。

スリランカに帰って、片手鍋の蓋の取っ手をはずして、付け替えてみると。。。

ピッタリでした。新品そのもの。

21年前の、製造元ももうない、何の変哲もないステンレスの片手鍋の取っ手。スペアを作っているメーカーも別メーカー。たった150円。世界のどの国で、製造元も違うのに、使える鍋の蓋の取っ手のスペアが存在するんでしょうか?

ちなみに、国境を越えた引っ越しの多い我が家。持っていく物は、高い物ではなく、使いやすい物に限られます。21年間生き延びた鍋。買った時、1500円くらいでしたが、耐久力抜群。他の銅鍋とかが置き去り(友人などにあげる)のに比べ、優れた製品であるとはわかっていましたが、ここまですごいとは。。。

 ・・・

今の日本の強みというのは何でしょうか?

【もったいない】思想です。

【もったいない】思想から、QC運動が展開され、トヨタが世界一に近づき、日本の製品が世界一の品質の評判を勝ち取っているのも、【もったいない】思想があるからです。

省エネルギー、原子力に代表される発電技術、すべて、【もったいない】思想から発達しています。【もったいない】思想に関わる技術はすべて日本の強みです。

反対に、【もったいない】思想の対局である、会計年度予算使い切りの組織は、日本の弱みです。ぜんぜん、【もったいない】を考えません。官僚組織、そうですね。

以前、江戸時代、倹約で藩財政が立て直ったことはないと書きました。

倹約は、【もったいない】思想とはそもそも違います。

倹約とは、消費の抑制。【もったいない】思想は、消費するにしても、どう消費するか考える思想。根本から違います。

そして、単なるケチ思想とは違います。ケチ思想は、消費をいかに抑えるか?の思想で、どう消費するか?という思想ではありません。

「美しい日本」というのは、どう消費するかを考える、必要最低限の中にも、調和を見いだす、ということなのかもしれません。

今、世界に求められているのがこれなのではないかなと、ふと思います。

日本人に告ぐ8 - 地獄への道は善意で被われている  

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笑ってしまうのが、

"Save the Children"

というNGO組織。

善意で津波被害のスリランカに大量援助をしました。それには、ライフジャケットも含まれています。どの現地組織にどれだけ援助したのか知りません。それと、援助に国内紛争も何も関係ない!と非常に人道的に分け隔てなく、惜しみなく与えました。ライフジャケットも。

今回、スリランカ海軍が掃海して、LTTE(タミールタイガー、世界最悪のテロ組織)のボートを押収しました。まあ、自爆ボートですが。本日のスリランカの新聞の報道です。

それで、発見したのが、

"Svae the Children"

印のライフジャケット。"Svae the Children"ではなくて、"Save the Terrorist"でした。

まあ、善意の行為などというものは、方向性がないとこうなります。

馬鹿馬鹿しい。

ただし、そういう組織の構成員は、「良いことしてるんだぁ~」という自己満足に浸っているから始末に困ります。

カナダという国を知っていますか?

惜しみなく、香港人でもタミール人でも、永住ビザを出す国。国籍、政情に依らない。

素晴らしい!

あげく、国内は、リトル香港、リトルチャイナ、リトルタミールが各都市に乱立。

リトル香港、リトルチャイナはテロリストの助けにはなりません。共産中国の邪魔はしますが。

リトルタミールは、タミールゲリラの草刈り場。白人カナダ人も含めて、LTTEの重要な資金源になっています。カナダ、G8から追放した方が良いでしょう。

英国。

日本と同じで、医者不足、看護師不足。この前、義姉が具合が悪くて、スリランカで治療を受けて(すぐ即日)、その後英国に帰りました。帰国して、病院にアポを入れました。診療出来たのは、5週間後。スリランカの方が良かった、と嘆いております。日本よりひどいよね?

メディカル・ドクターの資格、看護師の資格があれば、英国、いまや、見境なくビザを発給します。困ってますから。それで、今回の爆破事件。誰がやったか?医者ですがね。ビザを発給された。LTTEのNo.2も医者です。

まあね、

「地獄への道は善意で被われている」

善意を施した当人は、良いことしたんだ、と自己満足。

あれ?あなた、"Svae the Children"に募金しました?

その内の少なくない金が、LTTEに回って、テロで、シンハラはおろかタミールの両親のいない子供を量産していますよ。

ワハハ、くれぐれも、自分は正義の味方、なんて思わないでください。

派生事項で、極悪をしている可能性が高いよ。

世の中は、善意のココロだけで良くなるような仕組みになっていません。

それを、善意だけで世界平和が実現出来ると勘違いしているのが日本人です。

アホじゃないの?

甘いんだよ、みなさん。

日本人に告ぐ7 - 原爆アレルギー(2) 

なぜ、日本人はこうまで「原子爆弾」に過敏なんだろうと思います。

その理由を考えてみたいなと。

みなさん、久間章生防衛相を非難するのに使うのが、

「被爆者の心を踏みにじった」
「日本は世界で唯一の被爆国」
「核兵器廃絶は日本の悲願」
「歴史を勉強していない」
「核使用を認めることは核の保有を認めること」
「核廃絶に取り組む被爆者や被爆地の気持ちを無にするものだ」
「原爆を正当化する発言は米国と同じ」
「日本の核武装に対する懸念を助長するのではないか」
「原爆は、戦争を利用した最悪の人体実験だった」
「不適切だ」(高市早苗沖縄・北方担当相)
「言ってはいけないこと」(大田弘子経済財政担当相)
「どんなことがあっても、(原爆を)容認する発言は許されない」(冬柴鉄三国土交通相)
「被爆者、遺族の方々など多くの国民が不快の念を抱く極めて不適切な発言だ」(丹羽雄哉総務会長)

う~ん、どうも原爆というモノは、触れてはいけない、口にするのも恐ろしい話題のようです。それで、触れられない、話題にも出来ないにしては、「核兵器廃絶は日本の悲願」などと仰る。怨霊信仰の現代版なんでしょうか?菅原道真とか崇徳上皇のように神社をつくって祟りを鎮めないといけませんね。

。。。などと、こと原爆に関してこう書くと不謹慎だ、と怒られるかもしれません。

しかし、委細無視して続けます。。。_| ̄|○

被爆者。。。

この丹羽雄哉総務会長の発言のこの漢字、ネットからそのままコピーしてきました。他も同じ。

お気づきですか?

放射線「被曝」ならこの漢字。いいですか?広島平和記念資料館のサイトだろうが、原水禁、原水協のサイトだろうが、「被爆者」です。「被曝者」ではありません。「被爆(ひばく)とは爆撃による害を被ること」です。焼夷弾の被害者も被爆者といってもいいのか?

まあ、いいや。

横浜大空襲の場合は「被爆者」とは言わない。被害者。罹災者。ただの焼夷弾での被害者だから、「被爆者」は使わせて貰えないようです。一段下に見られてしまうのでしょうか?テルミット焼夷弾の化学薬剤を吸引したら後遺症は残る。次世代も持ち越される場合もあります。戦争ではないですが、水俣病だってそうですし、ベトナムの枯れ葉剤もそうですね。しかし、被爆者。放射線は他の化学薬剤や微生物などよりも一段格上のようです。

だけどね、戦争被害者に上も下もありませんや。

兵器としてはダントツです。破壊力が格段に他の兵器と違います。国ひとつを一瞬で壊滅出来る、地球全体すら壊滅出来る。使わないで欲しい、廃絶して欲しい、というのは私も同じ。危なくてしょうがないですから。

しかし、それは現在保有されている原子爆弾、放射線兵器に関して。落とされてしまった、被害に遭ってしまった広島、長崎については、取り戻せないし、生き返りません。原爆で死のうと焼夷弾で死のうと特攻で死のうと、人の死は同じです。何も、「被爆者」などと特別扱いしないでよろしい。

さて、

日本人は何故こうまで「原子爆弾」に過敏なのか?

それはですね、親を殺した「匕首」だからです。

この親というのは、大日本帝国という親。この親の息の根を止めたのが「原爆」。これで大日本帝国という親は死にました。親を殺した血塗られた「匕首」である原爆は、他の兵器よりも気味が悪く、死霊でもついているようで、戦後の子である民主日本国の国民にとっては、そのようなものを許すわけに行かないわけです。心理的な象徴なんですね。

それから、親を殺した匕首ですから、まさかその子の戦後民主日本国が親殺しの匕首を持つわけにはいきません。自分ももてないし、親を殺した匕首と同じものを他国が持って、さらなる親殺しをその匕首で犯すのも許し難いわけです。

その「匕首」で殺害された広島・長崎の被害者(被爆者?!)は、焼夷弾、通常爆弾、ガス弾での死、火炎放射器での焼き殺し、或いは、進駐軍に犯されて死んだ女性よりも、一段高く祭り上げないといけません。親殺しの象徴として。殺人の武器である「匕首」=「原爆」の犠牲の象徴として。

そして、それがそれ以降2度と使われなくなった、かくも恐ろしい全人類の恐怖の的(と、他国の人間は抽象的に考えている、具体的に考えられません、被爆者以外の日本人も同じですよ)でもあるので、敗戦国日本としても言いやすい、攻めやすいわけですね。

ところが、観念論の国、念仏の国である日本国、念仏のように、

「日本は世界で唯一の被爆国」
「核兵器廃絶は日本の悲願」

と唱えていると、何もしなくても核兵器はなくなるという信仰を持っています。

おいおい、念仏唱えたって、核兵器はなくなりゃしません。現に、日本人が何もしなくても、米ロとも日本の念仏によらず、現実的に考えて、START I、IIで核兵器を減らしています。で、中国は増やしていますし、北朝鮮も持ちましたが、さて、日本の念仏、「日本は世界で唯一の被爆国」、「核兵器廃絶は日本の悲願」は何か役に立ちましたでしょうか?中国も北朝鮮も聞く耳は持ちませんやね。念仏じゃあね。

え~、さらに言えば、

太平洋戦争、ハッキリ言って、アメ公がそそのかして真珠湾攻撃をとか、ルーズベルトは知っていたとか、いろいろ言いますが、大人の判断じゃないね。独立国が宣戦布告をしたんですから、言い訳出来ない。国際法に則って宣戦布告したんですからね。それで負けたんですから何も言えるわけはない。

しかし、親が喧嘩を吹っかけて、相手に殴りかかって殺されて、子供としても何も言えないのですが、その匕首が飛び切り異常なモノでしたから、負けて何も言えないのだけれども、最後のこの匕首を心臓にねじ込まれたことに関しては、戦後62年もブツブツ言い続けているわけです。

それを心理的に、匕首の件だけは、日本が正しい、と無理矢理思いこんでいるし、8月ともなれば、リマインドされるわけです。全国民の念仏集会で。戦争の敗戦の日、終戦(敗戦)記念日の念仏よりも、広島・長崎の念仏集会の方が盛大ですね。

念仏というのは、唱えている人は極楽に行けます。念仏を唱えていないと極楽往生出来ません。だから、全世界でこの念仏を唱えましょう、というのがこの信仰のポイント。

ま、この念仏信仰は、日本特有のものです。他国は、この匕首を使われたことがありませんので、日本のような念仏信仰についていけない部分もあります。ほとんど誰も唱えません。

8月6日、9日が何の日か?知っている外国人なんてほとんどおりません。加害国日本が負けた8月15日は、アジア各国とも盛大に祝っておりますがね。

この日は、アジア各国を日本人は歩きづらい日なんですが、原爆には敏感な日本人、敗戦記念日(アジアにとっては戦勝記念日)には鈍感なようです。日本人観光客、闊歩しています。

シンガポールにいる頃、娘がオーストラリアインターの小学校に行っていました。8月15日、朝6時半から、オーストラリア人墓地(実は、第2次大戦の戦死者墓地でもあることを後で知りました)に来てください、というのでまいりました。朝焼けが綺麗で、バグパイプの音が響き渡り、しばしの黙祷をして、【日本人に殺された】オーストラリア人の戦死者の霊にみんな祈りを捧げ、戦勝を祝いました。。。居づらかったです。。。

変な日本史の教育をするよりも、8月15日に小学生や中学生の修学旅行を組んで、アジア各国の式典に参列すると、日本人がどう思われているか、児童にはよくわかりますよ。忘れられてないんだなあ、というのが。もちろん、それはそれで、日本とは違った念仏集会なんですが、少なくとも、勝った方なので、陰々滅々とはしていません。やれやれ。

 ・・・

こういうことを言うと非国民かね?FRANK LLOYDは?

日本人に告ぐ6 - 原爆アレルギー(1) 

久間防衛大臣の原爆にまつわる話、これは一応私の意見表明をしておきます。

まあ、ちょっと、昭和前期の日本人を想像してみましょうよ。

日露戦争で、騎兵の親玉、秋山好古少将が嘆いたのが、騎兵が露西亜軍に捕まると、捕まった途端軍事機密をベラベラ話してしまう、それで、日本軍の行く先、行く先に、露西亜軍が先回りする。これは困る、

「兵士諸君、捕虜になるのはいい、いいのだが、捕虜になった途端、サービス精神を発揮して、知っていることを全部話す必要はない。自分の名前、階級のみ話せばいいのであって、話さなくても、拷問に遭うこともないし、国際法でもそれは保証している。心配しないでよろしい」

なんて訓告を出さざるを得ませんでした。呑気でしたねえ。。。

これが明治期。明治維新の薩英戦争でも、薩摩も英国海軍も、捕虜は丁重に扱いました。

今、昭和後期から平成の今の自衛隊も、捕虜になったら屈辱、敵は拷問して、残忍の限りを尽くし、最後に殺されるんだから、捕虜になるよりは自決せよ、なぁ~んて教育はありません。作戦ミスで捕虜になったら、自分の名前、階級を繰り返して終わり。ま、イラク戦争で拷問してましたがね。国際法違反だから、そうそう起こることでもないでしょ。

ところが、江戸時代、明治時代、昭和後期から平成の日本人と、大正後期から昭和前期の日本人は、こりゃあ、民族が違うか、全員頭がおかしくなったかのようなありさま。アメリカ人も外から見て、怖かったでしょうねえ。

なんせ、竹槍ですよ、竹槍。女子供に真面目に竹槍を渡して、徹底抗戦しろ、と言っている政府・軍部です。狂ってましたねえ、日本人。

アメリカ人だって、日本本土の外でも相当手を焼いているのに、これが日本本土で上陸作戦なんて行ったら、ドイツ侵攻みたいには行かない。感覚として、ベトナム戦争(まだ起こってませんでしたが)みたいな泥沼・ゲリラ戦は容易に想像がついたはずです。

アメリカ人だって、日本人を怖がっていたんですね。私も当時にタイムマシンなんてので運ばれたら、怖いよ、当時の日本は。北朝鮮の比じゃないね。当時の日本は、今の北朝鮮よりもずっと巨大ですからね。

さて、戦争に関して。私はこう考えてます。

1.歴史の事象に関して、正邪はない
2.武器そのものに正邪はない
3.国際法に基づく戦争行為では、その範囲において手段は選ばない
4.国際法に基づく戦争行為では、その範囲において手段に善し悪しはない
5.戦争の勝者に不正義はなく、敗者に正義はない
6.戦争に勝てなければ何も言えない

まあ、そんなところです。東京裁判などの裁きの法廷も戦争のどさくさの後ですから、完璧な裁きなど有りません。戦争裁判で敗者に同情的な裁きなど望むべくもありません。

それからね、いんだら国際法とはいえ、一応宣戦布告した戦争で、戦後、勝者が敗者に戦時中の戦闘行為のあれこれを謝罪した、などということは、ほとんどないということ。

さらにいえば、結果として、原爆使用は戦争終結を早めたことは事実。日本政府、軍部は、3発目、4発目もある、と信じていたわけです。皇居に落とされてはたまらないと踏んだということ。実はなかったんですがね。

放射線兵器の悲惨さというのを喧伝するのもいいですが、直接の被害者だけではなく、子々孫々3代目ぐらいまで影響が残る兵器は他にもあります。原爆に限りません。

大量破壊兵器としては、ピンポイントじゃなく、味噌もも糞も一緒くた、敵国の軍事施設を周辺の非軍事施設、一般市民共々皆殺しですから、外聞も悪い。いよいよとならないと使えなくなったお粗末な兵器です。持っていても、よほどでないと使えません。相互破壊にもつながる。

ベトナム戦争で、ベトナムはアメリカに勝ちましたが、それで謝罪とか補償とかあまり言わない。いいことです。スリランカ政府、サンフランシスコ平和条約で、真っ先に日本の戦争賠償金の請求放棄を致しました。それで、今に至るも、スリランカ、日本の援助を当てに出来ます。賠償金よりも額が大きくなってます。頭良いね。スリランカを日本のポチ扱いできますか?すぐ、日本はアメリカのポチ、なんて言う人がいますが、本当にポチなら牛肉をもっと買ってますがね。 京都議定書なんて言い出さないですがね。

さて、原爆。数代に渡って影響が残るとはいえ、全国土じゃない。チベットのように、原爆は落とされなかったが、独立を奪われた国家よりも、全国民に対して致命的な影響は出ません。ソ連とアメリカに東西日本で分割統治されたよりもマシだったでしょう。独立を奪われたら、そのトラウマ、後の回復、資金負担、東西ドイツや南北朝鮮を見ればわかります。

昭和20年8月に2発落とさなかったら、アメリカはリトルボーイ、ファットマンを2発温存していました。日本は、たぶん、8月も9月も10月も戦争は継続していた可能性は高い。それで、1億総玉砕と声高に主張していたんですから、沖縄からB29が飛んできて、さらに全土が焼夷弾の嵐で、一般市民の死傷者は原爆被害者を越えていたはず。叩いた後でないとアメリカ軍も怖くて本土進行出来なかったでしょう。

それを考えると、原爆投下の方が安く済んだ、ということ。本来なら、沖縄戦前で、日本政府・軍部は戦争継続のムダ、無理を認識しなければいけなかった。日本政府・軍部のミスでしょう。自分のミスは棚に上げるかな?原爆がなければ、いかに天皇でも御前会議で押し切られて戦争継続に反対出来なかったはず。

久間防衛大臣の発言で、非難されたから、こう言い逃れしています。

>米国を恨むつもりはないが、勝ち戦ということが分かっていながら、
>原爆まで使う必要があったのか

あの頃のアメリカの心理を想像出来ていない。数々の玉砕の島、カミカゼ攻撃、降伏が世界の常識にもかかわらず自決する兵士。とても人間とは思えなかったでしょう。体格もまさっていたアメ公ですが、日本兵士、本当に怖かったんでしょう。

それが、勝つのはわかっていた、しかし、本土決戦までやられたら、相手は一般市民まで竹槍を持って闘う決意の日本人です。ベトナムの泥沼どころの話ではありません。何十万のアメリカ兵が犠牲になれば、勝利を勝ち取れるか、わかったものではない。

ドイツも全面降伏して、残りは日本だけ。早く、戦時を脱して、常態に戻したい、世界を正常にしたいと思えば、原爆の心理的な要因など関係ないでしょう。

私がアメリカの当時の政府首脳でもそう決断致します。

日本人に告ぐ5 - セミリンガル(2) 

「中国、労働契約法を採択…労務コスト上昇へ」

今まで、民工の労働条件を無視し、農村の土地を格安で召し上げて工業団地とし、外資を呼び込んでこそ、中国の驚異的な発展は達成出来ました。一夜にして億万長者となることも夢ではなかった、何らの努力なく。

中国、労働契約法を採択…労務コスト上昇へ
(読売新聞 - 06月29日 22:32)
 中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会は29日、労働者の権利保護を強化した「労働契約法」を採択した。対象は外資系企業を含み、来年1月1日に施行する。
 中国では現在、契約期間の終了時に退職金を支払う必要はないが、同法施行後は「経済補償金」の支払いが義務付けられる。また、20人以上の人員削減を行う場合、労働組合か従業員の意見聴取と、当局への報告義務を盛り込んだ。
 さらに、連続して期限付きの雇用契約を行ったあと、再び契約する場合は無期限の契約にする必要が生じる。日系企業などにとっても「人員調節が難しくなるほか、労務コストも確実に上昇する」(メーカー人事担当者)見通しで、各社は対応に迫られそうだ。

1億数千万人いると言われた民工候補の農村の人口が、それほどでもなく、たった4千数百万人だけだったなどとも報じられています。無尽蔵と言われた農村人口が、枯渇する。そうすると、今までのように、賃金を安価に抑えられず、社会不安を押さえるためにも、民工の地位保全が必要となってきます。

そうなると、中国人資本家だけではない、外資系企業も日系企業も今までの収奪体制を続けられません。さらに、民工の賃金が上昇し、解雇も難しくなるとなれば、中国国内市場向けの外資系工場以外、加工貿易の工場にとっては、中国に工場を置く魅力は薄れてきます。

なぜなら、中国人程度の工場従業員なら今の世界でいくらでも見つかるからです。東南アジア、南アジア、どこでもよろしい。さらに、中国語しか話せない中国人と違って、東南アジア、南アジアの工場労働者は、バイリンガル、トリリンガルですので、使いやすい。中国人よりも従順でもあります。

ニュースが出た時は、既に市場は動いている、

ということで、この中国政府の動きに対して、各企業はとっくに動いています。ベトナムへの進出加速、東南アジアの既存工場の見直し、ミャンマー以西の国へのシフト、それが昨年後半から進んでいます。

そうでなければ、私が香港・中国を捨て去るわけがありません。中国人資本家すら、

【脱中国シフト】

を行っているご時世ですから。都合が悪くなると、すぐ逃げ出せる機会が増える、というのもグローバル化の特徴でしょう。

さて、セミリンガル(semilingual)。

義務教育で、まともな日本語教育を与えられていない日本人もセミリンガルになっています。シングルリミテッドと言っても良い。日本人のシングルリミテッドの条件というのはなんでしょうかね?

1.日本語の読解力がない。
2.日本語の作文能力がない。
3.四文字熟語を知らない。
4.熟語を会話、文章に応用出来ない。

こういうことかな。母国語の日本でシングルリミテッドであるなら、英語などをいくら習得しようと思ってもムダ。英語もシングルリミテッドになり、2つ合わせて、

【ダブルリミテッド】

ということで、帰国子女の一部とまったくかわりのない、若年層が形成されます。やれやれ。

ブラジル人の児童・生徒に同情してはいられません。自分の子供もそうなるかもしれない。

●日本人に告ぐ4
<日系ブラジル人>就学期の子供700人が学校行けず、浜松

日本人に告ぐ4 - セミリンガル(1) 

私のブログ・mixi日記をお読みの方は、バイリンガル(bilingual)は「耳にタコ」の言葉でしょう。

では、今日は新しい言葉で、モノリンガル(monolingual)。

え?これは類推出来るって?どうせ日本人が単言語しかできないからそれを揶揄し出すんだろうって?単言語しかできない日本人の事でしょう?そうでしょう?

そうです、そうです、その通り。日本人とか、アングロサクソン系のアメリカ人、イングリッシュ(イングランド人)はこのモノリンガル(monolingual)ですね。北京に代々住んでいる中国人もモノリンガル(monolingual)と言えば言える。

では、もう一つ。

セミリンガル(semilingual)

これはどうです?

知ってますか?

私だって専門家ではないので、ここはひとつ、wikipediaを参照しましょう。

wikipedia-多言語
一人の人間が多言語 (multilingual) であるのは、連続体を形成する程度に近い言語(方言・姉妹言語)間を除けば二種類だけでも困難であることがおおい。言語は子供のうちでないと習得が難しい(臨界期説)ため外国語の習得には若い方がよいという主張もあるが、定説には至っていない。また、幼すぎても母語の確立ができないというジレンマがある上、外国語を習得した人材が相次いで海外流出してしまうといった深刻な社会問題に発展する可能性も高い。
ある個人が多言語話者になる要因としては、個人的なものと社会的なものの2つがある。前者の例としては、日本のような圧倒的モノリンガル社会にやってきた移民や出稼ぎ労働者が当てはまる。後者の事例としては、スイスやベルギーなど複数の言語共同体が共存している場合である。しかし、こういった多言語状態を政府は嫌うのが常で、言語政策・言語計画の名の下に「標準語」の策定・普及を推し進め、方言・少数(移民)民族の言語を抑圧し排除されるケースが多々見られる。また、ドイツ語圏やアラビア語圏のように同言語の標準語(公共・教育など)と地方方言(日常生活など)に機能的優劣が付けられた社会も存在し、ダイグロシアと呼ばれる。
ちなみに、一言語のみ習得している者はモノリンガル(monolingual)、二言語の環境にいたものの母語と二言語目の両方において年齢に応じたレベルに達していない者はセミリンガル(semilingual)と呼ばれる。近年セミリンガルという言葉が否定的だという意見が増え、ダブル・リミテッド(double limited)という名称が広まりつつある。ダブル・リミテッドは、日本において帰国子女や日本に住む外国人児童の間に散見されるため、とくに教育関係者の懸案事項となっており、言語学や教育学の専門家による研究が広く行われている。言語獲得は環境および年齢差・個人差が大きい上に、日常会話能力(BICS)はバイリンガルであっても、抽象思考や学習のための言語能力(CALP)がダブル・リミテッドの状態にあり教科学習に支障をきたす者もいる。何をもってバイリンガル、何をもってダブル・リミテッドと判断するのかは未だ曖昧である。

ポイントを箇条書きにしますと、

・一人の人間が多言語 (multilingual) であるのは、
 2種類だけでも困難である
・ある個人が多言語話者になる要因は、
 個人的なものと社会的なものの2つ
 →個人:日本のような圧倒的モノリンガル社会にやってきた
 移民や出稼ぎ労働者
 →社会:スイスやベルギーなど複数の言語共同体が共存している場合
・1言語のみ習得している者はモノリンガル(monolingual)
・2言語の環境にいたものの母語と第2言語目の両方において
 年齢に応じたレベルに達していない者はセミリンガル(semilingual)
・セミリンガルという言葉が否定的だという意見が増え、
 ダブル・リミテッド(double limited)という名称が広まりつつある
 ↑どっちにしろ、同じ事。
・ダブル・リミテッドは、日本において帰国子女や
 日本に住む外国人児童の間に散見される
・日常会話能力(BICS)はバイリンガルであっても、
 【抽象思考や学習のための言語能力(CALP)が
 ダブル・リミテッドの状態】にあり
 教科学習に支障をきたす者がいる

さあて、何を言おうとしているか、わかってきましたね?

ちなみにですな、ネットでも、「日常会話能力(BICS)は日本語という単言語」のモノリンガルだが、長文も読めず書けず、聞く話すだけで読み書きがダメな日本人も多く見受けられます。

こういった人間は、【抽象思考や学習のための言語能力(CALP)】が母語の日本語ですらダメですから、【ダブルリミテッド】どころか、

【シングルリミテッド】

になっています。恐ろしいことです。日本人なのにね。。。ニートなどの一部もそうなっている可能性があります。

セミリンガルの恐怖

ちょっとこの上のブログでもお読み下さい。

ということで、日系ブラジル人の子供の教育、学校に行かせればいいというものでもありません。ダブルリミテッド状態ですから。。。

それよりも恐ろしいのは、日本人の中に、シングルリミテッドも増えているということ。

<日系ブラジル人>就学期の子供700人が学校行けず、浜松
 出稼ぎの日系ブラジル人が全国で最多の浜松市で、約700人もの外国人児童・生徒(6~15歳)が学校に通わず生活実態も不明なことが分かった。地元の日系ブラジル人の中には「『短期なので』と思い子供を(工場などで)働かせてしまう家もある」と話す人もいる。市内では6月に15歳未満の子供の年齢を偽り工場で働かせていたとみられる市内の企業を静岡県警が摘発しており、実態解明を求める声が上がっている。
 市国際課が05年に外国人家庭を戸別訪問して調べたデータと、今年春の外国人登録証で判明した就学年齢の子供の人数から分かった。同課によると当時、416人が未就学で、戸別訪問などで 129人は帰国を確認できたが、239人は所在すら不明だった。
 一方、市教委によると、今年4月末で外国人登録していた同年代の子供2923人のうち、市内の小中学校に通っていることを確認できたのは1558人だけだった。残りの約1400人については外国人学校に通うケースもあることから、05年の調査の割合から類推し、約700人が未就学と判断した。
 日本では90年に日系人の在留資格が緩和され、来日日系人が急増。製造業が多い浜松市ではブラジル人を中心に、5月末現在で3万2668人が暮らす。市は外国人が多く住む地域で学校に通訳を配置しているが、住居や賃金で劣悪な労働環境にあるため、子供の教育まで余裕がない家庭が多いのが実態という。
 県警浜松中央署は6月25日、無許可で人材派遣業を営んだとして、市内の通訳・翻訳会社の日系ブラジル人社長(54)を、労働者派遣法違反容疑で逮捕。労働基準法で雇用が禁じられている中学生以下の日系ブラジル人を工場に派遣した疑いでも追及するが、県警が外国人の子供の不法労働を摘発した例はこれまでほとんどなかった。
 日系ブラジル人で、浜松市内のブラジル人学校の校長(53)は「子供が工場で働いていると聞くととても悲しい。子供に教育を受けさせるには、まず親の教育が必要」と指摘。日系ブラジル人2世で、浜松市東区のコンサルタント業の吉村州二(しゅうじ)さん(49)は「自分は17年前に来日し、息子と娘は公立中学に通わせたが、同郷の親の中には『言葉が通じないから』と言われてそのまま学校に行かなくても容認している人も多い」と話している。
◇まず親の雇用安定、日系ブラジル人のイシカワ・エウニセ・アケミ静岡文化芸術大准教授(社会学)の話「私も就学年齢なのに工場で働いている日系ブラジル人の子供を何人か知っている。外国人労働者を『短期労働者』としか見ない今の国の政策を変えるなど、彼らの雇用安定を図ることを真剣に考えなければ問題は解決しないだろう。」

日本人に告ぐ3 

まあ、これをお読み下さい。

老人保健施設

本来の目的は、「病院から自宅に戻るため、リハビリなどを行う老人保健施設(老健)」なんですね。つまり、リハビリ施設で、医療施設ではない。ところが、

「重度者受け入れ
課題は在宅復帰ばかりではない。老健の存在意義を揺るがす事態も起きている。
きっかけは【今年7月の、医療保険適用型療養病床の見直し】。医療の必要度に応じて入院費用が設定されたため、値段の安い、比較的軽度な患者の退院を迫る病院が増えた。こうした患者の受け入れ依頼が「あんず苑」にも相次いでいるが、【軽度といっても、医療的ケアを必要とする利用者が少ない老健には負担が重い】。武市副施設長は「看護師の配置基準が100人に9人と低く、受け入れ切れない」と明かす。
2012年度には療養病床の再編で終末期も含め、さらに医療の必要性が高い人たちが老健の利用者になる。全国老人保健施設協会の平川博之常務理事は「在宅復帰支援施設としての役割は変えられないが、対応しきれない。施設の人員の問題だけでなく、医療体制を充実させるなどの対策が必要だ」と話している。

つまり、本来は医療施設ではない老人保健施設に、病院から要介護であるのに追い出された老人が老人保健施設に流れている、ということ。

これは破綻するでしょ?

看護師がただでも少なく、夜勤体制が整っていないのに、痰の吸飲をしないと呼吸出来ない患者や肺炎をすぐ起こす患者が来ても、医療が施せない。これは死ねということなんでしょうね。で、在宅治療は共倒れになるからイヤ、ということでもある。

医療施設に設置の療養病床を28万床から8万床に減らす。20万人が老人保健施設などに流れ込む。ただでさえキツイ勤務がさらにきつくなる。どんどん人は辞める。なり手がいない。

で、フィリピンから看護師を輸入する?!

これはね、グローバル化の間違った適用ですよ。

日本人が嫌がる業務を他国の人間に任す。それも、人件費は安いだろう、と勘違いして、コスト削減で考える。何度も書きましたが、ノルウェーは自国民に準じる金を払ってます。寮も完備している。

いまや、資源のひとつとして、人材があげられるわけです。そして、日本は枯渇しつつある。途上国でもどんどん少子化が進みつつある。収入が上がれば産む子供も少なくなる。そして、人材はその豊かな階層から出てくるのであって、貧困層からは出てこない。それらの人材の奪い合いが始まっているのに日本は、日本人は気付かない。未だに、数十年前の感覚で、途上国の出稼ぎの人間は、日本人よりも遙かに安い人件費と思いこんでいる。馬鹿げた話ですよ、これは。

もちろん、オンショア(自国)ではフィリピン人もスリランカ人も看護師の給与は安い。2~4万円。それがオフショア市場に出回ると、数十万円となる。

将来、日本も同じ状態になると思います。オフショアでしか働けない人間は、オンショアで稼ぐ人間の数分の1の所得しかなく、それが社会負担、国家負担を圧迫する。オンショアで稼ぐ人間は、日本で税負担をしないので、それほど税収に寄与しない。仕送りで潤うくらいでしょうね。

Google Samsung "switch 

Google Samsung "switch"
According to Simeon Simeonov in his HighContrast blog, Google and Samsung are working on a phone, code named "Switch". Google and Samsung have previously announced a partnership, so the basis is there, and Simeon adds interesting context. Of course, some of the details such as the ones that Simeon contemplates are educated guesses, but the best time to speculate is during the rumor phase, before an actual product announcement tosses our dreamed feature lists into reality, cutting 99% of the list. So let's speculate.
Google and Samsung will build the Switch as a mobile platform rather than a phone, eventually placing phones on a shelf with typewriters in the history of technology evolution. The Switch will be a mobile platform that has voice capability, but is built as a platform that supports voice (VoIP) just like it supports any other application. Like a PC supporting Google, Skype, and any other web based application that we use today, but a PC that fits in our pockets and has mobility. Similar to the uPhone paradigm that I wrote about during the iPhone craze, but a real mobile platform from two of the top companies in the world rather than a few words in a blog post from yet another blogger.
Mobile phone carriers wouldn't like the Switch. Let's assume the dominant carriers and Google/Samsung hit an impasse. Google/Samsung won't compromise on their vision of an open mobile platform. The carriers can't bear the thought of their networks becoming dumb pipes. Maybe only a few smaller mobile carriers would support the Switch, and likely every WiFi provider/consortium/city. So in the US for example the Switch wouldn't have full nationwide coverage, at least not at launch, but would have enough coverage to be dangerous. And does the Switch really need full coverage initially? Perhaps it is not replacing our cell phones at first, but rather providing us with a platform that can instantly do anything our PDA or MP3 player can do when the Switch is offline, and do everything our PC can do when it does have coverage (online). And of course it has two killer applications when it does have coverage - mobile optimized search and open, unrestricted access to the Internet and all online applications, including VoIP and IM.
Would you carry two computers - computer one that your cell phone carrier restricts to being mainly a voice application appliance (but with almost always on connectivity), and computer two that at first gives you a PDA/MP3 player when you are not connected, and gives you the Internet, mobile optimized search, and communications capability (VoIP, IM) when you are connected?
The beauty of this is that it is feasible for Google/Samsung. They can lose money on the Switch for years if that is what it takes, e.g. if the critical mass of users won't buy it until the Switch replaces their cell phone (when the Switch does gain always on network coverage). I also love the fact that the codename (if Simeon's sources are correct) is Switch. Not iPhone, uPhone, or Gphone. Because it isn't a phone. It is the future - a mobile computer platform with unrestricted Internet application support optimized for the mobile environment. That includes VoIP, but labeling it as a phone would be like labeling our computers as typewriters.

日本人に告ぐ2 

ずいぶん前からいっているのが、日本人(日本国家、じゃないよ)は決して豊かではないこと。

それもよくわかる。

何故か?

みなさん、いくら貰ってます?

毎月いくら貰ってます?

貰っているのか、稼いでいるのか知りませんが、いくら?

30万円?40万円?50万円?

この前まで、この10年前まで、給与は国籍で決まることが多かった。海外で同じ能力で、日本人なら70万円、英国人なら90万円、フィリピン人なら40万円、スリランカ人なら25万円。。。

もうね、この法則は通用しない。

グローバルというのは、ようするにどういうことか、わかりますか?

グローバル化というのは、同じ技能能力で、言語能力が拮抗している場合、国籍による給与差はなくなる、というのがグローバル化です。ドメスティック、つまり内国とは違う。国内給与体系とは違うんですよ。

つまりね、日本人だから問題なく70万円いただける環境は日系企業以外存在しなくなったし、日系企業自体がグローバル化しているので、日本人だから、という単なる血脈で70万円なんて払いません。

グローバル化というのは、「国籍プレミアム」がなくなる、これがグローバル化なんですよ、みなさん。

つまりね、アッパーミドル以上は、国籍に依らず同じ収入を得られるようになったんだね。

そのうちね、5年以内に、日本人の下層階級は、タイ人の中流階級以下になるね。

やはり、国家と民族の意識を軽視し過ぎたツケは回ってきます。

願わくは、個々人で勝負する、コレが大事ですよ。

出来ないヤツは、求められないヤツは、没落するだけです。

国籍の問題ではない。

日本人に告ぐ1 - 日本人の依存意識 

今回、シンガポールに来て、よくわかった。

日本人の問題点がよくわかった。

ようするに、言語能力とか個々人の能力じゃないんだな、これが。

日本人の依存意識、これに尽きるんですよ。

だって、そうでしょ?

もしもだね、同じ民族があてに出来なかったら、個人の通性で、サバイバルに走るよ、当然。

サバイバルに走った個人は強いですよ。ぐだぐだ、英語がなんだらなんて言わない。すぐ習得しますね。

それが、へたに村意識、村社会があてにできるものだから、そのコネに走るわけだ。

民族全体が走っているに等しい。これは全国家村コネ社会だよ。

今はいい、今は良いでしょう。

世界第2位の経済大国なんだから。

じゃ、将来は?

やはりね、日本人、甘い、甘すぎる。

そう思わないかね?

南アジアの人口、男女比問題なら朝日新聞より"Letter from Ceylon"の方が正確だ! 

性選択妊娠中絶に関して書きましたので、関連した2006年昨年の今頃のエントリーですが、別ブログから再録致します。

2006/1/14朝日新聞国際6面の記事から

意識して読まないと、ふ~ん、と読み流してしまう記事です。それに誤解を生む記事。内容自体は非常にいいのにもったいない話なんですが。まずは全文をそのまま引用すると、

20年で女児1000万人堕胎インド大学教授ら論文発表
 インドでは生まれてくる子どもが女児とわかると堕胎する例が多く、過去20年間で1千万人の女の子の命がつみ取られた-カナダとインドの研究者がこのほどこんな論文を発表し、波紋を呼んでいる。
 トロント大学のジャー博士とインド北部チャンディガルの医学教育大学院のクマール教授のグループが、インド政府の「特殊出生・死亡調査」(1998年、対象110万世帯)を分析し、英国の有力医学誌「ランセット」(9日付電子版)に発表した。
 対象世帯で97年1年間に生まれた子どもは約13万4千人。男女比を検証したところ、全体では、男児1千人当たりの女児の数は899人で、世界平均より低かった。
 このうち第1子が女児の家庭の第2子について見ると、男児1千人に対する女児は759人、第1子、第2子とも女児の家庭の第3子は719人と女児が極端に減り、不自然な少なさが明らかになる。第1子が男児の家庭の第2子では、男児1千人に対して女児1102人、第1子、第2子とも男児の場合の第3子は1176人で、むしろ女児の方が多かった。
 調査グループは、偏りの理由を「出生前の性別診断で女の赤ちゃんとわかった場合に人工妊娠中絶をしている可能性が最も高い」としている。この傾向は、農村よりも都市部、母親の教育レベルが高いほど顕著で「超音波診断の普及率や、診断を受けられるだけの経済力と関係がある」と分析している。
 調査結果を全人口に当てはめ年間50万人の女性胎児が妊娠中絶されていると試算。超音波診断が広まったこの20年で約1千万人が生を授かれなかった可能性があり、人口構成の大きなゆがみにもつながると指摘した。
 インドでは、一家の跡取りであり、労働力となる男児の誕生を強く望むうえ、結婚時に花嫁側が花婿の家に高額の金品を贈るダウリー(婚資)の習慣も広く残っているため、女児を嫌う傾向がある。不自然な男女人口比はかねて指摘され、堕胎や嬰児殺しが行われていると女性人権団体などが批判していた。

わかりました?内容が?

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■近未来■ロボワイフ 

2024年1月18日(木)
中国新華社電

20世紀後半から始まった性選択妊娠中絶

特に、顕著にその影響が現れたのが世界最大の人口を誇ったインド及び中国の二国でした。

中国の場合は、一人っ子政策のため、伝統的な中国家庭は跡継ぎとなり、社稷を祀る男子を誰もが欲しました。そのため、発達し廉価となった医療サービス、特に、超音波診断による胎児検査により、人々は胎児の性別を知ることができました、

もちろん、数多くの我が国民家庭は性別によって妊娠中絶するという愚を犯しませんでしたが、一部の反動分子、ジェンダー主義者は性選択妊娠中絶を行い、罪もない女児胎児が数多く中絶される結果となりました。

通常、自然分娩における男児と女児の出産比率は、1.05:1.00程度となります。新生児男児の死亡率は常に女児を上回るため、この比率は男児女児が成人する20歳前後において、ほぼ1.00:1.00に落ち着きます。

ところが、1990年頃から、偉大なる中国共産党がこの忌まわしき性選択妊娠中絶を禁止する2021年にかけての約30年間に、中華人民共和国で誕生する新生児の男児女児比率は、平均1.17:1.00となったという統計結果が党中央に報告されています。つまり……

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